私が転移門からアルケディウスに戻り、衣装を持って着替えて戻ってくるまでそんなに時間はかかっていなかったと思うけれど。
「うわー、凄いね」
「魔王城の森は本当に豊かですね。宝の山です」
森を巡っていたらしいリードさんとガルフは、ギルとジョイと一緒に両手に溢れるくらいのお土産を抱え微笑んだ。
「これはリューベ、こっちはグルケとオベルジーヌ。
どっちも人気のあった野菜ですよ」
こうして収穫されれば、私にもわかる。
蕪に胡瓜、それから茄子だ。素晴らしい。
「あと、もう終わりに入っていましたが最後の莢が少し残っていたので、ヴェルケンヴォーネ」
あ、この莢はソラマメかな?
少し変色していた莢を剥くと、薄く黄色になりかかっていたけれど、白い薄皮に包まれた豆が入っていた。
「豆もこの世界にあるんだ。探せば大豆も見つかるかなあ」
大豆があれば枝豆も楽しめるし、いつか醤油にお味噌という夢も膨らむ。
とりあえず、ソラマメは甘煮も美味しいけど、フライビーンズや炒め焼き、肉などと一緒に合わせるとビールのおつまみにかなりいい。塩ゆでも最高だ。終わりかけだというのなら豆を集めておいて来年の春に蒔く種にしよう。
「それからこれも良い発見だと思います。イングヴェリア」
「うわー、凄い、生姜だね」
「ショウガ?」
「あ、ごめん、摺り下ろしたりして肉に混ぜたりすると、臭みが取れて美味しくなるんだよね」
「良くご存知で。今の時期は若々しい味わいがしますが、もう少し土の中に入れて熟成させてから収穫すれば深い味わいになります。
手間なく育つので、ちょっと水気の多い所に埋めておけばぼどんどん増えますしね」
不老不死で栄養バランスとカは考えなくて良いにしても、肉だけ、炭水化物だけの食生活は偏る。食生活の最初に野菜を取る習慣はきっちりと根付かせておきたいものだ。
「木の実で言うと、これもいいですよ。プルーム」
これも解りやすい。プラムだ。
初夏のシーズンにぴったりの果物。
「ギル君は本当に絵の才能があると思います。見たモノを写実的に、正確に写し取る」
リードさんに肩を叩くように褒められてギルは嬉しそうだ。
独創的に自分の絵を描く訳ではないけれど、見たものの特徴をしっかりと掴んでペンで絵として写し取るのはきっと、ギルのギフトではないかな、と思う。
植物以外のものも描けるかは要検証、だけれども、写真の無いこの世界、情報共有に素晴らしく役に立つ。
それ以前に、絵と自分に自信を持ち始めたギルの笑顔が嬉しい。
「ねえ、ギル。この絵、預かって本にしちゃダメかな?」
「ホン?」
「お城にもたくさんあるでしょ? 字や絵を束ねてあってみんなで勉強する…」
「僕の絵を本にするの?」
「うん。食べられる野菜の本という形で纏めて、各地で探して貰えば食の復活に繋がるかなと思って。印刷の技術はあるみたいだから」
さっき思いついたことを相談してみる。
ギルの描いた絵に、リードさんが文字や解説を添えて各領地などに配布したら、食材探しも捗るのじゃないかと思う。
「印刷の技術、ってどんな感じ? 本はあるのは知ってるけど、紙もやっぱり貴重品、なんだよね?」
ガルフとリードさんに聞いてみたら苦い顔の返事が返る。
「植物紙を使った印刷物が、少しずつ広まってきたところ、でしょうか?
でも、高いです。持ち込みで本を作るなら紙代も込で1冊高額銀貨5枚くらいにはなる気がしますが」
「印刷にも神殿の大きな息がかかっていますよ。一番この世で多く印刷されている書物は聖典、ですから」
50万円くらいか。でもその程度なら許容範囲だ。
「だったら、私達が一番のお得意先になればいいのだと思う。
決まりきったものしか印刷しない神殿より、実用に富んだものを出せるし」
魔王城にある各種稀覯本の中でも役立ちそうなものを印刷するだけでも多分、そうとうに世界をひっかきまわせる。
正体に繋がりかねないのでやらないけれども。
料理のレシピや、こういう図鑑を作って売るぐらいなら、本業との関連だし問題ないと思う。
「まあ、それができれば、各領地に説明がしやすくなりますね。皇子達にご相談してからの方がいいと思いますが」
「解ってます。だからギル。この絵、貰ってもいい? みんなに見せてあげたいの。
とっても上手だから」
「わあっ!」
私はギルを抱っこして、机の上に並べた絵を見せる。、
あ、キレイな服でだっこしたからかな?
