【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

閑話 大神官就任の裏側 火国王族の密談

公開日時: 2024年2月20日(火) 08:08
文字数:3,835

「お兄様。もう少し言い方というものがあるのではありませんか!」

「入ってくるなり怒鳴るな。ティラトリーツェ。子ども達が驚いているぞ」


 嫁いだ妹にこんな風に怒られるのはどれくらいぶりのことだろう。

 マリカに大聖都大神官を要請したその次の夜。

 面会を要請してきたアルケディウスが差し向けた予想外の来客に俺は頭を抱えながらもどこか頬が緩むのを隠しきることはできなかった。


「まさか、お前が自らやってくるとは思ってもみなかった。こうして直接会うのは二年ぶりか。元気そうで何よりだ」

「マリカが意識不明。『神』に精神を奪われたと聞いて、国でのんびりしていることが出来る筈ありませんでしょう?

 ええ、でも。こんな形ですがお会いできてうれしゅうございます。

 フォルトフィーグ、レヴィーナ。ご挨拶なさい。伯父様ですよ」

「随分、大きくなったものだ」


 そう言うとティラトリーツェは抱いていた赤子を下に降ろす。

 いや、もう赤子というには大きいか。

 先日一歳の誕生日を迎えたという甥と姪は、母親に背を押されるとぺこりと頭を下げた。

 意味は解っていないだろうが、なかなかに愛らしい。

 うちの孫もすぐこれくらいになるのだろう、と思ってしまうあたり、親ばかならぬ、爺ばかであるとは解っているが。


「それはそれとして、本当にもう少し言い方とかタイミングを考えて頂くことはできなかったのですか? 国王会議の只中で我が国の秘密を公開するなんて」

「いや、あの件については言い訳しないぞ。あれは必要な事であったのだから」

「解っております。ただ、病み上がりな上にショックを受けているであろうマリカが追い詰められていくのが不憫で……」

「それは、まあ、確かに悪かったかもしれんが」


 子ども達を部屋の一角でミーティラとオルファリアに預け、俺はティラトリーツェと向かい合う。

 アルケディウスが昨日の会議の抗議にあたりティラトリーツェを使った理由は解っている。


「アルケディウスは要請を受け入れる方向で現在、準備を行っています。

 マリカも決意を固め、明日には正式に発表されるでしょう。

 ですから、決定後プラーミァはアルケディウスの側に立ち、マリカの大神殿での生活が過ごしやすいものになるように後援をお願いいたします」

「そうか……」


 今後に関する根回しの為。ティラトリーツェからの頼みであれば俺が断り辛いだろう。そう踏んでのことである筈だ。

 元々断るつもりもない事であるが、そう直ぐに言質を与えてしまっては王の沽券に関わる。


「随分とすんなりと受け入れたものだな。マリカを手放す事を惜しんでもう少し粘って文句を言ってくるかと思ったが」

「アルケディウスも解ってはいるのです。マリカを始めとする『星』の子ども達は一国では抱えきれぬ。いいえ、抱えていいものではないと」

「そうだな。決して大神殿の肩を持つではないが現時点でアルケディウスは七国の均衡を崩しかねない力を得ている。マリカと子ども達によって。

 今後もあの子達を抱え続ければ間違いなく、他国から嫉妬と羨望を受けることになるだろう。それはアルケディウスにとってよい結果にはならぬ」

「お兄様が悪役をかって出て下さったことは、皇王陛下もあの人も理解しておりますから」

「ならばよいのだが」


 現時点でアルケディウスは、マリカを『聖なる乙女』『神殿長』としたことで人民税の納付を免除されている。それだけで約金貨数百枚。マリカの各国への派遣で一国金貨約百枚。半額は必要経費だとしても七国でやはり数百枚の収入は得ている。

 加えてレシピ代、通信鏡の代金に、麦酒や食料品の輸出入。他国とは比較にならない程に有利な状況になっている筈だ。マリカの派遣によりプラーミァを始めとする諸国も好影響を受け、財政も上向いてはいるが、やはりアルケディウスには及ばない。

 このままアルケディウスがマリカを始めとする子ども達を利用し続ければ、ヒンメルヴェルエクトだけではなく、他国からも良くない目で見られていただろう。


「まあ、俺としてはこういう事態にならなければマリカに大神官を強要するつもりは無かったのだ。神官長は良い時に死んでくれた」

「お兄様!」


 零れた、いや零した本音にティラトリーツェが眉根を上げるが、それは俺の正直な気持ちだから否定するつもりはない。

 久しぶりの妹との会話。国王の皮を被るのは止めにする。


「お前にしか言わぬ。ティラトリーツェ。お前達も思っていたのではないか? 神官長がいなくなった今なら、マリカを大神官に据えても安心だと」

「そ、それは……」

「神官長が邪魔だった、とまでは言うつもりは無いが、神官長がいなくなり、マリカが率いる大神殿なら色々とやりやすくはなりそうだと考えている」

「やはり、そういうお考えでしたのね」

「『精霊神』の復活とマリカの舞でプラーミァの収穫量がどれだけ上がったか解っているか?

