新年の参賀に向けて私達はアルケディウスを出て、大聖都までの旅に出た。
一年間で約七回目の旅になる私の随員は、もう旅のベテランで特に心配する事も何もないのだけれど。
「うーん、こんなに皆が盛り上がっているのは初めてだね。なんだか空気が違う感じ」
「それはそうですよ。伝説の戦士 ライオット様と一緒に旅ができて、間近に見れて、あわよくば会話や手合わせができる。なんて私達庶民にとっては夢のような話です」
「お父様もなんだかんだで楽しみにしてたみたいだから」
「私もお話しできるでしょうか?」
カマラも目を輝かせているし、プリエラも興味津々のようだ。
生きた伝説 勇者の仲間。戦士ライオットの人気は本当に絶大。
今は慣れたみたいだけど、セリーナやノアールも最初はドキドキしてたみたいだし。
宿についての休憩時間。いつも通り、料理をしようと思って部屋を出てきた私は宿の中庭が何だか騒がしいことに気が付いた。カマラに声をかけて外に出てみるとビックリ。
「ほら、ピオ! 皇子にいいようにあしらわれてばかりいるな! 隙を見て反撃しろ!」
「そ、そうは言われましても……。うわああ!」
お父様が庭で護衛兵達と、剣術訓練をしていたのだ。
今、相手をしていたのはピオさん。リオン直属の騎士の一人で子ども上がり。弱くも強くもない(失礼)けれど人当たりが良く、個性の強いリオンの部下の纏め役をしてくれている人で、数合の打ち合いの後、あっさり負けていたようだった。
「素直すぎる太刀筋が弱点と言えば弱点だな。騎士試験に挑んでいた時のような死に物狂いさが無くなった。もっと自分だけの武器を作らないと苦しいぞ」
「御忠告ありがとうございます。自分の武器、ですか。考えてみます」
「後は、利き腕の使い方だな……。右腕をもっと……」
「お父様は何をしているのでしょう?」
「あ! マリカ様」
賑やかな中庭の輪の外れで私が首を捻っていると、プリエラが気付いて駆け寄って来てくれた。側にいるヤール君も一緒に跪く。
「滞在の準備と片付けが終わったらライオット皇子が
『マリカの護衛兵には力をつけて貰わねばならん。
これから稽古をつけてやる。興味があるやつはかかってこい。遠慮や配慮はいらんぞ』とおっしゃって。それで皆、順番にお願いしています」
「まあ」
立っていいよとプリエラに合図した私はお父様を見やる。
なんだかえらく楽しそうだ。
側にはユン君とリオンもいるけれど、二人はむしろお父様側にいて、今回は純粋に護衛育成プログラムなのだろうな。と思った。
「先ほどまでアーサー達がかかって行っていました。クレスト様も手合わせをして頂いて感動していたようです。年下や、身分が下の方からって暗黙の了解みたいになっていて……」
「ウルクスは? これから?」
身分と年齢で順番を決めていて、今の順番がピオさんなら、ウルクスはそのすぐ前か後のように思う。歳と身分で言うならかなり上だけれど、年功序列で言うと下だから。
騎士試験決勝まで行ったウルクスは身分上はかなり上だけれど、教育が足りていないということでリオンが部下として預かっている。リオンなら平民上がりということでも悪く見られることがないし、ヴァルさんがリオンと一緒に細かい礼儀作法を教えてくれるし。
知識が身に付けば、将として独立できるけど、ウルクスはリオンの下の方が居心地いいと言って今の所は抜けない予定だという。(ちなみに同じ平民上がりのゼファードも以下同文)
話が反れたけど、そういう訳でウルクスの順番と結果は気になったのだけれど。
「残念ですが、もう終わっています。かなり肉薄はしたんですけれど、あっさりとあしらわれてしまって」
「あら、それは残念」
「でも、仕方ないです。私もマリカ様の側に付けて頂いて、皇子やリオン様、カマラ様やルイヴィル様とか色々な方を見て、お父さん……じゃなかった。父の戦い方は我流だな、っておもいましたから」
「そう?」
