夏が終わり、秋が来て。
『私』がこの世界で意識を取り戻し、異世界保育士マリカとして動き始めて丸っと四年が過ぎるのだなあ、と改めて気が付いた。
魔王城で生活していた頃は暦や月などは記録しておらず、季節の移り変わりで一年を理解していただけだった。
私の歳はあの時、八歳。
その記憶も薄ぼんやりとした記憶の中でそう思っただけだったけれど後で、私の拾い主の証言が正しければ間違ってはいなかったみたい。
この世界の人々、全ての人が不老不死で、歳の概念もないし、誕生日を祝ってもらう習慣も殆どない。そもそも二の風月の第三週、木の曜日。みたいな感じで日付も数字ではっきり刻まれている訳でもないし。
元々、不老不死前も一般人は勿論、王族も誕生日をお祝いとかしなかったそうだ。
一年の最初の日に皆で冬を越え、一つ歳をとったと、細やかなお祝いをし、一生に一度の成人式で大人への仲間入りを盛大に祝ったらしい。
前、お父様が言っていたけれど、女性十四歳、男性十六歳で成人。
成人式はその年の最後の日、つまりは大みそかだったと聞いた。
今は不老不死=成人だから完全に消えた風習だけれども。
ただ、私の義父第三皇子ライオット。お父様の御子は星の一月の最初の日に生まれたからはっきりと記憶に残っている。
あの時は大変だったなあ、と思い出す度背筋が寒くなる。
双子で、しかも一人は逆子。
魔王城での誰も助けてくれなかったティーナの出産と同じ状況だったら、無事に二人は生まれなかったかもしれないと思うと怖くてたまらなくなる。
「まー」「あーー」
「あ、ごめんごめん。ちゃんと見てるよ。大好きだよ」
ぼんやりしていた私の膝にレヴィ―ナちゃんが上って来る。
最近ハイハイが凄く早く上手になった。腕の力も強くってぐいぐい昇ってくるのだ。
未熟児&逆子で生まれたから発育が心配だったけれど、今の所一緒に生まれたフォルトフィーグ。フォル君より少し身体が小さいかな、くらいで元気に過ごしている。
「がーっ! あうーっ!」
それを見て、自分の方も見ろ、遊べというようにフォル君も私の方に近付いて来る。
ぱしぱしと、小さいながらに私の膝の争奪戦をする様子は可愛いし、愛しい。
「喧嘩しないで。どっちも大好きだから♪」
右手と左手に一人ずつだっこして、ほっぺスリスリ。
柔らかいプ二プ二ほっぺが気持ちいい。
そしたら二人の方も、すりするとほっぺを寄せてくれた。
真似しているのかな?
こんなに小さくても、色々考えるようになってきてるんだなあと感慨深くなる。
「フォルトフィーグの方はつかまり立ちをするようになってきたわ。
まだしっかりとは立てないのですぐふらついてしまうのだけれど。レヴィ―ナはまだその様子は見られないけれどハイハイが早いわ。腕の力も強いから髪の毛をひっぱられると痛くって」
「お二人にそっくりなので運動神経がいいのかもしれませんね。大祭が終わるころには立って歩き始めるかも」
夜、魔王城に戻ることができない平日は、夜、双子ちゃんと遊ぶこの時間が私には天国。
癒しタイム。
お母様の報告を聞きながら私は習い覚えた向こうの世界での子どもの成長経過を思い出す。
この世界は十四カ月で一年。今は空の一月だから、そろそろ十一カ月かな?
月齢から考えると立ったり歩き始めたりするのもきっともうすぐだ。
「旅に出る度にどんどん成長して行きますね。なんだか寂しいです。
この可愛い姿をもっといっぱい見たいのに、顔を覚えて貰った頃にはまた外国で忘れられそう」
「何を言っているの? この子達が貴女の事を忘れるわけないでしょう?
