「ようこそいらっしゃいました。ソレイル公。
わざわざ足をお運び下さいましてありがとうございます」
アルケディウスの滞在エリアにやってきたソレイル公を、私は玄関で出迎える。
ソレイル公は、三人連れ。
本当に最小限の人員でやってこられたようだ。
「こちらこそ、御招待頂き嬉しく思います。賓客の滞在区など、自分の城であっても入るのは初めてで緊張しますね」
くすくすと楽しそうに笑うソレイル公。
まあ、広いお城だとそうなるよね。私も魔王城の上層階なんて未だに殆ど足を踏み入れてないし、なんならアルケディウスのお城だって知らない部屋がいっぱいある。
「どうぞ中へ。まずはアルケディウスのもてなしを受けて頂けますか?」
「ありがとうございます。喜んで」
応接間にお招きして座って頂く。
まずはかけつけ一杯。
違うけど。
「秋には入りましたが、まだ暑いので冷たい物で喉を潤して下さい」
「これは?」
ガラスのコップをお借りして出したのは冷たい水にキトロンを絞ったもの。
少し蜂蜜も混ぜてある。
レモンの天然水だね。
「爽やかで美味しいですよ」
毒見をかねてガラスのピッチャーから私の分を先に注ぎ入れて、飲み干して、それからフリュッスカイトの方達にお出しする。
「頂きます」
「あ、ソレイル様!」
多分、毒見してからと言いたかったのかもしれないけれど、
「美味しいですね。喉の渇きが癒されます」
なんの躊躇いも無くグラスを開けたソレイル様は背後の二人をどこか呆れた様に見遣る。
「姫君は料理指導の為にフリュッスカイトにいらっしゃっているのです。
姫君が作るものを信じられないのであれば料理を学ぶ資格もないのでは?」
正論オブ正論。押し黙る二人を軽く黙殺してソレイル様は改めて笑いかけて下さる。
「最初の飲み物から驚きの味。無理をお願いしておしかけた甲斐がありました」
「ご期待に副えればいいのですけれど」
お冷で喉を潤した後は温かいテアでぬくもりを伝える。
一緒に合図をして整えておいたお菓子を出すと、ソレイル様の瞳が子どものように輝いた。
「凄い! これ、全て甘味ですか?」
「ええ、お好きなモノを召し上がって下さいませ」
プリエラが運んできてくれた銀のワゴンには調理実習の時に私が作った定番のパウンドケーキとクッキー。
アルケディウスから作って来たチョコレート。それにカッテージチーズで作ったティラミスに膠から試行錯誤の上、作ることに成功したゼラチンを使ったパンナコッタ。
自分で言うのもなんだけど、なかなかに食欲をそそる。
ごくりと喉を鳴らしたソレイル様が最初に希望したのはチョコレートだった。
茶色のプラリネとトリュフをお皿にとってお渡しするプリエラ。
ちょっと緊張しているっぽいけど。頑張れ!
