七国最後の国、ヒンメルヴェルエクトの首都にたどり着いたのは国境を超えて二日目のことだった。大陸全体から見ると、横に細長く伸びているので移動距離がシュトルムスルフトからの実動距離はそんなでもなかったな、という印象だ。
だから、休憩中にちょっと顔をみたくらいでオルクス様とは昨日の夜。
食事の時、少し話した後は殆ど会話する機会は無かった。
昨日の夕食の時、一緒の食卓で食事、という訳にはいかなかった。
コーン(ヒンメルヴェルエクトでもトウモロコシのことはコーンと呼ぶらしい。やっぱり英語圏内なのかな?)ブレッドが随分とお気に召した様子で、後で個人的に分けて欲しいと頼まれたので少し多めにお届けした。
あと、コーンスープとお醤油をつけてやいた焼もろこしが昨日の夕飯メニュー。
鶏肉を焼いたステーキとかも
ゆでたトウモロコシは普通に食べているだろうから。
流石に、ヒンメルヴェルエクトとエルディランドは遠すぎて、醤油の輸入はされていなかったらしい。
「とても、面白い味で感服しました。塩味以外にコーンにこんな味がつけられるとは」
とビックリした、でも優しい顔をして、ご自身で食器を返しに来てお礼を言って下さったのだ。
なんだか、デジャヴを感じる。何だろう?
とにかくたどり着いたヒンメルヴェルエクトの首都 トゥルースウェルはまた、今までの国とはちょっと変わった感じの街だった。
なんとなく既視感のある街並み。
石造りの集合住宅は屋根が平らなせいかビルやマンションを想起させる。
一戸建てが殆どないのが特徴。まあ、狭い都市になるべく多くの人が住もうとするとそうなるのだろうけれど。商店とかも一階にあるみたいだね。
道路は石造りで広々として走りやすい。そして街路にはたくさんの人達が集まって手を振ってくれていた。
「お待ちしておりました! 姫君!!」
「我が国に『聖なる乙女の祝福』を!」
順番とはいえ、本当に待たせてしまっただろうな。
とヒンメルヴェルエクトの人達には申し訳なく思っていたので、せめてもの気持ちで精一杯手を振る。
心なしか他国より元気に見えるのは、気のせいだろうか?
盛大な歓声に迎えられて私達は貴族エリア、そして王城へ向かう。
貴族区画はどこもあんまり変わりない。
緑の芝生に囲まれた王城は真っ白でとても綺麗だ。
ホワイトハウス。
そんなイメージがポロっとこぼれ出る。
白い長方形の建物を中央に、右と左に手を伸ばしたような廊下と白い建物が見える。
私達は長方形の建物のさらに中央。
半円形の張り出し、玄関と思しき場所に馬車で降り立った。
「レクテジウム宮殿へようこそ。
大公閣下がお待ちかねです」
オルクスさんが先頭に立って私達を案内して下さる。
王宮の中央の建物を入ると直ぐ真っ赤な絨毯が敷かれた大広間。
そして、玄関の横に回ると階段の部屋があった。
二階に上がるとそこはやはり小さなホールで、すぐ側に白い大きな扉。
門番の兵士に合図をしたオルクス様が扉の前に立つと、ゆっくり奥に向かって扉は開き、そこが謁見の間であることが解った。
奥には王座があって、国王陛下、この国では大公様、だっけ。あと王妃様が座っておられる。
大公様は、淡い金髪に白いひげ。どこかサンタクロースめいた優しい感じに見える。
ヒンメルヴェルエクトは勿論、七精霊の子がトップの立憲君主国家だけれど、大貴族達による議会の力がかなり強く、大公閣下は議会の議長も務めているそうだ。
ということはこう見えても、かなりやり手の筈。
外見に惑わされて手玉に取られないように気を付けよう。
王妃様も優しい笑顔で微笑んでおられる。外見年齢は50歳くらいかな?
