神の子ども。
地球移民の一人であるマイアさんからの情報は、私を驚かせた。
「うーん、シュンシーさんが『神の子ども』だったのか」
「『神』が言った通り、本当に俺達の側にいたんだな」
「オレ達の側、というより権力者、王族の側ということじゃね?」
マイアさんとの話し合いの後、アルにも来て貰っての四者会談+カマラ。
皆、最初のエルディランド訪問の時から一緒だったからは話も早い。
「アルの言う通りでしょう。地球移民の子どもは基本的に自分の生まれと近い所に行くことが多い。
記憶があれば有利に立ち回れるでしょうし、記憶が無くてもしっかりとした教育を受けているので普通の子どもよりも有利な位置に立てる。
貴族や王族の側にいて保護を受ければ、それだけで生存率は上がりますから」
「ということは、シュンシーさんがスーダイ王子に見出されたのも計算、だったのかな?」
「可能性はあるでしょうね。彼女が大地の精霊に好かれる性質をもっていたのは事実ですので騙した、とは思いませんが、自分から近づいた可能性は大いにあります」
流石に騙した、とまでは私も言わないけれど、ちょっとモヤモヤはする。
スーダイ王子は純粋な気持ちで彼女を助けたのだろうに。
しかも、神の娘、ということは、ラールさん曰く
「バースコントロールの何かをされている」
筈。不老不死時代ならともかく、今は、各国、跡継ぎを得たいと妊娠出産ラッシュなのにこのままではエルディランドだけ子どもが生まれない、ということもありえるのだから。
「とりあえず、次の訪問国は丁度エルディランドだろう?
その時に、話が聞けるようなら聞いてみればいい。
子宮にかけられた守り、というのも本人が望めば外せる筈だし」
「そうだね。うん。そうする」
神の子どもの中でも、環境や状況は個人差があるのだろうな、と私はマイアさんとの話で理解した。
今まで出会った、三人の神の子どもは地球の記憶をもっていたから、みんなそういうものだと思っていたけれど、マイアさんのように記憶に障がいをもつ人もいる。
その人の個性や価値観もあるから、一括りにはできないかな。
マイアさんのように『神』に心酔しているようだとやっかいだけど、どうやらそうでもなさそうだし、そうだとしても対処のしようは色々あるし。
「エルディランドには二人。神の子どもがいると言っていました。シュンシー妃がそうだとしてもあと一人、いるわけですからね。油断はできませんよ」
「あ、そう言えば、マリカ。
エルディランドに行く時、クラージュ先生を連れて行くことってできるか?」
「できなくはないけど、どうして?」
シュンシーさんの話が落ち着いたあと、アルがふと、思い出したというようにそんな話を転がしてきた。
「エルディランドのマオシェン商会がさ、マリカに会いたいってさ。
繋いでくれないかって手紙を寄越してきたんだ。できればユン……クラージュ先生も呼んで欲しいって言ってる」
「マオシェン商会? あのエルディランドきっての大店の?」
「そう。元々、筆や墨、インクや羊皮紙の扱いから始まって、今は服飾から食品まで殆どの品を扱ってる。特に植物紙の生産と印刷、製本に関して凄く研究熱心で、活版印刷は一緒に開発したけど、その運用にはアルケディウスが追随できないかな」
「たしか、カイト。クラージュさんの前世を見出した方、ではありませんか?」
フェイの言葉にアルは、そう、と頷く。
クラージュさんの話によるとエルディランドに、戦士クラージュと地球人片桐海斗の記憶を持って生まれた彼は、半ば孤児のような存在で。マオシェン商会のダーダンに拾われ店で働くことになったという。
植物紙を作ってみたいという丁稚の言葉に耳を傾け、援助を行った結果、植物紙の生産に成功。
その後、ガリ版印刷なども実用化させ、約百年の間、マオシェン商会は製紙と印刷業を独占することになる。
店主ダーダン氏の凄い所は、丁稚であったカイトさんを囲い込んで、全てを自分の手柄にすることもできたのに、カイト先生を開発者として立て、権利を認めたこと。
