「いい加減に機嫌を直してはくれぬか?」
ぷっくりと頬を膨らませたまま、不機嫌を隠さない私に皇王陛下は宥めるように声をかけてくるけれど。
ふーんだ。
まだ、許した訳じゃないんだからね。
「ノアールを信じてくれないお祖父様なんかキライです!」
「ぐ…!」
「マリカ!」
お父様が、困った様に顔を顰めている。
皇王陛下にもけっこうダメージいってるっぽい。
「きらい」攻撃は子どもの必殺技。
拗ねた子どものコレは子どもに甘いジジババに良く効くと経験則で知っている。
まあ、ダメージが大きいので本当に多用はできない必殺技だとも知っているけれど。
こういう選択肢のない選択肢をいきなり突きつけてくるようなことは本当に止めて頂きたい。
「儂はマリカの為を思ってだな…」
「だったら、事前にちゃんとお話して下さい。
私の重大事を頭飛び越して決められるのイヤなんです」
そう、問題はそこ。
私の影武者。
私に襲い掛かる危険への対処を、私への相談なしで勝手に決められているというのがイヤなのだ。
「影武者の件を提案したのは俺とティラトリーツェだ。
あんまり父上を責めてやるな」
「お父様」
「社交シーズンが始まって、国の大貴族共が今年は以前より早めに集まってきている。
目的は多分『新しい食』とお前だぞ」
「その辺は解っているつもりです。プラーミァでもエルディランドでもそういうアプローチは少なくなかったし」
皇王陛下やお父様が『神の降臨』の後、私を本気で心配してくれている事は解っている。
子どもの安全を守る為に、できる限りのことをしようと思ってくれているのは私を愛して下さっている証拠だと十分に理解しているつもりだ。
自分の事を自分でできない。
できるかできないかを判断できない幼児と、私は違う。
そもそも幼児だって、三歳を過ぎれば自我が出てきて、話せばやるべき事、やらなければならない事を理解できる子もいるのだ。
「だから、私のことを決めるなら事前に私にも教えて下さいって言っているんです。
そうすれば、私からノアールに相談できたし、ノアールだってこんな圧迫面接みたいな状況で答えを出さずに済んだはずです」
私は、本当はノアールを魔王城の島に預ける事も考えていたのだ。
ノアールももしかしたら精霊術士になってみたいとかあるかもしれないし、不老不死を得ていない今ならお城に入って教育を受ける事もできる。
子ども達と一緒にのんびり過ごしながら、自分がやりたい道を見つけられるようにしてあげたくて魔王城の島に連れて来たのに。
「お前は色々と甘い。
特に子ども関連に関しては警戒心が無くなるようだが、貴族社会、王宮というのは陰謀が渦巻く魔性共の巣だ。
不老不死前は、暗殺、毒殺もあり。子どもの暗殺者を使うような者だっていたのだぞ」
「だからこそ、当事者である私をないがしろにしないで、教えて下さい。
私は子どもですけれど、子どもであることに甘えて思考放棄するようなことはしないつもりですから」
私は転生者で元保育士だったから、その辺物わかり良すぎると自覚しているけれど。
子どもだってちゃんと教育と愛情を受けて育った十一歳なら、自分の事を自分で判断できる力は十分にある。
善悪の判断だってつく筈だ。
ついていないのなら、それは何かが足りなかった証拠。
周囲の大人が教えてあげればいい。
「もう少し、子どもらしく伸び伸びさせてやりたい親心は解ってくれないのか?」
「自分で決めて足を突っ込んだんですから、その辺は覚悟してます。
それに、ちゃんと愛されているのも心配して下さっているのも解ってますから」
視線を合わせてくれた「お父様」の首筋に腕をまわして、私はぎゅう、と抱きしめる。
やっぱり、保育士にはできない安心感だ。
「お父さん」の優しさと逞しさは。
魔王城の子ども達にも与えてあげたいくらい。
「お祖父様も、大好きですよ。
私の事を、心配して下さってありがとうございます」