少しいつもより緊張したような顔で自分の絵を見たギルは、でも私の服に頭を摺り寄せて
「いいよー」
そう応えてくれた。
「ありがとう」
「いいなあ、ギル」
ギルを下ろした後、零れた吐息を、聞き落とすようでは保育士失格だ。
羨ましそうなジョイもしっかり抱っこする。
「ジョイもありがとう。美味しい野菜や果物、たくさん見つけてくれたんでしょ?
それをギルが描いてくれたこと。ちゃんと解ってるよ」
ぎゅう、と抱きしめたらジョイは頬を真っ赤にした。エナの実のように。
本当に可愛い。
ジョイの能力は危険感知、かなとぼんやり思う。
アルの能力を危険に特化したものかな、という印象。
とはいえ、能力があってもなくても関係ない。
私は子ども達の存在を、島に閉じ込めておきたくはないのだ。
全員、外の世界、光の中に連れて行く。
その努力、頑張りが認められるように世界を作って。
「私、頑張るからね」
その日の夕食は、来訪者の家で、みんなで食べた。
ティーナ達も呼んでの大パーティ再び、だ。
「うわー、マリカ姉、すっごくキレイ」
「かわいい!」「キラキラ、キラキラ!」
みんな、なんだかすごく喜んでくれたのが照れる。
「私も着てみたいなあ」
と呟くのはエリセ。
キレイな服にときめく女の子は万国共通。
「じゃあ、シュライフェ商会に聞いてみようか?
ここまでキラキラじゃなくても可愛い服、きっと作ってくれるよ」
子ども達が来ている服は、私が古着を仕立て直したものだから、シュライフェ商会にお願いしちゃんとした子供服を作ってあげたいなあと前から思っていたし。
ティラトリーツェ様に、相談しよう。
「ほう、リグも随分、大きくなったな」
ガルフが床をぺたぺた歩くリグに目を丸くする。
リグはもう、自分の足でとっとことっとこ、けっこう歩くようになっている。もう生まれて十二カ月、向こうで言うと生後一年にになる
身体は年齢に比べると小柄ではあるけれど、その分、身軽で素早い。ハイハイと合わせるとどこにでも行ってしまいそうだ。
「最近は目が離せなくて…。ちょっとの隙間をスルッと抜けて部屋を出てしまう事もあるんです。エルフィリーネ様に何度助けて頂いたことか」
よく解る。すっごくよく解る。
小さい子は本当に、水が流れていくみたいに外に出ちゃうのだ。
ベビーガードとか必須だよね。
今日の夕食のメニューはカブ、リューゲのミルクスープに、グルケとキャロのスティックサラダ。マヨネーズソース。
イノシシのビール煮込みはアルコールが飛んでいるから子どもでも安心だ。
付け合わせはフェットチーネ風のパスタとマッシュパータト。マッシュパータトはリグの離乳食にもぴったりで、皆、大喜び。
「美味しい!」「お肉やわらかい!!」「マリカ姉、かわいい」
ちょっと変なのが混ざったけれど、子ども達は夢中で食べていた。
みんなの笑顔を見ているだけで、私は幸せになる。ここ数日の悩みも緊張も全部ほどけていくようだ。
給仕をしながら、我ながら細い目でみんなを見ていただろう私の横に、
「子どもの、笑顔というのはいいものですな」
気が付けばガルフがいた。
だいぶビールが入っているようで頬は紅色だけれども目に酔いはない。
「ええ。私はこれを守っていきたいと思うのです」
「ええ、守るに値する宝だ」
休みが終われば、また新しい日々が始まる。
皇王様から名前を賜ったゲシュマック商会のスタートでもある。
「ガルフ、マリカ、ゲシュマック、の意味を知っているか?」
「知りません、何ですか?」
首を捻るガルフに私達に近寄ってきたリオンが口元を綻ばせた。
「古い精霊の古語で、味、風味、香り、そんな意味がある。
知っていて付けたとしたらその皇王という人物はやっぱりただ者じゃないな」
つまり、世界を変える食の柱。
形としては見えないけれど、欠かす事の出来ない味となれ、という思いが込められているのだろうか。
だとしたら本当に凄いな。皇王陛下。
「それは光栄。
では、勇者と魔王と、皇王陛下の信頼に応えるべく、なお一層尽力すると致しましょうか!」
高く掲げられた盃は、蝋燭の光を受けて輝いて見える。
それはきっとガルフの誓い、そのものだと私は思った。
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