礼大祭本番の終わった翌日、私は最後のお勤めとなる後夜祭に参加した。
と、言っても前日祭や本祭の舞に比べれば簡単なモノ。
一般人も入ってこないし。
礼大祭の舞が行われた広場は、礼大祭と新年に行われる七国王の参賀の時以外は基本的に閉められているのだそうだ。
だから、清められた祭壇の上で、『聖なる乙女』讃美歌を歌い、祭りの終わりを神官長が告げる。そして入場門に鍵をかけて終了だ。
一番の心配だった本祭の舞も終わったし、今度はちゃんとリオン達が迎えもかねて見守ってくれた。だから、私は心置きなく歌えたので、精霊達も来てくれて、締めくくりにはいい感じになったと思う。
神官長と共に祭壇を降りて、広場から退去。
誰もいないのを確認した上で、神官長が扉に鍵を閉めた。
「終わった……」
思わず、吐息が零れる。
ほんの数日間の事なのにやけに長く感じたよ。
私の声が聞こえた訳では無いと思うけれど、鍵を閉め終わった神官長は私に跪き、深く頭を下げた。
「マリカ様。これにて礼大祭の全ての行事が終了いたしました。
『聖なる乙女』のご協力に心より感謝申し上げます」
「無事に役目を果たせたのなら、何よりです。
では、私は片付けが済み次第、アルケディウス宿舎に戻らせて頂いてよろしいでしょうか?」
ここではっきりと意思確認。
仕事が終わったのなら、私はアルケディウスに帰る。
実はマイアさんや、世話をして下さった女神官さん達から
「素晴らしい舞を見せて頂きました。
怖れながら不老不死発生から五百余年、祭事における『聖なる乙女』のお世話をして参りましたが、ここまで美しい儀式を拝見したのは初めてでございます。
流石『神』と『星』と『精霊』の寵愛深き『聖なる乙女』
できれば、大神殿に留まって今後もお仕え出来れば幸せなのですが……」
と言われているのだ。
このまま、なあなあと大神殿に絡め取られてしまうのはなんとしても避けなければならない。
「はい。
残念でございますが、『神』の僕たる大神殿は真なる『聖なる乙女』の行動を妨げることができません。流石姫君、というところでしょうか?」
私の顔を見ながら神官長は苦笑する。
本当なら禊と食事で、私を傀儡にできる計画だったのだろうけれど、そうは問屋が卸さないからね。
一度だけ息を吐いて、神官長は立ち上がり私を見据え、告げた。
「『聖なる乙女』の役目、その終了をここに宣言いたします。
願わくば今後もアルケディウス神殿の、神殿長として祭事へのご協力を賜れれば幸いです」
「私はアルケディウスの皇女です。国外での公務は皇王陛下の意思を受けて決定されます。
正式にアルケディウスに要請して頂ければ考慮致しますので」
「かしこまりました。
姫君のますますのご活躍を祈念しております」
「ありがとうございました」
畏まった顔で返事をして頭を下げたけど、心の中ではガッツポーズした。
よし。これでやっと皆の所に帰れる。
「ネアちゃんはアルケディウスに連れて行きます。良いですよね」
「はい。どうぞご随意に。
それから、本日、市長公邸において後夜の宴がございます。
ルペア・カディナの有力商人や参賀に参った各国の商人達が招待されておりますので、御参加頂けますと、彼等も喜ぶでしょう」
「神殿長も参加されるのですか?」
「いいえ。俗世のことは俗世の者に……」
「解りました。参加するかどうかは国の者達と相談致します」
「そうして下さい。では、私はこれにて」
以外にもあっさりと神官長が引き下がってくれたので少しホッとする。
また
『神殿に入れ』『入らない』
の押し問答になるのかと思った。
そう言う訳で、五日間を過ごした奥の院ともお別れとなる。
「五日間お世話になりました。色々騒ぎを起こして申し訳ありません」
「こちらこそ、お疲れ様でございました。
姫君は正しく『神』に愛された『聖なる乙女』。
真にお世話のし甲斐がありました。
