結婚式の基本的な流れは向こうの世界の教会式結婚式とほぼ同じようだ。
「新郎入場」
黒正装のリオンに先導され、フェイが入ってくる。
さらに後ろには魔術師の杖を掲げ持ったアーサーとクリス。
アーサーがシュルーストラムを、クリスがソレルティア様の杖を持ってる。
流石に新郎新婦が杖を持っては式には来れないけれど、魔術師夫婦にとって自分達を助けてくれる杖は大事な家族だから、式にこういう形で持ち込むことになった。
月光を紡いだような銀糸の髪。紺碧の海のような蒼い瞳。
フェイは元々、ハンサムだけれど、今日はまた一段と凄いな。
白いアルケディウスのチェルケスカが長身に良く似合い映えていてゲストからもため息めいた感嘆が漏れていた。
まるで彫像のように硬く、すました顔をしているように見えるフェイだけど、あれは緊張している。それを一生懸命隠して、前に進んでいった。
真紅のヴァージンロードの真ん中までフェイを送り届けると、リオンとアーサー達と共に家族側の席の最前列に付いた。
フェイが身体を傾け、扉の方に視線を向けたタイミングを見計らって、私は続けた。
「新婦入場」
重い扉がゆっくりと開き、お父様。皇子ライオットに手を取られて、ソレルティア様が入ってきた。
先頭に立ち、花嫁の歩く先に花びらを巻いて進むフラワーガール。その後ろにはリングピローを運ぶジャックとリュウ。
そして最後にゆっくりとソレルティア様が歩いて来る。
白い長そでにハイウエストのドレスは身体を冷やさず、でも膨らんだお腹を目立たせない美しい作り。
流石プリーツェ。ソレルティア様の美しさを見事に引き立てている。
ゆっくりと腕を組み、歩いて来た二人は程なく中央で待つフェイの所にたどり着く。
「頼んだぞ」「はい。お任せ下さい」
お父様が添えて差し出した花嫁の手を、花婿はしっかりと握りしめ、今度は二人、並んで歩いていく。
そして、祭壇で待つ私達の前に、二人は進み出て、司祭と、その奥の神々に向けて膝を折った。
純白の一対。凄く綺麗だ。
と、いけないいけない。
ドキドキするけど、ここからが本番。
私は背筋を伸ばして気を引き締める。
手を伸ばし、二人を立たせ誓いの言葉を確認する。
「今、ここに大いなる『星』と『精霊神』の御前で愛し合う二人を娶せます。
フェイ」
「はい」
「貴方はここにある女性を妻とし。
病める時も健やかなる時も、惑う時も苦しみの時も、喜びの時も、悲しみの時も。
愛し、守り、互いに支え、信じあう事を誓いますか?」
「誓います」
「ソレルティア」
「はい」
「貴女はここに在る男性を夫とし。
病める時も健やかなる時も、惑う時も苦しみの時も、喜びの時も、悲しみの時も。
愛し、守り、互いに支え、信じあう事を誓いますか?」
「誓います」
二人の真摯な思いが伝わってくる。
私には二人がどんな思いの果てにここにたどり着いたかは解らない。
けれど、子どもだった私達の仲間の一人がこうして、大人として愛する女性を妻として新たな家庭を築こうとしていることは、本当に嬉しい。
心から。
「では、契約の指輪の交換を」
リングピローを差し出してまずはフェイから指輪を取って貰う。
蒼いシンプルで飾り気のない作り。
でもこれはフェイが仕事の傍ら鉱山でコツコツ集めて作ったカレドナイトの指輪だ。
金貨十枚でも買えない貴重品。
それをフェイはソレルティア様の手を取り、細い白魚のような指に優しく通す。
指輪はまるでそこが自分の居場所であるというように上品で美しい輝きを放っている。
今度はソレルティア様。
夫となるフェイの手を大事そうにとると、固くて長い指にそっと嵌めた。
ソレルティア様の手が指先に触れた瞬間、ピクリと肩を揺らしたフェイだけれど嬉しそうに力を抜き、委ねる。
互いを本当に信頼し合っているのだなと強く感じた。
「結婚誓約書に署名をして下さい」
羊皮紙によく似た、それでいて厚くて真っ白な紙を二人の前に差し出す。
結婚誓約書への署名そのものは普通の人の結婚式でも行われる儀式で、これを神殿に提出して登録してもらうのだけれど。
これは、ジャハルヤハール様が用意してくれた特別な紙で作られている。
羊皮紙よりも滑らかで白く、書きやすい感じ。
二人が結婚を確認する書類の下に順番にサインを行う。
と、同時、紙が急に光を発し始めた。
な、何?
