この星、アースガイアは地球から移民してきた者達が作った世界だ。
異世界ならぬ新世界、と言ったのは同じ地球移民の一人ラールさんだったけれど。
この地に宇宙船でやってきた移民達が『精霊神』の力を借りて文明を築き上げ約千年?
今、地球の記憶を持っているのは『精霊神』の他は過去に存在した地球人の記憶をインストールされて生まれた私と、もう一人同じ処置をされた転生者のクラージュさん。
そして遅れてやってきた宇宙船に乗っていた『神の子ども』だけの筈。
今、この星で生存している『神の子ども』は八人だと彼らの『父』。宇宙船のバイオコンピューターで後見人である『神』レルギディオスは教えてくれた。
あんまり多いと『神』、『父上の御為に!』なんて変な反乱を起こされるかもしれないから良かったと言えるかもしれない。
で。その一人が大神殿にいて、マイアさんだということは納得ができるのだけれど……。
「その前に、少し伺ってもいいですか? マイアさん」
「何でございましょうか? マリカ様」
「マイアさんには『神の国』。地球の記憶はあるのですか?」
その点がどうしても気になったのだ。
今まで三人の『神の子ども』と出会ったけれど、彼らはみんな地球の記憶を持っていた。
でも、彼女はなんだか違う気がする……。
私の疑問を肯定するかのように彼女は静かに首を横に振った。
「私は地球の記憶を殆ど有しておりません。
幼かったこともあり、目覚めた当初は文字の読み書きすらあいまいであったと聞いております」
ラールさんも似たような事を言ってたし、精霊神様達が連れてきた子の中にも記憶があいまいだった子もいたという。それはそうだ。
地球の西暦2023年の時点で、冷凍保存システムなんてSFの中の話で実用化されてなかった。それを人類の最期の力とナノマシンウイルスの力でギリギリ完成させても、どんな影響が出るかは予想できなかった筈。
「神の城で長らく保護と教育を受けておりましたが、不老不死世になってのち、大神官フェデリクス・アルディクスの補佐をする為にと父上の命を受け、大神殿に派遣されました」
「たった一人で神の城に暮らしていたのですか?」
「はい。ですが『父上』の愛を受けて育ったので、不自由を感じたことはありませんでした」
話を聞くに、城の中では『神』は立体映像を作ったり、実体を用意することもできたようだ。そういうことは器用だと、ステラ様もおっしゃっていたっけ。
生活用品とかは外に出ていた子ども達が送ったり用意したりしていたのかも?
でも、年頃の女の子を男手一人で育てるのは大変だったんじゃないかな、と思う。
「父上は、よく『神の国』『地球』の話を聞かせて下さいました。大神官フェデリクス様も時折訪れては私を可愛がって下さって。
ですから、私は成人し、外に出ることが決まった時、大神殿でフェデリクス様の手伝いをして欲しい、という父上の要請を受け入れました。
敬愛する父上、『神』に生涯を捧げて生きて行こうと決めたのです」
不老不死世になる時、大神殿を仕切っていた大神官フェデリクスは『魔王』、
実際は精霊の貴人達の攻撃によって命を落とした。我が子の命をステラ様が精霊の貴人に奪わせるとは思わないから、一緒に行った魔術師や戦士がやったのかもしれないけれど。
彼は神の国に帰ったと濁され、公開されなかった。
その跡をミオルさんが拾って育てたアースガイアの子。エレシウスが継いで神官長の座に就く。
その後、直ぐに実際フェデリクスは子どもの姿で、戻ってきていたけれど影から大神殿を操った方が色々とやりやすいと思ったのか子どもの姿のまま、不老不死になって裏に潜んだ。
マイアさんは女神官長として、二人のサポートに入ったということらしい。
「ですので、私にとっては父上。『神』のお言葉が全てでございました。
いえ、それは今も変わりません。私は父である『神』に己の生涯と忠誠の全てを捧げると誓っています」