 お前が嫁いで以来最大だ。本格的に農業に取り組んだこともあるかもしれぬが去年までに比べると倍近いぞ。

 今年の特に大神殿が独占していた転移陣を使ってマリカを頻繁に呼び寄せることができれば。最悪でも奉納の舞を舞わせることはできるのではないかと思っているのだ」

「プラーミァとは祭りの時期がずれていますからできなくはないでしょうが、エルディランドやシュトルムスルフトからプラーミァばかり、と言われますわよ」

「別に、大祭にこだわりはしない。七国平等にと言うのであれば順番は待つ」


 個人的には舞わせる事そのものが重要で、日時などはあまり関係ないと思っている。

 大祭に舞わせられれば盛り上がるだろうが、おそらく『精霊神』に力を送るという意味ではいつでも同じだろう。

 それに……


「ティラトリーツェ」

「何ですか? お兄様?」

「あれは、本当にお前の娘ではないのか?」

「どういう意味ですか?」

「いや。マリカを見ているとどうしても、お前の姿が重なるのだ。生意気でありながら、優しい物言い。思慮深いように見えて、わき目もふらず目標に邁進する姿。

 あれが城で跳ね回る姿を見ていると、理性とは違う、魂の奥底で何とも言えぬ幸せな気分になるのだ。不思議な話だが」

「……」

「ライオットの血を引くプラーミァの娘。お前が慈しみ育てた養女。

 それではない魂の奥に連なる何かをあの娘には感じる。守ってやりたい。守らねばと思う。

 そうだな。

 俺自身も多分嫉妬していた。マリカを独占するアルケディウスに」


 ティラトリーツェと身内しかいないからできる本心の吐露。

 ライオットや皇王陛下がいたらちょっと口にはできなかった自覚はある。


「あの子は、私の娘ですわ。誰が、何と言おうとも。

 ですから、奪おうとするのであればお兄様と言えども容赦は致しません。勿論、『神』であろうとも」

「おいおい。俺は『神』と同じか?」

「私から、あの子を奪おうとするのであれば同じですわ」

「別に奪うつもりは無い。ただ……欲しかっただけだ」


 そう。欲しかった。

 役に立つ娘、だからではなく。

 あの眩しい笑顔が、輝ける若さが、自分を真っすぐに見つめる澄んだ瞳が欲しかった。

 自分の手の中で守ってやりたかった。今度こそ。

 大事な者を守れなかった記憶など、自分にはないのに何故か、そう思ってしまう。

 理由は自分でも解らない。

 これは、プラーミァ王族の血の記憶。

『精霊神』より預かった思いなのではないのかと思ってしまうのは突飛に過ぎると思うが。


「お兄様がそう思って下さるのでしたら。先ほどの件は大丈夫ですわね?」

「先ほどの件?」

「マリカの後見です。大聖都を含む他国にマリカを奪われることの無いように目を光らせて下さいませ」


 少し思案に意識を奪われ気を抜いていたところを見逃さず妹は容赦なく切り込んでくる。

 どうやら子育てに追われていても、戦士のカンは鈍らせてはいないようである。


「大聖都も今は、殊勝にしていますが、落ち着いてくればマリカを飾り物の聖女として利用しようとしてくるでしょう。ヒンメルヴェルエクトを始めとする他国も、アルケディウスに独占されるのは面白く無くても自分達はあの子を手に入れて利用したいと考えると思うのです」

「そうだな。叙任式後はおそらく今後、どういう順番や頻度で各国を巡るかなど調整で大忙しになる」

「マリカは止まりませんわよ。少し話を聞いただけですが道路の舗装整備、新しい油を使った灯火や新繊維、さらにはプラーミァで見つかったゴム、ですか? 新素材を使った衣類など腹案が色々あるようでした」

「舞踏会の時に少し聞いたが、そうか。詳しく聞きたいな」

「それから、毎月大聖都で知識交換会議を開いたらどうか、などとも言っていましたわ。

 フェイは他国に行けないですし、ゆくゆくは大陸の中央である大聖都に研究施設を作ってはどうかということです」

「科学とかいう新しい技術体系については興味があった。やはり、マリカを手に入れたものが未来を制するか?」

「ですから、お兄様」

「解っている。プラーミァの幸運を運ぶ小精霊。その自由の翼は守ってやるさ」

「ありがとうございます。頼りにしておりますわ」


 最終的には言質を与えてしまったが、まあ、構わない。

 あの小生意気で優しい小精霊を、俺は守ると決めたのだから。



 その後も大神官就任後、マリカから出された様々な提案に我々は度肝を抜かされ、振り回されることになる。

 けれど、その提案は殆どが良い方向性を示し七国を、今までとは違う未来へと導いたのだ。


 マリカの獲得を簡単に諦めるのではなかった。

 少し後悔したのはティラトリーツェにもマリカにも言えない内緒の話である。

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