【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 フェイの結婚式 6

公開日時: 2025年1月17日(金) 08:29
文字数:4,387

 リオンは静かに二人の前に立つと、柔らかく、本当に優しい笑みで微笑んだ。


「まずは結婚おめでとう。フェイ。ソレルティア。

 特にソレルティア。俺は、貴女に感謝している」

「感謝……ですか?」

「ああ、フェイに、人としての喜びと家族を与えてくれたこと。

 あいつを人の世に戻してくれたことを心から」

「リオン……」

「俺は、ずっと後悔していた。何も知らない子どもを良かれと思って拾い、過酷な精霊の宿命に巻き込んでしまったことを」


 万感の思いが込められたであろうその一言に、フェイの顔からスッと笑顔が抜けたのが解った。

 何か言いたげなフェイを手で制してリオンは祝福を続ける。


「フェイは、俺が拾った事で、俺以外を見ることを止めてしまった。

 あいつには、もっと光の中で生きられる人生があったのではないか。

 そう何度も思った」

「だから、リオン! それは……」

「でも、どうしても手放すことはできなかった。フェイはこれ以上ないくらいに、有能で優秀で。俺の思いを、願いを誰よりも理解してくれる相棒だったから……。

 シュルーストラムに選ばれて、変生によって人の世の理から外れても、申し訳ないと思いながらも、どこか嬉しく思う自分がいた。

 そうして……一人で生きていた自分の失敗だらけの人生が、初めて二人になって変わっていったんだ」


 ずっと、リオンは繰り返し繰り返し、転生を続けてきた。

 一人で、魔王城とアルケディウスに背を向けて『神』を倒そうと。


「背中を預ける者がいることの喜びと、力強さを数百年ぶりに思い出した。

 夢を語り、共に歩こうと応じられた。

 こいつとだったら、一緒に夢を叶えられる。いや、叶えていきたい。

 そう思ったのは、思える相手と出会えたのはライオの他には本当に、初めてだったんだ」

「リオン様……」

「結果、俺は過去と向き合い『神』と対決、不老不死世を終わらせる。

 という悲願を叶えた。それは全てフェイのおかげだ。フェイがいなかったら、今世もきっと一人で燻り、野垂死んでいたことだろう」

「止めて下さい! リオン!」


 リオンの言葉と思いを噛みしめるソレルティア様とは正反対に、フェイは激高し声を荒げた。花婿とは思えない強い感情を露わにして。


「そんな、全てが終わったような。もう……終わりのようなことを、言わないで下さい……。

 僕は……今だって……悔いています。

 リオンが『魔王』に奪われた時、戻ってきた時も。

 何より『神』との決戦の時。

 アルの救出の時、側にいられなかったことを、心から……」

「ああ、あの時、フェイがここにいてくれたら。

 別行動をするようになって、幾度となくそう思った。

 お前を巻き込むべきじゃないと思いつつも、いつしかお前が横にいるのが当たり前になっていた」


 フェイが神殿を仕切る神官長になって、私達をサポートしてくれるようになって私達の自由度、できることは格段に上がった。

 一方で、魔王城ではずっと一緒だった私達は、私が皇女になり、それぞれが騎士や王宮魔術師の仕事をするようになり、少しずつ離れ離れになることが多かった。


「大人になる、ということは自分が歩む道を自分で決められるということなんだ。

 その先に失敗や、後悔も勿論ある。望みどおりにならない事もあるだろう。

 でも、それも含めて自分の意志で、自分はこう生きると決めて、行動できる。

 フェイ。ソレルティアにプロポーズする前にも言っただろう?

 それがきっと、大人になるということなんだと思う」

「リオン……」


 リオンの語る会話を私は知らない。

 きっと、フェイが逃げ出した時の話なのだろう。


「フェイは、貴女と子どもと生きることを選んだ。

 人間として家族と共に生きることを選ぶことができた。

 何度言っても、俺から離れようとしなかったあいつが、親となり、家族を作り、守ることを選んだ。

 それは、とても喜ばしい事だと思う。感謝している。

 このまま、貴女にフェイを託し、フェイを人間の世界に戻してやりたいとそう願っていた」

「だから、止めて下さい! これで、僕らの関係が終わりみたいな言い方は!

 ソレルティアとも良く話し合っているし、方法も考えています。

 僕は、結婚しても神官長を続けますし、リオンやマリカの側にいて、守ることを止めるつもりはありませんよ!」

「ああ、俺も、お前を手放すつもりは無い」

「え?」


 ここは、フェイは家族もできたのだから、そっちを優先しろ。

 の流れかと思った。

 でも、リオンはにやりと、子どもっぽく笑うと右手をすっと横に上げる。


「フェイ、シュルーストラムを出せ。ソレルティアも杖をもってきて貰えないか?」

「え? あ。はい……」


 花嫁と花婿が杖を用意している間に、リオンの掲げた手の中にはパチパチと不思議な火花が弾ける。火花というのもちょっと違うかな。どこかモザイクというかコンピューターめいたチカチカだ。それが徐々に大きく強くなっていく。


