ええ。お似合いでしょう? 偽物同士」
「偽物……同士……」
私の呟きに、はい。
と目の前の男性、魔王エリクスは頷いて見せた。
「さっきも少し言いましたが、私はあの黒い洗礼を受けたのが貴女で良かった、と思っているのです。
何せ、マリカ皇女は本物ですから。ここに連れて来ても大人しく、私の言うことなど聞いては下さらない。間違いなく今頃は大暴れでしたでしょうからね」
彼の言葉通りの事が容易に想像できるあたり、私もマリカ皇女に色々と毒されているなと思う。もし、変生とやらを受け、マリカ皇女がここに連れてこられたとしても。
彼女は多分、大人しく魔王の番なんてやっていない。
自力で脱出しようと騒ぐか、精霊獣を呼び寄せて『精霊神』を憑依させて暴れるか。
少年騎士や、魔術師が必死になって探して、助けに来るかもしれない。
とにかく、魔王の思い通りにはいかなかったことだろう。
それは、逆に言えば、私であれば彼らは危険を犯してまで助けには来ないだろうという確信なのだけれど。
「そうですね。貴女が思う通り、彼女を取り戻しに強敵たちがぞろぞろやってきますし、何より彼女の側には本物の『勇者』アルフィリーガがいる。
僕になど眼もくれては下さらないでしょう」
そうだろうな。と思いながら、私は気付く。
今、私、自分の考え、言葉にしただろうか?
「ああ、失礼。僕には人の心、記憶、思いを読み取れる能力があるのですよ。
直接触れなければ、感情の機微を感じ取るくらいですが、手を触れて、その気になれば相手の心の中をけっこう深く読み取れます。
最も、今は、貴方の表情が、わかる~。と同意してくれていたので読む必要もありませんでしたが」
ビクン、と身体が緊張に強張ったのが解った。
心を読まれる、と聞いて嬉しい思いになる人は多くは無いだろう。
ましてや私は、自分がマリカ皇女に対し、どす黒い感情を抱いていることを自覚している。
「ワザと、ではありませんが、貴女をこの城に連れて来る時、少し貴女の思いが伝わってきました。
マリカ皇女に救われ、良い環境に置かれながら自分と彼女の差を感じて苦しみ、どす黒い澱を胸に抱いていた」
そうか、と思わずにはいられない。
この男は私の心の中を知っているのだ。
「ズルい、ですよね」
地獄から救い出してくれたマリカ皇女に恩を感じながらも、生まれついての差。
不公平さを呪う。私の昏い心の澱みを。
「彼女は生まれながらにありとあらゆるものをもっていた。
二国の血を引く英傑の才。優しい親、溢れる才能、誰もが目を引く美貌。
『精霊』いえ、『神』と『星』をおも寵愛する能力と、各国の国王達を味方に付け、誰にも好かれる愛らしさ。
彼女は一人で人間が持つ美徳、その全てをもっていると言っても過言ではない」
それに、実は生きた精霊。魔王と呼ばれた存在の転生。
も実は加わる。
彼がそれを知っているかどうかは解らないけれど。
「誘拐され、苦難の中で子ども時代を生きたとは聞きますが、それでも。
あまりにも生まれ持ったものが違いすぎると思うのです。
……僕には、貴女の気持ちがよく解ります」
私の思いを理解してくれる。そんな不思議な親近感を彼は私に与えていた。
「僕自身は恵まれた容姿を授けられ、読心の能力を持ち、勇者の転生と崇められる環境にありましたから、貴女の苦しみのほんの一部も本当は解っていないかもしれません。
ただ、僕も真実の才能。生まれ持った資質の違いに、叩きのめされた人間です。
いえ、自分には才能があると、驕り高ぶっていたからこそ、真実の才能の前に、己との違いを実感し、求めていたものは決して手に入らないと知らされてしまった」
彼も、生まれついての才能の差を見せつけさせられた同胞だと思えたからだ。
「恥ずかしい話ですが、真実を知り、自分が偽物であることを自覚したことで、僕は逆に自分という存在に自信が持てた気がするのです。
偽物は偽物。どうあっても本物にはなれない。
けれど、偽物だからこそ、できることもあるのだと。
恥ずかしい、話ですが」
そう、照れくさそうに微笑んで、彼は私に手を伸ばす。
「いかがです? 偽物同士。
本物に一泡、吹かせてやりませんか?」
魔王の微笑で。
「選択権は貴女に差し上げます。
皆の所に戻り、光の中で、マリカ皇女と共に有りたいのであればそうなさって下さい。
元の身体には戻れませんが、魔術師として、あるいは神官として。
今の貴女なら、尊重される道はあるでしょう」
それは正しく魔の誘惑だった。
「魔王城に、僕の側に残るのであれば人の敵、幸せに生きる道は閉ざされますが魔女王として尊重します。全ての魔性と精霊は貴女に従い、ひれ伏すでしょう。
無論、僕も貴女を愛し女王として敬います。
僕には貴女が必要なのです」
魔女王。
自分が望んでいたもの。
特別な存在への道が開かれる。
世界でただ一人の存在になれるのだ。
ただ、人としての人生を捨てさえすれば。
「魔王の番……ということは、私は貴方に抱かれることになるのですか?」
震える声で問いかけた。
「無論」
彼の答えは単純明快に返る。
「この魔王の城には貴女と僕の二人きり。
兄弟でもない男と女が愛し合い、一つの屋根の下で暮らすのに、そううならないことはむしろ不自然でしょう?
