【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 少女達の帰還

公開日時: 2021年5月13日(木) 07:16
文字数:4,056

 卵と牛乳の農場と契約し、安定供給が可能になったころ。

 火の一月の始め。


「よろしく…お願いします」

「ただいま、もどりました。ガルフ…」


 二人の女の子が皇国 アルケディウスにやってきてガルフの店に努める事になった。


「おかえり。ミルカ。

 エリセ様も、良く来て下さいました。心から感謝いたします」


 集まった店員達の前でガルフはエリセの事を私達の妹で精霊術士。

 ミルカのことを、他所に勉強に出していた養女と説明し、


「くれぐれも言うが、手を出したり、無体な真似をすることは許さない。

 子どもであろうと大人であろうとこの店は、能力と行う仕事が評価の全てだ」


 そう厳しく言い放った。

 ガルフのカリスマと実力主義の店員教育のかいあって少なくとも、表向きにはそれに不安を表す者は無く二人は受け入れられて、店で働く事となった。




 魔王城で育った子ども。

 二人は、私達四人を除く最初の帰還者となる。

 ミルカは元々皇国生まれの皇国育ち。

 魔王城に来る前の記憶もしっかり残っていた。


 一年間魔王城で様々な教育を受けて来たので、9歳としてはかなりしっかりしている。

 ガルフの助手としてリードさんと一緒に店舗の経営や、新しい貴族との商取引を受け持つことになるだろう。

 既にやる気満々で、リードさんも本気での指導に入っているらしい。


 一方のミルカは魔王城の人間以外との交流経験がほぼほぼない。

「へえ、可愛い子だね」

「いくつだい?」

 気の良いおばさんや、料理人さん達が声をかけてくれるけれども、エリセにはどう答えていいか解らないらしい。


 慣れた人の側なら元気で平気だけれども、見知らぬ相手、しかも山ほどの大人に囲まれて完全に委縮しているようだった。

 なんとか挨拶を終えたものの、即座に私の後ろに隠れてしまっている。


「マリカ姉…、怖い」


 あー。 

 …完全な人見知り、だね。


「大丈夫ですよ。

 この店には悪い人間はいません。そして僕が君を、妹を、必ず守りますから」

 彼にしては珍しく、はっきりとした強さを宿してフェイは断言し


「うん。怖いよね。でも、私も出来る限り一緒にいるから。少しずつなれていこう」


 怯えるエリセの肩を私はしっかりと抱きしめた。



 本格的な小麦の収穫を目前に控え、どうしてもエリセの、気心の知れた精霊術士の力が必要だ。

 というフェイの頼みに、エリセは一生懸命自分なりに考え


『毎日魔王城に帰る事』


 を条件に魔王城を出る事、皇国に来て働く事を引き受けてくれた。


 当面は、本店から出さず、厨房や食材の管理をアルやガルフのサポートを受けて行う。

 外に出る時は必ずフェイか私が一緒に着いて守る。

 そして私かミルカと一緒に毎日戻る。


 ガルフの元に一刻も早く戻りたかったミルカもエリセの気持ちを理解して納得してくれ、毎日の帰還に付き合ってくれることになった。


 そして、今日が初日となる。



「今日の所は、マリカと一緒に店の中の事をやって下さい。

 明日はマリカがいないので僕が付き添います」

「解った。

 初日だし厨房の火と氷室の管理、食材倉庫の確認と温度調節、でいい?」


 まずは人と場に慣れて貰う事が先決だ。


「ええ、それくらいで。それだけでもやって貰えると僕はとても助かります」


 特に食材と氷室の管理を見て欲しいという。

 これから夏になって気温が上がる。

 確かに倉庫と氷室でちゃんと精霊が温度管理されているかいないかは、重要なポイントになるだろう。


「エリセ。

 怖がらなくていいから。今日は私が一緒だよ。

 着いてきて、言われた通りに挨拶して、術を使ってくれる?」

「う、うん…」


 相手はまだ7歳の女の子だ。

 人見知って当然、怖がって当たり前。

 できるだけ不安を和らげてあげられるように、私はまだ震えが収まらないその小さな手をしっかりと握りしめた。




「やあ、エリセちゃん。久しぶり」

「あ、ラールさん?」


 一番に私が本店の厨房にエリセを連れて来たのには訳がある。

 ここにはガルフの店の実質的な要。

 料理長のラールさんがいるからだ。

 ラールさんは魔王城にも来た事があって、エリセとも面識がある。

 きっと、エリセの支えになってくれると思ったのだ。


 思った通り、ラールさんはエリセの事を笑顔で迎えてくれて、エリセもラールさんという見知った顔を見つける事によって安堵を顔に浮かべる。


「ラールさん知り合いですか?」

「うん。フェイ君も言ってただろう? 彼の妹で腕のいい精霊術士なんだ。そうだ。丁度いい。エリセちゃん。頼みがあるんだけれど」

「頼み…ですか?」


 同僚で部下の料理人達に頷いて、ラールさんは小さく首を傾げるエリセの前に大きなべを差し出す。


「今日出す予定のスープなんだけれど、この間、教えてくれた奴をおねがいできないかな?」

「この間の…あ、はい」


 エリセは思い出したように頷くと、胸の石に手を当てた。

 そして、大きく深呼吸、手を差し伸べると


「エル・フリエレン…」


 小さな呪文を唱えた。


 エリセの差し出した指先でさっきまでホカホカと湯気を上げていたスープがあっという間にぺキペキと凍り始める。


