コスモプランダーの襲撃から脱出した移民船団ノアは、地球の大気圏外までは秒速約15万km。
光速の二分の一という驚異的なトップスピードで飛行していた。
万が一のコスモプランダーの追跡から逃れる為に、地球の死者達の力と生存者たちの気力、そして最高密度の液体燃料と原子力エネルギーをナノマシンウイルスで強化して、地球脱出、コスモプランダーからの逃亡を図る。
最後に、地上の人達の為に星子ちゃん、いやステラが精製貯蔵していた新型ナノマシンウイルスを九割おいて行ったので、予定より少し飛行、脱出スピードは落ちたのだけれど、そこは他の船がカバーして。
幸い、というか地上に残った人たちのおかげで、コスモプランダーの追尾は無かったこともあり、問題なくその後はエネルギー節約の為、スピードを秒速1万kmまで落として航行することになった。
宇宙船は人間が作り出した最高速度の乗り物と言われている。
そのボイジャーや月宇宙船アポロ号などを遥かに超えた時速換算約3600万kmを記録。約数か月で海王星、冥王星を超え、太陽圏外まで到着したのは外宇宙の技術を駆使したとはえ、驚異的としか言いようがない。
「ここから先は、正しく人跡未踏。
何が起きるか解らんな」
「居住可能惑星があったとしてもあまり、近くだとコスモプランダーに見つかる恐れがある。とにかく遠ざかった方がいいと思うけれど……」
「そもそも、人類が居住可能な惑星があるかどうかが先だよ。他の知的生命体が文明を築いていたら、それはそれで問題だし」
太陽圏脱出まではかなりタイムラグはあったけれど、地球に残ったティエイラ。真理香先生から何度か疑似クラウドにデータの更新があったのだ。
コスモプランダーとの戦闘データが主で、彼らと地球に残った人々の、激しい戦闘が伝わってくる内容だった。
「コスモプランダーは、情報生命体? 人間の手による武器はほぼ効果を発揮しない」
「火、水などは無効、電撃は限定的に効果あり。ナノマシンウイルスを纏わせた物理攻撃も効いた例があるってさ」
「モンスターは、コスモプランダーの強化を受けて、不死不滅がさらに強化された。
一方でナノマシンウイルスを纏わせた武器による物理攻撃は効果があることが判明。ティエイラや、バイオコンピューター達が対策の武器を用意したということだ」
「ナノマシンウイルスに守られた生命体を倒すには、ナノマシンウイルスを使うしかないのかもね」
でもそんなデータも、距離が遠ざかったせいか、それとも別の理由からか、段々に更新されなくなる。
そして、とある人物二人の人格データが送られてきた時。それを最後に二度とクラウドの地球からの更新が無くなった時。
「真理香先生……海斗先生……」
彼らは否応なく地球に残った人々の命運を察することとなった。
「とにかく、先に進むしかない。今の俺達は戻っても何もできないのだから」
それから先は正しく、ただ前に進み、人類居住可能惑星を探すデスロード。
「肉体を捨てて、正解だったな。こんな過酷な旅は人間ではとても耐えられん」
そうジャハール様が行ったことがあったらしいけれど、正しくその通りで何十年、いやもしかしたら何百年かもしれない長い旅を、彼らは人間としての思考を一部凍結させ、演算装置に徹することで乗り越えた。数年ごとに二人ずつが交代で目を醒まし、船団の牽引、惑星の検索や探査を行う。人類居住惑星が発見されれば、他の仲間を起こす約束だ。
彼らが万が一にも狂ってしまえば、自分達が預かる約10万人の子ども達と、動植物が危機に陥る。
宇宙には宇宙ならではの脅威もたくさん。隕石、磁気嵐、宇宙風。
知的生命体との遭遇こそなかったけれど、本当に、気の遠くなるような苦難の旅であったという。
そんな中。
「新しい星系を確認……検索中。人類居住可能惑星なし。
くそっ、また外れか……」
「これで……28個目かな? ちょっと凹むね」
神矢君と星子ちゃん。
レルギディオスとステラの当番の時に、それは発生した。
「なあ、星子。相談があるんだが」
「なあに。神矢」
本来であるなら、地球に置いて来た人間だった頃の名前を呼び合ったのは、二人きりで気を許していたからだろう。
「俺が預かっている、俺とお前の子。起こしてもいいか?」
「え?」
パートナーからの思いかけない提案に、ステラは少し驚いたような様子を見せる。
まあ、宇宙船だから顔色が変わったとかではないけれど。
「航行そのものはまあ、問題がないんだが、気力の減少が著しいんだ。寝ている子ども達から得られる力は微々たるものだしな」
ナノマシンウイルスの操作には生きている人間の意思、気力が必要となる。
宇宙空間に出てから、それほど急激に消費する訳では無いけれど、殆ど使用しない第一世代と違って、彼、レルギディオスは船団の子ども達や船の維持になどに定期的に能力を使用している。
勿論、一番使用しているのはナノマシン精製を行うステラだけれども、彼女は自分の身体があるのである程度自己循環が可能らしい。
