【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 騎士試験本戦 第二回戦

公開日時: 2021年8月23日(月) 05:57
文字数:4,236

 騎士試験本戦、御前試合。

 リオンの第一試合に続く、第二試合第三試合を見ながら、私は今更ながらに気付く。


 私は、二年以上も一緒に暮らしていても、リオンの能力や戦い方を全く理解してなかったんだなあ、と。


「私、リオンは短剣やショートソードを主武器とする軽戦士、だと思っていたけど違うんだ…」


 単なる頭の中を整理する為の独り言で、返事を期待していた訳では無かったんだけれど


「そうだな。あいつの戦い方は基本時に徒手空拳。

 ナイフや短剣は最後のとどめを刺すために、敵の武器の攻撃をいなす為に添えてあるだけだ」


 ライオット皇子が応えてくれる。


「敵の弱点や苦手とするところを見抜き、そこを的確に突いて素手でも十分なダメージを与え仕留める。正に、獣だ。

 身体が育ちきっていなくて、力が足りないと昔から不満そうだったが、それを武器にする、と割り切ってからは一気に強くなったな」

「昔から?」

 

 怪訝そうにこちらを見るのは隣の席のケントニス様。

 長いバルコニー風の桟敷席は皇王家の家族が揃って座っているのだ。


「そんなに懐かしむ程前からゲシュマック商会の子どもに目をかけていたのか?」


 しまった。

 どう誤魔化そうか、と思って慌てた私だったけれど、五百年間魔王城の秘密を守り通して来た皇子のポーカーフェイスは筋金入りった。


「まあな。

 あいつを早く表舞台に出してやりたいとは思っていた」

 平然とした顔で闘技場を、見遣る。


「才能を見込んで拾ってから、随分と手塩にかけて育てていましたからね。

 実戦経験を得させるために、ゲシュマック商会に貸し出したあの子が戻ってきて、成果を上げるのは誇らしい事でしょう?」

「なんだ。お前が育てたのか? どうりで強いと思った」

「ゲシュマック商会の子ども達はマリカといい、陛下の魔術師といい、そしてあの子といい、逸材揃いですね」


 フォローに入ったティラトリーツェ様、並びの席の二人の会話を耳にしたのだろう。

 皇王妃様も褒めて下さる。

 とりあえず、ライオット皇子が気にしている本当の理由は、気付かれてはいないと思う。

 まあ、言ったところで誰も信じないとは思うけれど。


 リオンが勇者の転生だなんて。

 


 まあ、ずれた話はさておき、午前中の内に第一試合の八戦は無事に終了した。

 びっくりすることに、第一試合で参加者の四分の一を占めていた重戦士系、全員が落ちた。

 プレートアーマーを着ているということであるなら剣士と槍騎士も二人もそれに加わる。

 一回戦を生き残った戦士の全員がスピードファイターである、というのは異種格闘戦、単独の戦闘で勝ち残るのは単純なパワーファイターはなかなかに難しいという事かもしれない。