皇王妃様を若くした感じ。シュトルムスルフトが色々と怖かったから、油断しちゃいけないと解っていても、ちょっと和む。
私はリオンにエスコートされてお二人の前に進み出た。
「エル・トゥルヴィゼクス。
ヒンメルヴェルエクトの大公閣下、大公妃様。
長らくお待たせし致しました。
アルケディウス皇女 マリカ。
ご招待を受け、親善と料理指導に参りました」
「まことに、姫君のおいでを我々は心待ちにしておりました。
最初があれば最後もある。
七国の中では最後となったことを、仕方ないとはいえ国の者達から随分と叱られたものです」
大公閣下オーティリヒト様は、優し気に微笑みながらも、釘を指すことは忘れない。
「冬に入ってしまい、もしや、わが国だけ姫君のおいでを賜れないのではないかと、不安にさえなった程ですよ」
「本当に申し訳ございません」
これは本当に悪いと思っているから素直に頭を下げておく。
「ヒンメルヴェルエクトはその豊かな大地で、コーンや小麦などの栽培に真剣に取り組み楽しみにして下さっていたのだと知って感激しております。
お詫びや埋め合わせにはならないかもしれませんが、精一杯務めさせて頂きますのでどうかお楽しみになさって下さい」
「うむ、期待しております。ところで姫君」
「はい」
大公閣下は白いあごひげをいじりながら私を見る。
「姫君は各国において、魔王により封じられた各国の『精霊神』を救い、復活させてきたと聞き及んでおります」
「はい」
「我が国も、その恩寵を賜れると期待してもよろしいですかな?」
「大公閣下の御依頼があり、私が神殿の聖域にて舞う事をお許しいただけるのであれば、お受けして良いとアルケディウス皇王陛下から申し付かっております」
「ぜひともお願いしたい。
できるだけ早く。明後日の空の日、とお願いしたら急すぎますかな?」
今まで、精霊神復活の儀式はスケジュールの後半に行うことが多かったけれど、別にそうしなきゃならない決まりがあるわけでもない。
私としては別にいつでも大丈夫だ。
「かしこまりました。準備をしておきます」
「明日が歓迎の晩餐会なので本日、これからお疲れの所、申し訳ありませんが準備についての指示をお願いし、明日の午前中、調理のご指導を賜る。
明後日、復活の儀式。翌日は安息日ですので体を休めて頂いて、翌週から正式にご教授頂くという形でいいでしょうか?」
「はい、かしこまりました」
「明日の儀式で、我が国の公子も紹介いたします。良しなに」
そっか、この国もお子さんは王子なんだよね。
また求婚攻撃にならないといいのだけれど。
挨拶を追えて外に出るとオルクスさんが、私達を宿舎に案内してくれた。
正面玄関から、向かって右の奥にある建物が王族の宿舎で、その一角に来客用のエリアがあるという。
「滞在中は私と公子が姫君のお手伝いやお世話をさせて頂く事になります。
どうぞよろしくお願いします」
オルクス様はそう言って、微笑み去っていった。
昨日の話の時と同じく、フェイはなんだか警戒した様子だったけれど、逆にリオンはなんだか親しみを感じているらしい。
「リオン、彼の事、知っているの?」
「知ってるわけじゃない。なんて言ったらいいのかな。
似てるんだ。全体の雰囲気とか話し方とかの感じがミオルに」
「ミオルさん?」
後で聞いたらそう言っていた。
リオンの話を聞いて思い出す。ミオルさんっていうのは確か、リオンの勇者時代の仲間で『神官』さん。
もしかしたら『神』のスパイだったかもしれないけれど、最終的にはリオンを助けて『神』からリオンの魂を守ってくれたという。
この流れに私は不思議なデジャヴを感じている。
思い出すのはエルディランド。あそこで出会ったユン君のこと。
私が作った料理に感じ入り、リオンが親しみを持つという点が何だか似ている。
ユン君は私達の仲間で『星』の転生者クラージュさんだった。
オルクスさんはフォルトシュトラムを使う魔術師で、アーレリオス様の様子からして何か事情がありそう。
ユン君のように私達の仲間、であるのならいいのだけれど。
嫌な予感がする。
……ミオルさんに似ているってことは、もしかして『神』の関係者?
でも、リオンはきっとそんなことくらいは解っているだろうから、今のところは様子見かな。
もし、オルクスさんが『神』の関係者だったり、何か思惑があったりしたら多分、この国での滞在中何かしらの動きはあるだろうから。
ユン君のように。
とりあえず、私は部屋に入り、準備をすることにした。
七国最後の訪問国。
私が来た以上、ただで済む筈は勿論無くって。
この国で、今まで最大クラスの騒動が起きると知る由もなく。
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