フェイが泣いている。
なんだか初めて見た。
彼が、弱みを私達に晒すのは。
いつも揺るぎない信念を持って私達を助ける魔王城の頭脳で、参謀で。
リオンや私達を助けるために、全てを使っている頼りになる仲間。
自分にはリオンや私達が有ればいい。といつも、シュトルムスルフトに来てからも言ってくれていたけれど。
誰だって、自分のルーツは気になるし、自分が愛されて生まれてきたと解ればきっと嬉しい。
だから
「よかったな。フェイ」
言葉をかける役はリオンに任せたけれど、私も心から同じく思う。
フェイはちゃんと愛されて、望まれて生まれてきた子ども。
本当に素晴らしい、良い事だとおもう。
そんな私達を見てマクハーン様は嬉しそうだ。
「君が、どういう事情で今の地位につき、杖を手にしたかは問いません。
シュトルムスルフトの『精霊神』によって取り上げられた筈の風の王の杖が何故、フェイの手に渡ったのかも。
できれば、杖と共にシュトルムスルフトに戻って王族に復帰して欲しい気持ちは勿論あります。風の王の杖の主とはいえ、君に王位を譲る、とは色々な意味でちょっと言えませんが」
「マクハーン様」
甥っ子がどんなに可愛くても、その辺シビア。でも、私的には好印象だ。
家族が大事であればあるからこそ、引かなければならない一線は確かにあると思うから。
「杖自身が選んだ主を人間の意図によって変えることはできないし、してはいけないと解っていますから、杖を取り上げることも私はしないつもりです。父王が知っていればまず間違いなく、杖を取り上げるか君を拘束していたでしょうが。
私はそんなことはしない。したくない。
だから、約束した通り君に選択権を委ねるよ。フェイ。
どうする? この国に残り王族として私を助けるか、それともアルケディウスに戻るか?」
「アルケディウスに戻ります」
即答だった。
「この国に来るまで不安があり、先王の態度や第一王子の仕打ちもあって、シュトルムスルフトという国に、今まで不信感はありました。
勿論、貴女の事は嫌いではないですし、力になりたい気持ちもあります。
でも、それを差し引いても、僕はアルケディウス皇王の魔術師であり、命と忠誠を捧げた主と新しい家族を持っています。ですから、シュトルムスルフトに属することはできません」
はっきりとマクハーン様と視線を合わせ、フェイはそう断言した。
母と父の形見のお守りを握り、家族の思いに落涙しても、フェイがフェイであることに全く揺るぎが無かったということが嬉しくて、安堵する。
もし、フェイがシュトルムスルフトに残りたいと言えば、悲しいけど仕方ないと心のどこかで思っていたから。
でもそんなことはあり得なかったのだ。反省。
「そうか。なら仕方ない」
マクハーン様は少し残念そうに。でも解ってはいた、という面持ちで頷いて下さる。
「マリカ様やアルケディウスには莫大な返済できないくらいの大きな借りがあるから無理は通せないし、セリーナにも頼まれている。今の提案は無かったことにしよう。
君が魔術師の杖持ちであることはともかく、その杖が『風の王の杖』であることも知っているのは私と、この場にいる私直属の腹心だけだ。母上も知らない。
悪人やまったく見知らぬ他人に王族の杖を持たれているよりも安心できるしね」
「ありがとうございます」
「ただ、もし、この国に何かが起こって、君の力が必要になった時。
勿論アルケディウスと天秤にかけろ、というつもりは無いけれど助けに来る、そんな選択肢を残しておいてくれると嬉しくはあるかな」
「アルケディウスとシュトルムスルフトが再び敵対するようなことが無い限り、必要があれば僕の主はそれを許してくれると思います。
僕も父と母と、大切な杖の故国を失いたいとは思いませんから」
首を返し、私とリオンに向けるフェイの眼差しには確信と信頼がはっきりと見て取れる。
うん。と頷き返す。
そんな時にはフェイに助けに行って欲しいと思うし、私も助ける。
この国の事ももう、嫌いじゃないしね。
