シュトルムスルフトに入って最初の宿の夜。
私達は食事を終え、上級随員達を集めての会議をもった。
「髪布と呼ばれる品は調達してまいりました。ここは地方都市なのであまり上質ではないかもしれませんが、とりあえず」
「ありがとうございます。モドナック様。数が必要だったり、また何か言ってきたりするようならその時改めて、対応しましょう」
「街を注意して歩いて気付いたのですが、確かに女性が外に出ていない国だと感じました」
文官貴族、モドナック様に到着早々、街に出て頂いたのはシュトルムスルフトに借りを作らない為の衣服の調達と現状の確認の為だ。
納税や商業契約を担当しているだけあってモドナック様は他国の情報も多く持っていらっしゃるし、調べなくてはならない所を的確に見て下さる。
「男女二人連れはたまに見かけるのですが、女性だけの一団とか、女性の一人歩きはほぼいませんでしたね。商店にも露店にも女性店員などは皆無。
まあ、路地裏に屯っている浮浪の者の中にも女性はいませんでしたが」
「この国における女性の地位ってどんな感じなんでしょうね?」
さっき、この国の王子シャッハラール様は
「この国において、女性は男性の下に在るものと定められております。男性に意見する権利は女性にはないのですよ」
とか言っていた。
シュトルムスルフトが中東、アラブ風の国だから風習なども多分、準じているのかなと思うのだけれど、一口に同じ風習や宗教を抱く国でも差がある。
向こうでは比較的、女性が大事にされて社会進出している国もあれば、車の免許も一人では取れない国もあった筈だ。
その基準で見ればこの国はかなり厳しい部類に入りそうな印象だ。
詳しく調べてみる必要がある。
「モドナック様、男性と一緒の女性はどんな服装をしていましたか?」
「濃い色合いの布で全身を覆うような感じでしょうか? 腕や足を晒している人はいませんでした」
「この国の民族衣装を着るわけにはいきませんが、長そでの服を着ましょう。なるべく、手足を晒さないようにして余計なトラブルは避けた方がいいと思います」
「季節に合わせて殆どの服が長袖ですので、多分問題はないかと」
「ありがとう。ミュールズさん。良かった。
随員の皆さんも気を付けて下さいね。くれぐれも女性だけで外出などしないように。
リオン。随員の安全について護衛騎士達と打ち合わせて対処をお願いします」
「かしこまりました」
使節団はシュトルムスルフトからの要請を経てやってきている。
本来ならこの国のやり方にそこまで縛られる必要は無いと思うのだけれど、何よりみんなの安全が第一だ。許せる範囲なら合わせてもいい。
おおよその方針を固めて後、アルケディウス随員達についての差配は取り敢えず終えて。
もう一つ、話を確認して共通理解しておかないといけないことがある。
私はフェイに向かい合った。
「フェイ。貴方のお父様かお母様、多分お母様はシュトルムスルフトの方のようですね」
「どうやらそのようですね。大聖都で話を聞いた時はまさかと思いましたが、ここまで追いかけてくるとは」
ため息をつくフェイも、きっとさっきのシャッハラール王子との会話を思い出しているに違いない。
実のところ、王子はフェイの素性にはっきりと言及した訳ではない。
「……ファイルーズ」
呆然としたように名前らしき単語を呟いたのち
「お前は、男……なのか?」
そう問いかけてきただけだ。
「王子といえど、初対面の人間に告げるには失礼な言葉ではありませんか?