 スピードファイター達はみんな、自分達の不利を把握した上で、パワーファイターの有利な点を阻害し、自分が有利に動ける様に計算して動いていたからだ。

 リオンとほぼ同じように、鎧の上から衝撃を与えたり、関節の部分を狙ったり。

 若い槍使いさんが、ピンポイントで膝関節に槍の穂先を差し込んだのは見事だった。

 まるで稲妻が走るのを見ているようだった。


 パワーファイターが勿論悪いとは言わないけれど個人戦はあまり向いていない。

 集団戦やパーティ戦で真価を発揮するタイプだろうな、と思うのだ。



 で、いよいよ第二回戦。


 第二回戦の第一試合にもリオンが登場する。

 トーナメントの一番か二番を引いたらしいから。

 リオンは今日は右手にショートソードを持っているだけ。

 対戦相手は今回の中で一際異色の武器を扱う戦士だった。

 手の中に丸めたたまれたそれをしっかりと握りしめている。

 ここからだと良く見えないけれど、第二回戦の相手ということならば、鞭を使って槍使いの手足を拘束し、倒した彼だろう。

 硬い持ち手に、皮で編まれしなる先端が伸びた牛追い鞭。

 外見は細身、銀髪に紫の瞳の優し気な美青年だけれども、戦闘になればそんなことは感じさせない程にトリッキーで大胆な戦い方をする人物だ。

 彼も軽いブレストアーマー以外は身に付けてはいない所謂軽戦士。


 確か、フェイの話ではリオンと、武術家、そしてこの鞭使いが今回の平民からの騎士資格取得者だという。



「第二回戦 ゲシュマック商会のリオン対 イスマスのゼファード 始め」


 合図と同時、バシン! と伸びた皮鞭の先端が地面を叩く。

 先手必勝、第一回戦と同様に、相手はリオンの足元を狙い、愛用の鞭、その尖端を奔らせたのだ。

 目にも見えない位のスピード。

 攻撃モーションとか、まったく見えなかったよ。

 リオンは即座にバックステップ、鞭のリーチより間をあけて遠ざかる。

 けれど、逆にゼファードと呼ばれた鞭遣いは、皮で編まれた鞭を手元に引き戻すと、逆にダッシュするように前に踏み込み、再びリオンに真っ直ぐに打ち込む。


 速い!

 

 熟達の鞭の使い手が使うとそのスピードは音速を超えるというけれど正しくそんな感じ。

 あと一歩、後ろに下がるのが遅れていたら身体に当たっていたのではないかと、思う。

 鞭使いは自分の鞭の長さ、攻撃の威力、どの角度にどう向けて撃てばどう、鞭が動くかを完全に熟知しているようだった。

 リオンが、鞭が戻った、と思った瞬間に踏み込もうとダッシュをかけるが、と同時何かを感じたかのように逆に間をあける。

 

 結果から見ればそれは成功だった。

 戻ってきた鞭持った手を、その勢いのまま、頭後ろで回転させる。

 遠心力が加わり、勢いを増した尖端はリオンが飛びのいたコンマ数秒の後、彼のいた空間を横に裂く。


「…今のを、躱しますか?」


 シュルンと音たてて、鞭を引き戻した彼は驚きに肩を上げてため息をつきそう言った、と後でリオンが教えてくれた。


「人間離れした反応速度ですね。確実に獲った、と思ったのに」

「あんたもな、まるで鞭が手足のようだ」


 小さく互いに笑みを交して、二人はまた駆け出していく。

 スピード対技。

 目を見張るようなバトルが続く。


 攻撃は常に鞭使い、リオンは防戦一方で、攻撃をかけるどころか、近寄らせてももらえない。

 圧倒的に不利に、見えるだろう。


 でも、刻一刻と顔つきが険しくなっていくのは鞭使いの方だった。

 一方でリオンの表情には笑みさえも浮かんでいる。

 リオンに攻撃を仕掛ける度に、彼に鞭の長さ、間合い、攻撃スピードなどを読み取られているのが解っているのだろう。

 ひらりふわり。

 風に揺れる柳のように、リオンは攻撃をしなやかにかわして正確に間合いをとる。

 鞭の先端はあと少しの所で、いつも何度やっても届かない。


 唇を噛みしめリオンを睨み付ける鞭使い。

 でも、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 鞭に殺傷力は少ない。こういうバトルには使い辛い武器だ。

 有利な点は、中距離の相手に攻撃が届くことと、敵の動きをコントロールできること。

 でも、対等以上のスピードと動きを持つ目の前の少年は、素直に動きをコントロールさせてなどくれなかった。

 ついでにいえば、全身と腕を使ってふるうので体力も消耗する。

 焦りも見えて来た様子。


「さて、そろそろ、間合いは見切った」


 やがて、何度目かの攻防の後、息を切らせ始めた鞭使い、と最初とほぼ同じ間合いを取ったリオン。

 無造作の様で、緻密に計算された鞭の届かない位置、だ。

 にやりと笑い、まだ疲労も見せない様子でリオンは短剣を構えると、


「行くぞ!」


 そのまま一気に、膝を折る。鞭使いの間合いに踏み込んでいつもりだろう。

 二人の鞭の間合いは六グランテ(=メートル)強。リオンなら1秒どころかコンマ数秒で間合いを詰め切る。

 

 鞭使いはとっさに後ろ飛びするとその勢いと腕の回転を利用して最後の攻撃を仕掛ける。

 足を狙うのは無理だ、ならばその動きを少しでも!

