【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

火国 父と娘の会話 中編

公開日時: 2025年2月9日(日) 22:45
文字数:3,892

 神々の空間。

 疑似クラウドの無重力空間の中で、アーレリオス様は約束通り、逃げずに待っていて下さった。


「よかった。やっとお話しできますね。お父さん」

「お父さん、……か」

「お父さん呼びは失礼ですか? お父様、だとライオットお父様と被っちゃうと思って」

「違う。嫌とかそういうのではなくてな」


 身体のサイズを人間サイズに合わせ、私達の前に立つアーレリオス様。

 それでも大人と子どもだから、頭一つ身長差がある。

 プラーミァの高身長はきっとアーレリオス様譲りだ。

 人と同じ容を作って感情を表しているのなら、耳まで真っ赤。

 これは、どこからどう見ても照れている。


「……覚悟はしていたつもりだが、面と向かって愛する妻そっくりの姿をした娘からの『お父さん』呼びは破壊力がありすぎる。

 少し待ってくれ」

「今更、そんなに緊張する事ですか?

 初めにプラーミァに来た時から、精霊獣を作って私を守って下さって、一緒のお布団で寝たり着替えだって見たでしょう?」

「人聞きの悪い事を言うな! これでも気を使っていたつもりだぞ。

 邪な思いで娘のプライベートを侵害したことはない。また泣かれては困るしな」


 真っ赤な顔のまま顔を背けるアーレリオス様。

 また……って? あ、そうか。

 最初の出会いの時、記憶を読む、と言って頭の中に触手を入れられた。

 今思うと、ナノマシンウイルスの中のデータを読まれたのかもしれないけど。


「最初の時の事、まだ気にしていらっしゃったんですか? っていうか、お父さんはあの時から、私が娘だって知ってて?」

「まあ……そうだ。最初は、ステラが持っていた授精前卵子のクローンだと思っていたが私と真理香の娘だと解ったからな。……できる限りの事はしてやろうと思ったのだ」


 本当にラス様が言う通り、アーレリオス様は私のことを思って下さっていたんだ。

 私は、すっと身体を引き、お辞儀をする。

 貴婦人のカテーシー。心からの思いを込めて。


「ありがとうございます。お父さん。

 もし、お父さんがいて下さらなかったら、私は旅のどこかで詰んで『神』の元に連れ去られていたかもしれません。今、私が生きて、もうすぐ結婚できるのはお父さんのおかげです」

「お前は、私を父、と呼んでくれるのだな」


 いつも泰然とした超越者を作っていたアーレリオス様が、惑うような眼差しで私を見る。

 それは、神とか精霊神とかではなく、一人の男性、父親の眼差し。

 どこか不安げで、それでいて優しい。


「勿論です。お父さんだって解る前も大事で優しい保護者だと思っていましたけれど、事情を知ってからは納得して、そしてとっても嬉しく思ったんです」


 お父さん。

 アーレリオス様には本当に旅の最初から助けられてきた。

 もし、アーレリオス様が助けて下さらなかったら、そもそも最初のエルディランドでスーダイ王子を助けられなかったし、アルケディウスでほぼ間違いなく『神』に身体を乗っ取られて終わっていただろう。


「本当に、嬉しかったですよ。

 私も自分の事、クローンとか、そういうものかなって思っていたので、ちゃんと両親がいて愛し合って、望まれて生まれてきたんだな、って」


 親に似ている。ラス様は良く私にそう言っていた。

 人格をコピーされているから北村真理香に似ているというのもあるかもしれないけれど、親である真理香先生とシュリアさん。

 最期まで地球を守る保育士で在り続けた真理香先生と、優しい精霊神 アーレリオス様。

 お二人の何かを受け継いでいるというのなら、これ以上嬉しいことは無い。


「そうか……なら、私は胸を張れるだろうか。

 彼女に、私達の娘は幸せに生きていると」

「はい。あ、でもまだ、天国で会った時、とか思わないで下さいね。

 まだまだアーレリオス様のお力は必要とされているんですから」


 遠い何かを見るように微笑むアーレリオス様に、私はしっかりと釘を指す。

 地球で眠っている真理香先生の魂は、きっとシュロノスの野にはいない。

 ステラ様や、精霊神様達が、もし亡くなった時、どうなるかは解らないけれど、まだ終わってしまわれては困る。


 人という存在は、自分もそうだけれど、見守って下さる方や、締め切り、監視の目が無いと易きに流れる生き物だ。

 そうならないように努力すべきだとは思うけれど、今回みたいに、確かに存在する『超越者』『神』として睨みを利かせて頂けると、人々も王家の方たちも安心するし、気合も入るだろうから。

 私が発破をかけると、くすっと笑ってアーレリオス様は大きな手を、私の頭に乗せる。

 お父様や、国王陛下も良くやるこれは、プラーミァの精霊神様から伝わったものなのだろうか?