「ど、どうぞ」
「ありがとう。これが、母上のおっしゃっていたチョコレートですか?」
「ええ、材料がプラーミァからしか手に入らないので、まだフリュッスカイトでは公子にもお出ししていない品ですわ」
興味深そうに見つめたソレイル様は指先で摘んで一口。
その後、本当に解りやすく、その瞳を輝かせた。
「これは! 今まで味わったことの無い快感です。
甘さとほろ苦さが、脳が目覚めるような衝撃を与えてくれて……。
なるほど、母上が絶賛するはずです」
「チョコレートは残念ながらフリュッスカイトにはまだレシピをお知らせする事はできませんが、こちらのティラミスやパンナコッタは作り方を残して行くつもりなので」
「どちらも味わったことの無い風味です。こちらのパンナコッタ? は食感がいいですね」
ティラミスは手作りのカッテージチーズにパウンドケーキの切れ端を使ったトライフル風簡単バージョン。パンナコッタも作り方としては略式だけど、その分手軽にできると思う
「ティラミスのこのどこか香ばしい風味の元は?」
「あ、コーヒーとココアと呼ばれるプラーミァ原産の飲料の元ですね」
「これはプラーミァとの輸入経路の強化は必須でしょうか?」
ソレイル様は王族らしく真剣な眼差しを自分が食べている菓子に注ぐ。
ココアやコーヒーがプラーミァからの輸入になってしまうのは変わりないけれど、向こうの世界のオリジナルも同じだと思うし、醤油とかの調味料もエルディランドからの輸入になる。
料理を推進していくなら、私も各国との輸入関係の強化は必須になると思う。
「その辺は公主様とご相談なさって下さい」
「そうですね」
そんな会話をしながらお茶会は予定通り和気あいあいと進んだ。
お菓子の材料について話し合った後、皿の切れ目を狙ってプリエラが食器を片付ける。
「力持ちですね。幼い少女なのに幾枚もの盆や皿を軽々と」
「彼女、プリエラは怪力の『能力』持ちなのです」
「怪力?」
「ええ、格闘家である父親を慕っていて、自分もああなりたいと願っていたようです。
以前お話した通り『能力』は自分が欲しいと思う力が目覚める事は多いようですね」
話題の切り替えは成功。『能力』の話について無事にもっていくことができたと思う。
プリエラの能力、フェイの能力、楽師であるアレクの歌声などをその眼で見るとソレイル様もお付きの人達も
「凄いですね。こんなにたくさん子どもを見たのも孤児院視察の時だけですが、ほぼ全員が能力持ちだなんて」
目を丸くしている。
フリュッスカイトの異能者は五百年で十八人と言っていたから、確かにこんなにたくさんの能力者を一度に見る事は無かっただろう。
「……もしかしたら、子どもなら全員異能発現の資質があるのでしょうか?」
「可能性はあると思いますが、アルケディウスの傾向だと、子どもがなりたい、と強く思う願いの結果形作られるもののようなので、愛情をもった教育と、子ども達の向上心が必須だと思います」
「……なるほど、納得できる話です」
しっかりと強調しておく。
子どもを『能力』目当てに育てるにしても教育と愛情が無いと難しいよ、って。
「僕も、異能が目覚めたのは、母上のようになりたい。兄上の力になりたい。そう思ってからでしたからね」
「前にも伺いましたが、ソレイル様の『能力』は天才的な計算能力、でしたか?」
「基本はそうです。それに加えて、実験などの仮想展開や行動予測なども朧げながらできていると思っています」
「行動予測……。そう言えばリオンとルイヴィル様との戦いの時そんな事をおっしゃっていましたね」
リオンの動きは、本来ああでは無い筈だ。力を不自然に隠している。
とソレイル様は看破していた。
一種のシミュレーション計算能力もある、のかな?
本当の意味でのコンピューター頭脳だ。
「以前、高波がヴェーネを襲った時、予想よりも遙かに大きな波だったので、ヴェーネに大きな被害が出て、母上も危うく波に飲まれるところでした。
その後からです。僕の異能が発現したのは。
高波の進路を予測し、なんとかお二人を助ける事ができました」
静かな、でも爆弾発言に私は一瞬呼吸が止まる。
随員達も驚愕の顔を浮かべている者が多い
「高波! ヴェーネにはそんなことも起こりうるのですか?」
「イノンダシオンと呼ばれています。
海に近い事もあり、年に数度はある感じです。
でも、大抵は建物に籠り、水門を閉じておけばやり過ごせる程度のものですよ」
「大抵は? ということはそれで済まない時も?」
「……そうですね。実はあります。
数年前には、歴史上稀に見える大波が来てさっきも言った通り、街を守ろうとした母上が波に飲まれそうになりました」
「街を守ろうとした?」
「ソレイル様!」
多分、国の機密を! と注意しようとしたのかもしれない。
青ざめた側近達を制してソレイル様は話し続ける。
「構わない。母上からある程度は話す許可を得ている。
今後、他国、特にアルケディウスとは更なる協力関係を作って行かなければならないのだから」
そして、立ち上がり跪き、私達を。
正確には私を見て言ったのだ。
「姫君。僕と結婚しフリュッスカイトの公主となって頂くことはできませんか?」
「え?」
「お願いします。この国には貴女が。
『精霊』の祝福を受けた聖なる乙女が必要なのです」
とんでもない、爆弾発言を。
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