ヒンメルヴェルエクトは農業が盛んらしい。
新しもの好きの国王陛下が新年の参賀で『新しい食』を食べてきた。
今後絶対に大きな商圏になるから、ぜひ穀物や野菜を集め、栽培するようにって命令したんだって。
麦、トウモロコシを重点的に、いろいろな野菜や穀物を育ててくれている。
実にありがたい話。
だから、私は新鮮な野菜を中心として、メニューを組み立てた。
所謂洋食もどきだけどね。
メインは豚ひき肉のミートローフにフライドチキン。
ハンバーグよりもちょっとひと手間かけた感じで。
ソースとケチャップを用意してかけて貰う予定だ。
スープにはコーンポタージュ、サラダには定番のポテトサラダ。
オードブルにはカナッペとトウモロコシの天ぷらを。
デザートのチョコレートとシャーベットは外れが無いけれどヒンメルヴェルエクトオリジナルとして、パウンドケーキでは無く、コーンブレッドを用意した。
自分の国の産物をまずは大事に育てて貰わないとね。
歓迎会については割といつも同じなので省略。
特筆すべきことと言えば大公閣下がお約束通り
「初めまして。姫君。
この度は、我が国の食材を素晴らしい形で料理して下さりありがとうございます」
素敵な笑顔の公子様を紹介して下さったことかな。
「私はこの国の公子 アリアンです。よろしくお願いします」
金髪に明るい緑の眼差し。
精霊に愛された王子様なんだなと素直に思える優しい雰囲気を醸し出している。
「オルクスから話は聞いていましたが、本当に美味しかった。
この味が自国で味わえるようになるのがとてもうれしいですよ」
「ありがとうございます」
各国、王子様というと求婚だなんだで大騒ぎしていたので、少し身構えた私にアリアン公子は察したのだろうか。
「ご心配なく。姫君。ヒンメルヴェルエクトは姫君に求婚して取り込もうなどという愚は犯しません。……まあ、個人レベルで申し込もうという大貴族がいないとは言い切りませんが、その時は遠慮なく蹴散らして下さい。
我々は、姫君と友好な関係を築いていければそれで充分です」
「アリアン公子~~~!」
今までどこの国に行っても求婚だなんだと大騒ぎになっていたので、ヒンメルヴェルエクトの気遣いが身に染みる。
アリアン公子もお兄さんみたいで親しみが湧きまくり。
奥様と側に仕えるオルクスさんがくすくすと笑っていたけれど。
所謂北風と太陽だね。
前のシュトルムスルフトが大騒ぎだったから特に。
私は断然、この国が好きになってしまった。
「マリカ様。良ければ明日の儀式ではこれをお使い下さい」
「マルガレーテ様?」
歓迎の宴の後の舞踏会で、私はアリアン公子と奥様のマルガレーテ様。
それから魔術師オルクスさんと一緒に時間を過ごした。
若い人同士って大公様が気を使ってくれたっぽい。
マルガレーテ様も金髪、碧目の美女。しかも、ボンキュボンでスタイルが超いい。
映画スター顔負け。
公子様と並ぶと美男美女の輝きに目が眩みそうだ。
「ヒンメルヴェルエクトの長は勿論、父大公ですが、大公の名の通り、公つまり貴族達を束ね纏める役割を持っています」
「この国には議会が二つあるのです。貴族会議と市民会議。
市民は商人や事業者が主。貴族会議よりは力が下ですが、意見はきちんと取り入れますのよ」
「貴族会議と市民会議と、大公。三つの意見によって国が動かれています。
宮殿の西側が議会場なのです。夏の戦から秋の大祭までの議会開催期間中は、ほぼ毎日色々な意見が交わされますよ」
面白いなあと素直に思った。アルケディウスにも貴族会議があり、評決で政治の内容が決まるけれど、ヒンメルヴェルエクトでは表向きとはいえ、市民も声を上げることが許されるのか。
大祭期間中以外は会議もないアルケディウスとはだいぶ違う。
で、いろいろお話を伺った区切り。
マルガレーテ様が、私に箱を渡して下さる。
「これは?」
「『聖なる乙女』の額冠です。
よろしければ明日の儀式にお使いください」
開けてみると銀色の美しい飾りが入っている。
あれ?
