王宮を出た後、国中からも盛大な見送りを受けて、私達はヒンメルヴェルエクトの首都を後にした。ここから大聖都まで約二日。
大聖都で一泊してアルケディウスまで約三日来週の初めにはアルケディウスに帰れるだろう。
ヒンメルヴェルエクト内で二泊するので、最後の素材研究なども行うことができそうだ。
そして、例によって例のごとく。
「この荷物は何でしょうか?」
「ヒンメルヴェルエクトから姫君への感謝の気持ちです。どうかお受け取りを」
山のように積まれた荷物。戸惑う私にアリアン公子はそう言って笑っていた。
「一箱は乾燥させたコーンです。挽いて粉にして料理に使うもよし。種として蒔いてみるもよし。御随意に」
「よろしいのですか? コーンはヒンメルヴェルエクトの特産では?」
「他国で栽培が可能かどうか解りませんので試して頂けると。特に寒冷の地であるアルケディウスで育てばおそらく、どの国でも育つのではないかと期待しております」
「解りました。試してみますね」
トウモロコシは米以上に手間のかからない穀物だ。
皮をむいてゆでれば即食べられる。アルコールの含有量も高い。何より美味しい。
各国で育てられるようになればいいと思う。
「後はヒンメルヴェルエクトが誇る織物です。絨毯やタペストリーなどは他国にはなかなか真似できないと思います」
「はい……とても素晴らしいですね」
最初に見せて貰った織物は絨毯だったけど緻密で丁寧で、そして驚くほどに大きかった。
一方でタペストリーと呼ばれた壁飾り用の織物もあって、大きさのバリエーションが色々。
畳よりも大きなサイズから、額に入れて持ち運べそうな小さなものまで。
驚くのは織の細かさ。糸だけでこんな表現ができるんだ。しかも経糸と横糸の組み合わさりで。と驚く。
まるで精密な絵そのもの、花や人物を織り込んであってそれがまた美しいのだ。花びらの色が微妙に違っていたり、人物の唇が印象的な程に赤みを帯びていたり。
向こうの世界で言う所のジャカード織とかゴブラン織とかそんな感じだろうか?
「特殊な織機の製造技術が伝えられていたので、ヒンメルヴェルエクトで特に発展したようです。これは小さなタピストリーを作る用の小型織機ですが、普通の布を織る用よりも糸が細かくかけられているのです。上質のものを作るには熟練の技がいりますね」
「そうでしょうね。素晴らしいです。実際に織っているところを見て見たかったです」
お土産にと用意して貰った織機は、向こうの世界で子ども達の遊び用に売っていたものとよく似ている。何十倍も緻密だけれど。
そう言えば遠足の体験学習で織物作りやったこともあったっけ。糸が引きつらないように布を織るのは本当に大変なのだ。
「これは、最近、ヒンメルヴェルエクトで流行している『星の乙女』のタピストリーです。
『精霊神』復活後いくつかの工房が作り出しまして」
「いっ!」
差し出された額縁入りタペストリーは黒髪、黒の瞳、白いドレスの女性が舞う絵姿が織り込まれていた。綺麗だし、凄い技術だとは思うんだけど……。
「これは、マリカ様を模したものなのでは?」
「おそらくはそうでしょうね。年齢や瞳の色も違うのでそうだろう、と思っても取り締まることはできませんが」
「アルケディウスでは皇族、王族の姿を映すのは禁止なんですけれど……」
「マリカ皇女ではなく『星の乙女』だと言われればこちらからはちょっと……。姫君の品位や名誉、ヒンメルヴェルエクトのタペストリーの名を汚すような品物は許すことはしませんが」
アルケディウスの『大祭の精霊』のイラスト販売と同じか。
私は息を吐きだす。我慢するしかないのかな?
「後は、これが石油から精製した繊維と布、そしてペレット、と姫君が名づけられた加工前の個体です。現時点で精製できた分は全てもってきました。アルケディウスでの研究などにお使い下さい」
話題を変えるように公子様が最後のお土産を出してくれる。
プラスチックや石油合成繊維の元になるペレットと、それを糸に紡いだものと、布に織ったもの。わずか数日でこれだけ纏まった量を作ってくれたということは相当オルクスさん達が頑張ってくれたのだろう。
オルクスさんは目元がちょっと赤い。寝不足かな?
