フォルくんとレヴィ―ナちゃん。
産まれてやっと一週間の双子の赤ちゃん。
二人並んですやすやと眠っている姿は本当に天使のようだ。
保育士というか、姉バカなのは承知。
でも異論は認めない。
まだ目も開かないけど、パーツは全部そろってて、大人に比べれば小さな私の手でさえも小さな握りこぶしはすっぽりと包むことができる。
「フォルトフィーグっていうのは炎の翼、っていう意味だって聞きました。
ライオット皇子にの子にはぴったりの強い名前。レヴィ―ナちゃんも顔立ちがやっぱりお母さん似でとってもスッキリしてますよね。
髪の毛、ふわふわの茶髪。お母さんと同じ色ですね。可愛いなあ」
ベッドから一人ずつ抱き起してだっこする。
授乳が終わって眠ったばかりだというレヴィ―ナちゃんは、ふるん、と身震いしただけで目を醒ます様子はない。
いい子だ。
今度、シュウに二人の為にゆりかご作って貰おうかな?
赤ちゃんは、本当に小さくて軽くて赤くて可愛い。
いくら見てみても飽きないくらい。
嫌な事も全部忘れられる。
「子ども達を褒めてくれるのは嬉しいけれど、良いのですか?
向こうに帰っていろいろ相談しなければならないことがあるのでしょう?」
忘れられるのに、容赦なく現実を突きつけるティラトリーツェ様の声が降る。
「言わないで下さい! ティラトリーツェ様! 本当にどうしたらいいかわからいくらいで頭ぐちゃぐちゃなんですから!」
レヴィ―ナちゃんを抱く力に思わず力が籠る。
「気持ちは解りますが、後回しにしていても問題は何も解決しませんよ。
もう決まったことなのですから」
「解っています。解っていますけど…あとちょっとだけ、二人の可愛らしさに浸らせて!!」
「本当に困ったお姉ちゃんだこと」
私の腕の中でレヴィ―ナちゃんは、私の葛藤もティラトリーツェ様の呆れ顔も知らぬ顔で、いや実際知らないんだけれど、すやすやと幸せそうな寝息を立てていた。
皇王陛下と第一皇子とのカエラ糖採取現場の視察と、昼餐会は無事、とは言い難いけれどなんとか終わった。
視察はまあ、ごく普通に見て貰うだけで良かったから楽なもの。
問題だったのは昼餐会。
私の知識、料理や化粧品、その他、この世界の常識からは考えられない知識はどこから出て来るのか?
その追及への言い訳が本当に大変だったのだ。
ティラトリーツェ様やライオット皇子になら、本当のこと。
異世界転生者です。
と普通(?)に言えるのだけれども、それは皇王陛下や皇子にはちょっと無理ゲー。
だから皇子やティラトリーツェ様と相談して知識は私の異能『能力』と説明した。
実際、この世界の子ども達はほぼ全員が異能力を目覚めさせる可能性を持っている。
だから、子ども達を是非守ってほしい、と訴えたのだ。
虚実入り混じらせた私と皇子の話は、信じて貰えたし受け入れて貰えた。
だが…成功しすぎたかもしれない。
皇王陛下は私を皇女として、国の事業に関わる大事な皇族として新年に、私を大聖都に連れて行くと宣言したのだ。
予定としては皇族としての登録は、神殿から神官を招いて王宮でやる予定だった。
双子の赤ちゃんはまだ家から出られないし、略式の洗礼のようなものを行い、皇族としての戸籍に登録する。
家族の戸籍というものは実は一応あるらしい。
結婚すれば、新しい家族としての戸籍が生まれる。
数は少ないけれど、結婚はまだ一応あるので(離婚も)。
ただ、子どもが産まれ、それを家族として新しく登録する。ということは近年殆ど、というか皆無だった。
だから、準登録という形で登録した私達も、それぞれ一人の…向こうの世界で言うなら世帯主のような感じで登録されている。
不老不死を得ていないので、ゲシュマック商会のガルフが後見人として私達に責任を持つ形だ。
皇族の戸籍に、正式な子供が登録されるのはティラトリーツェ様の双子が実に五百年以上ぶり。
それに合わせて、私もライオット皇子の庶子として登録される予定だった。
最初の話では順位で言うなら双子ちゃん>私で、私は皇族、姉と言っても役に立つ貴族扱い。
でもそれが皇王陛下に気に入って頂き、昨日の告白で一気に格上の待遇で皇家に入れて貰うことになってしまったのだ。
行ってみれば三人の皇子≧私
三人の皇子の方が上ではあるけれど格としては同格。
