プラーミァの王宮を離れ、市街地でも盛大な見送りを受けた私達は、その後城下町を離れ、一路隣国エルディランドへ向かった。
プラーミァの首都ピエラポリスからエルディランドの首都、ディプレースクまでは、馬車で三日程。
プラーミァで一泊、エルディランドで二泊する予定。
そのプラーミァ最後の宿で、
「うわー、凄い」
私はプラーミァから贈られた『お土産』に声を上げる事になる。
「何これ? こんなにたくさんお土産、用意してくれてたの?」
ちょっと、かなり、凄い。
丸一日、馬車に揺られ辿り着いた国境近くの宿は、国王陛下のお気遣いで貸しきりにされていたのだけど、そこにはいくつもの木箱が積まれていたのだ。
それはもううず高く。
小型冷蔵庫サイズの箱が、10箱近く在るように思う。
「これは、国王陛下から、アルケディウス一行への贈り物でございます。
どうかお持ちになって下さい。
受け取って頂けないと我々が怒られます」
宿の管理人さんが苦笑交じりに説明してくれる。
王様、向こうで渡すと私が遠慮して受け取らないと思ったんだな。きっと。
確かにこれ程たくさんの贈り物、持って行けと言われたら流石にこんなに貰えないと断っただろう。
「とにかく、中身を確認してみましょう。
プラーミァからのお礼の品、危険はないと思いますが…」
フェイがそう言ったので頷いて、中を開封してみることにする。
開封はリオンと部下の護衛騎士さん達にお願いした。
まず、手近な箱をいくつか…。
「うわっ、果物だ。こんなに沢山」
定番のバナナ、パイナップル、マンゴー、メロンなどの他、ライチやマンゴスチンなどプラーミァで見つけた果物もたくさん入っている。
これは、帰国までは持たないだろうから、エルディランドでの調理指導の時に使わせて貰おう。
エルディランドとプラーミァは気候が近い所もあるからエルディランドでも採れるものがあるかもしれないし。
後は、ヤシの実…ココの実もたくさん。
胡椒やナツメグ、丁子などの香辛料が沢山入っている箱もあった。
まだ採取できないものもあるから全てではないけれど、これだけあれば随分と料理のバリエーションも増えそうだ。
「こっちは砂糖と、カカオの豆ですよ。
これ全てチョコレートにできたら、相当な量になるのではないでしょうか?」
凄いな国王陛下、本当に大盤振る舞いだ。
「こちらは、布ですね。
プラーミァの見事な染め物が揃っているようです」
別の箱の中身を確認したヴァルさんがいくつかを手渡してくれた。
街で見たプラーミァの更紗がみっちり入っている。
「私もお母様達のお土産を買いましたけど、それよりも上質なものが多そうですね」
「こちらは王宮御用達の店から集めたもの。
こっちは少し質は劣りますが、日常使いにはいいと思いますよ。このような感じで…」
ミーティラ様がスカーフの使い方を教えて下さった。
流石、様になっている。
「普段使い、というにはもったいない見事なものばかりですわ。
アルケディウスでは望んでもなかなか手に入らない貴重品ですよ」
カマラやミリアソリスもうっとりとしたように布の山を見つめている。
女性だもんね。
「みんなも欲しいですか?」
「え?」
私は側近達に声をかける。
これは、アルケディウス一行、つまり私達に与えられたものだから、私の裁量で少しくらい使っていいと思う。
「せっかくのプラーミァのお心遣いです。
特に上質のものはお母様や皇王妃様達へのお土産にしますが、残りは皆さんも取って下さい。
自分用にするもよし、家族へのお土産にするもよし」
「よろしいのですか?」
「いつも一生懸命働いて下さるお礼ですから、どうぞ」
声をかけると、側近のみんな、身分の順番にではあるけれど、嬉しそうに選び始める。
私も、皇家の人達の分とは別に魔王城のティーナやエルフィリーネ、エリセやミルカ達の分はそっと確保した。
ゲシュマック商会や孤児院の分も。
女性だけではなく、男の人達も持っていく人がいる。
伴侶や、恋人へのお土産だったりするのだろう。
ウルクスも
「プリエラへのいい土産ができました」
と頬を赤らめていた。
「なにしてるの?」
「あの、…私も、頂いていいんですか?」
躊躇いがちに私に問いかけて来たのはオルデだ。
私達がプラーミァの貴族家から救い出した女の子。
「勿論選んで。これから暫くは帰れない故郷の思い出に」
「ありがとうございます」
オルデは私の側近になってから本当に真面目に働いてくれている。
ミュールズさんもその働きぶりを気に入っているようだし、セリーナも妹の様に可愛がっている。
「あ、そうだ。オルデ」
「なんでしょうか?」
「正式に国を出る事になるし、名前を変える気とかはある?」
選んだ更紗を大事そうに胸に抱えたオルデに私は声をかけた。
ずっと、気になっていたのだ。
女の子を、ゴミ、なんて名前で呼びたくはない。
「…オルデの呼び名も、今振り返れば私の生きて来た思い出なので、嫌な事ばかりではありませんでしたが、もし新しい名を付けて頂けるなら喜んで」
跪くオルデに私は考える。
何かいい名前、ないかな?