以前からマイアさんは、神殿関係者の中でも指折りの狂信者だと思っていたけれど、それにはこういう背後があったのか。本気で納得しちゃったよ。
「不老不死世が終わっても『神』。父上がお隠れになられたわけでは無い事は理解し、感じております。ですが、つい昨日『父上』から与えられた言葉は『自由に生きよ』
そしてもう一つ。『何か困ったことがあればマリカ様を頼れ』でございました。
であれば、マリカ様は『父上』の去就について何かご存じの筈。
どうかお教え下さいませ」
彼女の瞳には確信の光が宿っている。私が何か知っている。と。
実際知っているけどね。
多分、だけど不老不死後の『神』は基本的にタブレットの中に閉じ込められていたので外への連絡ができなかった。
フェデリクスとの面会の時にステラ様と和解して、外部連絡を許されて、それで外にいる子ども達に通信を入れた。
で、子ども達の去就を私達に頼んだわけだ。
「知ってどうするのですか?」
「許されるなら『神』の元に参りたいと思っております。自死を、というわけでは無く、ただお手伝いがしたいのです。
今までは、大神殿に仕えることが『神』のお手伝いになると思っておりました。大神官とエレシウスの死後も、二人。特にフェデリクス様はそう遠くない将来必ず戻っていらっしゃると解っていましたので、御帰還まで待つのが私の役目だと思ったのです」
私達に大神殿を乗っ取られた形になっても、『神』から
「マリカを大神殿に留め置け。絶対に逃がすな」
という命令があったから素直に私に従ってくれていたのだそうだ。
『神の子を産め』『リオンと結ばれて欲しい』
彼女のどこか狂信的な願いも全て『神の子ども』であったから……。
さて、どうしよう。ちょっとこれは難題だ。
魔王城の島にマイアさんを入れるのは避けたい。
『神』が封印されているなんて知ったら怒るだろうし。何より、彼女の『神』への信仰はファザコンと自分を育ててくれた唯一の存在への盲信でかなり拗れている。
そこで神とステラ様が夫婦しているところを見たら面倒なことになりそうな気がした。
「『神』は自由に生きろ、とおっしゃったのではありませんか?
神殿に縛られる必要はありませんよ。望むなら還俗しても……」
「私は、私の自由意思で『神』に仕えていきたいと決めたのです。
外の世界に興味もございません。
私に『神』と『聖なる乙女』の導きを……」
「マイアさん……」
私が彼女をどう説得しようか、と考えていた時、背後から大きなため息が聞こえた。
振り返ればリオンだ。
額にはっきりと見える皺が寄ってる。
相当に何かを嫌がっていて、でも仕方ない。って顔だ。
「マリカ、フェイ。ここは俺に任せてくれないか?」
服の隠しに手を入れ、がさごそ。
何かを取り出したリオンに、意味を察して後ろに下がる。
フェイも従ってくれた。
『マイア』
「リオン様?」
「え?」
一人事情を理解できず首を傾げるマイアさんの前に立ち、リオンは大きく深呼吸。
手をスッと前に上げた。
腕には碧の光。
見れば『神』が寄越してきたバングルが嵌っている。昨日第三皇子家でリオンに渡したんだっけ。
話を聞いたあの時も嫌そうな顔をしていたけれど。
腕から煌めく光がスーッと、リオンの身体に流れ、染め変えていく。
薄い金の幕を全身に貼り付けたような、つるんとした硬質の肌や顔。
その顔も、リオンではなくなっている。
リオンと似た雰囲気だけれど、違う、はっきりとした別人。
そして、この顔には見覚えがある。
『忠実で愛しき、我が娘よ』
「お父様!!」
マイアさんが慌てて膝を折り、頭を下げる頃にはその外見は完全に代わっていた。
金髪、碧眼、金属のような煌めきの手足。
映像と夢の世界で会話したレルギディオスそのもの。
『神』がそこに立っている。
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