式の段取りにもない展開に驚く私。ゲスト。
何より新郎新婦が目を見開いていた。
「え?」
まずは二人の署名がスーッと虹色に輝いたかと思うと紙に溶ける。
そして契約書は端っこから、金色の光になって溶けていく。
輝く粒子が二人の周囲を包み込み、やがて吸い込まれるように消えた。
昔むかーし、初めて大聖都に来た時、神官長に貰った『祝福』と似ている。
あれは、後で『神の力』を体内に入れられたのだ、とリオンが教えてくれた。
今の知識で言うと、操作の為のナノマシンウイルスが体内に入ったということなのだろう。
今回のこれもそんな感じなのかな?
と、考えたのとほぼ同時。
『力を借りるぞ。マリカ』
「ジャハール様!」
私の祭壇から、私の肩に飛び乗ったジャハール様が、私の中に溶ける。
ポーンと、身体の操縦権が奪われ、意識が別の場所に移動するのはいつものこと。
焦らず、映画を見るように目の前に映し出される二人の様子を見守ることにする。
やがて私の身体を借りた精霊神、ジャハール様が二人の前に一歩進み出て大きく両手を上げる。
『ここに、我が愛し子達の婚姻を認め、祝福する。
風と精霊の名において、二人の歩む道筋に爽やかなる風が常に共にあらんことを!』
瞬間、風を感じる。
会場中を奔るように疾風が抜けていったのだ。
閉じられたホールお城のホール。
外から隙間風など入る隙間も無いのに、爽やかに、どこか甘い花の香りを宿して風の精霊達が踊り始める。
(ん?)
見れば、花の香りがしたのは気のせいじゃなかった。
ファミーちゃんが撒いて歩いたロッサの花びら。それに飾りとしてホールに飾った花々の花びらが風に飛ばされ、宙を舞う。
花びらを千切るほどに強い風なのに、ゲストたちのドレスや髪は乱れる様子はない。
勿論、花嫁、花婿も美しいままだ。
集まった花弁は私(の身体)が高く掲げた手と共に高い天井、シャンデリア周りで踊り。
雪のように降ってくる。キラキラと、眩しい光を纏って。
会場の人達に。そして、新郎新婦に向かって降りて来る。
『新たに生まれた家族に祝福を。
その道筋には常に、精霊の祝福と、星の護り。
そして導きがあることでしょう……』
再び聞こえてきた声は、女性のものだったから、きっとステラ様だよね。
ステラ様も二人に祝福を下さったのだろう。
『では、誓いの口づけを』
私の身体のまま、二人を促すジャハール様。
祝福は終わった筈だけれどまだ、身体の支配権は戻って来ない。
間近で二人のキスシーンを見たかったのかな?
まるで好奇心満々の男の子のような。
ワクワクって、感情が伝わってくるので、無理に邪魔はしないことにした。
それにある意味、ここは特等席だし。
向かい合う二人は微笑すると頷き合い、そっと唇を重ねる。
瞳を閉じて顔を上に向けるソレルティア様の薔薇色の唇に、そっと啄むようにフェイは自分の唇を乗せた。
光と風と、花に包まれた二人は本当に美しくて絵画のようで。
ああ、結婚って、本当に素晴らしい事なんだな。
と改めて思う。
他人同士が出会い、愛し合い、新たなる家族となり、命を育む。
個人で生きるという考えは勿論否定しないけれど、それとは別にやはりこれは美しい。
人間が紡ぎあげた奇跡だと思う。
私はこの光景を決して忘れないようにしようと、心に焼き付けたのだった。
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