【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

火国 甘い未来

公開日時: 2022年5月22日(日) 18:24
文字数:3,955

 翌日、少年は大きな鉢植えを小さなその手に抱えてやってきた。


「本日はお招き頂き感謝申し上げます」

「良く来て下さいました。緊張しないで気軽にして下さいませ」


 私は少年と、彼を連れて来た商店主にそう声をかけた。


「は、はい。…ですが…」


 まあ、緊張するなと言われても無理なのは解っている。

 いきなり普通の商店店主が、王宮に呼び出されて緊張しない訳がない。

 ましてや側に王様が立っているとなれば。


 王様は壁沿いに黙って立ち腕組みをしながらこちらを見ている。

 部屋の外にも護衛はいるけれど、中にいるのは側近のカーンさんだけだ。


「私の事は気にするな。

 契約に口出しをするつもりは無い。この娘の保護者代理として変な事をやらかさないように見張っているだけだ」

「と申されましても…」

「国王陛下も『食』の運用に力を入れておられますから。

 一般の市民の元にどのように食が運用されるか、お知りになりたいのだそうです。

 気になさらず、契約を進めましょう。こちらにいらして」

 

 お借りした応接室には円形のテーブルがある。

 一応、上座、下座はこの世界にもあるようなので上座に私が座り、その横にアル。

 それぞれの横に腹心や文官が付く形になる。


 しどろもどろになりながらも礼儀を守ろうとするフロレスタ商会の商会主 マーカムを私は席に招き寄せる。

 と、同時。


「貴方…ハイファさん、でしたか? 我が儘を言って重い荷物を持ってきてくれてありがとう。

 それは、横において下さい。

 契約が終わったらお話を伺いたいのです」

「は、はい。わかりました」


 ハイファ、と呼ばれた少年は鉢植えを席の横に置き、丁寧に跪く。

 少年、というより男の子。

 アルより二つ下って言ってたから九歳くらいかな?

 黒髪に黒い瞳、褐色の肌、南国の子どもって感じがする。

 挨拶はしたいけれど、下手に鉢植えを置いて床を汚したくないと思い困っていたのだろう。

 気遣いのできる、いい子だね。

 マーカムの愛情と教育が行き届いているのが解る。

 少し、嬉しい。


「まずは契約を済ませてしまいましょう。

 アル」

「かしこまりました」


 私は単なる立会人なので、とりあえず全体の契約はゲシュマック商会の代表アルとハンスに任せる。

 二人は商業契約に関しては私より慣れているし、あくまで今回の契約は一般的なモノだからアルケディウス皇王家も、プラーミァ王家も関わらない。

 ただ、国を跨ぐ正式な商業契約なので、終了後私達が承認する形だ。


「今回は主として技術輸出となります。

 アルケディウスから技術を買い取り、運用して下さい。

 対価は現金で。半額を先払い。残りの金額は一年以内に納入して下さい」

「承知いたしました」

「プラーミァの食品管理は主として王家が管理されているので、今はまだ参入は難しいでしょう。

 今年はまず、一般に食を知らせる、浸透させる。それを優先して頂けるといいと思います」

「はい」

「買い取ったレシピを他の業者に転売する時は同額、もしくは一割増にて、高額転売は原則として禁じます。

 単年契約ですので、明確な契約違反などがあれば次年度契約更新無しと言う事も在りえますの注意して下さい」

「心得ております」


 マーカムが息を呑み込んだのが解った。

 他にも契約店舗としての規定は結構厳しいけど順守して貰う。

 最初が肝心。子どもが代表の店と舐められてはいけないのだ。


「我々の滞在期間中、ハンスと私が店舗の確認と調理指導に参ります。

 残り二週間足らずですが、営業まで漕ぎつけるように準備をお願いします」

「現在、既存の屋台店舗を参考に準備をしています。料理人その他も準備ができていますので」


 細かい話についてはもうゲシュマック商会とフロレスタ商会の間でできているので今回は最終確認だけ。

 

「では、内容を確認し、ここにサインを」


 皇王家の文官、モドナック様が用意してくれた正式な契約書を互いに確認、署名し、交換する。

 代金の半額と引き換えに、レシピの書かれた木札を十枚渡した。


「これで、契約は完了です。

 お疲れ様でした」

「今後ともどうぞよろしくお願いします」


 とりあえず一安心といったマーカムの安堵の表情が見える。

 王家の人間が立ち会った正式契約を、違えることはお互いにできない。

 ここからがフロレスタ商会の真価が問われる。頑張ってほしいものだ。



「では、次に私から確認したいことがあるのです。余技のようなものですからお気になさらないで。

 ハイファさん、さっきの鉢植えと持ってきてほしい、とお願いした種を出して貰えますか?