製紙、印刷事業を任せ、最終的には国の後援も取り付けた。
エルディランドは有能な人物は一般人でも『王子』として取りたて国務を任せる方針をとっている。
実際は七精霊の子である王家の人間以外が王位を継ぐことはほぼ無いけれど、王子に順位をつける事で互いに切磋琢磨し国を盛り立てるようなシステムになっているのだ。
国は、製紙印刷事業を手に入れる為に、彼らを王子として迎え入れようとした。
カイト先生本人は不老不死を得なかったので王子にはなれず、ダーダン氏は断った為、カイト先生が拾った子の一族が王子となりマオシェン商会を優先しつつ、製紙、印刷。その後の醤油、酒の醸造事業なども国の事業として広げていった。
そのおかげで、今、私は料理に必須の醤油、酒を手に入れることができている。
今はそこから、味噌、みりん、米酢なども醸造されるようになり各国の『新しい食』に色を添えている。
「名代の方とは何度かお会いしたことがあるけど、今回の相手は店主様?」
アルが差し出した手紙を私は受け取って開いた。
名前は良く知っているけれど、そういえば直接店主の方と会った事ない気がする。
エルディランドの商業契約はアルに任せてあったし、報告が必要な時は第二王子であるグアン様が纏めて下さったし。
野心がある人なら、大聖都の礼大祭後のパーティとかで挨拶してくると思うのだけれどいつも代理の方だったしね。
私が疑問を顔に浮かべたのが解ったのだろう。
「隻眼、なんだよ。ダーダン様は」
「隻眼? 不老不死前からの?」
「後天的なものだって聞いた。子どもの頃からのもので、そのまま不老不死になったんだろうな。いつも眼帯をしている」
アルが説明してくれる。
「足もちょっと悪いって聞いた。外見年齢は二十代後半くらいに見えるけどいつも杖をついていた。だから、ダンスとかはできなくてあんまりマリカの前に顔を出してこないのかもな?
あ! 商業契約に関してはいつも最前線に立っておられるけど。
ガルフ並か、それ以上のやり手だぜ」
「マリカ……もしや、この方も……」
「うん、私もそう思う」
手紙を覗き込んだフェイが主語の無い問いを呟いたので、私も同意の頷きを返す。
羊皮紙ではなく植物紙に書かれた文字は達筆と言っていいレベル。
勿論、ペンで書かれた共通語だけれど、最後の署名には共通語の横、エルディランドの精霊古語で名前と思しき文字が添えてあった。
すなわち漢字。
これは多分、名乗り出だと思う。
自分は『神の子ども』であるという。
「この手紙の返事は私が出すね。クラージュさんとも連絡を取って一緒に来て貰うから」
「頼む。俺は今回は同行、遠慮する。ホントに『神の子ども』だった時に色々面倒だしな」
「了解」
アルも広義で言えば『神の子ども』だ。
大っぴらに公表する事でもないし、他の『神の子ども』に告げと面会させるのは良い面もあるけれど、悪い点も多そう。
本人が嫌がるなら強制するつもりはない。
三年前、初めてエルディランドに行った時にはエルディランドは植物紙の生産シェアの100パーセントを占めていたけれど、今はアルケディウスを始めとする各国で製紙、印刷が行われるようになった。
この世界には特許とかもないから、知識は一度公開すればどんどん広がっていく。
異世界転生した(と、当時は思っていた)海斗先生を助け、見出し、育てたという店主。
王子として国務に入ることも期待されていたけれど、生涯商人で在り続けたいという要望から今も商業の最前線に立つエルディランド経済界の大物と聞く。
海斗先生は、二度目の転生、ユン君に生まれた時、そのことを自分の一族には話していたようだけれど、ダーダン氏には話していたのだろうか?
後で聞いてみよう。
彼が本当に『神の子ども』だとしたら私との面会に一体、何を望んでおられるのだろう。
この星の、そして自分のこれからにどんな思いを抱いているのだろう?
私は手紙を見つめながらそんなことを考えていた。
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