宴会を終えて、子ども達も眠りに付いた夜更け。
私は一人、こっそりと部屋を出て、二階に、そして三階に上がった。
「ねえ、エルフィリーネ」
「なんでございましょうか? マリカ様」
鍵のかけられていない『女主人の部屋』に入りエルフィリーネを呼ぶと、彼女はそこにいる。
まるで忍者みたい、と冗談のように思いながら、私は振り返った。
真剣な顔で跪くエルフィリーネ。
私が部屋で悶々としていたことも、彼女は知っている筈だから、きっとここに来ることも解っていたのだろう。
そう言えば、エルフィリーネは私の事を、主。と呼ばなくなったなあ、と一人、妙に冴えた頭の端っこで思いながら手のひらを見る。
「聞きたいことがあるの。応えてくれる?」
「私が答える事が許されている事柄であれば」
「うん、それでいい。答えられない事ならはっきりそう言って」
「ありがとうございます」
私の手には二枚の精霊金貨が乗っている。
一枚は皇王様から貰ったもの。もう一枚はお城に元からあったもの。
二枚は同じようで見比べると少し違っていた。
小さな宝石がついているのだけれども、皇王陛下から頂いたものは紫の水晶。
城にあったものは緑柱石じみた緑の石がついている。
「この精霊金貨ってこの島で0作っていた?」
「はい。鋳造所が鉱山にありましたから」
「この石の色に意味や違いがある?」
「それは…鋳造された時期の違いです」
「こっちの金貨の方が古い? 外でてにいれたんだけどこっちの方が古い?」
「はい」
「一番新しいものとの年月の差は?」
「…五十年程、でしょうか?」
やっぱり。
金貨の女王の肖像画。
同じようで微妙なラインが違っているようでよく見れば服の襟元とかが違う…。
精霊と契約した人間は長寿である、と以前アーグストラムが言っていた。
でも
100年もすれば命を全うし、星に還る、とも。
「エルフィリーネ。『精霊の貴人』と『精霊の獣』
不老不死じゃないよね。神様に殺されてるもの」
「…はい。お二人とも、人の器に合った成長を取り、身体が傷つけば死を迎えます。
死後、魂は星に還り、いずれ戻ってくる時もありましょうが…」
精霊と人の狭間の者であるという『精霊の貴人』と『精霊の獣』
成長もするし、不老不死ではない。
そして、今、50~60代の皇王陛下と皇王妃様がその当時の精霊の貴人に会って憧れを抱いた。
つまり、その当時。古い金貨の使用時期、精霊の貴人は若かった。
少なくとも子どもが見て老人と思わない位。
美しいと憧れられるくらいには。
その後、世界が闇に閉ざされたり、鎖国したりの間は解らないけれど、約五十年後『精霊の獣』リオンを育てた『精霊の貴人』も若かった。
もし『精霊の貴人』が不老不死でないのだとしたら。
「精霊国 エルトゥリアの女王はいつも『精霊の貴人』?」
「…はい。不在の時はありますが」
ならば少なくとも『精霊の貴人』
エルトリンデは、最低私の前に二人、もしくはそれ以上の数がいたのだと思う。
胸の奥に沸いた吐き気は無理に飲み込む。
自分では無い自分が複数、というのはどう考えても幸せな気分にはなれないけれど。
「エルトゥリアの建国はいつ?」
「国という形を取る前。
『精霊の貴人』が星の代行者として人々を導くことの始まりを言うのであれば、神の来訪と等しいと存じます」
つまり、神と呼ばれる存在は、この星のイレギュラーであり、他所からきたものであり。
星が神から人々を守り、導く存在として遣わしたのが『精霊の貴人』であったのだと。
リオンは何度も繰り返し、自分の意識を持って転生している。
でもいつどこに生まれて来るかは選べないと言っていた。
今の私には前世の『精霊の貴人』の記憶はない。
以前、夢の中で出会った『精霊の貴人』は外見も性格も全く別人だった。
人格や記憶がリセットされているのは『精霊の貴人』の仕様なのか、それとも神に殺される、というイレギュラーの果てのバグなのか…。
「五百年前のエルトゥリア女王、私じゃない『マリカ様』。
『精霊の貴人』や『精霊の獣』の存在意義。
星の事情は、やっぱりまだ『言えない』こと?」
具体的な事情は語れない事だろうと思って、私は質問を選んで探したのだ。
直接聞いて話して貰えると思うなら聞いている。
「はい。私は語る権利を未だ有してはおりません。どうかお許しを」
『語る権利』『未だ』
今の答えをエルフィリーネが言えないながらに私に与えてくれたヒントと考えるなら、エルフィリーネにとっては主である私以上に強い権限を持つ者がいて、ロックをかけている、ということだ。
「いつか、話して貰える日が来ると思う?」
「はい。人にとってもそう遠くないうちに、おそらく」
精霊は嘘をつかない。
ならば、いつかその日が来るのだろう。
「解った。その日を待ってるから」
「ありがとうございます」
目を閉じて振り払う。
不安も不快感も、恐怖も箱にしまう。
色々な疑問もまだあるけれど、今はそれよりも優先すべき大事な事がある。
食の充実。
世界の環境整備、子ども達の保護。
この世界の主導を神から星に、取り戻す事。
『精霊の貴人』が神から人々を守る存在だというのなら、その役割を果たそう。
「また暫く忙しくなると思うから、城の事。皆の事よろしく頼むね。エルフィリーネ」
「お任せください。マリカ様」
真実を知るのは、それらを為し得た後でいい。
跪くエルフィリーネを立たせて私は踵を返す。
ふと、ドレス姿の私が部屋の姿見に映し出された。
子どもらしい可愛らしさを優先されたサラファンは、女王というより子ども達の言う通りお姫様、だ。
エルフィリーネもそれに気付いたのだろう。
「そのドレスもお似合いですが、マリカ様にはいつか、女王の装束も身に付けて頂きたいものです」
夢見るようにそう告げる。
女主人の部屋のクローゼットには、アルケディウスの皇子妃様達の服装とよく似た、でもそれより数段豪華な服が山の様に眠っている。
「いつか、ちゃんと服に相応しくなったら…ね」
着ない、とは言わない。
いつかこの部屋を使う。その覚悟もできてきた。
でも今の私には、この礼装だって分不相応だ。
勉強して、色々な事を学んで、そしてティラトリーツェ様みたいに強くてキレイな大人になって。
そうした時に自分に相応しい服を身につけたいとそう思っている。
精霊の貴人。
それが私の役目なら、逃げない。
今までの誰よりも、その名に相応しい存在になるのだと、私は改めて決意したのだった。
精霊の貴人と精霊の獣
二人の存在意義と秘密については世界の謎の根幹に位置することなので、今はまだエルフィリーネではないですが言えません。
いずれそれが明かされる時があれば物語は終盤ということ。
それまでは基本、のんびりな異世界転生をお楽しみ下さい。
よろしくお願いします。
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