純白の空間の中で、俺は自分が繋がれていることを感じていた。
金とも銀とも付かないぬるりとした何かが、全身に絡みつき俺を作り変える。
熱い、冷たい、苦しい、痛い。
全身を苛む痛苦は地の獄で命を吸い出される時とよく似ていて、覚悟をしていても喉がひりつく。
吐き気が止まらない。
身体から命が『精霊』としての力が吸い出されて行く。
指の先から、髪の毛の一筋まで、潰され砕かれ、再構成されていく。
生まれた時から当たり前に自分の内にあったもの。
自分を支えてくれた力が、身体から抜けていくのを感じるのは恐怖でしかない。
けれど…俺は身体のこわばりをほどき、力を抜いた。
心臓を叩くような衝撃に身体が爆ぜるように、跳ねる。
構わない。抗わない。
これは自分が望んだことなのだから。
ただ…心配が胸を過る…。
「マリカ…」
同じ『処置』を受けているであろうマリカは、大丈夫だろうか?
「貴方はどうしますか? アルフィリーガ?」
力と意識を抜かれ、倒れたマリカを抱き支えた俺に、城の守護精霊 エルフィリーネは問いかけた。
気が付けば、そこは白の領域。
星と魔王城の聖地。俺達の故郷。
アルとフェイは入れぬ聖域で、俺は『星の意志』と向かい合う。
「どう…というのは?」
「マリカ様は、今はまだ神との直接対決を避けると決め、能力を封印すると決められた。
貴方は、どうしますか? と聞いています。アルフィリーガ。
このまま力を持ち続け、神と対するか。全ての封印を解き『精霊の獣』に覚醒するか。
それともマリカ様と同じように力を封じ、今は蓄えて機を待つか…」
その言葉に含められた意味を、俺は多分、読み取ることができたと思う。
「お前は…マリカだけではなく俺も、今のまま大聖都に行ったら危険だと、いうんだな?」
「はい。既にマリカ様とアルフィリーガの復活は、大聖都の神に知られています。
魔王城に貴方達が戻ってきている事も、知られているでしょう。
そして、多分、不在も…」
「何故、そう言える?」
俺とマリカの復活は、確かに知られている。というか知らせた。
かつての魔王城と外を繋ぐ転移門を壊し、ライオットと戦った時、宣戦布告をしたのだから。
大人に戻り『精霊の貴人』と『精霊の獣』の姿で。
「飛翔型魔性が、魔王城の島によく飛来するのです。攻撃を仕掛けるのではなく、様子を伺う姿は神が放った偵察なのではないか、と思っています」
「偵察…?」
「ええ。最近は島全体の警戒を上げているので中に入ってこない事も多いですが」
「そうか…あれは」
思い出したように呟く。
確かに去年の今頃だ。
魔性を倒したら変な物体が残ったと皆で話し合ったのは。
マリカが能力を使ったら壊れてしまったけれど…。
「…やっぱり、魔性は神の手先、なのか…」
「おそらくは。魔性を使い『星の精霊』の力を集め、奪う。
…貴方達ももう、気が付いているのでしょう?」
「…まあ、な」
ライオとの再会後、俺はライオと『あの後の事』そして『神と魔性の正体』について知識を共有し、考察、一つの結論を得た。
かつてこの世界を闇に覆っていた『魔王』の正体は『神』だ。
そして『魔性』は『神』の手下。
『魔王』ではないと俺達には解っている『魔王』が死んで、世界に光が戻り、魔性が消えたのならば、それはどこからどうみても真実の黒幕は『神』であり、敵対者である『精霊の貴人』を葬るのに成功したから、彼女に精霊国に罪を被せたということ。
ミオルも、リーテも死んだ今、それを事実だと思えるのはもう俺とライオ以外居ないけれど。
「『神』は多分、貴方達を今も求めています。
真なる、完成された『精霊の貴人』と『精霊の獣』それを今度こそ、魂ごと手に入れたいと願っているのでしょう」
「…俺達の身体を使い『神』はこの星の主導権を手に入れた。
それでも、まだ足りないというのか?」
「この星を作り今の形に導いたのは『星』です。全てに関する権限は当然、創造主たる『星』にある。
それを『神』が奪い取る為には『星』自身を消滅させるか、代行者を利用して書き換えるしかないのでしょう」
「『あの時』リーテとフェイアル、そしてミオルが命がけで『俺達』を逃がしてくれた。
身体は奪われてしまったけれど、魂だけでも…と。転生も出来ない程に命の全てを賭けて…」
「ええ、そのおかげで、この世界にはまだ『星』の意志が介入できる猶予ができた。
完成された貴方達が魂ごと神に囚われていたら、この『星』の全ては神の物へと変わっていたでしょう」
『…逃がしてあげる。アルフィリーガ。
だから、いつか戻っていらっしゃいな』
『僕の尻拭いを押し付けるようで申し訳ないけれど、あの方を止めておくれ。
悪い方ではないんだ。本当に…でも…』
神の領域下での会見。
騙し討ちされ、命と身体を奪われた『精霊の獣』と『精霊の貴人』
奪った『星の精霊』の肉体を使い、自らの領域を固定、『星』の支配権を手に入れた『神』
それが五百年前の『勇者伝説』の真相の欠片だ。
「『神』とは何だ?
