色々とエルフィリーネと話をした結果。
「結局、解決手段はクラージュさんの言った通りということなんですね」
私は渡された小箱の蓋を開けた。
中には小さな、ビー玉のような蒼くて丸い石が入っている。
「魔王城に連れて来て頂いてもいいと言えばいいのですが、やはり、私がやると手荒な手段になるのは否めませんし」
「手荒」
「外での方法が上手くいかない時にはお連れ下さって結構ですわ。
今まで皆様にはお見せしたことの無い、魔王城の攻撃モードを駆使して無力化して治療してご覧に入れます」
エルフィリーネに頼んだ方が早くて確実かもしれないけれど、いざ、実際に連れて来ようとすると警戒して来ない可能性もある。
『神』とどう接続されているかも解らないし。島の情報をあんまり渡したくもない。
まずは自分達でやってみよう。
「で、この石をリオンに飲ませればいいの?」
「はい。疲労している時、体力を消耗している時が効果的です。
『星』がご自身で用意された最高濃度の『力』
体内に巡っている『神』の力を弱め、『星の精霊』の力を強め『精霊の獣』が主導権を取り戻すきっかけになってくれるでしょう」
私は箱から石を取り出してみた。小ぶりのビー玉サイズ。
これを飲ませるのは結構大変そうだ。
「飲み物に混ぜて溶かして飲ませたりしてはダメ?」
「ダメ、ではありませんが気付かれて吐き出されたりしてしまうと、必要量が体内に入らない場合もありますね」
「『神』はナイフに塗って体内に入れたんだよね?」
「直接血液の中に入れば、少量でも効果的に体内を巡るでしょう。
ただ、マリカ様はアルフィリーガの身体を傷つける事を望まれないかな、と思いまして」
「うん。できれば確かに、そういうのはしたくない」
生物的に口からモノを入れる、というのは広義で見れば身体の外部を通っている、というのは向こうの世界での保健とかで習った。体内で栄養などのやり取りがあるけれど、実際には体の中に直接入っているわけでは無い。
だからワクチンとか注射は、血管の中に入れるのだ。
「マリカ様のお力を使えば、細かく砕くことも液状にすることも自在ですから良い方法をお選び下さい」
私がビー玉を見つめて念じればさらさらと粉微塵になった。眼を閉じて願えば元に戻る。
そう言えば『物の形を変える能力』治療以外に使ったの久しぶりだ。
「解った。ありがとう。皆と相談してみる」
布張りの小さな箱にビー玉を戻して、私は服の隠しに入れる。
リオンを衰弱させなくてはならないというのもなかなかに難関だし、お父様やアル、クラージュさん達と相談して使いどころを決めるのがいいだろう。
一度失敗したら終わり、もう無い。
ではないから気楽にやっていい、とエルフィリーネは言ってくれたけれど。
「それから、マリカ様。これを……」
「わっ!」
エルフィリーネが軽く指を振ると何もない空中に映像が浮かんだ。
「シュルーストラム?」
凄いな。
まるで立体映像みたい。精霊って元々、薄ぼんやりとした感じだから、空中に浮かぶ姿に違和感もない。
フェイの杖。
風の王の杖の精霊。シュルーストラムはどこか不機嫌そうな顔でこちらを見ている。
『……そういう訳だ。『魔王』に人格を乗っ取られてはいるが、一応『精霊の獣《アルフィリーガ》』は安定している。今は体内で機を見計らっている筈だ』「
「私とシュルーストラムは『星』のお力で直通連絡が可能なのです。
今回の事情については彼が報告してくれました」
「あ、やっぱり、っていうか、これ今繋がっているの?」
「いいえ。
通信記録を保管して再生しております。『マリカ様に伝えて欲しいことがある』とのことでしたので」
いつもながら凄いな。精霊の力。
通信を録画、再生とかできちゃうんだ。メカ要らずで向こうの世界とほぼほぼ同じことができちゃう。
と、いけないいけない。シュルーストラムからの伝言。
それすなわちフェイからの言伝だ。
ちゃんと聞かないと。リオンの様子がどうの、とも言っていた気がするし。
「これは記録ですので声をかけても相手からの反応はありません。
今、私の方から繋げる事もできなくもありませんが、向こうの様子は解りませんので下手にかけると、極秘通信経路が『魔王』に知られてしまう可能性があります」
「了解。後で向こうから連絡があったら、私の伝言を伝えてくれる?」
「かしこまりました」
空気中に浮かんだシュルーストラムの映像が真剣な眼差しで話し始める。
『マリカ。
現在、フェイは『魔王』の配下として忠実に仕えるという契約を交わしている為、お前達の手助けがしにくい状況にある』
「契約?」
『『フェイが『魔王』を拒否することなく仕える限り『精霊の獣《アルフィリーガ》』リオンの魂を完全に消去することはしない』という契約だ。『魔王』自身も『精霊の獣《アルフィリーガ》』を簡単に除去する事は出来ない筈だが、万が一の事もある。
フェイは、誰よりも『精霊の獣《アルフィリーガ》』を。リオンを取り戻したいと思っている。
それは、信じてやってくれ』
「そういうことだったんだ……」
少しホッとした。百万が一にもフェイがリオンを見捨てることは無いと解っていたけれど、そういう理由があってのことなら納得できる。
『ただ、奴はリオンの影響を受けている。私が知る原初の『魔王』とはまた違う存在になっている印象も感じるな。
フェイはそういう点も含め、奴を見捨てられぬ様子だ。
彼も『精霊の獣《アルフィリーガ》』の一側面。というか、その人格の根本であり形作った者。
元より奴は誰よりも創造主に忠実な『精霊』であった』
それにこのセリフも素直に納得できることはできる。
喜びもなく、仲間もなく、共に歩む者もなく、一人で悪役を張り続けた不器用な『精霊』。
リオンと似た所があり、頼られれば放っておけない。というのも解る気がする。
『エルフィリーネやクラージュから話も聞いただろうが『精霊の獣《アルフィリーガ》』が元『魔王』であることも、一つの身体に二つの魂をもっていることも、変えることはできない定めなのだ。
どちらかの精神を完全に消失させることは、腕を切り落とすようなもの。奴の魂に大きく傷をつける』
一つの魂に宿った二つの敵対する精霊。
共存の道は探せないものだろうか?
『通常経路からの連絡は『魔王』に気付かれる可能性が有るが、エルフィリーネに伝言して貰えればフェイにだけ知らせることができる。
最低でも主導権を一度リオンに戻せるようになんとか、考えてみてくれ。
今後の事は本人の意思も確認しないといけない』
「解った。やってみる」
この映像は記録だと言っていたので伝わってはいないだろうけれど、私は彼の言葉に頷いた。
服の上から、隠しに入れた精霊の力の結晶に触れる。
リオンを取り戻すのは絶対。
その上で、なんとか二人の共存の方法を模索していく必要があるだろう。
「まずは、リオンにこれを飲ませる方法を考えないと」
「伝言がありましたら、お知らせ下さい。直接でも通信鏡を使ってでも構いませんわ。
シュルーストラムは日に一度は連絡を寄越してまいりますので」
「ありがとう。さっきも言ったけど、皆と相談してみるね」
そうして私は、翌日、少しだけ子ども達と遊び、ティーナと話をしてアルケディウスに戻った。
戻った先でまさか。
「お久しぶりでございますわ。マリカ様」
「ノ、ノアール……」
思いもよらない相手との再会が待っているなど、この時は考えもできなかったのだけれども。
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