【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 閑話 ガルフ視点 保護者達の内緒話

公開日時: 2023年3月18日(土) 06:42
文字数:3,924


「さて、と。それでは改めて話をするとしようか?

 ゲシュマック商会の者たちよ」

「はっ!」


 そういうと皇王陛下は膝を付く我々の方を見やって声をかける。

 ここは非公式の謁見の間。

 第三皇子ライオット様さえいない。


「ここからの話はアルケディウスの今後に向けた重要なもの。

 直答を許す故、肩の力を抜き忌憚なく、また正直に告げよ」


 木国アルケディウスを五百年の長きに渡り治める皇王陛下を前にして、いかに本人からそう言われようと、気を緩めることも、肩の力を抜くこともできよう筈がない。

 俺は、背後に控える二人の部下を背に庇いながら、この国最高位の秘密会議に呼ばれたことへの意味と覚悟をかみしめて居た。



 皇女マリカ様は明日からフリュッスカイトへの視察旅行に向かう。

 ゲシュマック商会からもアルが同行し商業契約の補助を行うが、その前に魔王城の島にある畑の麦刈りを行いたいと言われて俺は手伝う約束をした。

 仕事は勿論、山積みではあるけれど、ゲシュマック商会と俺にとってマリカ様の頼み以上に優先するものは何もないからだ。

 ただ、その後に来た連絡には目を剥いたが。


「皇王陛下がおいでになるそうなのです。麦刈りも手伝うから。と。

 断れることではないのでその旨、了承して来て下さい」


 で、来てみればさらにビックリ。

 皇王シュヴェールヴァッフェ陛下だけでなく、文官長タートザッヘ様に司厨長にして国務大臣ザーフトラク様とこの国で商いを行うなら頭の上がらない方たちが揃っていたからだ。しかも皇王妃様まで。

 子ども達の笑い声が舞う晩夏の畑で、俺は滲み出る脂汗を止めることができなかった。ザーフトラク様に、仕事の合間。


「アルケディウスに戻ったら、王宮に来るように。王宮魔術師を店に迎えにやるとのことだ」


 などと囁かれようものならば。



 今、我々の前にいるのは魔王城に来ていた人物達とまったく同じである。

 皇帝王陛下に、皇王妃様、文官長と、国務大臣。

 彼らが我々を呼んで『今後のアルケディウスに関わる重要会議』と言うのならその主人公は決まっている。


「話は勿論、マリカについてだ。

 ガルフ。これから、我々の質問に答えよ。明確に。

 嘘偽りは許さぬ」

「は、はい」


 始まった会議は、どちらかというと俺への尋問の意味合いが大きかったようだ。


「其方はライオットより依頼を受け、魔王城の島でマリカを育てた。

 それに相違ないな?」

「厳密に申し上げれば育てた、訳ではございません。不老不死者は魔王城に入れません。

 魔王城の守護精霊がマリカ様を導いたと聞いております。

 世に絶望し、一度は死を選びかけた私が為したのは魔王城の転移門を見つけ自力でかの島に辿り着いた事と、外について教えたこと。王子と彼らの繋ぎを行ったこと。

 そして彼らが外で生活する為の基盤を作ったことのみにございます」

「ゲシュマック商会設立時の資金の出所は?

 ライオット皇子との噂もあったが、それにしては金額が大きすぎる」

「い、一部は皇子より。皇子には金銭よりも大きな後見を頂きましたが……」

 

 矢継ぎ早に鋭い質問が放たれる。

 どうやら皇王陛下達もいろいろと、マリカ様の身辺について疑問質問をもっていたようだ。

 皇子が説明はしていると聞くが、彼の言葉を疑って、はいなくても疑問はある、というように。

 そうか、だから皇子を招かず我々を呼び出したのか。


「ならば、どこから? まさか魔王城の宝物からか?」


 真剣に考え、答えなければならないと俺は思う。

 秘密は守らなければならない。

 でも下手な嘘は付けない。

 俺が言うのも不敬に過ぎるが、一国を正しく動かす頭の良い方々だ。

 マリカ様の今までの発言や、行動、魔王城での情景や、もしかしたら俺の身辺や店の資産状況など全て調べた上でカマをかけている可能性もあるのだから。


「……御意。

 マリカ様が夢で見られたレシピを運用する店を作ることで、島の中以外に居場所のない子ども達がいずれ外での生活を望んだ時の受け皿が作れるのでは、と。

 その為に使うのであれば惜しくはないと、マリカ様からお預かりしました」

「精霊国の希少な宝をマリカ様はお使いになれるのですか?」

「魔王城の精霊はマリカ様を主と認め、全ての財を使う権利を与えていると聞き及んでおります」

「マリカと魔王城について知る大人は幾人いるのですか?」


 これは皇王妃様からの質問だ。

 静かな相貌からは魔王城でマリカ様に優しい言葉をかけた時と同じ、心配の思いが溢れている。


「あの島に幼児がいましたが、年齢からしてあれはライオットが救い出した子では無いでしょう?