『神』は俺に『星』と自分は同種の者。兄弟のような存在だと語った。
意見食い違い、袂を分かったけれど、人々を、子ども達を思い、守り、救いたいと思う気持ちに変わりはないと。
俺はそれを信じたからこそ『精霊の貴人』を連れて行ったのに…」
腕の中のマリカの細い身体を抱く腕に力が入った。
今なお、忘れることはできない。
操られ、この手で、自分の守り刀で大切な人を刺したあの感覚を。
「幾度も死んで、転生を繰り返し『星』に力を捧げたからこそ解った。
『神』と『星』は確かに同種の存在だ。
同じ方法で生物に力を与え、力を奪うことができる。
できることは同じでも、やっていることは全く違うが…」
地の獄で俺が捧げた力で、人以外の自然の循環で『星』は世界を維持し、『神』は不老不死世界という箱庭で、人間から意志と力を搾取する。
五百年にも渡る長い時、集め続けた力で『神』は一体何をしようとしているのか…。
「詭弁…ですね。
人々を、子ども達を思い、守り救いたい。
言葉に偽りがないからこそ『貴方』は騙されてしまった。
『星』も『神』があそこまで変質してしまっていたとは、思いもしなかったのでしょうし…」
「だから『神』とは何だ? 『星』と『神』とは一体…」
「それを知らせる権利は、私には無く、それを知る権限も今の貴方にはありません」
俺の疑問への回答を、エルフィリーネは拒絶する。
冷酷なまでにきっぱりと。
「『今の』俺にはない、と?」
「ええ。マリカ様。『精霊の貴人』と同じく、貴方が完全な『精霊の獣』となれば知ることが許可されます。
あの時、貴方はそうなる前に、島を出てしまった」
「俺が『精霊の獣』になれば、全てが解る、許される?」
「ええ。けれど、さっきマリカ様にも告げた通り、そうなった貴方は今のリオン・アルフィリーガとは完全な別の存在であるでしょう。
考え方も、物の見方も全てが今の貴方と異なる、この星の管理者代行として目覚める事に…」
思い返す。
『精霊の貴人』と違って、俺は一度たりとも自分が成人し真実の『精霊の獣』となった記憶がない。
エルフィリーネの言う『考え方も、物の見方も全てが今の貴方と異なる、この星の管理者代行』という存在がどんなものなのか、まったく想像する事も出来ないのだ。
俺の知る『精霊の貴人』は優しいマリカ様の記憶でしかないが、それでも『星』と『自らの守るべきモノ』を守る為に他の者を切り捨てる厳しさは有していた。
「マリカは、それを怖れて封印を選んだんだよな…」
「ええ。その選択も過ちであるとは思いません。ゆっくりと心と身体を成長させて最後に覚醒するのであれば、二つの存在の齟齬は最小限となる。
マリカ様の大事なものは大事なままに『精霊の貴人』に受け継がれる事でしょう」
だから、貴方はどうしますか?
とエルフィリーネは問う。
今の自分とは全く違う自分。
けれども最強たる星の代行者と今すぐ成るか。
それとも、ゆっくりと心と身体を育て直して、最後に今の自分として目覚めるか。
「マリカ様よりも、正直、貴方の方が色々な意味で危険度は高い。
このまま力を持ち続ける事も、力を封じる事も。どちらも利点と不利益があります」
力を封じれば、せっかく返却された予知眼も(バングルを付ければその時だけ使えるにしても)使えなくなるし、育て上げ鍛え上げて来た身体も人並みに戻る。
飛翔は、この世界に産まれた『リオン』という生き物の『能力』だから使えるだろうが、今まで無意識にできていた多くの事ができなくなるだろう。
一方で自分だけ力を持ち続けていれば、マリカの側にいつもいて守ってやることはできなくなる。
自分が側にいる事で『神』に目を付けられ、よりマリカを危険に晒す事にもなる。
「どうしますか? アルフィリーガ。
私は『星』は、貴方の想いを尊重します」
「力を封じてくれ。俺は、マリカと共に歩いて行きたい」
「解りました。貴方とマリカ様の決断に星の祝福があらんことを…」
思ったよりもすんなりと出た自分の結論に驚きながらも、エルフィリーネも『星』もその意志を受け入れてくれたことに安堵する。
『神』を倒し、星と人と精霊を全てのものから守る『精霊の獣』の使命を忘れはしない。
けれど、俺はそれ以上にマリカと共に歩いて行きたい。
マリカを、その願いと思いごと、守りたいと思うのだ。
目を閉じて全てを星に委ね、変わっていく身体を、力を、俺は受け入れた。
例えこの身体から全てが奪われようとも残るモノがあると知っている。
俺の半身にして運命。
導きの星。
マリカ。
今までも、これからも、俺はマリカと共に歩いていくのだ。
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