久しぶりの魔王城の朝。
私は大きく窓開け放って、部屋の空気を入れ替える。
「うわー。いい天気。空が高いや」
勿論、冬の寒さはあるけれど。それでも星の一月も終わり。
だいぶ空気もぬるんできて外に出られない程ではない。
今年は雪も『精霊神』様達に溶かしてもらったし……。
「また色々と忙しくなる前に、やれることはやっておいた方がいいよね。
よーし、みんなを起こして準備だ!」
私は大急ぎで着替えると部屋の外へ駆け出した。
朝食を食べて準備あれやこれやも大体終わって。
皇王陛下と皇王妃様、皇王の料理人に文官長。
それにお父様とお母様に双子ちゃ&ミーティラ様。
皆さんが魔王城の島にやってきたのは、午前の火の刻が終わろうという頃だった。
イメージ的に10時くらいかな?
「お前達は一体何をしておるのだ?」
冬だというのにエプロンに作業用ワンピースを腕まくり。
だって、鍋をゆでる作業していると、冬でも汗だくになっちゃうんだもの。
頭には三角巾と皇女の威厳(なんて元から無いけど)は放り投げている私に皇王陛下は呆れたように声をかけてきた。
「あ、皇王陛下、皇王妃様、いらっしゃい。
すみません。今、皆で、カエラ糖作りと味噌作りの準備をしているのです」
「カエラ糖は解るが……ミソ?」
「はい。エルティランドより麴と、ソーハを頂いたので……。
『新しい食』の調味料です」
「エルディランドでも作られていない、特別なものですよ」
「ほほう。ショーユの開発者。ユン殿がそういうのであれば、楽しみだ。
ショーユは今や味に深みを出すに欠かせないものだしな」
ザーフトラク様の目が輝いた。流石料理人。
「マリカ。木にバケツ付けてきたぞ」
「ありがとう。じゃあ、次はみんな、こっちね。味噌作り」
「何やるの?」「こっちは初めてだね」
「私も手伝おう。何をするのか?」
「ありがとうございます。今、豆をゆでています。
これが親指と小指で軽く潰せるくらいになったら……。もういいかな?」
「マリカ。やけどなどしてはなりませんよ。新年の参賀も近いのです」
「解っています。皇王妃様。セリーナ、ノアール、カマラも手伝って!」
今回は、休みも少ないから人手を二つに分けて、魔王城の食生活充実の為の作業をみんなで行うことにしたのだ。
お父様やお母様、皇王陛下達も来るというのなら、手伝ってもらった方が早くできるもんね。という訳で、随員や子ども達皆巻き込んでの味噌作り大会だ。
魔王城の鍋を全部持ち出して即席竈を作って、大豆、ソーハをゆでる。
昨日水に浸しておいたから、凄く膨れている。
向こうでやった手作りみそ体験を思い出すなあ。
「ソーハを柔らかく茹でたら踏むんです。」
「豆を踏む? 足で?」
「棒とかで潰すのもありなんですけど、子ども達が楽しめた方がいいかなって?」
こっちの世界でも葡萄酒作りに葡萄を足で踏んだりするから、綺麗に足を洗って新品の靴下を履けば大丈夫でしょう。やけどしないようにだけ気を付けて……。
「うわー、ぷちぷちって音がする!」
「気持ちいいー!」
「潰したもの後、この麴と塩をよーく混ぜるのが大事だからね。順番でしっかり!」
「ふむ、これは面白いな」
「そんなに面白いものなのか?」
「お父様もやります?」
「どれ。……ふむ、これは確かに楽しい!」
「足の裏に心地よい感触が伝わってきますな」
「どれ、私も……」
「「陛下!」」
皇王妃様と文官長様に怒られて、流石に皇王陛下は味噌作り体験を諦めていたけれど、名残惜しそうに見ている。子どもみたい。
「貴方達は邪魔をしないようにこちらにいらっしゃい」
お母様は潰した豆を味見したり、双子ちゃんに食べさせてあげたりしてる。
双子ちゃんも大きくなったよね。もう1歳過ぎたから両方歩き始めて油断ができないとお母様が言っていた。
混ぜ終わった豆を玉にして樽に入れて空気を抜く。
投げ入れてもいいって、言ったら男の子達なんか、的あてゲームのように楽しんでる。
わいわい大騒ぎ。
「お祭りのようですね」
「そだね」
「向こうの世界での調理体験やイベントを思い出しますね」
「流石海斗先生、私も同じことを思いました」
「成功したらエルディランドに知らせても?」
「勿論構いません」
「マリカ姉。次はどうするの?」
「あー、お団子を全部入れ終わったら、カメに蓋をして終わり~。
今行くよ~」
こうして、みんなでワイワイと色々な事をやるのは楽しい。
