ずっと願い続けてきたことがある。
夢と、呼ぶのもおこがましい、ただ、本当に当たり前のこと。
この『美しい』男に相応しい報いを、光を。
願ったのは本当に、ただそれだけのことだったのに。
「まさか五百年もかかるとは思わなかったが。
やっと、これでお前に報いてやれるだろうか?」
ベッドの中で、全てを使い果たし眠る子ども。
その額にかかる髪を俺は万感の思いで静かに撫でる。
何故、あの時気が付かなかったのか。
色こそ違うけれども、無邪気に眠るこいつは、あの頃と同じ顔、同じ容をしていた。
闘技場裏。
救護、休憩室。
「う…ん」
「フェイ兄! リオン兄が!」
決勝戦終了後、意識を失ったアルフィリーガ。
リオンの様子をベッドサイドで見ていたアルが、突然声を上げた。
その声にははっきりとした歓喜が滲む。
俺と、フェイも側に走り寄る。
「皇子…!」
「ああ…」
小さなうめき声と共に、完全に遮断されていた意識が確かな、浮上の兆候を見せていた。
やがて、首が左右を探るように揺れた後。
「…う、う…ん」
ゆっくりと瞼が開いた。
黒い、露に濡れたような瞳が現れ揺れる。
「リオン!」「リオン兄!」
「あ…俺…は? 勝負は…どうなった?」
「試合は、終わりました。
…リオンの優勝ですよ。リオンの意識が戻れば後、一刻の後。
二の木の刻から、表彰式が行われる予定になっています。
身体は…動きそうですか?」
フェイの説明に、リオンは手のひらを握り、開くを繰り返し、自分の身体の接続を確かめる。
「なんとか…なりそうだ」
「良かった。心配していたのです。勝利の宣言とほぼ同時、貴方が倒れたから。
皇子の命令で顔近辺を洗浄し、休憩室で眠らせていました。
まさか…」
「フェイ、アル」
「なんです?」「なんだ?」
リオンは目を閉じ、二人に言う。
「マリカ達の方に言って、説明して来てくれ。
あっちがどうなったかも知りたいし、向こうも心配してるだろ?」
「あ、それならおれがひとっ走り行って連れて…」
「…解りました。
皇子、リオンをお願いします」
「え? でも、フェイ兄?」
「ああ、心配するな」
眼を瞬かせるアルの背中を身体で押しながら、フェイは部屋の外に出て行った。
パタンと、扉が閉じられると。
部屋の中は俺とあいつの二人だけ。
「相変わらず頭の良い子だな?」
「俺の魔術師だからな」
「…薬を盛られたか?」
あの状況からして、アルフィリーガが倒れるとしたら理由はそれしかないのだが奴は
「もう終わったことだ」
静かにそう微笑む。
それは肯定であると同時に、奴を罪に問う意志はないという事。
唯一、怒る権利があるアルフィリーガが不問にするというのであれば、ことさらに事を荒だてる必要も無いだろう。
「解った。お前がそう言うのなら、それでいい」
「ありがとう。ライオ」
「こんなことで、礼を言わなくていい」
ふと、目が合い微笑が零れた。
静かな、でも、優しい沈黙が言葉にしない互いの思いをくみ取ってくれるようだ。
「本当に、いいんだな? アルフィリーガ」
「? 何がだ。ライオ」
ずっと、抱えていた疑問と思い。
それを確認する為のこれは最後の機会であるから。
俺は無理を押して今、ここにいる。
「貴族の地位を得る事だ。
それは同時に『精霊の獣』が国に縛られることになるという事。
お前達の翼を折るつもりは無いが、多少なりとも制限はかけられる事になる。
それでもいいのか?」
「ああ、構わない」
刹那の間もなく、帰った返事に迷いは確かに見えなかった。
「ずっと、お前には助けられて来た。
あの時も、そして再会してからも。
フェイではないが、俺は戦う事しか知らず、考えずに生きて来たから当たり前の知識や常識が足りない。
きっとこれからも迷惑をたくさんかけるだろう。
俺だけではなく、マリカや皆、魔王城を守り、抱えるお前に、たくさんの迷惑を」
ただ勧められたからではなく、自分達の状況やできること。
十分に考えた上での決断だと、解ってはいる。
「だから、これでいい。
やっと戻ってきたんだ。お前の隣に。
手に入れたんだ。お前を助けられる力を。
『精霊の獣』の使命は神を倒し、この世界に精霊の力を取り戻す事。
けれど、それとは別の所で俺はお前の力になり、助ける。
使命では無く、役割でも無く、俺自身が、そうしたいと願うからだ」
「解った…。お前がそう言うのなら…それでいい」
俺は鷹揚に頷いて見せる、フリをした。
胸の中にこみ上げる歓喜の思いを、精一杯に押し隠して。
奴にはきっとバレバレだと解っていても、一応、年上にして皇子の威厳を壊すわけにはいかないからだ。
「そこのテーブルに、この間頼んだ礼装が出来上がって、届いている。
丁度いいから受勲式にはそれを着て出ろ」
「え? いや…いい。
俺はこのままで…。ウルクスとの差が出すぎて…」
「ウルクスにも適当な服を見繕ってやる。
…俺が見たいんだ。
お前が最高の舞台で、祝福と喝采を得る姿を。
…あの時は最後まで見る事が、できなかったからな」
「ライオ…」
それだけ告げて、俺は部屋を出た。
間もなく、マリカ達も戻って来るだろう。
受勲式まであと一刻。
無理を言って出て来たが、主催者としていつまでも場を空ける訳にはいかない。
ライオから、皇子ライオットに戻って俺は歩き出す。
「では、これより、表彰式と 騎士叙勲の儀を執り行う。
ゲシュマック商会のリオン! 前へ」
「はい!」
皇王陛下の前に進み出たリオンを見て、会場全体が溜息と賞賛が入り混じったような吐息と、喝采に溢れたのが解った。
先ほどまでの殆ど普段着と変わらない服では無く、この国の民族衣装。
戦う者に許されたチェルケスカ。
戦士の礼装を身に纏ったリオン。
黒い瞳と髪を際立たせる白いコートの意匠も思った以上に優美で、それでいて力強く、戦士としての奴に似合っている。
自画自賛も良い所だが、良くできたいい服だ。
シュライフェ商会のデザイナーは相変わらずいい仕事をする。
貴族の証。
黄金のメダルを授けながら皇王陛下が、親し気に笑いかける。
「…久しぶりだな」
「どこかで、お会いしましたでしょうか?」
「…いや、いい。
此度の戦いぶり、見事であった。今後もライオットを支え、この国の守護を担ってくれ」
「必ずや。世界と精霊と、この国の為に全力を尽くします」
一際、高く、大きな拍手が会場に響いた。
アルケディウスに史上初、最年少にして子どもの少年騎士貴族が生まれたのだ。
ずっと願い続けてきたことがある。
夢と、呼ぶのもおこがましい、ただ、本当に当たり前のこと。
この『美しい』男に、親友に相応しい報いを、光を。
願ったのは本当に、ただそれだけのことだったのに。
まさか、五百年もかかろうとは。
「覚悟しろよ。アルフィリーガ」
奴には聞こえない呟きで俺は微笑む。
一度、表舞台に出て来た奴は宙に昇った太陽と同じ。
周囲を照らし、生きる力を失っていた人間達を変えていくだろう。
世界がきっと、奴に魅了される。
俺は、その日がとても楽しみだった。
偽りの勇者伝説は終わる。
新しい、そして本当の勇者伝説が、今日、ここから始まるのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!