「それでいい。感謝するよ。
このサークレットがあれば王族魔術師としての形もつくからなんとかやっていけるだろう。
『精霊神』を無事に復活させたら、この国に改めて守護を下さるとお約束も頂いているしね。
マリカ皇女。改めて正式にお願いいたします。
『精霊神』復活の儀式の助力を。
そして、一族の子。フェイにご加護を」
私に膝をつくマクハーン様に私は視線を合わせて首を横に振った。
「いつもフェイに助けられているのは私達です。
今後も家族として、仲間として大事にしていくとお約束します」
「ありがとうございます」
「復活の儀式については、各国に望まれたら行って構わないと言われております。
いつなりとお申し付けください」
「重ね重ね、感謝申し上げます。慌ただしくなりますが次の風の日に行えるように準備を行う予定です」
シュトルムスルフトでの日程もなんだかんだでもう終盤だ。
今は地の曜日で準備を整え風の日に儀式を行い、次の空の日に別れの宴。
開けた翌日の夜の日にシュトルムスルフトを出立ということになるだろう。
「姫君にはほぼ休みも無く、御迷惑をおかけしてしまっていますので、何かご要望があればお受けしますが……」
「では、明日お休みを頂いてファイルーズ様のオアシスに向かうことは可能でしょうか?」
「勿論、構いません。侯爵は拘束されておりますが、その息子が今は代理として統治しております。侯爵よりは話が分かる人物です。
案内させましょう。私も同行したいですが少し難しいので」
「解っております。御無理をお願いして申し訳ありません。あと、黒い油の採掘現場というのはオアシスから遠いですか?」
「いくつかあり、その一つが遠くはありません。興味が御有りですか?」
「はい。できれば、程度ですが」
「朝、早めに出ればそんなに無理なく回れると思います。姫君の祝福で変わったシュトルムスルフトを見て頂くのもいいかもしれませんね」
「ありがとうございます」
フェイとリオンが私の方を見ている。
なんで、って顔ぶりだけどちゃんとやっておかなければならないことがあるからね。
残りの日程について確認を終えて、話もほぼ終わった後。
「あ、そうだ」
「なんですか? 姫君」
少し、気になっていたことを検証してみたいと思った。
他の国では提案のチャンスが無かったけれど、シュトルムスルフトなら行けるかも。
「そのサークレットを、フェイにお借りできませんか?」
「え? 『聖なる乙女』のサークレットですよ。身に着ける資格の無いものには拒絶の雷光で弾かれるのですが」
「その資格というのが、どのようなモノなのか確かめてみたいと思うのです」
「まあ、別に構いません」
「フェイ。ちょっと協力してもらえませんか?」
「解りました」
また意味が解らない、とちょっと、怪訝そうな顔をされてしまったけれど、フェイは進み出て私のお願いを聞いてくれた。
箱を預かり、そっとサークレットを手に取る。
「おや?」
マクハーン様が目を瞬かせる。多分、資格が無い人が手に取った場合、この時点で雷光に弾かれてしまうんだよね。でもフェイは今の所大丈夫そうだ。
「被ってみてください」
「はい」
おそるおそる、フェイがサークレットを頭に乗せる、
バチン! と同時、冠が青白い光を放ち輝いた。
拒絶された、訳ではなさそうだけど、いったい何?
「フェイ!」
「どうやら、何も起こらないようですね」
光が収まり、一呼吸。
スッと、自分からフェイはサークレットを外した。
けっこう似合っていたからもったいない。ではなく。
「本当に、大丈夫?」
「はい」
『何も起こらなかった』
それは嘘だと解る。
微笑むフェイの瞳は、ほんの少し前とは確実に違う。
フェイの知らなかった姿をまた見た気がする。
大人っぽい、息を呑むような深く、そして自信に満ちた知性の光を灯していたから。
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