「マリカ」
皇王陛下にもぎゅう。
「キライ」攻撃は愛情をくれていると解っている相手にだからこそ効果がある技だ。
自分に無関心だと解っている相手には使ったりしない。
「でも、今度は本当に私の事、勝手に決める前に教えて下さい。
嫌な事でも、仕方がないと解れば我が儘言ったりしないですから」
子ども達を危険な目に合せるのは嫌だけど必要なことなら、それを飲み込んだ上でどう対処するかが危機対応能力というもの。
前世でも叩きこまれて来たし、この世界でもけっこう鍛えられてきたと思う。
私も子ども達には伸び伸びと幸せに暮らして欲しい。
だから、その為に必要なことがあるなら全力でやって、最短コースで子ども達を幸せにするのだ。
「まったく、お前は良くできた娘だな」
「魔王城と、お父様達の教育の賜物です」
皇王陛下に頭を撫でられれば、拗ねっ子モードは修了。
これはあくまで私の話を聞いて下さいアピールだからね。
私は恵まれている。
本当に。
「ところで、憧れの精霊国 魔王城の島にやってきたというのに、私は何も見られずに帰るのか?」
今度は皇王陛下が拗ねっ子モードになってしまった。
「魔王城に入れないと、後は子ども達が作った畑とか、樹の家とかしかあんまり見る場所無いかもしれませんが…」
うーん、見せる予定だったけど面白いかな?
「あとは廃鉱山くらいですね」
「ああ、あそこは面白いな。見たら父上も腰を抜かされるでしょう」
「転移陣の片方が魔王城だから、行くのならフェイがいないとだけど…あれ? フェイは?」
「蔵書を持ってきてくれるように頼みました」
話が終わったと判断したのか、文官長タートザッヘ様はソレルティア様とテーブルの上に本を並べてがさごそ。
どうやら、ソレルティア様に貸した本を一緒に見ているらしい。
フェイが下読みして有益な本を貸しているだけあって、精霊関係の新しい呪文とか、精霊の力を使った道具の作り方とか面白いものが多いのだとか。
「皇王陛下、私はここでソレルティアと蔵書の精査をしておりますので、どうぞご随意にお出かけください」
「良いのか?」
「この島で、ライオット皇子とアルフィリーガが側に着いていて皇王陛下に危機が及ぶことは無いでしょう」
「それはそうだが…」
「では、フェイが戻ってくるまで、周囲をご案内します。
その後、この島の秘密の鉱山にご案内しますね」
「頼む。…まったく、タートザッヘにあんな子どもじみたところがあったとはな」
腹心の始めてみる姿に皇王陛下は呆れたような仕草をしながらも顔を綻ばせる。
「タートザッヘ様は本がお好きなのですか?」
「本、というより新しい知識、だな。自らの知らぬ、新しいモノに目が無い男だ。
だが、この五百年でアルケディウスで与えられる大よその知識は、他国のものも含めて得てしまっていたからな。
魔王城の門外不出の知識は大好物の部類だろう」
なるほど。
でも既存の知識なら大体ご存知、ということであるのなら。
うん、今度、あるかないか、迷った時にはまずタートザッヘ様に聞いてみよう。
そうして、私達は子ども達が作った小麦と野菜畑。
豊かな森。
あと、樹の家をご案内した。
どれも拙い手作り感溢れるものだけれど、皇王陛下は喜んで下さった。
お城の中から滅多に外に出ず、外に出るときも周囲が完全に整えられているから却って新鮮なんだって。
「ほほう、こんな樹の上に家を作るのか?」
ツリーハウスにも目を輝かせている。
男の子のロマンは年齢関係ないのかな?
「森の中に住まう者達の中には獣避けにこのようなものを作って住まう者もいます。
シュトルムスルフトなどでよく見かけますね」
「アルケディウスのように雪が酷い地域では向かないと思いますが」
「いや、なかなかに興味深い。登っても良いか?」
「縄梯子しかないので危ないかと。
近いうちに頑丈な階段を作る計画ですが…」
「では、次回の楽しみにしておこう」
ん?