僕が女に見えると?」
「フェイ」
損ねた機嫌を隠すこともない、ケンカ腰なフェイの口調に私は、一応止めるフリをする。
フリだけだけど。
フェイの気持ちは解る。
王子とフェイはどう考えても初対面。なのに王子の様子はフェイを知っている、とはっきり告げているのだ。
「……いや、その細い指や体格、どう見ても戦士ではないだろうと思っただけだ」
王子の返事は上から目線のままだけれど、動揺は隠しきれない。
「フェイはアルケディウスの文官試験に合格した秀才です。
今回の訪問では文官として、この国での実務を取り仕切る存在となります。
軽い対応をされては困るのですが」
「アルケディウスはよほど人材不足と見える。皇女を厨房に立たせ、他国籍の者を引き立てるなど」
「フェイは孤児ですけど、神殿に登録されたアルケディウスの国民です。他国籍などどこからそんな話が出てくるのですか?」
「……孤児? ……そうか、そういうことか……」
何やら勝手に独り言ち、納得したように頷く王子。
「その者はアルケディウスの要職にあるのだな?」
「そうです。私のレシピの管理や、その他身の回りの実務を取り仕切る者なのですから」
「承知した。騒動しか生み出さぬ女と思っていたが、少しは国の為になってくれたか?」
「?」
「とりあえず、今日の所は引き下がるとしよう。
だが、貴女はシュトルムシュルフトに頂く、その意思は変わらない」
「私の婚姻に関しては父皇子と祖父である皇王陛下が決めることです。
そして父皇子は、最低でも婚約者であり護衛騎士でもあるリオンを倒せない相手を夫として認めることはしない、と公言しております」
「つまりは、その子どもを倒せば良いのだろう? 簡単な話だ」
「試してご覧になりますか?」
私の言葉を受けてリオンが一歩、前に進み出る。
視線を交わし合う王子とリオン。
一瞬の無言の攻防に敗北したのはシャッハラール王子の方だった。
「ふん。この国の最高位の王族が騎士貴族風情と本気を出すまでもない。
我が国にも優れた戦士はいくらでもいるのだからな。
まあ、今日はさっきも言ったが引き下がる。明日には王都に到着する。
それからがシュトルムスルフトの本番だ」
「お手柔らかに」
「!」
脅しもまったく意に介さないような自然体のリオンの返しに王子は顔を真っ赤にしながらも黙って戻っていった。
他の国の王子や迎えの人みたいに、食事を食べたいと言ってくることさえしないで。
「話の流れからして、『ファイルーズ』と呟かれた単語は人名でしょう。おそらく今の僕と同じ髪と目をした女性が王宮、しかも王子の目の届く範囲にいたということだと思います」
「それが、フェイのお母さんかな?」
「解りません。僕には母親の記憶はありませんので」
「リオン、フェイの素性について知っていることはありますか?」
「多分、三歳前の頃、打ち捨てられたような小屋で一人泣いていた。ということ以外には。
家の中には人影も死体もなく、このままではと案じた者に拾われた筈です」
フェイはリオンに救われたと言っていた。
三歳前の子どもが同じ年頃の子を拾って育てたのか。
転生者として大人の記憶を持っていたとしてもリオンは色々大変だったろうな、と思うけれども今は、その話をする時ではない。
「もしかしたら、シュトルムスルフトはフェイを獲得しようと動き出すかもしれませんね」
「ええ、その可能性は高いと思います。おそらくタシュケント伯爵方式で、自分の出生について知りたければ、シュトルムスルフトに来いとか言ってくるでしょう」
フェイは表向き至って冷静に見える。
「大聖都でのテロスの話から総合的に考えて『ファイルーズ』と呼ばれる僕の母親かもしれない人物は、あまり良くない待遇を受けていたと考えられます。そうでなければ身重の女性が密入国などあり得ない」
冷静に、氷の刃のような切れ味で事態を把握し始めている。
「シュトルムスルフトのやり口は見えています。
お涙頂戴もので僕を取り込み、そこからアルケディウス随員団を崩しマリカを入手しようというものでしょう。彼らが都合のいい展開を夢想するのは勝手ですが、それに僕達が付き合う義理は欠片もありません」
感情を一切排除したフェイの様子に少し心配になったのだけれど
「じゃあ、フェイは自分の出生の秘密とか親について興味は無いの?」
「ありません。僕は皇王の魔術師。
僕の移籍は彼らが思う以上に大きな影響を持ちますし、それに」
フェイは静かに私達、私とリオンを見て微笑む。
「大聖都で言った通り、僕はリオンとマリカ……皇女に仕える者。それだけです。
それだけでいいんです。他のものは何もいりません」
「解った。ありがとう」
フェイの気持ちは決まっている。
なら、私が余計な事を言う必要は無い。
フェイを信じてそのサポートをするだけだ。
「明日には王宮に到着するそうです。そこからが本番、何が起きてもお互いを信じて乗り越えていきましょう」
私の言葉に信頼する随員達は強い笑顔で頷いてくれたのが嬉しかった。
翌日の夕方、私達は長い砂漠の旅を終えて王都カウイバラードに到着する。
砂漠のオアシスに立つ白亜の宮殿は、私達が創造するオリエントの雰囲気そのままに美しく輝いていた。
内側にどす黒い思惑を隠しながら。
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