 頭をぽんぽん、と。


「そうか。ならば、もう少し目を光らせておくか」

「はい。ぜひ。私もできることでお手伝いしますから」

「頼むぞ。我が娘」

「はい。お父さん」


 

 親子の名乗りの後は、疑似クラウドで『お父さん』と『娘』の他愛もない会話をした。


「真理香先生って、お父さんにとってどんな人だったか、聞いてもいいです?」

「周囲をいつも気遣い、我々能力者の潤滑油になってくれていた。

 最初は、我々も集められ、自分の運命を理解させられても、なかなか納得できなかった。

 彼女がいて、苦しい時の支えになってくれて、個性の強い我らを家族として繋いでくれて。

 そうしてやっと、我々も自分達の運命を受け入れられるようになったのだ」


 割とラス様などは聞き分けが良かったけれど、ジャハール様は結構乱暴で、周囲を困らせていたという。

 風の能力者で空間転移ができたからなおの事、誰も彼を止められなかったけれど、彼を決して怒るではなく諭し、孤独を認めてくれた先生に彼も徐々に心を開いて行ったという。

 引きこもりで心を病んでいたナハト様も同じく。

 自分より辛い境遇にありながらも、気遣い励ましてくれた彼女のおかげで、初めて仲間を得て前向きに歩けるようになったという。


「お前は、彼女によく似ている。

 それは人格データがコピーされているから、ではなく。

 命と心を受け継いだ娘だから、だと私は認識している。

 彼女がなんの重責もなく、素直に生まれ生きることができたら、お前のように周囲の人々を励まし、力づける存在になっていたのだろうと、私は感じていた」

「励まし、力づける事、できていましたか?

 騒動を引き起こし、暴れていただけのような気がしますが?」

「できていた。そこは自信を持つがいい。

 母親と同じく、自分に対する自己評価と自己肯定感の低さは問題だな」

「そうなら、嬉しいです」


 私の中の彼女の記憶は多分、真理香先生がコスモプランダー襲撃に遭遇しなかったという世界線で設定されたものだから、コスモプランダーや、能力者達の記憶は無いし、今、同じピンチが襲い、同じ状況下に立ったとき彼女のような行動がとれるかどうか解らない。

 でも、自分がそうありたい、と思った通りのことを最後まで投げ出さず、やり遂げた真理香先生は我がことながら凄いと思う。

 今の私とは違う尊敬できるお母さん、そう自分の中で位置づけることができそうだ。


 俯く私の顎に手を触れ、くいっと顔を上げさせるアーレリオス様。

 その朱色の瞳に、鏡のように私が映っていた。


「お前の全てが、真理香の形見だ。

 私と彼女の血からは生まれる筈の無い、紫水晶の瞳は、きっと彼女の願いの表れ。

 お前には幸せになって欲しいという、な」

「真理香先生にとって、お父さんに選んでもらった紫の色は、きっと特別だったんですね」

「ああ。だから、お前は幸せにならないといけない。

 使命や役割を背負わせてしまうのは申し訳ないが、それでもお前が幸せになれるように我々は全力を尽くそう。お前を皆、愛している」

「はい。ありがとうございます」


 お父さんの、そして、私を見守って来てくれた精霊神様の思いを確かに感じる。

 お父様やお母様は、私が役割を持つから大切にしているのではないかと言っていたけれど、それとは別に、私自身としてもちゃんと愛して下さっていることが解るのだ。

 だから、私は迷わずにいられる。

 多くの人の願いと思いを託された人型精霊能力者として。


「……ちょっと待て、マリカ。

 お前が何故、私と真理香の会話を知っている?

 私が真理香に紫を手向けたことなど、誰にも話していない筈なのに?」


 カッコよく決めたその後に、アーレリオス様は怪訝な眼差しを私に向ける。あれ? 知らなかったのかな?


「あ、ステラ様が見せてくれた、地球の終わりの映像でお二人の会話を聞きました。

 ……そう言えば、あの時、私が宿ったんですよね?

 わー、自分が生まれる時の行為を見れたなんて貴重な経験……」

「! おい、こら! 

 待て! 今、何と言った? 

 私と彼女の行為をステラが見せた?

 何故、ステラが……って、監視カメラか! ということは、他の連中もまさか、知って……?」


 いつも泰然としたアーレリオス様からは考えられない狼狽っぷりだ。


「さあ、そこまでは聞いて無いですけど、お父さんがお母さんに、服を贈りたかったって話は皆知ってるみたいですよ。ラス様が話してましたから……」

「……不覚」

「そんな悩むことです? 監視カメラがあろうとなかろうと、気にしてなかったんでしょ?」

「別に永遠の別れを前に、もう誰に見られようとかまわんと思っていたが、それを娘に知られ見られるのは、また別だ……。恥辱で死ねる」

「だから、まだ死んじゃだめですよ」


 顔を真っ赤にして、頭を抱える姿には、凛々しい精霊神の姿はどこにも見られない。

 ごく普通のお父さんに見えて、父娘の会話が嬉しい反面、切なく感じた。

 もし、コスモプランダーの襲撃がなければ、この優しい人は、人達は。

 当たり前に、幸せに生きていられたんだろうな、って。


 心臓にチクリ、と奔った小さな痛みと罪悪感と共に。


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