さりげにまた来るフラグ立てられた?
でも皇王陛下、魔王城の森でもとってもお元気で、クリスやアーサー、アレクに説明を聞きながら散策している。
なんだか楽しそうだ。
「あんな楽しそうな父上を見たのは初めてな気がする」
「やっぱりそうですか?」
「俺達の様にお忍びで街へ、なんてできないお立場だからな。
楽しそうで何よりだ」
「はい」
その後はフェイと一緒にカレドナイトの鉱山へ。
「これは凄い…」
以前お父様にお見せした時と同じように、プラネタリウムのような蒼い星の輝く鉱山に息を呑んでおられた。
「これだけのカレドナイトがあればアーヴェントルクに大きな顔をされずに済むのではないか?」
現在、七国の中では唯一纏まったカレドナイトを算出するのはアーヴェントルクだけなのだそうだ。
今後、通信鏡やそれに準ずるアイテムを作るのにカレドナイトを使うようになるとアーヴェントルクの立場はかなり強いモノになる。
「子どもだけしかいないので、掘り出すのもかなり難しいのですが…」
「下手な人間は入れられないしな。今後の検討課題にしておこう」
私が掘り出せる、とは言わないでおく。
あんまりレアメタルを大量に無思慮に流通させるのはいろいろ良くない。
そんな風にあちこち見ているうちに、初夏の一日もあっという間に終わろうとしていた。
「色々、面倒をかけてすまなかったな」
皇王陛下はそう言って、静かに笑って下さった。
周囲の空気はまだオレンジ色を保っているけれど、ゲシュマック商会の実習店舗に転移陣で戻り、そこから城に戻ることを考えると確かにそろそろタイムリミットだろう。
「今度は城の子ども達なども紹介しますね」
「また、来ても構わないか?」
「そのおつもりでしたのでしょう? できれば今度はお祖母様も」
「うむ、確かに今日の事を知られたら怒られそうだ。
故に『次』までは秘密でな」
「はい」
お茶目に片目を閉じる皇王陛下。
魔王城の島で童心に帰って少しお元気になられたかもしれない。
「貴書をお借りして申し訳ありません。
大事に読ませて頂きますので」
「写す時には慎重にお願いしますね」
「御心配には及びません。頭の中に写し取りますので」
タートザッヘ様は特に気に入った本を数冊大事そうに抱えている。
まあ、転移魔方陣の出口はゲシュマック商会の書庫だし、目立ちはしないだろう。
「与えてやれる休みも、もうあと僅かだ。
ゆっくり体調を整えて参れよ」
「はい。戻りましたら、また頑張りますので」
「無理はし過ぎない事だ。其方一人が抱え込むべきことではないのだからな」
「ありがとうございます」
優しく微笑んだ皇王陛下は、ふと気付いたのだろう。
魔王城の門に向けて会釈する。
見送りに出てきてくれたのはエルフィリーネ。
魔王城の守護精霊も、ふわりと、踊るように礼を贈る。
私達の視線を受けて、皇王陛下達は転移陣の間に消えて行った。
魔方陣の発動を感じた瞬間ほう、と肩の力が抜ける。
「終った~。
やっぱり緊張したなあ」
保護者参観? というより家庭訪問?
自分の素を見られているような居心地の悪さだった。
勿論けっして、嫌では無かったのだけれど。
「でも、これで本当に後には引けなくなりましたな」
「うん。皇王陛下に私達の裏の姿も見せた訳だしね」
今回は完全裏方に徹してくれたガルフが呟く。
食の推進だけでなく、神への対抗にまで皇王陛下とアルケディウスを巻き込むことになる。
失敗すれば、国中に被害が及ぶことにならなくもない。
「できるだけ、急がないとね。世界の環境整備」
この間のような直接の神の介入を警戒しつつ、大神官が戻るまでの数年で、各国をできる限り掌握して世界を変える。
私達の戦いはここから始まるのだ。
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