【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 転生者の告白 前編

公開日時: 2022年1月22日(土) 07:25
文字数:4,116

 赤ちゃんは、どうしてこんなに可愛いんだろう。

 今更ながらに当たり前のことを思う。


 星の一月、最初の日の夕方。

 ティラトリーツェ様の怒涛の出産劇から数刻。


「抱いてあげなさいな」


 優しい言葉に甘え、私は小さな、小さな体をそっと抱き上げる。

 手のひらに伝わる体温、小さな呼吸。

 全てが柔らかく、暖かい。

 ああ、この命たちを守れて本当に良かった、と心から思いながら。




 アルケディウス皇子 ライオット様と皇子妃ティラトリーツェ様。

 お二人の子の出産が無事済んだのは今朝の事。

 まだ一日と経っていない。


 ほぼ徹夜となったので、出産後、腰が抜けて動けなかった私は、館で少し休憩させて頂いて、少し体調を取り戻した。

 もう夕方だけど、一度店と魔王城に戻って報告したい。

 と思っていた所に、トントンとノックの音。

 

 ミーティラ様がやってきた。


「マリカ。体調が戻ったのならティラトリーツェ様の所においでなさい。

 話があると呼んでいます」

「解りました」


 どちらにしろティラトリーツェ様の許可なしに帰れもしないし、赤ちゃんたちの様子も見たい。


「こちらはお任せ下さいませ」


 第三皇子家で側仕え見習いをしているセリーナがそう言ってくれたので、私はミーティラ様と共に、ティラトリーツェ様の寝室に向かった。


「良く来たわね。

 少しは疲れが取れた?」

「はい。片付けもせずにすみません。良いベッドでぐっすりと眠らせて頂きました」

「それは良かった。一度店に戻るでしょうけれど、その前にこの子達に『姉』をちゃんと紹介しておきたいと思ったの」

「ありがとうございます。」


 ティラトリーツェ様の産後の回復も今のところは順調の様子だ。

 皇子妃様だし、家事とかに気を取られる心配はないだろうから、ゆっくり体調を戻して貰えればと思う。


「ミルクは飲めそうですか?」

「男の子の方は大丈夫。女の子の方は少し吸う力が弱そうな感じね。

 あと、ちゃんと母乳が出るかどうかも心配。どうしたらいいかしら?」

「お二人ですし、母乳が足りない時にはヤギのミルクに少し砂糖を入れて補うなどしてはどうでしょうか?

 一度温めて殺菌してから、清潔な布に浸して吸わせるなどするといいかも…」


 人口の粉ミルクが無い時代は乳児は下痢に寄る死亡率が多かった。

 牛乳だけでは栄養が足りない。

 牛乳よりはヤギの乳の方が栄養価が母乳に近いと、昔見たテレビで同郷のお祖父さんが言っていたし、本でも見た。

 きび砂糖はミネラルも含まれているから少しは良い筈だ。


 調乳は雑菌が入らないように行うのが大前提ではあるけれどこの中世ではそこまでできない。

 とりあえずは母乳で頑張って貰って、あとは足りない分を補えばなんとかなるのではないだろうか。


 …多分、最悪、子どももミルク無しでも生きる事はできなくもない。

 どうやら飢え死に、という現象はこの世界には無さそうだから。


「母乳はお母さんが、しっかり体調を整えて、栄養のあるものを食べることが大事です。

 水分は多めに。後、肉魚、パン、あとできれば野菜や果物も偏りなく召し上がって下さい。

 後で良いメニューなどを考えてお持ちします」


「解ったわ。手配してみます。ミーティラ」

「解りました」


 小さくお辞儀してミーティラ様が部屋を出る。

 広い寝室は、私とティラトリーツェ様と子ども達だけになった。


「コリーヌさんは?」

「お兄様に無事出産したことを知らせる為に手紙を書くと言っていました。

 皇王妃様も皇王陛下にご報告に戻られたので、今日の夜には城下にも、新しい皇族の誕生が伝わるのではないかしら。

 正式な披露目は新年の参賀の時になるでしょうけれど」

「そうですね。今はまだ、外に赤ちゃんをあまり出さない方がいいと思いますから」


 頷く私にティラトリーツェ様は、自分の横に眠っていた赤ちゃんをそっと膝に上げ、私を手招きする。


「抱いてあげなさいな」

「いいんですか?」

「勿論です。貴女はこの子達の姉なのですから」

「では、失礼します…」

 

 優しい言葉に甘え、私は小さな体をそっと抱き上げる。


「わあっ、軽い!」


 早産の、双子。

 当然だけれど、リグよりも小さくて、軽い。

 羽のようだ。


 多分2500~800gくらい。

 3000gまではいってないだろう。


 手のひらに伝わる体温、小さな呼吸。その全てが柔らかく、暖かい。

 ああ、この命たちを守れて本当に良かった、と心から思いながら私は、一人ずつ、丁寧に抱きしめ、頬を寄せた。

 この子達の出産を助けられた事は、きっと私の一生の誇りになる。


「名前は、お決めになったのですか?」


 男の子をお返しし、女の子の方をだっこさせて頂いているときに、ふ、と思い出して聞いてみた。


「二人、ですからね。皇子が男の子を、私が女の子を名付ける事にしました。

 だから女の子の方はレヴィ―ナと、もう決めています」

「レヴィ―ナちゃん、ステキな名前ですね」


 大好きなレヴェンダの花、

 ラベンダーの花からとった名前をティラトリーツェ様は、ずっと愛娘の為に用意していたのだ。

 