 振るわれた一番攻撃力の高い尖端は多分、踏み込みの一瞬で追い越されてしまう。

 だから、狙うのはサイドアームからの側面。

 リオンの脇腹を打つ筈だった起死回生の鞭は


「な!」

 立ち止まり、攻撃に向けて差し出された右手に絡めとられてしまう。

 短剣によって微かに軌道と勢いを殺された尖端を、リオンは己の腕に自分から、絡めとったのだ。


 ありえない、と鞭使いの驚愕を宿した目が言っている。


 本来であるなら、それは鞭使いにとって有利な展開だ。

 相手の動きを拘束し、次の攻撃へと繋げるのが鞭使いの本懐なのだから。

 けれど勝負を決める綱引きは、彼の驚愕に加え、状況判断と予測能力に優れたリオンがほんの僅か先制。

 尖端の部分を絡めたまま、リオンは同時にぐい、と力任せに鞭と彼を引き寄せた。


「うくっ!」

 

 姿勢を崩した鞭使いは、たたらを踏む。

 なんとか転倒から踏みとどまりこそしたものの、ハンドルから手が離れ、鞭は完全に奪われてしまった。

 腕に鞭を絡めたまま踏み込んだリオンは、再び地面を蹴り、突進していく。

 もう目前。

 そのスピードはもしかしたら鞭の動きよりも早いと感じたかもしれない。

 少なくともわたしはそう思った。

 

「な!」 

 

 左足を軸に、リオンは回し蹴りを放つ。

 右足と一緒に遠心力をつけて、右腕も回る。

 手首に絡みついたままの鞭と一緒に。

 持ち手と主を逆にしたサイドアーム。

 皮鞭の攻撃が一瞬前の持ち主に襲い掛かる。



 鈍い、音がした。

 脇腹にめり込んだリオンの足首と、鞭に側面で打たれた頭が立てた音と同時、鞭使いが空を舞っていく。


「ぐああっ!」


 受け身を取る事が出来ず呻き声と共に地面に転がる鞭使い。

 一番殺傷力のある尖端や、固い木材のハンドル部分で無かったのでまだマシであっただろうけれど、

 その時点で彼の背は、地面と明らかに密着していた。


 勝負あり、だ。


「そこまで! 勝者 ゲシュマック商会のリオン!」 



 歓声と拍手に遮られここまで、聞こえてきたわけでは無かったけれど、リオンの肩が大きく下がり安堵の息を溢したのが解った。

 手首に絡めとった鞭の先端を外し、皮鞭を畳み直すと、まだ地面で呻き声を上げる対戦相手に近付き、手を伸ばす。


「使い辛い武器を良くここまで極めたものだな」

「…百年かけて磨き上げたつもりの技を、ここまで見切られるとは…。

 完敗です、悔しさも出て来ませんよ」


 鞭使い、ゼファードは差し出された自分より遙かに小さな手を、躊躇うことなく掴み立ち上がる。

 そして差し出された鞭を笑顔で受け取ると、リオンの手首を掴み、高く掲げた。


「お、おい!!」

「いいから笑って笑って。観客を喜ばせるのも舞台に立つ者の務めというものです」



 観客席の喝采がさらに高まっていく。

 熱戦の後に、敗者が勝者を称えるなんて最高のシュチエーションだ。

 美青年と美少年。見ていて萌える。


 観客席だけではく、貴賓席の貴人たちも最高のパフォーマンスを見せた二人に惜しみない拍手を送っていた。

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