「はい。動きに無駄が多いんだそうです。軍に入っていろいろ習い始めて自分でも正しい理が大事だって解った、って言ってました。最近はリオン様から教えて頂いたフリュッスカイトの格闘術が気に入っているようです」
「ウルクスも頑張ってるんだね」
残念そうながらもきっぱりとした眼差しでプリエラは正面の戦いを見つめている。今度はいよいよヴァルさんだ。
「お父さんも言うんです。お前も戦士を本気で目指すのなら、俺なんかを目標にしないでもっと高みを目指せ。国内最高の教師達に学べる機会を無駄にするんじゃないぞって」
「僕も正直羨ましく思います。ヒンメルヴェルエクトにはライオット皇子やリオン殿に匹敵するような戦士はいませんから」
「ヒンメルヴェルエクトはどちらかというと王子も含めて知性の国ですからね」
アルケディウスが脳筋という訳では勿論無いけれど。
お父様が指揮しているだけあって、戦士のレベルは高いと思う。
今、戦っているヴァルさんだって、相当な実力を持つ槍騎士だ。彼はスピードとパワーのバランスが良くってどんな敵にもオールマイティに対応できる。
まあ、それだけに研ぎ澄まされたスピードやパワーには負けることもあるのだけれど。
って、そんな話をしている間に槍を弾かれたヴァルさんが、お父様の前で膝をついている。
お父様はどちらかというとパワーファイターだけど、あの恵まれた体格と膂力で押すだけじゃなくスピードで翻弄したり先の先を読む戦い方をしたりができる、ハイパーレベルでバランスの良い戦士だ。
「無理に自分の戦い方を変えようとするな。全てに対処しようとしても一人でできることは限られている」
お父様はヴァルさんに言い聞かせるようにアドバイスする。
「仲間と互いに足りない所を補い合うといい。
背中を預けられる存在がいれば、お前はもっと強くなれる」
くすっ、と小さな苦笑が聞こえた、ような気がした。
苦い笑みで二人を見ているリオンと、それを見守る眼差しのユン君がこつんとリオンの肘を叩く。
あ、そっか。お父様。
今のセリフ、リオンに当てつけたんだ。
一人で抱え込むなって。背中を預けろって。
うん
『精霊の獣』にとってはこの星の全部が守護対象、なんだよね。
私達がせめてある程度強くならないとリオンの隣に立って助ける事すらできない。
いつも私達の為に一人で抱え込んで無茶をするんだから。
リオンには私達を含む皆を頼って欲しいと思うし、信頼してほしいと思う。
でも、それを言うと。
『お前がそれを言えるのか? いっつも無茶ばっかりしてるくせに』
とブーメランが帰ってくる。間違いなく。
私とリオンはどうしようもなく似たモノ同士なのだ。
それは、きっと……
「どうかなさったのですか? マリカ様?」
私が黙りこくったので、心配したのだろう。カマラが私の顔を覗き込んでいる。
「なんでもないですよ。カマラやプリエラもお父様に手合わせして貰ってきますか?」
慌ててぼんやりとした思いを首と一緒に振り払う。
「それは、抗いがたい誘惑ですが、後にします。今は、あの対戦を見過ごせませんから」
カマラが指さした先ではいよいよリオンとお父様が戦う様子。
皆へのお手本か、それとも弟子扱いになっているリオンにも『本気』で稽古をつけるつもりなのか。
確かに。これは見逃せない。
庭に集まる使節団。ほぼ全員の視線が今、リオンとライオット皇子、二人に集まっている。
リオンが勇者であることを知る人はそう多くは無いけれど、この二人が強いことは誰もが知っている。
ライオット皇子の愛弟子。婿候補(赤面)、とも認識されている筈だ。
「よろしくお願いします」
「手は抜くんじゃないぞ」
互いに視線と笑みと武器を合わせる勇者と戦士。
どんなに大金を積んでもそうそう見ることができない珠玉の戦いが私達の前で幕を開けようとしていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!