 リオン、その布をテーブルの上に敷いて下さい」

「あ、はい!!」

「かしこまりました」

 急に声を向けられてビックリしたようだけれど、ハイファ少年は言われるままに鉢を持ち上げテーブルの上に置いた。

 蘭の花に似た、白い花弁に薄黄緑色を宿らせた小さな花が可愛らしく揺れている。


「ハイファさんが作られた香りの小物。

 それに香りの元、として入っていたのはこの花の種、で間違いありませんか?」

「はい。森で見つけたこの花の種が、乾燥してとても良い香りを出していたので何かに使えないかと思って作りました」

「良い目と発想を持っていますね。国王陛下。やはりこの花はバニラだと思います」


 興味深そうに部屋の隅からテーブルに寄ってきた王様に私は説明する。


「バニラ? なんだそれは?」

「特別な香辛料です。それ自体では味が良くなるわけではありませんが、香りや風味を食べ物に与え、より美味しく感じさせます」


 バニラは南国の蘭の花の種から採れる特別な香辛料だ。

 昔は胡椒と同じくらい珍重されていた。とマンガで見た。


「少しお待ち頂けますか?」


 私は持ってきてもらったカリカリ、真っ黒になった鞘を割って中の種をこそげる。

 すると、今まで殆ど感じられなかった香りが、ぶわり、とテーブル、いや部屋全体に広がる。


「ほう…これは…。随分と刺激的でそれでいて甘やかな香りだな」


 国王陛下が楽し気に鼻を動かす。

 真っ黒な莢からは正直想像もつかない華やかな香りだ。


「見ての通り、とても甘い香りがするのでお菓子との相性がとても良いのです。

 氷菓やパンケーキ、パウンドケーキなどに使うと味わいがぐっと上がりますよ」


 逆に普通の料理には今一効果を発揮しないので、正しく王侯貴族の嗜好品だ。

 あと、この香りは乾燥、発酵させないと出てこないと聞く。

 枝に生ったまま枯れたものも結構いい匂いがすると聞くけれど、お店で売っていてもおかしくない良い香りがするのはこの子の保存の仕方が良かったのだと思う。


「子ども!」

「は、はい!!」


 いきなり国王陛下に視線を向けられてハイファ君は帯びた目で、でもしっかりと向かい合う。


「この花はどこに咲いていた? どのくらいある? 種は? どのように保存していた?」


 矢継ぎ早の質問に、けれどハイファ君は


「王都外れの森です。木材の調査の時に見つけました。

 群生しているところが何か所かあって…、種は花の後一~二ケ月で採れます。

 姫君がおっしゃった通り何か月か木に放置して、完全に黒くなったものの方がいい匂いになるようです」

 

 冷静にしっかりと答える。

 頭のいい子、なのだろう。


「良い返事だ。

 マーカム。お前は良い店員を抱えているな」


 王様もニヤリと、笑いながら満足そうに頷く。


「解った。この鉢植えと種は王家で買い取る。

 後ほど、部下をやるので花の場所などを教えるように」

「か、かしこまりました」

「其方には情報料として金貨五枚を与える。

 今後、花と種は王宮で管理するので、店では使えなくなるが構わないな?」

「金貨、五枚…そ、それは…勿論」


 今まで発見されていなかった香辛料の情報量としては安い気がするけれど、でもこれでフロレスタ商会は、借金無しで新規事業をスタートできる。

 王様からの覚えもめでたくなったし、かなりの好条件かもしれない。

 金貨五枚、というのはその辺も考えての金額なのだろう。

 契約の話もちゃんと聞いていたということで、やっぱり王様は侮れない。


「あと、これは褒美として授けよう」


 王様は私達がさっき契約に使った羽ペンをとりハイファ君に渡す。

 王家の備品なので上質の羽と美しい飾りがついている割に使いやすい。

 最高級品だと解る品だ。


「あ、ありがとうございます!!」

「良く学び、店主の助けとなるがいい。

 その先見の眼に期待しているぞ」

「はい、必ずや!!」


 子どもにとっては雲の上のような存在であるであろう王様に、直接声をかけられて震えるハイファ君だけれど、目は本当に嬉しそうに輝いている。

 良かった。

 きっとこの先も頑張ってくれるだろう。


「マリカ。お前の言った事が改めてよく解った。

 子どもというものが、足手まといの役立たずばかりではない、ということがな。

 ならば、拾い、育ててみるのも悪くないかもしれぬ」

「ありがとうございます!!」


 昨日よりもかなり、積極的なお言葉。

 これは、かなり、手ごたえあり、だ。

 私は、ぎゅっと手のひらを握りしめた。


「今日の午餐にはこのバニラを使った菓子を作って見せよ。

 それによっては、私のやる気もさらに上がるかもしれん」

「かしこまりました」



 かくして、私と、ゲシュマック商会、フロレスタ商会、プラーミァ王家。

 全員が大きな収穫を上げた契約は無事完了した。


 ちなみに、その夜のデザートはバニラアイスに、バニラを混ぜ込んだパウンドケーキ。

 結果は勿論、言うまでも無く。

 食後に分けて頂いテアを使ってバニラミルクティを出したらこっちも大好評だった。

 バニラビーンズは莢にも香りが残っているので有効活用するといいと聞いたことがある。



「ふ。

 お前のおかげでまた、良いものを見つける事ができたな」


 満足そうに微笑み、バニラアイスを食べる兄王様は私にウインクした。

 王様の言う「良いもの」は多分、バニラだけではない。


 私も、バニラがプラーミァと子ども達の未来に、甘い幸せを運んでくれることを確信して、懐かしい味を堪能したのだった。


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