「今までは、私がお預かりして奉納舞などを行っておりました。
明日、姫君は『精霊神』復活の儀式をされるということ。
衣装などは用意しておられるでしょうが、ヒンメルヴェルエクトの儀式なので、良ければ、と」
「ありがとうございます。
ですが『精霊神の遺物』でございましょう? 私が身に着けて大丈夫でしょうか?」
「どういうことですか?」
私の額冠を見る目にマルガレーテ様が首を傾げる。
「『精霊神の遺物』特別な精霊の宿る道具や装身具などは主を選ぶと聞いていますが」
「そうなのですか? 初めて聞きました。
少なくともヒンメルヴェルエクトで私が知る限り、装身具や道具が主を選んだ、とか、拒絶したということはありませんから。
ねえ、オルクス?」
同意を求めるように声をかけられたオルクスさんは、ええと頷いて皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そうですね。道具は道具でしょう?
我儘など聞いていたらきりがありませんよ。私もたまに杖をアリアン公子にお貸しすることがありますし」
「杖の貸し借りができるのですか?」
「ええ。アリアン公子は魔術の才能が御有りなのですが、何故か普通の術師の杖は使えないので」
「ヒンメルヴェルエクトには王勺、というか王が使う杖はないのですか?」
「王勺はありますが、何故?」
「元は王族こそが『魔術師』であったという説があり、各国巡った国のいくつかでは王勺が王の杖と呼ばれて王族魔術師を助けている例があったのです」
「そのようなものはありませんね。王勺はありますが、普通の細工物で精霊石が付いていません。
王の杖、と呼ばれるものの、私は少なくとも見たことがありません。私が仕えるようになったのは不老不死後なのでその前の事は解りませんが」
ぴしゃりと言い放つオルクス様。
なかなか手厳しいなあ。
でも……そうか……。
「とりあえず、お預かりします。明日、身につけさせて頂きますね」
「どうぞ。明日、儀式のお手伝いは私が致します。真実の『聖なる乙女』の舞を楽しみにしております」
そんな感じで舞踏会は和やかに(?)終わった。
王族たちにガードされて話しかけたかったのに、話しかけられなかったと不満げな貴族はいそうだけれど、その対応は後でいいと思う。
「フェイ、リオン……あと、皆もちょっと来て。
ミュールズさんはお母様が下さったプラーミァの額冠を持ってきてください」
舞踏会後、私は皆を集めて、通信鏡も開いた。
皇王陛下の意見も聞いておきたい。
『どうしたのだ?』
「できるだけ、たくさんの人の目の前で確かめておきたいのです」
『何を?』
「これを。さっき、ヒンメルヴェルエクトから預かった『聖なる乙女』の額冠です」
私は、皆と通信鏡の向こうにいる皇王陛下の前で箱を開け、中身を取り出して見せる。
「美しいサークレットですね」
「でも……これは」
確かに美しい、精巧な細工。
白銀で精緻に編まれ作られた美しい装飾品、ではある。
けれど……。
「なんだか、プラーミァの冠に比べると力が薄い、というか存在感が無いと言おうか……」
「プラーミァの物は青の光が内側から放たれるようで、目を惹かれるのですが、こちらにはそれが無いですね」
「はい。万が一にも私達がすり替えたとか思われると困るので、皆の前で確認してもらいました」
私の説明に皇王陛下が納得した、というように頷いた。
『お前の言いたいことは解った。
確かにその冠、お前が持っていたというサークレットやプラーミァの物に比べると『力』がない。それは……』
『偽物だね』
「精霊神様!」
静かな、でもはっきりと解る悔し気な声が、私達の前で響いたのだった。
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