いつも貴女が来るとどんなにぐずっていてもピタリと泣き止むのに。きっと、とり上げて貰った時の事を覚えているのでしょうね?」
くすりと、笑って私の膝からお母様はフォル君を抱き上げた。
「びええええーん」
途端に泣き始めるフォル君。
勿論、お母様にだっこされているから、ほんのちょっとだけのことだけれども、なんだか悔しそう。
私に抱っこされていたかったと思ってくれるのなら嬉しいことだ。
「それで、この布の固まりはなあに? とても可愛らしくできているけれど『精霊獣』様の形代?」
「ぬいぐるみって言います。二人への誕生日プレゼントその1です。プリーツェが頑張ってくれて思ったより早くできてきたので、少し早いけど二人にあげたくて」
ぬいぐるみはピュールとローシャ、二つ一組で二組発注した。
先にできたピュールのぬいぐるみは早馬でプラーミァのフィリアトゥリス様とガルディヤーン王子にプレゼント。片割れのローシャのぬいぐるみはアドラクィーレ様の御子が生まれたら差し上げる予定でいる。
で双子ちゃんには二個一組をもってきた。二人だから一個ずつ遊べば丁度いい。二人ともプラーミァとアルケディウス。両方の精霊神の血を引く存在だから、
『どれ、我々も末なる子に祝福をしてやるか?』
『そうだね。……この子達の上に星と緑の祝福があらんことを……』
本物も祝福してくれた。いいお守りになると思う。
部屋の真ん中に二つのぬいぐるみを置くとレヴィ―ナちゃんもフォル君も興味深そうに手を伸ばしてとっとこと近づいていく。
そしてふわふわの感触に気付くと嬉しそうに触れてくれた。
ペタペタ触ったり抱きしめたり、顔を近づけたり。
「気に入ったみたいね」
「はい。よかったです」
これは第一弾だけど、第二段としては文字積み木を予定している。一歳からけっこう大きくなるまで遊べて文字の練習もできる優れもの。
私が魔王城で作ったものを見本にアルケディウスの木工工房に持ち込んで製作を依頼した。前に孤児院用にも作って貰ったので、こちらもそれほど遅くならないうちに仕上がる予定だ。
「多分、今年は誕生日には立ち合えないので。お祝いしたかったですけれど……」
本当は夜の月になったら直ぐに最後の秋二国に出発する予定だったけれど、アドラクィーレ様の出産が夜の一月になる見込みだからと伸ばしてもらった。その代わり、出産が終われば直ぐに行かなければならない。星の一月の最初の日はどう考えても旅の空だ。
「子ども達の為に、本当に良く考えてプレゼントを用意してくれたことは解っています。
二人共とても喜んで遊ぶでしょう。
私もとても嬉しく思います。誕生日など祝った事も祝われた事もないけれど、良い風習ね」
「はい。生まれて来た事を寿ぎ、成長を祝い、今までの出会いに感謝する。
とてもいい習慣だと思っています」
誕生会はどの保育園、幼稚園でも必ずやった。
一年に一度、自分が主役になれる日。
嫌いな子はまずいなかったと思う。
生まれて初めての誕生日を迎える一歳児でも、子どもによっては名前にはーい、と手を上げて返事をしたりしてたっけ。
大人になると歳なんていらない、と思ったけれど。
「貴女の誕生日はいつだか解りますか?」
「誕生日、ですか?」
「私も貴女の誕生日を祝いたいのですがいつ、と聞いています。
やはり、解りませんか?」
「あ、はい。拾われたのは夏ごろのようでしたけれど」
私はこの世界では孤児で、タシュケント伯爵家の家令に森で拾われた。
拾ったのは夏だったと、取り調べて家令は証言したけれど、その時点で何カ月だったかも解らないから誕生日の逆算はちょっと不可能だ。
「そう。ならば、貴女もこの子達と同じ誕生日にしなさい」
「え?」
「貴女も大事な私の子。生まれていたことを私も祝いたいのです。
披露目をした秋の大祭を誕生日としてもいいですけれど、祭りと一緒では無く祝いたいですからね」
「で、でも……」
「子どもが遠慮するものではありませんよ」
そういうとお母様は、床に腰を下ろし、私の肩をそっと抱きしめて下さった。
「生まれて来てくれて、ありがとう。
私の子どもになってくれて、ありがとう……」
お母様の温かさが伝わって来る。ダメ、泣けてきそう。
私は顔を隠す様にお母様の胸に顔を付けた。ステキなドレスが涙で濡れてしまいそうだけど、涙が止まらなくなってしまった。
「お母様……」
「私も貴女の誕生を祝って、何か贈り物を用意します。
これから、秋の戦、大祭、秋国訪問と大変でしょうけれど、無理せず頑張るのですよ。
そして、来年は一緒に盛大に祝いの宴をしましょうね」
「はい……ありがとうございます」
私はこっちに来てから子ども達の誕生日を祝った事はあったけれど、私個人の誕生を祝って貰った事は殆どなかった。
リオンは、毎年お花をくれるけれど。
それも十分に嬉しいけれど。でも。
この世界の『お母様』に誕生を祝って貰えて、やっとこの世界に生まれて来れた。
そんな、暖かく幸せな気持ちに包まれたのだった。
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