 

「男の子の方は、どうするつもりかしら。まだ聞いてはいないの。

 強い獣にあやかるとか、言っていたかしら」

「ご自身が獅子に肖ったような名前でいらっしゃいますからね」


 子どもの名前を付けるのは親の特権だ。

 どんな名前を皇子が付けるのか楽しみにしておこう。



「そういう訳で、今、ここには私と子ども達しかいません。

 ミーティラには席を外させました。用件が済んだ後は多分、入り口で見張りをしてくれている事でしょう

 これから慌ただしくなる前に、気になることを確かめておきたいと思ったの」

「気になる事、ですか? 何でしょうか?」


 私はレヴィ―ナちゃんをティラトリーツェ様にお返ししながらしらばっくれる。

 …まあ、逃げ出せない事は解っているけれど。


「貴女の事です。マリカ。

 貴女は一体何者です?」


 予感的中。

 まあ、言われるとは思った。

 出産介助中、思い返せば色々言ったしやらかした。

 ティラトリーツェ様の視線と言葉から逃げるように目線を反らしつつ、重ねてしらばっくれ。


「私は魔王城のマリカ、です。それで納得しては頂けませんか?」

「最初は、前魔王の転生。大人で五百年前の為政者の知識を持つモノ。

 それで私も納得していたのですけれどね…」


 納得していた。

 つまりは過去形。今は、納得していないという事。

 現にレヴィ―ナちゃんを優しく抱きながらもティラトリーツェ様が私を見る両眼は鋭く光っている。


「あの時、呟いていた全足位、というのは何です?」

「…逆子の胎位の名前です」

「出産介助の経験はあっても素人、と言いながら何故そのような名が出てくるのです?

 双子は早産になりやすい、という言葉と合わせ、まるで数多の双子、逆子の出産に関わる知識を持っているかのよう…」


 やっぱり、頭のいいティラトリーツェ様。

 聞き逃しては下さらなかったか。


「チョコレートや香油の件は、まあ、貴女ですからまだしも、足湯の時、貴女は言いましたね。

 この花の香りは妊婦の出産にいい。内なる臓器に働きかける、と。

 花の香りにそのような効果があると一体、いつ、どこの誰がそれを探り当てたのですか?」


 反論はできない。

 声を荒げるでなく、静かに、事実のみを告げるティラトリーツェ様の言葉を私はただ置物になったように聞くしかできなかった。


「この子を救ってくれた時の行動もそう。

 不安な中、必死でやってくれたことは解りますが、それでも貴女の行動にはまるで、迷いは無かった。

 こうすれば助けられるかもしれない、という方法が頭の中に入っていてそれに合わせて行動したように私は思いました。

 いかに神に等しき魔王とはいえ、為政者がとっさに迷いなく動ける程の出産介助経験があるのかと?

 では、この子は一体、と私は思ってしまったのです…」

「…実際に介助経験が、合った訳では本当に、ありません。

 ただ、色々な書物で、知識として知ることはありました」

「どこの、どのような書物?」

「この世界の…書物ではありません」

「この世界?」


 小首を傾げながらも真っ直ぐに私を見るティラトリーツェ様の水色の瞳が澄んだ泉のように私を映し出す。

 この方からの追及は二度目だ。


 もう、下手な言い逃れはできないなと覚悟を決める。

 ここで逃げてもこれから、私はこの方を母として共に生きていくのだ。

 別に魔王城の事のようにどうしても隠さなければならない訳じゃない。

 言っても、多分信じて貰えないだけで…

   

「ティラトリーツェ様。知って…どうなさるおつもりですか?」


 ティラトリーツェ様の目が小さく見開く。

 あの時を思い出したのだろう。

 かつて。

 私が魔王城の事を告白する前の時、その追及と返事を。

 意識して言葉を選んだ私と同じように、ティラトリーツェ様もあの時と同じように、高ぶりも荒ぶりもしない、静かな眼差しで私を見ている。


「どうもしません。ただ、知りたいだけです」


 ティラトリーツェ様の返事もあの時と同じ。


「解りました。お話します」

「口止めは、しないの?

 あの人は、もう知っていて?」

「皇子もご存じないと思います。ガルフも知りません。

 この世界において知っているのはリオンとフェイとアルの三人と、城の守護精霊だけ。

 でも、口止めはしません。ティラトリーツェ様が必要とあればお話下さい。

 信じて頂けるかどうかは、解りませんが…」

「どういう意味?」


 大きく深呼吸。

 私は言葉を紡ぐ。

 向こうの世界の『私』を語るのは二年ぶりだ。

 そう言えば、リオンとフェイに問われて語ったのも丁度、今頃に近い冬だったかもしれない。


「転生、という言葉をご存知でしょうか?

 死したのち再び、新たな命を受け、生まれ変わる事。リオン…精霊の獣は星によって神を倒す使命を与えられ転生を繰り返しています。

 私も、転生者です。

ただこの世界の『星』と『精霊』ではなく、別の法則に支配される世界の…」

「異世界? 本当に、そんなものが?」

「今となっては、私の記憶以外にその世界の存在を証明できるものはありませんので、信じて頂けるかどうか解らないと申しました。

 ですが、私の中では真実です。

 私の行動の基本理念。知識の元、全てはかの世界にあります」


 驚愕に目を見開くティラトリーツェ様に私は語り始める。


「その世界で、私は二十五歳の成人女性でございました」


 かつて生きた現代日本とその世界で生きた『私』北村真理香を。


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