夜の二月 一の週、水の月。
私達は七国最後の国、ヒンメルヴェルエクトにやってきた。
シュトルムスルフトとこのヒンメルヴェルエクトに関しては殆ど交流もなく、情報もない。未知の国。
だから私達は直ぐに、目を丸くすることになった。
「うわー、凄い畑だ」
国境沿いの戦地を抜けると間もなく私達の前に広がったのは一面の畑だったのだ。
今は冬だから何も植わっていないけれど、明らかに何かを栽培し、収穫した後、整備したのが解る。
「何を育てていたのかな?」
「なんだか、一部の畑は種まきなどが終わっているようですね」
「ホントだ。じゃあ、麦か何かかな?」
かなり大規模な農地は、まだ新しい感じはするけれど、しっかりと手入れされているように見える。
アルケディウスでもここまで大規模な畑ができたのはゲシュマック商会の管轄の所以外では、今年になってからだ。
「ヒンメルヴェルエクトの特産は織物と聞いていたから、綿花とか麻ってこともありうるかも。とにかく農業に力を入れてる国なんだね」
綺麗に開墾された畑を見ていると嬉しくなる。
今は冬だけれど、この広い畑いっぱいに小麦や野菜などが育ったら、きっと見事だろうな。って。
「あ、今日の宿が見えてきたようですよ」
カマラの声に、窓の外を見てみると黄色の旗が立つ宿が見える。
アーヴェントルクの時と同じ。
あそこが多分、今日お借りする宿屋で、多分、迎えの人が来ているのだろう。
「どなたがいらっしゃっているのでしょうね?」
ヒンメルヴェルエクトを治める王様は大公と呼ばれているそうだ。
私がちゃんとお会いしたのは一度。新年の参賀でお食事にお招きした時だけだ。
あの時は必死でお顔もちゃんと見ていなかったけれど、さっそうとした男性だったように思う。
ヒンメルヴェルエクトの民は新しもの好きの元気な国だと前に『精霊神』様が言っていた気がするけれど、本当に、どんな国なのだろう。と楽しみにしながら私はリオンにエスコートしてもらい馬車からゆっくりと降りたのだった。
思った通り、宿にはヒンメルヴェルエクトから派遣されたらしい人達がいる。
その先頭に立っているのは二十歳くらいに見える若い男性だ。
私を見ると彼らはスッと流れるような仕草で膝をついた。
「お初にお目にかかります。アルケディウスの宵闇の星。
マリカ皇女。私はヒンメルヴェルエクト、大公家に仕える宮廷魔術師 名をオルクスと申します」
宮廷魔術師というだけあって、見事な意匠の杖を持っている。
紅色の水晶に金と銀の翼。片翼だけではあるけれど、三枚。
優美な唐草と絡み合い、見とれるくらいだ。
フェイのシュルーストラムといい勝負……。
と、思って横を見ると、フェイの顔が真っ白になっている。
比喩では無く、血の気が引いたとか、青ざめたとかそんな感じ。
何があったのだろう?
「皇女に仕える魔術師も若いながらも優れた腕と聞いております。
もし、宜しければ、友好を深めさせて頂きたいのですが……」
「それは構いませんが……」
視線を向ければフェイは青白い顔のまま、微かに。
本当に微かに首を横に振った。
私はそれを、自分の事は伏せて欲しい、というフェイの意思表示と受け取る。
「セリーナ」
「え? あ、はい」
シュトルムスルフトで大変な目にあったところ、申し訳ないけれど、フェイが知られたくないというのなら、セリーナに頼むしかない。
セリーナもそれを察してくれたのだろう。
「私がマリカ様にお仕えする魔術師。セリーナと申します。
どうぞよろしくお願いします」
杖を握って膝を折り、そう応じてくれた。
「これはこれは。こちらこそ、よろしくお願いします。
私は、火の術が専門で他の術があまり得意ではないので、、お互いに知識の交換などをさせて頂けると幸いです」
セリーナにと視線を合わせ、微笑みながら手を差し伸べ立たせる様子は随分と様になっている。
まるで王子様みたいだ。
「あと、これは国王陛下から姫君への贈り物でございます。
もしよろしければ、これらを使っての料理など考えて頂けないでしょうか?」
オルクス様が部下に命じて渡してくれたものを見て、私は思わず声を上げてしまった。
「コーン! トウモロコシじゃありませんか?」
「はい。収穫時期が初秋ですので、取れたて、というわけでは無いのですが、氷室で保存しておりましたので、それほど鮮度は落ちていないと思います。
あと、こちらは麦です。我が国では、今年の参賀の前からアルケディウスの『新しい食』に興味を持って、食材の調査していました。
農業も推進し、野生種を今年の春から栽培して、これは初めての収穫物でございます」
トウモロコシに、コーンの大量栽培。
新しいことに敏感で、躊躇わずに前進する。
まだ、国全体を見ていないけれど、やっぱり、ヒンメルヴェルエクトはアメリカ合衆国や、カナダ、南米などの強くて逞しいイメージが感じられる。
「貴重な食材をありがとうございます。早速これで、料理をしてみたいと思います。
この宿には、オーブンはありますでしょうか?」
「一般用の宿ですので残念ながら。王宮に行けばありますが」
「じゃあ、フライパンと竈でやってみます。もし、宜しければお味見下さいませ」
「楽しみにしております。
では、ご案内を」
そう言ってオルクスさんは私達を部屋に案内してくれた。
「なにがあったの? フェイ」
ヒンメルヴェルエクトの人達の退室を確認してから、私はフェイを呼び出して聞いてみた。
あの態度、あの表情。何もない筈がないから。
セリーナをはじめとする随員達もいる。
隠した方がいいことなら別室で、と思ったけれどフェイは特に気にしてはいないようだ
「すみません。ちょっと信じられないものを見てしまい、動揺してしまいました」
「信じられないものって何?」
大きく深呼吸。
息と心を整えると彼は告げた。
「『火の王の杖』です」
「え?」
「あのオルクスという宮廷魔術師殿。
彼がもっている杖は、火国、プラーミァから失われたフォルトシュトラムだと思います」
「えええっ!」
ヒンメルヴェルエクトでも、やはり私は騒動に出迎えられるようだ。
動揺しきった私は、火の精霊獣が足元に佇んでいることも。
難しい、人間だったら腕組みして唸り声をあげるような顔をしていたこともその時、気付くことができないでいた。
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