「なんですか? 一体?」


 怪訝そうなフェイに返事を返すことなくリオンは、口の中で呪文をいうか、不思議な発音を紡ぐ。それが、ある種の認証コード、だとは後で聞いたのだけれど。


「風と空を預かる『風の精霊神』と、『神』の名において。

 翼を与えたまえ」


 不思議な発音の後、今度は解る言葉でリオンは命じた。

 すると手の中の煌めきがフェイとソレルティア様の杖に吸い込まれて行く。


「わあっ!」「な、なんですか? これは?」

「座標だ。俺とお前と、ソレルティアの」

「座標?」

「細かい話は今は省くが、転移術っていうのは二点の空間を歪めて限りなく同一にして飛翔するものなんだ。だから、明確な二点に対する明確なイメージが必要。

 一度も行ったことが無い場所に飛べないのはそれが理由だ。

 ただ、はっきりとした座標。位置情報が頭の中、もしくは術を補助する精霊石の中に在れば場所のイメージの代わりにその座標に向かって飛ぶことが可能。

 以前、俺も何度か使って、効果を確認してある」

「行ったことが無い場所でも?」

「ああ、 自分が知る座標を持つ人物がそこにいれば」


 そう言えば、以前、シュトルムスルフトで言ってた気がする。

 私の座標があれば、私の所に転移できるって。


「『神』が影響力を失い、『星』と『精霊神』の御許で封じられて、魔王とも和解して当面、魔性が人や精霊に悪事を働くことはなくなって。

 あらゆる者から『星』と『精霊』と『子ども達』を守る『精霊の獣』は役割を終えようとしている……、と思うんだが何故か不安な気持ちが拭えない。何かが起きそうな虫の知らせというか、予感めいたものが俺の中に今もあって、 役目の放棄を許してくれない」

「虫の知らせ……ですか?」

「あんまり気にしなくていい。俺自身何が起きるのか、どうしてそんなことを思うのか解らない。何もなければ、それに越したことは無いんだが……」


 軽く迷うように目を伏せたリオンは、顔を上げた時フェイを見る。

 真っすぐにその手を向けて。


「でも、この星に何か危機が訪れようとした時、また戦いが必要になった時。

 俺は、もう一人で戦う事を選ばないと誓う。マリカやアル。ライオやお前達。

 そして支え、信じてくれる仲間達を疎かにすることなく、力を貸して欲しいと希う。

 それが、俺が選んだ道。俺が成し遂げたいと願う道への一番への近道だと解ったから」


 リオンも変わったな、って思う。今までだったらきっと、私やみんなを巻き込みたくないって一人で抱え込んでた。

 でも今は、皆の前で力を貸してくれ、と明確に言い切ったのだ。


「ソレルティア。俺は、結婚後もフェイを必要があれば、呼び出し多分こき使う。

 それを許して欲しい」

「勿論です。フェイも言いましたが、その件における話し合いは済んでいるのです。

 フェイは星の守護者である貴方を守る。それがひいては私達家族を守ることに繋がるから、と」

「ありがとう。

 さっき貴女とフェイに渡したのは俺と、貴女と、フェイの座標情報だ。国境越え結界に阻まれる等の制限まで破れるわけでは無いが、少なくとも同国にいる時、願えば。

 フェイと貴女は互いと、俺の所に転移することが可能だ。俺も貴方やフェイの所に飛べる。

 知らない場所であっても、その人物がそこにいれば。

 だから 何かあれば 貴方達を助けに行く。助けを求める時もあるかもしれない」

「本当ですか!」

「ああ。お前達なら悪用しないと信じている。俺も緊急時以外は使わない」


 目を輝かせるフェイにリオンは確かに頷いた。


「本来であるなら、結婚式という新たな家庭の誕生の時に。

 一番優先すべき存在を二度と借り受けない、という方が正しいのだと思う。

 でも、できない。俺達にはフェイが必要だから」


 そして、もう一度深くソレルティア様に頭を下げる。


「フェイは俺の半身、相棒。今までもそうであったし、これからもそうであって欲しいと願う。 

 だから今後も今まで通りの関係を許して欲しい。

 代わりに『星』と『神』と『精霊』の名において誓う。

 必ずフェイは連れ帰る。

 どんな危険な場所からも、相手からも守り連れ戻す。貴女の所に。家族の元に。

 絶対に、貴方達から夫を、父親を奪うようなことはしないから……」

「リオン様……」


 深く、強い誓約。

 リオンからの贈り物は、ある意味二人の関係性を表すもので。

 花嫁を優先し、新しい家族を寿ぐ結婚式に贈るもの。とは言えなかったかもしれない。

 けれど……フェイは、満面の笑みを浮かべる。

 結婚式と同じか、それ以上に輝かしい喜びを宿して。


「感謝します。リオン。

 それは、僕が一番欲しかった贈り物です」


 心から安堵したかのように。


「僕は、正直怖かったのです。もう。お前はいらないと。

 家族を優先して守れと、貴方から突き放されることが。

 でも、貴方が自分から、僕を必要だと言ってくれた。共にいることを許してくれた。

 これ以上の贈り物はありません……」

「そうですね。素敵な贈り物に感謝いたします」


 感涙が頬を濡らすのを隠す様子もない。

 夫に向けられた明らかなラブコール。

 でもソレルティア様は厭うことなく、堂々とした態度で頷いてみせる。


「大丈夫です。私はお二人の関係に寛容ですから。というか、リオン様を失ったフェイなどフェイではないでしょう。きっと」

「ソレルティア……」

「フェイをよろしくお願いします」

「ああ、絶対に共に生き延び、戻ってくる」

「リオン!」


 フェイはリオンに抱き着いた。花嫁を差し置いてのハグ。

 勿論、いやらしさとかそんなのは欠片も無いけれど。


 ソレルティア様も二人の会話に、関係にまったく思う所が無いと言えば噓になるだろうなとちょっと思う。

 でもリオンはソレルティア様にも自分の座標を渡した。

 ということはいざという時、ソレルティア様が二人を助けに吶喊して来る未来もあるということだ。

 勿論、そうならないようにリオンは二人を、星を守るのだろうけれど。


 自分の弱さを認め、他人の手を素直に借りたいと言葉にできる。 

 フェイと一緒にリオンも、間違いなく変わってきている。

 大人になっているなと感じた一幕だった。


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