大切に思うのであれば、それは言葉ではなく行動で示すべき。
僕はそう考えます」
あの少年騎士よりはずっと。
「ですから、望まないのであればそう言って下さい。直ぐに外にお返しします。
時間が経てば経つほど、貴女に愛着が湧いてしまいますから、できれば早い方が……!」
魔王の前で、私は服を解除する。
最初に目覚めた時と同様に、指輪以外何も身に着けない、生まれたままの姿になった私を見て、彼が息を呑んだのが解った。
「きゃあっ!」
そのまま彼は、私の手を掴みベッドに向けて押し倒した。
そしてそのまま覆いかぶさってくる。
両手首は彼の手で寝台に縫い留められてしまった。
身動きができない。
そのまま唇を奪われた。強引に重ねるように、貪るように。
唇を舌で割り貪欲に絡めとってくる。
慣れているようで慣れていない。そんな感じだ。
童貞、ではないだろうけれど、経験豊富ではなさそう。
そんな生意気なことを考えながら、自分もそれに応えるように舌を絡めた。
お互いに息ができない程に互いを味わって、唇を離したころには息も絶え絶え。
でも。彼は真っすぐに私を、私だけを見つめている。
「挑発しているのですか? 貴女は」
「挑発しているわけでは無いですけれど……」
顔が近い。
金の髪、碧の瞳。
精霊の色を宿した誰もが憧れる勇者の転生が、熱っぽい眼差しで自分の上から見つめているなど一年前の私には想像もできなかったろう。
これと同じような場面は何度もあった。プラーミァの貴族家で飼われていた時……。
「私は、乙女ではないですよ」
「え?」
彼の目が瞬いた。
読心できるのなら解るだろう。でも、はっきりと言っておく。
言質が欲しい。
「私はプラーミァで性奴隷として使われていました。
マリカ皇女のように『聖なる乙女』を后にお求めならご期待には沿えません。
それでも構わないのなら。私を……番にして下さい」
性奴隷から解放されても、一度、そういう過去を持つ娘が普通の結婚をするのは不可能だと知っていた。
子どもの数が少ないこの時代。子どもや子ども上がりがまともな相手を手に入れられることもほぼ無いし。
皇女のように、勇者の転生が婚約者として側にいて、誠実に愛してくれるなんてまずない。
皇女は理解するべきなのだ。その点だけでも自分がどれほど恵まれているのかを。
「私は、マリカ皇女のようになりたかった。
皆に愛し、愛され、必要とされて。自分がそこにいてもいい。貴女が必要なのだと言って欲しかった」
能力、外見、愛してくれる家族、財力。
そんなものも確かに羨ましかった。けれど。
「マリカ皇女の代りでも構いません。私を愛して、ずっと側にいて下さい」
一番欲しかったのは、きっと勇者の転生だ。
自分だけを愛し、愛してくれる存在が何より欲しかった。
この男なら何も隠す必要もなく全てをさらけ出せる。
「約束しましょう。我が魔女王。
わが命尽きるまで、貴女の側に」
いつの間にか解放されていた両腕で、私は魔王の背に手を回した。
漆黒の翼、闇色の角。
人外の魔王と身を交わす。
「……あうっ!」
「愛しています。ノアール。我が『黒き乙女』」
彼は、私を貪り、食らう。
彼の手によって、変生よりも確実に、はっきりと私は作り替えられていく。
もう本当の意味で人間の世界に戻れなくなると解るけれど、構わない。
私は、欲しかったものを全て手に入れたのだから。
「偽物同士、本物に解らせてやりましょう。
我々の意地を、思いを。
そして、いつか彼らから……」
その後、魔性は魔王エリクスの指揮の元、増加の一途をたどり人々を襲う。
死者こそ出なかったが、畑や人の精霊力を食らう彼らは平穏だった不老不死世界の脅威となる。
時にその傍らに美しき魔女王が目撃されることもあったが、彼らの居場所は二年を過ぎる今もようとして知れない。
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