黒髪、黒い瞳、黒猫みたいにしなやかでかわいい子だし。
あ、そうだ。
「ノアール、ってのはどうかな?
私の知っている言葉で、黒って意味なんだけれど」
「綺麗な名ではありませんか? ノア、と愛称で呼ぶこともできますし」
「どう? 嫌? なら別なのを考えるけれど」
ノアール、ノア…。
何度も口の中で転がす様に新しい自分の名前を確かめていた彼女は、
「いいえ、気に入りました」
ニッコリと花の様に笑って胸に手を当てる。
「私を地獄から救い出して下さった皇女様と、皇女様が下さった名に懸けて、ノアール。
今日からより、一生懸命お仕えさせて頂きます」
「宜しくお願いしますね」
ぴょこん!
私の足元にいた精霊獣ちゃんが、信じられないジャンプ力で、私の肩に飛び乗った。
鼻先で私のほっぺをツンツン?
「え? なあに?」
「自分にも名前を付けろ、といっているんじゃないですかね?」
フェイが小さく肩を竦めて笑って見せる。
あ、そうか。いつまでも精霊獣ちゃん、じゃかわいそうだ。
国王陛下から
「他国に連れて歩くならプラーミァの精霊獣だということは吹聴するな。
騒ぎの元になるぞ」
と言われているし、カモフラージュの為にも確かに名前を付けた方がいいかも。
「リオン、精霊の古語とかでいい名前とかない?」
「うーん、単純だけどピュール、とかかな。火花、みたいな意味だ」
「可愛くていいかも。どう? ピュール?」
小さく一度だけ小首を傾げると、精霊獣ピュールは私に猫のように頭をスリスリさせてくる。
どうやら気に入ったっぽい?
良かった。
「これから、よろしくね。ピュール」
私はぎゅう、とふわもこの柔らかい身体を抱きしめた。
この子とノアールは私にとってプラーミァ一番のお土産だ。
「よーし、今日はこの食材を使ってプラーミァお疲れ様パーティをします!
明日からは本当に初めての国で、みんなに迷惑をかけちゃうから、今日はゆっくり休んで明日から頑張って!」
「姫様! お言葉遣いには気を付けて下さいませ!」
しまった。
お姫様猫が剥がれてた。
長い事、お姫様してた反動でつい…。
「でも、もうここにいる人達は解ってる…解ってますし…」
「そういう気の緩みが時に大きな失敗に繋がるのですよ」
ミュールズさんに目いっぱい怒られた。
周囲ではリオンや騎士さん達、アーサーやアレクも笑ってる。
まあ、ミュールズさんも一応、気を許してはいるし、私の側近として染まっているんだよね。
でないと皇女をみんなの前で怒るなんてしないもの。
でも、私にとってミュールズさんとミーティラ様は、母親というか保護者みたいな存在だから、注意されるのもまたけっこう嬉しかったり。
まあ、とにかくそんなこんなでお土産に貰った食材で、料理を作っていたら…
「あれ?」
私は香辛料の箱の中に、羊皮紙の束が入っている事に気が付いた。
「! これって…」
それは、プラーミァ王家からの最後にしてとんでもない贈り物だったのだ。
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