皇王陛下の養女待遇だ。
ライオット皇子の娘なので正式な縁組とかはしないし、保護者はライオット皇子のままだけれど、姪だからといってケントニス皇子も下手に扱う事が許されない立場にしていただいた。
で
「時期も丁度良い。
新年の参賀の時に、大聖都で登録の儀を行い各国王に皇国の娘と披露する。
ベフェルティルングなどは、其方をティラトリーツェと共に国に連れ戻りたい気は未だ、満々であろうからな。
牽制しておかねばなるまい」
大聖都で登録するというのは500年前でも庶子には在りえない位の好待遇。
双子ちゃんもいずれはそうするかもしれないけれど、庶子であっても今は正嫡子以上に見込まれているという皇王陛下のありがたい意思表示なのだと解っている。
断ることは不可能だ。
けれど…
「私…大聖都に行って、大丈夫なんでしょうか?」
そんな思いが聞いた時から頭を離れない。
「準登録の時に体調を崩した、という話は聞いています。
神の力と反発したそうね。
ただ『魔王』『精霊』『星に属する精霊の貴人』というのがそもそも、どんな存在か。
私達と何が違うのか理解できない私達にとっては
『解らない』としか言えないわ」
「ですよね。当の私自身でさえ、どこがどう違うか解らないですもの」
あの時は精霊の力を目立たないように分割して貰っていた。
それでも、体内に入れられた『神の欠片』に身体が拒否反応を示して死にかけた。
今なおけっこうなトラウマだ。
「私には何度見ても貴女が『精霊に属する高貴な存在』とか『魔王の転生』とか信じられませんが。
無鉄砲で、一直線で、頭が良くて、考えが深いのに浅くて…そこが可愛い子どもにしか見えません」
「それって褒めて下さってるんですか?」
「褒めているつもりですよ。一応」
「ありがとうございます」
ティラトリーツェ様が、私の不安を理解して慰めて下さっているのは解る。
ここで、ぐちぐち悩んでいても仕方がない事も、解ってはいるのだ。
「とにかく、この世界で皇族として表に立って行くのなら神殿や神官との関りは必須です。
来年は多分、戦の後、神に捧げる感謝の舞は貴女がやることになるのでしょうし」
「え? そういうことになるんですか?」
ちょっとびっくり。
戦後に、神に感謝をささげる舞は戦の指導者の妻の役目となっている。
あ、でも確かに本来は王女、皇女がやるものだと言っていたっけ。
「ええ、あれは本来、各王家の祖となった『七精霊の子』が『星』に力を賜り、平和に暮らせた事に対する感謝を捧げる儀式を真似たものですから。
私も国にいた時は舞いましたよ。
本来は嫁が舞うのは好ましくないの。その地の王家の血を引く者が踊るのが一番感謝と力が伝わるのですって」
以前、お祖父様がお茶会で話して下さったことがある。
七王国の祖は精霊の力を持つ指導者であった。と。
それを『七精霊の子』と呼ぶのか。
「だから、私はアルケディウスでは舞に基本呼ばれないのです。
本当はアドラクィーレ様も他国の皇女なので良くはないのですが、あの方は華やかな場がお好きですから…。
それにお国では姉皇女様が神殿に召し抱えられておられるので、舞う機会がなかったのですって」
「えー、じゃあ、私が舞う事になったらアドラクィーレ様、怒りません?」
「嫌な気持ちにはなるでしょうが、文句は言えませんよ。そういうしきたりなのですから」
うわー、頭痛い。
アドラクィーレ様にまた不機嫌になられるのか。
皇王家の血を引いていない、って点では私も同じなんだからお任せしたい。
とはちょっと言えないし。
と、今問題にすべき点はそこじゃない。
つまり皇女になれば神殿行事は否応なく、公務として課せられるってことだ。
今回逃げたとしても、そう遠くないうちに次が来る。
「皇王陛下に本当のことを全てお話して、神殿行事から外して頂くという選択肢も無くないですが、私は勧めません」
「解ります。皇王陛下を騙していたことを告げなくてはならないということですし」
嘘つきで魔王な孫を可愛がり、打算はあるにしても目をかけて大事にしてくれるお祖父様に真実を告げるのは、せめてもう少し後にしたい。
「ですから、城に戻り専門家に相談なさい、と言っています。
神殿や神と対して大丈夫か?
神に不審がられることなく、皇女として生活できる方法はあるか?
