舞の奉納が終わり、精霊神様にご挨拶すれば、私的には仕事はほぼ終わり。
とはいえ、待っている人達はいるわけで。
「姫君。これを見て下さい」
「いえ、こちらの発明も……」
二日目の意見交換会の場ではヒンメルヴェルエクトの技術者さんや、科学者さん達が研究の結果を色々と見せてくれた。
実用化が始まった石油化学繊維。プラスチックの試作品。
それから農業を助ける機械工学の数々。
と言っても、まだ電気が完全に実用化されていないから、手動や精霊術との混合が多いけれど。
「これは、麦の刈り取り機です。リアにも使用可能で、今年の収穫時に試験使用したところ良い手ごたえだったので、来年からは量産する予定です」
「面白いですね。両手で押して使うのですか?」
特に自信作、と見せてくれたのが手動の稲刈り機だった。先端に刃がついていて人間が前に向けて押すことで刃が動いて稲や、麦を刈る。手元のレバーを引くと束になり固定されるのでそれを取り外して束ねればいい。
向こうの世界でも見たことがある人力稲刈り機と基本構造は同じだ。多分。
手元に精霊石っぽい緑の石が付いているのは違うけれど。
「完全人力でも可能ですが、ここに精霊の力を蓄え風の力を使うと刃が自動的に回り、より効率が上がります。刈り取った後の麦やリアの穂を束ねる役と二人一組で。ですが人力の三倍の速さで刈り取りをすることができました」
これをさらに研究を重ね、電力やエンジンによる動力確保できるようにすれば、農作業がより捗るようになると思う。
「精霊の力の消費がかなり高いので、広い畑や田んぼで連続使用する場合は魔術師や神官を借り受ける必要がありますが」
「それでも画期的な発明ですね。屈まなくていいというのが農作業に従事する方達を助けるでしょう」
こういう技術開発、改良にヒンメルヴェルエクトは強いようだ。
紹介される発明や新技術はかなり面白い。
私はそれらを見ながら、向こうの知識でアドバイスをする。
刃の方向や、束ねる時に使う藁の収納場所とか。
向こうの世界の道具と違って、精霊の術を使うとエンジンなどにスペースや重さを取られないですむのでいい感じにできそうだ。
「そういえば、この石は精霊石ですか? カレドナイトではないですよね」
「カレドナイトを使うとより効率的に精霊石の力を使えるのですが、一般市民が使える値段になりません。これは不老不死前の時代、精霊国の者が伝えたという精霊の術道具です。
これも再入手ができないので、少し値は張りますが、数そのものはかなりあるのでいくらか使いやすいのです」
私の質問に頷いて技術者さんは教えてくれた。
この世界にはまだ電気やガスが通っていない代わりに精霊の力でいろいろと便利に生活できている。特に人々に馴染みがあるのは精霊の術道具と言われるアイテムだ。
主に小さな親指サイズくらいの宝石の形をしていることが多い。
軽く念じることで、魔術師の素養が無い人もミニコンロのように火と熱を発したり、風を呼び集めたり、物を冷やしたり、明かりをつけたりできる。中に込めた精霊の力が失われたら神殿や魔術師に力を入れて貰うとまた使える便利もの。ポータブルアイテムだね。電池込みの。
とはいえ私の周囲ではいつもフェイやエルフィリーネがいて術を使ってくれたから、初期を除いてあんまり使っていなかった。王宮にはお抱えの魔術師がいるし。
こういう生活を便利にするグッズやアイテムは、そこそこお金はあるけれど、魔術を雇えないような上流階級、準上流階級が使う事が多いみたいだ。
昔は貴重ではあっても、ある程度流通していたものだそうで実用品であることもあって、希少価値はあまりない。頑丈であまり壊れないし。
ただ、作り方は解らないらしく新しく増えることは無いという。
でもこの術道具、頑張れば今の私、作れそうな気がするなあ。
後でこっそり試してみよう。
「今後も研究と努力を続けて参りますので、どうぞ今後もご指導をお願いいたします。
『聖なる乙女』」
「できる限りはお力になります。一緒に新しい未来を作っていきましょう」
真摯な技術者さんたちの願いに、私は頷く。
頑張って欲しい、手伝ってあげたい。
それは本心だから。
あと、精霊の術道具。
色々と有意義な話し合いを終えた後、部屋に帰ろうとする私達を
「マリカ様!」
「アリアン公子。会議お疲れさまでした」
公子が呼び止めた。大祭期間中は基本的に王族、貴族は会議中だからね。
研究会には参加できなかった模様。
「少しお時間を頂けますか?」
「解りました」
立ち話もなんだし私は彼の執務室に素直に招き入れられた。
リオンを含む護衛もしっかり側にいるしね。
ついでに、気になっていたことも確認する。
「マルガレーテ様の具合はいかがですか?」
「特に問題はありません。体調の変化もほとんど感じないとのことです」
「それは良かった」
「最近はマルガレーテが行事や儀式の時に、歌を披露する機会を用意しており、その美声はマリカ様と違う形で民の憧れとなっているようです。
公子妃として、妻として……大事にしていきます」
処置が成功した手ごたえはあった。
でもそこから先は、国の問題であり、夫婦の問題だから。
エルディランドと同じように私には、幸運を祈る事しかできない。
精霊神様は子どもができることを強く望んでいるようだけれど、子どもができるかどうか、そして幸せになれるかどうかは文字通り、神のみぞ知るだ。
「話は変わりますがマリカ様」
「なんでしょうか?」
「お呼び止めした本題です。
先ほどの会議で、姫君からの提案。新開拓地への協力について、貴族、市民両方の議会から仮にではありますが承認を得ましたので、報告いたします」
「それは、随分早い決定ですね」
「外ならぬマリカ様からのご指示ですから。
ヒンメルヴェルエクトは、正式な要請があり次第、指導員の派遣や穀物の種の提供なども踏まえた新開拓地の協力を行います。
派遣する人員や、こちらから持っていく道具や種子の量については細かいことが決定してからということで」
「ありがとうございます」
「マリカ様のお為になるのなら、と各領地から積極的な支援の声も上がっています。
最大千人規模でも大丈夫ですよ」
「それは心強いですが、民に負担がかかりすぎないようにお願いしますね」
「はい。十分に考慮します」
魔王城の開拓に携わる人にはインフラの整備や、農業などの移民としての仕事の他に子ども達の指導という大事な役割も加わる。勿論、ある程度は精霊の力を使うにしても。
報酬や待遇についても考えて行かないとね。
「そして、彼らを率いる移民団の指導役を紹介します」
「それももう決まったのですか?」
「はい。入って下さい」
「失礼いたします」
「まあ!」
入ってきた人物を見て、私の後ろで声が上がったのが解った。
「ヤールクスフト様!」
声を上げたのは護衛見習いとして側に付いているプリエラ。
彼女の頬は歓喜を宿し、薄紅色に輝いている。
「お久しぶりです。プリエラ様。そして……マリカ様」
ふんわりと優しい笑みで会釈した彼は、改めて私の前に膝を折り挨拶をする。
「大神殿を統べる、大いなる『星と神の娘』
マリカ様に、偉大なる父の名の元ご挨拶を申し上げます」
ヒンメルヴァエルエクト三人目の『神の子ども』として。
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