アイテムがしゃべるのを見るのは初めてじゃない。
この世界には『精霊』が存在するから立体映像のように姿を映し出す風の魔術師の杖にほぼ人間と同じ実体を持つ大地の魔術師の杖やリオンの短剣。私の指輪にくっついた水晶など。
意識はあるけど、喋らない系、主としか意思交感しない系もありそうだけど(エリセのペンダントとか)ここまで道具が道具のまま、はっきりとしゃべるのを見るのはリカちゃんとエルーシュウィンくらいだ。
「これは珍しい。普通、器物の精霊は『道具であること』が優先されるので宝物庫にでも置かれない限りは主に意思をなんとなく伝えるのが精いっぱい。
誰とでも話せる程の力を持つ事は殆ど無いのですが、ここまではっきりと意志力を表すとは」
精霊国の騎士団長で、最盛期の精霊国を知っているクラージュさんがそう言うのだから剣が、他の人に聞こえるくらいの声を発し意思疎通を行うのは相当に珍しい事なのだろう。
『僕は、この剣の精霊です。
人の力になり、助けたいとずっと願っていました。
精霊国滅亡から長き時を経てやっと巡り合った主。僕は貴女に忠誠を誓います』
「私は、神の力を持つ不老不死者ですが、それでも力を貸してくれますか?」
震える声で問うカマラに、剣は頷く様に石を明滅させる。
聞こえてくる声は、明るく弾けるよう。
僕、という一人称と合わせてなんだか少年の印象を感じる精霊だ。
容をとっている訳では無いから、印象、だけれど、
『勿論です。元より、僕達剣の精霊は『精霊』は、自らの力と意思で運命を切り開こうとする『人間』『子ども達』を護るのが本懐。
貴女が主君。『精霊の貴人』の為に、前を向いて歩もうとする限り、僕は貴女の力となります。どうか、僕の精霊石に手を』
「……こう、ですか?」
少し戸惑いながらカマラが、剣の柄に填めこまれた『精霊石』に手を当てると、石は一度力を貯めるように静かになると、
「わっ!」
煌めく光を放ち始めた。眩しいくらいの光の中でカマラは
「シャスレーリオ?」
戸惑うような、でもはっきりとした声で名前を呼ぶ。
と、同時光は静かに収束して、カマラの剣、その中で呼吸し始める。
「今のは、一体?」
「精霊の契約、ですね。器物の精霊は自らの名前を主に与え、呼ばれることで主従の契約を完了させる。その剣は貴女と正式に契約して結ばれた。
貴女は魔法戦士となる資質を得たということです」
クラージュさんの言葉に頷く様に剣が答える。
『僕の名はシャスレーリオ。基本属性は風。追加機能として水の力も使用可能です』
「風と水? じゃあ火とか他のは」
剣の言葉に私は首をひねる。魔術師の杖のように器物の精霊石も、それぞれに属性があるようだ。
『使えないわけではありませんが、苦手、と言おうか慌てると混乱すると言おうか。
落ち着いた場面でゆっくりなら対応できますが戦闘中はできるなら、風か水の術の方が確実に安定して使えます』
「だから、訓練中、火の術が成功しなかったのですね」
なるほど。日本人がいきなり英語で話しかけられているようなものなのかもしれない。
落ちつけば対応できるけど、仕事をしている時にいきなり話しかけられると困る感じ?
『こうして、正式な主を得たので、訓練次第で他の術も使えるようになるかもしれません』
「本当に?」
『はい。主が学び、成長する事で僕にも知識が追加されます。
生まれついての能力上限を超える事はできませんが、できることの範囲は広がると思います。全ては主次第です』
「私……次第」
「これだけの信頼と力を授けられて、それでも不満ですか?
まだ不老不死を外さないと不安だと?」
剣を手にしたまま、どこか呆然とするカマラにクラージュさんが声をかける。
ちょっとイジワルだ。
「! 不満とか不安だ、なんてそんな!」
「ならば、無い物ねだりをするのではなく、今ある力で戦う事を考えなさい。
敵は万全の状態など待ってはくれませんよ」
「は、はい……」
「貴女は十分に恵まれている。それを生かすか殺すか、本当に貴女次第です」
「……シャスレーリオ」
クラージュさんの諌めに覚悟と思いを決めたのだろう。
真剣な眼差しで、彼女は『自分の剣』を見つめ、呼びかける。
「廃棄児で、どこの誰とも知れない私ですが、マリカ様とアルケディウスに忠誠を誓い護りたいと願う思いは、誰にも。
リオン様にも負けないと思っています。
これから、一生懸命剣術も、魔術も勉強して頑張りますから、私に力を貸してくれますか?」
『勿論です。主。
貴女が自らの意志で、騎士の誓いを捨てない限り、僕は貴女の剣で在り続けます』
「ありがとう」
さっきのような劇的かつ強力な輝きではないけれど、二人(?)の間に淡い光の経路が繋がったのが見える。
「新しい、精霊国の魔術戦士の誕生ですね」
「私を、精霊国の戦士と、お認め下さるのですか?」
クラージュさんは静かに微笑む。その瞳は本当に優しくて暖かい、ほころばせた、という言葉が似合う笑みだった。
「ええ、今はほんの六人、でしかありませんが、共にマリカ様とこの『星』を護る為に戦っていく仲間。力を貸してくれれば、嬉しいと思います」
「は、はい! 宜しくお願いします!!」
胸に剣を抱きしめ、お辞儀をするカマラに軽く頷いて見せたクラージュさんは、もう一度剣を抜く。
「では、訓練再開です。魔法戦士の戦い方のコツや格上の戦士と戦う時の注意点などを教えましょう。
魔術の呪文については魔術師から聞きなさい。
付け焼刃ですがやらないよりはマシ。予選を突破する確率を少しでも上げられると思います」
「はい! お願いします。行くよ。シャスレーリオ!」
『了解!』
カマラの顔つきは、さっきまでの悩み落ち込み悶々としていたのから、一転。
嘘みたいに晴れやかに輝いて、楽しそうに手合わせをしている。
「凄いな……」
「うん、凄いね。クラージュさん」
零れるようなリオンの呟きに私は頷いた。
流石クラージュさん。
リオンの先生だったこともあるし、向こうの保育経験もあって教え方が上手い。
あの調子ならカマラはメンタル面でも技術面でも最高の状態で試験に挑めるだろう。
「いや、先生じゃなくって……」
「?」
「いい。何でもない」
首を傾げた私に大きく息を吐き出して、説明を諦めてしまった。
私の頭をポンポンと叩いて笑ってるだけ。
解せぬ。
「後で、俺もカマラの指導手伝って来る。今日はこっちに専念してもいいか?」
「うん、お願い。後でフェイもこっちに来るように呼ぶから」
「頼む」
「ノアール。私、一度城に戻るね。今日はカマラを助けてあげて」
「解りました」
帰り道、振り返る。
朝の清々しい空気の中に鋼の音が聞こえる。
さっきの手合わせの時とは違う、迷いが消え、新たなる意志に目覚めた戦士と剣の晴れやかな歌声となって響き渡っていた。
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