翌日、朝一で私達は転移陣を利用してファイルーズ様のオアシスに向かった。
あまり騒ぎにしたくない、と頼んで、町の中には入らないことにする。
出迎えてくれた侯爵の息子に案内されて、私達は緑の野をゆっくりと馬車で進んでいった。
「地盤がしっかりしたからかな? 前よりも揺れやがたつきが少ないね」
「そうですね。車輪を取られるような感覚がなくなったのは良い事だと思います。
砂漠での移動はとても大変ですから」
ミーティラ様が緑地に変わった外を見ながら頷く。
「プラーミァも砂漠の移動は駱駝?」
「プラーミァにはあまり駱駝はいないんです。やはり馬ですね。
後、権威を見せつけたい時は象などを使う時もありますよ」
「象! それは見たかったかも」
「馬などに比べると、維持費、育成費がかかるので王族の本当に特別な時だけに使うものですが」
駱駝で行く砂漠の旅とか、象に乗っての移動とかはロマンだけれど、時間はかかるし生き物に頼るから色々と負担も大きい。
「道を整備して、馬車や馬が行きかいやすくなったら、諸国間の流通も良くならないかな」
「そうですね、実現すれば素晴らしいと思いますが、かなりの費用などもかかると思います」
私は昨日、見せて貰ったフェイのレポートに視線を送る。
フェイはサークレットを付けてからというもの、こっちがビックリするくらいキレッキレ。理屈が解らないなりに本を速読して、めぼしいと思われる石油の使い方について抜粋してくれていた。
『これは、フェイであるから可能であったことだ。
既に奴は『変生』を受けた半分精霊のような存在だからな』
と言ったのは風の王の杖。
『『変生』は人間の体の中に特に強い『精霊の力』を送り込み、身体を変質させ『精霊』に近しい存在にすることだ。
既に変生を受けて、素地ができていた、能力が頭脳特化のフェイでなかったら、ここまで短時間で理解もできなかったろうし、そもそも授けられた知識の重さ、異質さに耐えられず押しつぶされていたかもしれん。
フェイなら大丈夫、と見込んであの方は、他の乙女達には授けなかった知識を与えられたのだろう』
つまり、あのサークレットは『精霊神』様と直接意識を繋ぎ、交感する為のもの。私達の次元とは違う世界に触れることで資質のある人は力を得ることができる。
資質の無い存在は拒絶される。
『精霊神』様はのべつまくなし、誰にでもサークレットを被ったものに力を与える訳でもなさそうだ。
そもそも、サークレットが伝わってない国もある。
フェイが男の子だけれどもサークレットを被ったことで力を得たこと。
不老不死者だけれど『聖なる乙女』であるマクハーン王太子様がサークレットを身に着けていると王族魔術師の力が使える事などから推察しても『聖なる乙女』でなくても王族とか素質のある存在で『精霊神』様が認めれば力を分け与えられることは可能なのかもしれない。
王族は勿論『精霊神』からその素質を受け継いでいるのだろうけれど。
色々と思い込みで、儀式の本質とか曲がってそうだ。
因みにシュルーストラム、必要な事を告げた後はフェイの中に戻ってしまった。
『悪いが、今、私に他所事を聞くな。
あと少しで、封じられていた何かを思い出せそうなのだ』
だって。精霊石も思い出せないとか、忘れたとかあるんだね。
「何か、悩んでおいでですか?」
「あ、いえ。初期投資は確かにかかるでしょうけれど、一度道路を整備しておくとかなり流通は良くなるでしょうから提案してみるのもアリかな。と」
私は精霊関係の疑問は流して別の話を振る。
「今、幸いアルケディウスには余裕がありますし、シュトルムスルフトの黒い油は道路の舗装に最適だそうですから」
「油を道に?」
「ええ。道が整えられて馬車などが走りやすくなれば、流通や連絡の面でも良くなると思います。例えば今は国の中だけで使用されているドライジーネによる伝令も、もっと早くなるかも」
道路舗装に向こうの世界で使われていたアスファルトの原料は原油分離の時に出る廃油だと聞いている。それに砂利を混ぜてならすことで地面を舗装コーティングすれば水が降ってもぬからない道ができる。
作るのは簡単では無いけれど、色々な所で魔術の補助があれば不可能ではなく、頑張ればできるレベルじゃないかな。
蒸気機関が完成すれば、車や列車もいずれはできるかも。物流にきっと革命がおきる。
砂漠の緑地化と様々な石油工学による発展は、シュトルムスルフトを『精霊に見放された国』から『精霊の恵み豊かな国』に変えてくれるだろう。
「レシピとフェイが残していく知識と引き換えに『石油』を輸出してもらうのもアリかな。
とか、そんなことを考えていた」
「相変わらず、マリカ様の頭の中は想像もつきませんね。そのようにいつも、調理実習や儀式、アルケディウスやシュトルムスルフトの未来というようにいくつものことを並行して考えていらっしゃるのですか?」
「そういう訳でもないけど、色々な事態を想定して、準備や対応を行うのが保育士の務めだから」
一つの事だけに集中していたら、子どものぶっ飛んだ行動には対処できない。
常に次の行動を予測し、計画を立て、準備をしておくのが保育士というもの。
時に予想が外れて、準備や計画が無駄になることもあるけど、まあ、それはそれ。だ。
「あ、到着したようです」
カマラに促され、私達はファイルーズ様のオアシスに降り立った。
オアシス、というより熱帯雨林のジャングルだけど。
「これだけしっかり根付いていれば、ファイルーズ様を開放して差し上げてもいいと思うのです。
亡骸を見つけて埋葬しなおしたいと思います」