「うわっ!」「ホンモノの魔術だ」

「魔術じゃなくって、精霊術…ですけれど」


「ほら、みんな見てみるといい。

 こうしてスープを冷やすと脂分が上に集まるだろ? そして、それをとってから溶かして温めると…」

「あ、お手伝いします」

「ありがとう」

「…エル・フィエスタ」


 エリセが竈に付けた炎にかけられた鍋が温まっていくと…。


「うわ、凄い綺麗なス―プ」

「なるほど、汚れやごみが一気に取れるんですね?」

「あんた、ちっこいのに凄いね!」


 濁りや油の欠片も無いスープに驚く料理人や助手達は口々にエリセを褒めてくれた。


「私、でも役に、たてますか?」

「当然だよ。あんたは滅多にいない魔術師なんだ。しかも料理に術を使ってくれるなんて他のとこじゃ考えられないからね」

「魔術師がいて、氷室があるってことそのものが、王様や貴族並の贅沢なんだ。

 助かってるんだよ。あんたの兄さんには」


 嘘偽りの無い、真っ直ぐな賛辞に、エリセの顔が上気する。


「うれしい、です」

「これからも、頼むよ。小さな魔術師さん」

「はい! あ、でもできれば精霊術士って読んで下さい。私、フェイ兄みたいな凄い魔術師じゃないので」

「そうかい?」「まあ、いいけど…」

「あと、なにかお手伝いできること、ありますか?」

「ああ、じゃあ、氷室の温度の調節を…。夏になって来て少し冷えが悪くて…」


「エリセの様子はどうだ? フェイが気にしていたからな」

「リオン…。うん、大丈夫そう」


 褒められて、認められて、自信がついて、少しずつエリセにもいつもの調子が出てきたようだ。

 明るい笑顔で厨房の人達の手伝いを始めるエリセの様子を、私はリオンと一緒に、口出しせずに見守ることにした。



 子どもの順応能力は凄くって。


「エリセちゃーん、ちょっといいかい?」

「はーい。いまいきまーす!」


 気が付けば、一日でエリセは本店のアイドルになった。

 小さくて、可愛くて頭がよくって、料理も上手で、しかも精霊術の使い手なのだ。

 まあ、私の自慢の妹。

 当然と言えば当然だけれども。


 特に厨房のお兄さん達と、ホール担当のお兄さん達に大人気。

 終業後の勉強会の助手も頼んでみたら、


「エリセちゃんは、字が読めるのかい? 凄いね」

「…すまないけれど、僕にも教えて欲しいな」


 と引く手あまたである。

 やっぱり若い子がいいのか。実に解りやすい。


「みなさん、解っていると思いますし、ガルフも釘を刺したと思いますが、ミルカにもエリセにも変な手出しは『絶禁』ですからね…」 

「も、もちろんだよ。な、なあ?」

「ああ、解ってる。解ってるから」


 念の為、私も厳重に、渾身の力で、釘を刺しておいたので怯え切った店の男性諸氏はエリセに手を出すなんて馬鹿な真似はしないだろうと思う。


 ちなみに万が一、誰かががエリセに変な手を出したら、許すつもりは無い。

 絶対に、地の底までだろうと追いかけて行って、処すと宣言してある。


「そろそろ、閉店ですね。

 今日は初めてなので、エリセは早めに返したいと思います。

 ジェイドさん、後はお任せしていいですか?」

「ああ、任せてくれ」


 ここ一カ月くらいでジェイドも随分とマネージャーらしくなった。

 責任と自覚は子どもを成長させる見本のように。


「エリセ、帰るよ」

「ミルカお姉ちゃんは?」

「ガルフ様とリードさんが一緒だから大丈夫」

「うん! 解った!」


 随分、緊張が解れてきたようだ。

 魔王城にいる時のような笑顔が出てきているし、肩の力も抜けてきている。

 よきかな、よきかな。


「お店の人達に、挨拶して」

「なんて、あいさつすればいい?」

「今日は、ありがとうございました。

 また明日。お願いしますって」

「はーい。今日はありがとうございました。またあした、おねがいします!」


 ぺこんと、頭を下げるエリセの姿に、ざわっ、ともどよっとも言えない声がホールに響いた。

 解る。

 エリセの可愛らしさに、みんな心を掴まれたに違いない。


「ああ、また明日もよろしくな」

「まってるよ!」


 従業員たちの盛大な見送りと共に、エリセと私達は店を出た。

 その後はリオンもいるので何事も無く、家に帰りつき、門を開けて城に戻る。




「たっだいまあ!」


 エントランスに、その可愛らしい声を響かせた。

 満開の笑顔で。


「おかえり。エリセ」

「おかえり。どうだった? 外のようす?」

「すごく面白かった。外の大人も、みんな、とってもやさしかったよ!」


 出迎えてくれた兄弟達に、嬉しそうに今日の様子を話すエリセを見ながら私は思う。



 魔王城の城で、子ども達を守ることはできるようになった。

 でも、城の中だけで暮らしていては本当の意味での成長は望めない。

 魔王城の外にも世界があり、たくさんの人が住んでいる。


 その中で認められ、必要とされ、生きていく事を、その意味を知って欲しい。

 そうして、幸せになって欲しい、と。



「私、あしたも、がんばる! マリカ姉や、フェイ兄、そして、みんなの役に立つんだ!」


 エリセの一歩は、みんなの、そしてこの世界の子ども達の幸せの為の第一歩だ。



 光り輝く笑顔と、前向きな思いを穢させない。

 絶対に、守って見せると、私は心の中で強く、しっかりと誓っていた。

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