知っている者がいるのでしょう?」
「はい…います」
私の脳裏に浮かぶ『専門家』は一人しかいない。
フェイやリオン、アル。
シュルーストラムも相談には乗ってくれるかもしれないけれど、根本的な解決策を有している可能性があるのは間違いなく『魔王城の守護精霊』だけだ。
「衣服や旅支度など、物の準備はこちらでしておきます。
ですから貴女は、よく相談し、どうすべきか考えていらっしゃい。
その上でどうしようもない場合には仮病などの最終手段も考えるとしましょう」
「解りました。行ってきます」
結局のところ、それしかない。逃げても仕方がない。
私は覚悟を決める事にした。
エルフィリーネから『真実の欠片』を聞きだす覚悟を。
◇◇◇
「マリカ様は、どうしたいとお思いですか?」
魔王城に戻った夜。
フェイに頼んでリオンにも戻って来て貰ってアルも交えて。
私はみんなに全ての事情を話した。
『能力』という形で調理や化粧品など、この世界に無い知識を所有するというコンゲーム紛いの説明をなんとか信じて貰えた事。
皇王陛下に気に入られ高位皇族として寓して貰えることになったけれど同時に神と関わる職務からは逃れられそうにないという事も。
その上で
「どうしたらいい? なんとか対処できる方法はある?」
エルフィリーネとリオンに問うたのだ。
「今のままじゃ、ダメなのか? バングルを離して置けば、ほぼ普通と変わらないとエルフィリーネは言っていただろう?」
「いえ、今のままでは危険だと思います。
準登録の時、神の欠片を身体に入れられた時の反応を思い出して下さい」
リオンの問いかけに、首を横に振ったのはフェイだった、
「神の欠片に、リオンもマリカも…僕もですが、異常反応を起こした。
つまり能力を切り離しただけではまだ『精霊』のままだということです。
アルケディウスの、地方神殿の神官くらいなら騙せるかもしれませんが、大聖都で最高位の神官と相対する事になるのなら危険ではないかと思います。
また、神の欠片を身体に入れられる可能性。そしてそれにまた異常反応を起こす可能性も…」
「おれも、危ないと思うな」
「アルも、そう思う?」
ああ、とフェイの言葉に頷くようにアルは顔を上げる。
「うーん、となんて言ったらいいのかな?」
アルにしか見えない、視覚的なものだから、多分表現が難しいのかもしれない。
しばらく唸りながらアルは、どうやら近い例えを見つけてくれたようだった。
「リオン兄やマリカは言ってみればオルドクスなんだよ。で、オレ達は普通の犬、まあ狼でもいいけど」
オルドクスはリオンの守護獣で精霊。
白い狼の形をしていて、本来は馬位に大きいけれど、いつもはセントバーナード犬くらいに縮んでくれている。
「今は力が切り離されてて、ちょっと見、普通の犬や狼に見えるけど、見る奴が注意深く見れば犬じゃなくって精霊獣だって解るかもしれない。
そんな感じだ。俺もそうだと思ってみれば、オルドクスが普通の犬じゃないって解る。
兄貴達は、もっとはっきり解るだろ?」
「それは…まあな」
「解りますね」
「うーん、私はそんなに確証もっては解らないけど…」
でもアルの言わんとしている事は解る。
私やリオンは、人間の形をしているけれど人間じゃない。
と言われている。
それが解る人はいるかもしれないってことだ。
大聖都、神のお膝元であるのなら余計に。
「…前にリオンは『変化』の後、変生を受けた私はもう普通の人間じゃない。って言ってたけど、実際の所どう違うの?
変生を受けた精霊の力を持つ者って…何?」
私は、今までずっと気になっていたけれど、聞けなかった問いを口にする。
あの前も後も、あまり体調そのものは変化がない。
能力が強くなったくらいで、あまり差も感じないのだ。
「それは…」
「言ってみれば、身体の組成が組み変わり、精霊と混ざっている、と思って下さい」
言い澱むリオンの代わりにフェイは静かに語る。
フェイは人間から、『魔術師』精霊と人の狭間の存在になった者だ。
「精霊も、人間も、他の生き物も、同じ『星』に生きる存在ですが、精霊は同じ場所にいても見えないように隠されている。
変生を受けると、精霊と混ざり、『精霊』の世界に関われる、目と力と声を与えられる。という感じでしょうか?
マリカは元より普通の生活に精霊の力を使っていませんから変わったと感じにくいのでしょうが」
もしかして私の現実世界のマンガやアニメでいうなら、サイボーグみたいなものなのかもしれない。
精霊の世界は電脳世界で、そこにアクセスできれば便利な力をたくさん入手できる。
普通の人間がそこを見る為にはタブレットやパソコンなどの道具や知識、技術が必要。
でも、変生を受けた者はそういう道具無しでも精霊の世界にアクセスして力を引き出すことができる。
って感じかな?
