アーヴェントルクの王都に0泊二日超弾丸旅行から戻ってきたのは風の日の深夜。
木の一刻を少し過ぎた頃、だった。
「お疲れ様。
ゆっくり休んで、と言いたいところだけれど今日も明日の晩餐会の差配があるんだろう?」
最後の坂を上り、城に入り。
私達の宿舎の前に到着するとヴェートリッヒ様達も馬車を降りて私達を労ってくれた。
「はい。でも、正直随員も私達もくたくたなので二の刻過ぎ、水の刻あたりに厨房に行きたいと思います」
「解った。伝えておくよ。食材も運ばせておく」
「ありがとうございます」
貰ってきた食材は明日の晩餐会に使う。
痛ませる訳にはいかないから皇子の気遣いはありがたい。
「二日間ろくに眠れなかったろうから今日は落ちついて眠れるといいね」
「ヴェートリッヒ様、ポルタルヴァ様、アザーリエ様。
今回は貴重な機会をありがとうございました。
大変ではありましたが、実りの多い二日間でした」
「それなら何より。僕達も得るものは多かった」
「本当に。私達の領地に光を当てて下さいましたこと、感謝いたしますわ」
「じゃあ、また夕方」
お互いに疲れていることが解っているから挨拶も手短に。
皇子達も馬車に戻っていく。
「はい。皇子も、皇子妃様達もおやすみなさい」
馬車を見送って、御者さんに荷物を降ろして貰って。
私達が館に戻ると
「お帰りなさいませ」
留守番を頼んだミュールズさんにヴァルさん。
主だった随員が皆、出迎えてくれた。
「皆さん、起きて待っていてくれたんですか?」
「姫様がお戻りになるのに我々が寝てはいられません」
「ありがとう。何か留守中ありましたか?」
「……随員に直接害が及ぶような事はありませんでしたが色々と報告したい事はございます。
でもそれは後からにしてまずは湯あみを。
それからゆっくりお休みになって下さいませ」
「急ぎの話なら先に聞きますけど」
「……急いでもどうしようもない事ばかりです。
アーヴァントルクというのは本当に油断のできない国ですね」
「え?」
ミュールズさんにしてはけっこう厳しい言葉。
心配は心配だけれども、後で話をするというのなら後にした方がいいのだろう。
疲れてもいるし、とりあえずはお言葉に甘える事にした。
お風呂の用意をして貰って体を温めると疲れが一気に抜けていくフリをして、一気に脳に襲い掛かって来る。
「ね……眠い……」
「お風呂で寝ないで下さいといつも申しておりますでしょう!」
溺れる前になんとかお風呂から這い上がって着替えてベッドへ。
その時点でもう木の刻は終わっていたようだからもう真夜中も真夜中だ。
「明日、じゃなくって今日は明日の晩餐会の下準備があるんです。二の水の刻には厨房に行く約束をしていますので火の刻頃に起こして貰えますか?
その時に話を聞きます」
「もう少しゆっくり身体を休めて頂きたいですが、こちらも対応などを話し合わなければならないことがあるので、仕方ないでしょう。
解りました。とにかく今はお休みを」
「ありがとう。ミュールズさんも休んで下さいね」
ミュールズさんが退室し、ベッドの上で布団にもぐればもう秒でバタンキュ。
寝た、というより気絶だね。
私は夢も見ないでそのまま大爆睡してしまったのだった。
で、翌日。
朝起きて、簡単な朝食を食べてからミュールズさんの報告を聞く。
私からの報告もしたいけれど、まずはこっちで何があったかが先だ。
「何からお話したものやら…まず、最初はアンヌティーレ皇女、ですわね。
アンヌティーレ皇女から姫君にお誘いと贈り物が届いております」
「お誘いに、贈り物?」
「はい。
『報告晩餐会後の舞踏会で、聖なる乙女の舞を披露する事になりました。
つきましては『聖なる乙女』の衣装を身に着けておいで下さいませ。
こちらにお持ちでなければ、私の古い衣装で恐縮ですがお譲り致します』
と」
「はあ? なんで?」
いきなり訳が分からない。
『聖なる乙女』の舞、というのを私は一つしか知らない。
『精霊神』に自分の力を捧げる祈りの舞。
それをなんで舞踏会に踊らなきゃならんのだ。
基本的にあの舞は神にだけ見せるものだから、普通の人は見れない事になっている筈。