 マリカには出産介助の経験があると聞きましたが、あの子の母親ですか?」

「アルケディウスに住む成人者と限定するのなら、ここにおわす皆様を除けば、ライオット皇子、ティラトリーツェ皇子妃、その側近お二人。護衛士カマラ。後は我々三名のみにございます。

 マリカ様の側近の子ども、セリーナ、ノアール。

 ゲシュマックで抱える魔王城出身の子どもは勿論知っておりますが。

 他にもう一人、魔王城の中に不老不死を返上した女がおりまして。

 おっしゃるとおり皇子達と遊んでいた子の母親ですが、マリカ様不在の魔王城の子ども達の面倒を見ております」

「どうしてその女は出てこなかったのです? 私達に顔を見せられない理由でも?」

「それは……」

「スィンドラー家の消えた側仕えですかな?」

「! 何故それを?」

「やはりそうでしたか」


 驚愕のあまり零れてしまった言葉に言質は取られてしまったが、疑問の方が勝る。

 貴族家で妾として使われていたティーナを救ったのは俺ということになっている。正確には命の危険を感じ逃亡した彼女を魔王城に逃がしたのだが。

 ティーナを孕ませた主が、腹の子とティーナを放蕩な我が子の代わりに後継ぎにすると外聞なく探しまわっていたが見つからず「スィンドラー家の消えた側仕え」とちょっとした話題になったらしい。

 でも、何の手がかりも無く何故、そこまで……


「よく解ったな」

「私はこう見えても、アルケディウスの大貴族、貴族、全ての顔と外見と家族構成を覚えております。庶民にしては整った顔立ちをした子どもにスィンドラー伯爵家、先代の面影がありました。

 醜聞が流れた時期や、我らの前に顔を出せない理由を考え合わせますと……」

「流石だ。タートザッヘ」

「恐れ入ります」


 いや、もう、声も出ない。

 この国の全てを記憶する文官長タートザッヘ。

 アルケディウスの生き字引の二つ名は伊達ではないということなのだろう。

 勿論、タートザッヘ様だけではなく、魔王城で楽し気に麦刈りをしているように見えて。

 好々爺の顔で孫皇女や幼子達と戯れているように見えてこの面々。

 一人一人がその実冷静に魔王城の島を観察していたということが何より恐ろしい。


「つまり、不老不死を返上すれば魔王城に入れるという事だな?」

「御意。ですが『神』の手によるものでは無い不老不死の解除が魔王城以外の場所で行われた場合、何が起きるか解らないと魔王城の精霊も言っていたそうなので……」

「陛下。変な事はお考えにならないで下さいませ」

「解っておる。ちょっとなんとかならないものかと思っただけだ。

 では、ガルフ。一番重要な質問だ」


 おそらく半ば本気で、不老不死の解除を考えていたであろう皇王陛下は皇王妃様に諌められコホンと息を整えて俺達を見た。

 空気が変わる。

 今までのものも、十分に鋭いものであったが、それを超えて重要と言う質問とは?


「『大祭の精霊』と呼ばれるアルケディウスの祭りに降りた奇跡。

 あれはマリカとアルフィリーガだな?」

「! な、なんのことでしょうか?」

「マリカとアルフィリーガは秘めた力、もしくは魔王城の精霊か、皇王の魔術師の力により大人の姿になることができる、違うか?」


 頭をこん棒で殴られた気分だった。

 今度は声を溢す事こそ耐えたものの、おそらく目を見開いた俺の様子に、蒼白な部下たちの顔に陛下は己の発言に確信を得た様で頷いている。

 ただ、今の発言は側近や皇王妃様にも初めて聞くものであったようで、彼等も目を丸くしていた。


「どういうことですか? 陛下?」

「昨年の春、だな。

 大聖都から連絡が入ったことを覚えているだろう?

 あの時、魔王と仕える従者と思しき者が魔王城に繋がる転移門を壊し、世界に宣戦布告をしたという。闇色の髪と瞳を持つ美女が魔王を名乗り、側にはライオットと同格の戦士が控えていたという」

「ああ、そう言えばございましたな。

 その後、魔性の増加は確認されているものの、驚くほどに彼らの動きは在りませんが……!

 なるほど、そういうことですか?」


 タートザッヘ様は得心がいったというように頷くが、まだ訝し気な皇王妃様とザーフトラク様に、そして我々に説明するように陛下は告げられる。


「『魔王の転生』『勇者の転生』がマリカとリオンであるのなら他に『魔王』を名乗って大聖都に喧嘩を売る者などおるまい?

 子どもが大人に姿を変える等普通は在りえぬが、何か特別な手があるのなら全て辻褄が合う」

「では、大祭の精霊は……」

「マリカ達が大人になる手段、もしくは術を使って大祭に遊びに行ったのだろう?

 いかにもやりそうではないか。

 子どもの姿で大祭に行くと不審がられるなら大人の姿に変化して、などとマリカなら」


 どうだ、と昂然と微笑む皇王陛下は、既に確信をもって我々を見ていた。

 即座に否定できなかった時点で敗北は確定しているのだが、マリカ様とリオン様の命運を左右しかねない情報を許可なく言葉にしていいものかどうか……。


 身体の震えを懸命に握りしめ、答えを探す俺に


『うーん、その辺にしておいてあげるといいと思うよ。

 マリカの忠臣をあまり苛めるのは感心しないな』


 救いの声が降ったのは、その時だ。

 振り返った扉の前には奇跡が浮いていた。


 灰銀色の獣の姿をして。

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