私の理解が正しいかどうかは解らないけれど。
「マリカ様は、どうしたいとお思いですか?」
「エルフィリーネ?」
ふと、私の後ろから静かな問いが降る。
今まで沈黙を守っていた城の守護精霊の突然の『質問』
「どうしたい、って?」
「『神』とどう対していきたいとお考えか、です。
将来的なもの、ではなく今の時点で、で構いません。
『神』に対して『星』の力を預かる精霊として真っ向勝負を挑みたいか?
それとも、今は敵対を避けたいとお思いなのか…」
「真っ向勝負…って、そんな事できるの?」
はい、とエルフィリーネは頷く。
いともあっさり、と。
「マリカ様がお望みなら、『精霊の貴人』としての記憶、能力の全てを取り戻させることは可能です。
そうすれば、マリカ様はかつて変生、変化で手に入れた能力に加え、精霊の貴人としての記憶を取り戻し『神』に匹敵する存在となられるでしょう」
「今すぐ?」
「マリカ様が、そう願われるならば…」
胸が、心臓が痛い。バクバクと嫌な音を立ててる。
呼吸ができなくなりそうだ。
「そんなこと…できたんだ? エルフィリーネ」
ぞわりと、背中が泡立つ。
震えが止まらない。
今までいくら聞いても『精霊の貴人』のことは言えない、話せないと言い張っていたのに。
エルフィリーネはいつでも私を『精霊の貴人』にできた?
記憶を取り戻させることも?
「繰り返しますが、マリカ様が、お望みであれば…です。
身体と心をゆっくりと成長させ、少しずつ能力や記憶を取り戻した方が負担は少ない。
『星』は決してマリカ様に『精霊の貴人』を強制してはならぬと仰せ。
一度、成ってしまえば二度と元には戻れぬのだから…と」
何かがガラガラと壊れ、崩れ落ちていく音を私は聞いた。
私の最終到達点と定められている『精霊の貴人』
それは例えていうなら紅茶にミルクを入れたミルクティーのように、あるいは火をかけて煮えてしまった卵のように。
もしく豆から加工を施されたチョコレートのように。
成ってしまえば、二度と『今の私』には戻れない。決定的な別物なのだ。と気付かされてしまった。
「もし、対決を避けたい…と願ったら?」
「魔王城での二年、そして外世で過ごした一年の成長の間に少しずつ取り戻して来た精霊の力を一端、全てバングルに封印し、マリカ様のお身体を調整し直す事は可能です。
そうした場合、マリカ様はバングルを付けない限りは変化の『能力』、精霊の力の全ては使えなくなり、言ってみればこの城で、最初にお目覚めになられた時と同じ状態になります」
「戻す方法は…ある?」
「時をかければ、またゆっくりと。どうしても急ぎで、というのであれば、己に変生をかけてバングルを壊せば」
「神殿に行ったり、神官に見られたり…もしかして『神』に会ってもバレない?」
「『神』の状態次第。
『神』が直接姿を現し、マリカ様を御覧になれば、気付く可能性もございましょうが…」
そうでなければ大丈夫だろう。というのなら。
答えは決まっている。
「なら…。封印して」
「マリカ!?」
声を上げたのはフェイだった。
リオンは静かに目を向けて。
アルは真っ直ぐに私を見据えている。
「私は、まだ何も知らないの。
この世界のことも、神のことも、精霊の貴人についても、500年前の事も、殆ど何も。
そんな状態で例え『神』に近いかもしれない真正の『精霊の貴人』になれたとしても、神を倒すことなんて多分できない。
それにいきなり神を倒して不老不死を解除できたとしても、世界中が大混乱になっちゃう。きっと沢山の人が望まない死を迎える事になる」
不老不死の解除には慎重な準備がいる。
人々の混乱は避けられないとしても、できうる限り減らす為に手段は講じないといけない。
でないとそのとばっちりを一番に喰らうのは子ども達だ。
「正直言えば、『精霊の貴人』になるのが怖い、って気持ちもある。
自分の運命から逃げるつもりは無いけど…もう少し…時間を頂戴」
「マリカ様の…お望みのままに」
私の決意を確認したと同時、エルフィリーネは静かに私の眼前で、ひらり、躍らせるように手を振った。
と、同時。
「…あっ」
身体から全てが抜ける。
力も、意識も、本当に全てが。
抜けていく意識の彼方。
最後に私の耳に残ったのは
「マリカ!」
心配そうなリオンの言葉と
「貴方はどうしますか? アルフィリーガ…」
そんな、静かで優しい問いかけの言葉だった。
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