「アーヴェントルクでは、そこまで厳格では無いそうなのです。
『聖なる乙女』から民への祝福、ということで舞われることも多いのだとか。
『せっかく不老不死後、初めて二人の『聖なる乙女』が同じ場に揃ったのです。
人々に祝福を授けたいと存じます』
とのことでした。皇帝陛下からも
『滅多にない機会、ぜひアーヴェントルクを支える者達に祝福を賜れないだろうか?』
と正式な依頼が来ています」
差し出された羊皮紙には確かに、そう書かれてあった。
前回のようなもてなしの必要な舞踏会はお疲れになるだろうから、報告会の後には行わない。
けれど、皆が新しい『聖なる乙女』を拝したがっている。
一度だけ舞を賜りたい。と。
アンヌティーレにも見本で踊らせるから、ぜひに、と。
図々しい話だ。
「これは、お断りしても良い類のものですよね。
私は『聖なる乙女』としてアーヴェントルクに来ている訳では無く『新しい味』を広げる指導員兼親善大使として来ているのですし」
めんどくさい。
それに前回の舞踏会のトラウマがあるし、あの踊りは振りつけからして『力を捧げる』舞なのだ。
踊った時点で、どっかの誰かに力を持っていかれる可能性がある。
さらには見本というけれど、アンヌティーレ様はなんだかんだ言って五〇〇年聖なる乙女をしているのだ。
舞のレベルも高いだろう。
私との実力の差を見せつけたいだけだと見た。
「本来なら、その通りなのですが、お留守の間に城中に『聖なる乙女達』の舞が行われる、と知れ渡っていてもはややらないとは言えないような状況で……」
言ってみればアドラクィーレ様の教授の舞の時のように、滅多に見れない舞を城中が楽しみにしている雰囲気なのだそうだ。
うわー、さいてー。
本人が留守中に勝手に話し決めて、断れないように外堀を埋めるなんて。
抗議しておかないと。
「加えて、アーヴェントルクの神殿長様が面会を望んでおいでです。
『同じ神殿長として聖なる乙女にご挨拶を』と」
「確か、このアーヴェントルクの神殿長様って、皇帝陛下の非嫡出子でアンヌティーレ様に首ったけの弟君っておっしゃっていましたよね」
「はい。どうやらこの会見もアンヌティーレ様を脅かす存在への様子見と牽制の意味合いが強そうですわ」
差し出された面会予約の文面にも所々トゲが見える。
「これはキッパリ断ります。
私は忙しいんです。
舞を踊るのが避けられないのなら、この神殿長の面会は断ってもいいですよね?」
「そうですね。それは許されると思います。
できれば通信鏡で本国にご相談はされた方がいいと思いますが」
「留守中の連絡は?」
「皇王の魔術師が不在でしたのでしておりません。どうぞ姫様より」
「解りました」
通信鏡は魔術師がいないと使えないんだよね。
蜂蜜シャンプーの件もあるから、今夜報告をしておいた方がいいだろう。
「それから……」
「まだあるのですか?」
「リオン様に騎士貴族からの決闘の申し込みが。
どうやら、皇子と共に迎えに来た騎士達が『姫様に求婚したかったら婚約者を倒せ』を広めたようですね。
現在三件。今後増える可能性はあります」
「あの時は皇子を止めてくれる頼りになる良識派、と思っていましたが皇帝陛下の監視役でしたか……」
皇子は、ワザと軽薄なウマしか皇子を演じているフシがある。
それは多分、父王様に言えない何かを胸に秘めているからで……。
「……それはリオンに任せましょう。
いつも通り蹴散らしてくれる筈です」
「解りました。そして最後に……」
「本当に最後ですか?」
情報過多でパニック寸前の私に、ミュールズさんは、スッと黙って一枚の羊皮紙を差し出した。
とても上質で手が込んでいるように見える。
あれ?
これと同じもの、前にどっかで見たような…。
「なんです?」
「城下町の鉄工商、オルトザム商会です。
姫様との面会と、商業契約を望んでおります」
「オルトザム商会? ……あ、ガルフ!」
すっかり王宮にばかり気を取られていたけれど…。
油断できないアーヴェントルクはここに
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