「! この地に『聖なる乙女』がおられると?」
目を瞬かせた侯爵に私は頷いた。尋問されても侯爵はこの件についてしゃべっていないようだけれど『精霊神』様がおっしゃるのだから間違いない。
『精霊神』お二人は姿を見せていないので聞けないけど。
自分で探せってことですね。
「このオアシスには石碑とか、中央の目印のようなものはありませんか?」
「起点となるカレドナイトは泉の中です。ただ、父が植えたルンマーンの木が泉の側に」
「ルンマーン?」
案内して貰うとそれはザクロの木だった。
見上げるように大きい。今の熱帯雨林状態では目立たないけれど、前はきっとオアシスの中心で人々を癒していたのだろう。
もう冬だというのに赤く、滴る血のような艶やかな果実をいっぱいにつけている。
日本でもザクロの木は鬼子母神伝説とかあったから、どうしても血を想像しちゃうけど……うん。
「もしかしたら、ここにって、フェイ!」
私が声をかけるより早く、フェイは木の前に膝をつき、地面に手を当てていた。
何かを確かめるように手を地面に当てると杖を出し……
「シュラム・トルピエード」
「うわあっ!」
なんの躊躇も躊躇いもなく、地面に向けて何か術をぶっ放したのだ。
うわー、地面がえぐれてる。
風のミサイルみたい。でも……
「あ」
えぐれた地面の大穴の底。木の根が絡まった白い布の切れ端みたいなものが見える。
止める間もなく、穴に飛び込んだリオンとフェイが持参してきたスコップで丁寧にそれを掘り返す。
私達の思う通りなら、既に十年以上土の中にあった筈。
朽ちて、土に返っていてもおかしくない筈なのに、精霊上布で包まれたそれは不思議なほどしっかりとした形を保っていた。
「マリカ…様、開けます」
「お願いします」
リオンが、そっと布をナイフで裂くと、人々の間から、どよめきが上がった。
出てきたのは女性の亡骸。
でも、でもちょっと信じられない。
目を閉じたまま、横たわる女性は蝋化も、ミイラ化もしておらず、胸に、ナイフこそ刺さっているけれど、今も眠っているような美しさを讃えているのだ。
輝くような銀髪、マクハーン王太子と、フェイとよく似た相貌。
おそらく間違いなくファイルーズ様。でも……こんなことって。
「はは……うえ?」
フェイが、膝をつき、そっと手を触れる。
と、同時、ブワッっと、塵のようなものが舞い散り、周囲に幻が見えた。
泉の傍らで膝をつかされ、押さえつけられているファイルーズ様と、国王陛下達。
侯爵や第一王子もいるみたいだ。
『覚悟は決まったか? ファイルーズ』
国王陛下がナイフをファイルーズ様の喉元に当てている。
『なぜ、このような事をするのですか?』
『お前はもう『聖なる乙女』ではない。ならば、その身、その力をもって国を潤し恵みを与えるのだ』
『『聖なる乙女』でなくなったのに、命を捧げて意味があるわけが……』
『『聖なる乙女』は乙女で無くても、その身体と存在に力がある』
『え?』
『恨みをもって死のうと、その血は大地を癒し、屍は力を残す。
本人の意思や考えは関係ない。そういう道具なのだ『聖なる乙女』は。
お前をもう表に出すことはできぬ。せめて最後に王女としての務めを果たすがいい』
『そんな……』
『言うことを聞かねば、其方の子がどうなってもいいのか?』
『! 私の娘をどうするつもり?』
『……心配するな。王宮に保護して新しい『聖なる乙女』として大事に育てる。
其方が言うことを聞けばな』
『そう……』
ファイルーズ様は静かに目を閉じる。
思いが伝わってくるようだ。
(『風の精霊達は、あの子を守ってくれている。お父様達はあの子を見つけられていない。
なら、私が死ねば、お父様達はあの子への手がかりを無くすだろう。
どっちにしろ、私はもう逃げられないし』)
『解りました。放して下さい。自分でやります』
威厳とした王族の態度に彼女を押さえつけていた兵士達が手を離す。
彼女は国王陛下が差し出したナイフをひったくるようにして奪うと、目を閉じた。
そして
(『私も、ここまでかあ。でも、女の分際で思う存分好き勝手させてもらったし、お父様に娘殺しさせちゃうのも良くないし。あの人も……もういないし。
兄上や侯爵と結婚するよりはまし。ま、いいか!』)
『風の精霊神様、この身と魂を貴方とシュトルムスルフトの大地に捧げます』
「!」
己の心臓、その上に躊躇わず突き刺した。
崩れ、倒れるファイルーズ様の血がオアシスに流れると同時、周囲の緑が濃さを増していくのが解った。
(『自死を行う者は誰であろうと、神の野に行くことはできないって言ってたっけ?
あの人の所には……きっと行けないよね。
ならば、私はここで待っていよう。きっと、この国の為の道具であっても『精霊神』様は、『精霊達』はそれくらい許して下さる』)
あまりにも潔く命を捧げたファイルーズ様に、逆に驚く男達を気にも留めず
(『お姉様と、お母様、そしていつか戻ってくる私の子が来るまで。
フィクル。私の愛しい子。
どうか貴方の上に精霊の祝福がありますように……』)
ファイルーズ様はその瞳を閉じて、動きと命を止めたのだった。
夢のような不思議な、時間が過ぎて、我に返った私達の前。
亡骸に触れるフェイの前で、
「わっ……」
音もなくその身体が塵と化した。
塵は風に溶け一瞬前まで、まるで血の通っていたような肉体はもうどこにもない。
冴え冴えとした白骨と紫水晶のような輝きを放つ輝石が一つ、残ってるだけだった。
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