長い旅で地球の人々がくれた気力は底をついている。
誰か一人でも、新鮮で強い意志をもった人間がいてくれれば、そこから気力を回収できると彼は言うのだ。
「でも、目覚めさせて大丈夫? この先まだまだ旅はどのくらい続くか解らないんだよ」
地球で受精させた星子ちゃんの卵子は二つ。
今、父親である神矢君、レルギディオスの船に在る。
もしかして育てば能力者になるかもしれないと言われ、真理香先生から採取された卵子は七人の第一世代が一つずつ託された。
これは将来的に彼らの精子と受精させる予定だそうだ。
そして人工授精前の卵子一つと、真理香先生が、バイオコンピューター化の直前、シュリアさんと結ばれた時の受精卵一つをステラが預かっている。
真理香先生の形見と言っていい。
一度誕生させると、その後、どんな成長をするか解らないので、彼女は慎重に扱うつもりでいたのだけれど……。
「大丈夫だ。俺達の子だから。
不老不滅のナノマシンウイルスを受け継いでいる筈。ダメだったら、俺が自分で付与するし、最悪の時は予備のポッドで冷凍睡眠させる」
「でも、地球では神矢、他人を不老不死にすること、できなかったでしょ?」
いくら切っても傷つけても死なない身体。
発見当初、地球人たちはそれをなんとか手に入れたくて、能力者達を、特に神矢君を切り刻んでは検査、調査を行っていた。
最終的には適応力の無い人間には、能力の発現は不可能。ワクチンで感染を防ぐのが精一杯という結論がでるまで、そして移民計画が発動するまで彼の苦難は続いた。
「今なら、できる気がするんだ。バイオコンピューター化したことで、地球では未完成だったクローン培養技術などもこうすれば、もっと効率的にできる。って演算できてきたしな」
「……ホントに、大丈夫?」
「正直……さ。苦しいんだよ。こうして無限の宇宙を仲間以外と会話できない状況で彷徨っていると、何を守るべきか忘れて、本当にただの機械になってしまいそうで……。
俺達の子どもがいれば、人間だった頃のことを忘れないですみそうな気がする」
「うーん……」
ステラ。星子ちゃんの歯切れは悪い。
「あんまり賛成できないなあ。居住惑星を見つけてからの方が、あの子の力は必要とされるでしょ?」
「それは、そうなんだけど……」
「ただ、気力の補充問題は重要よね」
一応反対しつつ、ステラ様は色々とどうしたらいいかを考え始めたようだ。
我が子を誕生させる事そのものは、反対ではない。
自分自身も会いたい。もし子が生まれて、その成長を見れるなら、どんな苦難の旅も乗り越えられる気がする。
でも、孤独にさせるのだけは躊躇われた。
自分も神矢も、抱きしめてあげる手も、触れ合うことができる身体ももっていないのだ。
寂しい時、それがどれほど大事かを自分達は良く知っている。
いつまで続くか解らない、宇宙の旅でたった一人の人間として我が子を苦労させるのはあまりに忍びない。
教育は睡眠学習、食事はほぼ不要にしても。一人ぼっちで宇宙船の中に閉じ込めるなんて情操教育に絶対良くないし人間には愛情と、育ててくれる優しい腕と触れあいが絶対に必要だ。
愛情は、実体のない身体でも与えられるかもしれないけれど、テレビや映像で子どもを育てることもしたくない。
ならば、いっそ、自分の預かる真理香先生の卵子を起こすか。
とも彼女は考える。
真理香先生が娘と呼んだ最後の受精卵は暫く大事にするとしても、無精卵のクローン培養なら可能かもしれない。真理香先生の人格データで保育士として教育すれば……育ての親はいける?
上手くいきそうだったら、先生の子どもも起こして……。
具体的な空想が広がっていく。
もし、自分の子どもが男の子だったら、真理香先生の娘と結婚させたいなあ。
能力者同士だからとかではなく、真理香先生と家族になれるかもしれないし。
そんな、久々の楽しい想像に気をとられていた、正にその時だ。
パートナーの、叫びにも似たアラートが響いたのは!
「星子! 危ない!!」
「え?」
突然、身体に衝撃が走った。勿論、船体という意味ではあるけれど。
「キャアアア!!」
激しく何かがぶつかり、弾き飛ばされた感覚。視界が一瞬、ブラックアウトした。
「な、何? 一体?」
『ステラ様! 大変です!!』
エルフィリーネの焦ったような声に、揺れた意識を整える。
戻った視界に映った光景に彼女は唖然とした。
「神……矢?」
「どうしたんだ?」「なんだか、すげえ、響いたぞ?」
「イヤ……! 神矢! どうして!!!」
彼女の叫びに異常を察知したのか、他の七基の船、仲間達も覚醒。
そして言葉を失い、眼前の光景を見つめていた。
宇宙に突如現れた暗黒の穴。
ブラックホールに囚われ、今にも吸い込まれそうになった移民船旗艦。
レルギディオスの姿を。
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