保育士だったころから、事前準備やイベントの立案は良くやっていた。
準備は大変だけれど、成功するとそれも吹き飛んじゃう。
皆が喜ぶ笑顔を見るのが、私は好きなのだと実感した。
味噌作りは今年初めての試みだったので、食べられるのは年が明けてから。
代わりに今日は最後のカエラ糖でタフィーやクレープを作って、みんなの頑張りを労った。
「これはなんですの?」
「ああ、其方は食べたことは無かったか? カエラ糖で作った菓子だ。
こうして舐めるものでな」
「あら、甘くておいしい」
皇王妃様にタフィーを作って、食べ方を教えてあげている皇王陛下。
仲睦ましくてほのぼのする。
「豆と、塩と、コウジだけしか入っていないこれがどう変わるのか……」
「これも発酵、熟成が関わるものか。奥が深いな」
「お湯に溶かしたスープだけでもかなり美味しいですし、料理の味付けとしても優れものです。ただ、管理はちょっと大変ですけど」
タートザッヘ様は学問的な意味から。ザーフトラク様は料理人としてこの作業でできるものが何か興味を持って下さったようだ。
仲睦まじいと言えば、お父様とお母様もで。
お父様の手がふさがっていない時は、いつも双子ちゃんを一人ずつ面倒見ていたのが印象的だった。
双子ちゃんが転んだり、泣きだしたりすると、何故か近寄っていくのがリグ。
頭を撫でてお世話をしようとしてくれる。
「リグ、ありがとう!」
「きっと、自分がやって貰っていることを、やってあげてくれているのですね。この子は」
あんまりの可愛さに抱きしめてうりうりと頬を寄せた私に、お母様がそう褒めて下さった。うん、多分そうだね。
子どもは家族を、兄弟を。一緒に育った人をお手本にして育つから。
その日は小春日和の一日を、皆で楽しく過ごした。
そして……
「みんな先に帰っていて。
ちょっと、皇王陛下達とお話があるの」
「はーい」「またね。へいか」「ティラトリーツェさま。赤ちゃんたちもバイバイ!」
仕事を終えた子ども達は魔王城に戻っていく。
すっかり、皇王陛下達にも慣れた様子。
まあ、陛下達の事。王様とか、偉い人っていうのをどこまで解っているかは定かではないけど。
「良い子達ですね」
「はい」
「マリカ」
「なんでしょうか。皇王陛下」
その姿を見送る私を、気が付けば皇王陛下が見やる。
正直、勝手なやらかしやその他について、事情聴取とお説教が入るかと思ったのだけれど。
ぽん、と肩を叩かれた。
励ますような優しい仕草の後。
「マリカ。
次年もおそらく各国から訪問の要請が来るだろう。受けて構わないか?」
「皇王陛下の御命令なら。
ただ、随員達にまた大きな負担をかけてしまうので、ご配慮を頂ければ幸いです」
「城下町の滞在の館を借りるぞ。色々と向こうではできない話をしたい」
「かしこまりました」
皇王陛下は部下やお父様達を手招きすると、カマラの家で実務的な話をする。
でも偽物魔王の話や、新年の参賀のお父様の同伴。
フェイの素性の詳しい事から、新技術について色々な話をした。
「アルフィリーガ。エリクスは偽物なのに何故魔王の魂を宿すことになったのだ?」
「……解らないとしか言えない。
だが、魔王に関しては俺が責任をもって処理する。任せて貰えるとありがたい」
「フェイ。シュトルムスルフトで、全属性の精霊石を手に入れたと聞くが、今、どの程度の術が使える?」
「七種一通りの術は使えるようになりました。
後で検証し、報告します」
などなど。
お菓子を食べながら和気あいあい。
怒られなかったのは少し拍子抜けだなあ。
別に怒られたいわけでは無いのだけれど。
「マリカ」
夜更け前。
皇王陛下は私を見つめる。
その瞳にはなんだか、喜悦というか楽し気な光が宿っているように見えた。
「何ですか?」
「いや。……身体を休め終えたら早々に戻って参れ。
これからに向けてやるべきことは沢山ある故な」
「はい」
「今日は楽しかった。其方の本質、というかあるべき場所がどこか、改めて解った気がする」
「?」
皇王陛下は意味深にそう笑って帰っていく。
私は皇王陛下がおっしゃったやるべきこと、って新年の参賀の準備とか、今日話し合ったこととか。そんな風に思っていたのだ。
皇王陛下が今日一日を経て、考えておられたことは、私のそれとは全く違っていたのだけれど。
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