また新年、そして来年以降の儀式でお会いできることを楽しみにしております」
女神官さん達に退去の挨拶をするとマイアさんが代表して返してくれる。
色々と怒られたりしたけれど、褒めて貰えたのは素直に嬉しい。
ただ……
「新年の参賀の時もお籠りが必要なんですか?」
「はい。『星』の月の最後と新年最初を跨ぐ日に、今回の場所とは違う。
大神殿の中枢、聖なる間にて舞を頂く事になっておりますので。
それから、大聖堂で参賀に来られる各国王達の前でもう一度。
『神』御自ら、参列者に言葉を賜る事もある神聖な儀式です。
一般人が参加する事はありませんが、とても重要な祭事ですので姫君におかれましてはどうぞお心づもりなさって下さい」
うげっ、という思いが思わず喉元まで上がりかけたけどなんとか飲み込む。
ってことは、私、今後、新年をアルケディウスで迎えられないってことじゃない。
舞踏会にアンヌティーレ様が出てたから、今回のようなガチガチの拘束はないと思うけれどけっこうキツイ。
「考慮しておきます。あと、できれば大神殿の料理人さんを、アルケディウスに寄越して下さい。優先的に受け入れますので」
「……かしこまりました。貴重な枠に入れて頂けるなら神官長も喜ぶことでしょう」
あ、マイアさんに笑われた。
でも今後も仕事をしなければならないのならマズ飯は勘弁して欲しいもん。
取り上げられた私物も返して貰い、私達は神殿の人々の見送りを受けて私達は約五日間を過ごした大神殿を後にした。
大神殿を出ると、外ではアルケディウスの上級随員達が全員で迎えに来てくれていた。
「『聖なる乙女』のお役目、お疲れ様でございました。
マリカ様の無事のご帰還を心からお慶び申し上げます」
「留守中心配をおかけしました。
なんとか務めを果たすことができたようです」
先頭で膝をつき恭しく頭を下げるのはリオンだ。
久しぶりに間近で顔を合わせる。
なんだか数日で少し、印象が変わったような感じがする。
痩せた、というか精悍になったというか……。
「後で、神殿であった事を話しますので、こちらで何があったかも聞かせて下さいね」
「はい。こちらでも色々とありましたので」
でも、変わらずに、いや変えまいと微笑んでくれるリオンの笑顔が嬉しい。
「とりあえず、アルケディウスの宿舎に戻りましょう」
皆でアルケディウスの宿舎に戻り、全員が中に入ったのを確かめて。
「ヴァルさん、外の見張りお願いします」
「解りました」
周りが身内だけになったのをもう一度、確かめて……
「……リオン!」
私はリオンにしがみついた。
ミュールズさんや女官の何人かはぎょっ、っとした感じの顔をしているけど、今は気にしない、というかできない。
だって、リオンの顔を見たら涙が止まらないんだもん。
婚約者だもんいいよね。許してくれるよね。
気心の知れた随員さん達だから理解してくれる筈。
一生懸命我慢した私をむしろ褒めて欲しい。
「無事で良かった。無事で良かった。本当に、無事で良かったよ~~」
「マリカ……。すまない。心配かけたんだな」
リオンは少し、困った顔をしながらも私の髪をそっと撫でてくれる。
躊躇うような、それでいて優しい手の感覚とぬくもりにホッとする。
「うん。大神殿、凄く怖くて、ご飯もマズくていい事殆ど無かった。
その中で、リオンが倒れたって聞いて、凄く心配だったから……」
リオンの優しい腕の中。
そしてちょっと生暖かいけれど、私達を見守ってくれる随員達の優しい眼差しに、私はようやく、礼大祭は終わった。
帰るべき場所に戻って来れたのだ、と安堵したのだった。
『精霊神』様がおっしゃった、まだ最後の一波乱が残っている事に、終わっていない事に。
私達を見つめる暖かくない眼差しに、まだ、私は気付いていなかったけれど……。
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