「両国で精霊の書物の文献を調べ、フリュッスカイトなど科学知識豊富な国とも連携して新しい素材や活用方法を見つけていければいいですね」
「ええ。そうできればいいと思います」
精霊の力は助けの力。
科学知識や技術の足りない所を魔術が助けてくれる。
だからこそ、向こうの世界ではできなかった新しいことがきっとできると思う。
向こうの世界の失敗を繰り返さず、ファンタジー異世界だからできるアドバンテージを利用して世界を豊かにしていけたらいいなと思う。
「それから姫君、これはお土産とは違うのですが、お願いしたいことがございます」
「なんでしょうか?」
アリアン公子の言葉を受けて、オルクスさんが首で後ろに合図した。
スッと進み出てくるのは一人の少年。十歳くらい。
金の髪、青い瞳。アルや私達より、ちょっと年下って感じの可愛い子だ。
「あ、貴方は?」
「ヤール様?」
ヤール様? ソプラノの声が知らない名前を呼んだので、私は振り返る。
声を上げたのは……プリエラだ。
「プリエラ。彼を知っているのですか?」
「知っている、というか。……私に声をかけて下さった方の一人です」
「声をかけて……求婚者?」
「はい」
アルケディウスとヒンメルヴェルエクトの縁を強化しようと国王陛下の命令で、私の随員達に求婚してきた人物が多くいる。
今回は受けられないとはっきり言った筈だけれど、と抗議しかけた所でオルクスさんが少年の後ろから肩に手を乗せた。
「この子は、ヤールクフスト。
私の弟子で魔術師見習いです。この子を姫君の随員の一人としてアルケディウスにお連れ頂けないでしょうか?」
「魔術師見習いを、私達に?」
背を押された少年は無邪気な笑みを浮かべ頭を下げる。
師匠から他所に行けと言われているのに嫌がる様子もない。
それに、少年の顔に私は少し見覚えがあるような気がしていた。
「貴方は、孤児院にいた子ですか?」
「はい。そうです。神殿孤児院で育てられ、魔術の才能があると見込まれて神官になるか、オルクス様の元で魔術師になるかを選ぶように言われていました」
「ヒンメルヴェルエクトの生まれだからか、光の術素質があるようです。
神殿から没収した魔術師の杖を与えたところ、数日でかなりの術が使えるようになり将来を有望視されています」
「貴重な杖持ちの魔術師見習いをアルケディウスに?」
「はい。プリエラ嬢に恋をして離れたくないと……」
「……アリアン公子」
「いうのはまんざら嘘ではありませんが、今のところは冗談ですね。
アルケディウスの先進の知識を学びヒンメルヴェルエクトとの友好を深める存在になって欲しいと思っております」
給料はいらない。宿泊費や生活費もヒンメルヴェルエクトが支給する。
ただ、私の側で色々と学ばせて欲しいのだという。
「私の随員はこう見えて、厳選された者達なのですが……」
「承知しております。
ですが姫君の侍女の一人はプラーミァの者だと聞いておりますし、エルディランドの騎士貴族が今年、騎士試験を受けて騎士の資格を得たという噂も耳にしました。シュトルムスルフトの王族も側に仕えている。
どうかヒンメルヴェルエクトの子どもも姫君のお力で導いて頂きたいと……」
「ヤール君。貴方はいいのですか?」
ヒンメルヴェルエクトにも色々思惑はあるのだろう。
でも、私は本人の気持ちが聞きたいと思った。
孤児が国の命令に逆らえる訳はないけれど、国に残りたいと思っているのなら無理に引き離すようなことはしたくない。
でも彼はくりくりとした純真な眼差しではっきりと
「はい。僕は姫君と一緒に行きたいです。広い世界を見てみたいんです」
そう告げる。
「僕は今まで、他の国はおろか孤児院からさえも殆ど出ることができませんでした。
姫君に救われて、ようやく外の世界を見て、世界が輝かしいものだと知ったのです」
私を見つめ、紡ぐ言葉には知性と決意が見えて少年の頭の良さを感じさせる。
「広い世界を見たい。色々な事を知りたい。そして故郷の、大切な人の役に立ちたい。
そう願っています。
姫君、どうかその為の知識と機会を僕にお与え頂けないでしょうか?」
なんとなく、放っておけない。おきたくない。
そう感じたのはこの子が魔王城時代のアルやフェイに似ているからだろうか。
と自己分析する。
胸の中に強い決意を持ち、やるべきことを見定めていたリオンとは少し違う。
誰かの役に立ちたい、認められたい。
そう願う、子どもらしい気持ち……。
「私の一存では決められません」
「姫君」
「でも、今夜、皇王陛下にお伺いを立てて聞いてみたいと思います。
許可が出たら受け入れるつもりです」
「ホントですか?」
一時の憧れや熱病ではない、しっかりと考えた上での結論なのだろう。
私はそれを大事にしてあげたいと思った。
結論から言うと皇王陛下は
『子どもに甘い私の悪癖が出た』
と怒ったものの、貴重な魔術師見習いを得られるのならということで一年間の期限付きで受け入れることを許可して下さる。
一種の勤労留学生。
一年間はアルケディウスの命令下に入りその指示に従う。国家機密の口外も絶対禁止。
でも孤児院の運営方法とか、知育玩具とか広く伝わり始めた料理方法などは教えてヒンメルヴェルエクトでも活用してほしいと思う。
表向きはフェイの部下扱い。
リオンも反対しないでくれたし、アーサーやクリスとも上手くやっていけそうな感じだ。
アルも色々と気にかけてくれている。
一年の期限が延長できるかどうかは彼のやる気と働き次第。
プリエラと本当に仲良くなって、アルケディウスに婿入り、ということもありえなくもない。逆もあるかもしれないけど。
だから、ウルクスだけは娘に近寄る男の子に不満顔を隠していなかった。
娘を持つ父親は大変だね。
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