随分以前から、大神殿のフェイを中心とし識者達の間では内通者の可能性が示唆されていたという。
「明らかに、こちらの情報が洩れているとしか考えられない状況が何度かありましたからね」
例えば科学会議中の魔性の襲来。後は国王会議中のエルディランド襲撃や進水式での騒動もそうだ。明らかに私やリオンに情報が早々に伝わり、それでいて即時対応が難しい状況を選んで魔王エリクスは襲撃を行っている。
二年の間にエリクスとノアールが拾い、育てた子どもが各地に放たれ、情報を集めている可能性もあるけれど、彼らは流石に国王会議などの情報は得られない だろう。
誘拐され姿を消したアル。
その行方を追う為に集まった私達(リオン、フェイ、私、お父様、ガルフ、エリセとクオレ)は、アルを攫った犯人についての考察をしていた。
誘拐犯の目的がアル自身であった場合は身代金や、それに準ずるものの要求が無い可能性がある。
誘拐犯は
「いずれ、マリカ様もお迎えに上がります。
もう暫くお待ちくださいとお伝え下さい」
そう言い残していったらしい。
犯人の動きは洗練されていて、下手な恨みや証拠を残していない。
この時代には指紋なども証拠にできない。
プロ、もしくはそういう知識がある人物の計画的な犯行に思えた。
逆に私を誘拐に来てくれたのなら、尻尾は掴みやすいのだけれど、その時に逃げられないように、アルを確実に救い出す為に、できる限りのことはしておかないと。
アルは『火の王に会いに行く』とメッセージを残していた。
火の王と言ってまず最初に考えるのは、火国プラーミァの国王陛下 ヴェフェルティルング様。
でもティラトリーツェお母様の兄上で、私を可愛がって下さる義理の伯父上が犯人とは考えづらい。
であるなら、可能性はもう一つ。
「火の王の杖、フォルトシュトラムということだと思います。つまりその主たる魔術師」
「つまりヒンメルヴェルエクトのオルクスさんが『神』の側の内通者として情報を流していたのでしょうか? アルの誘拐にも直接?」
オルクスさんが『神』意をくむ配下。『神』の子どもである可能性は二年前、私が初めてヒンメルヴェルエクトに行った時から示唆されていた。ただ、ヒンメルヴェルエクトとアルケディウスはあまりにも遠いから、そんなに影響は無いと思われて重要視しなかったのだ。
その判断が今、悔やまれる。
「犯人達はみんな顔を隠すフード付きマントを被っていましたが……」
「アルには何か感じ取れたんでしょうか?」
「その可能性は高いな。アルは自分の『能力』予知眼で、マントの下の人物がオルクスだと気付いたのかもしれない。
勿論、各国に育つ子ども上がりの中に、同じような役割を持つ子がいる可能性もあるな」
「諸国で子どもが保護されるようになったのはここ数年のことです。
仮に『神』と直属で繋がる『神の子ども』が世に出されることがあったとしても、できるだけ安全に育てたいと思うでしょうから、神殿に孤児院が併設されていて、少なくとも死の危険が少ないヒンメルヴェルエクトに預けられたということもあり得るかも」
『神』には特別に大切にしている『神』の子どもがいる。
『神』は『自分の子ども達』を大切にし、外に出そうとはしない。
出すのはどうしてもやむを得ない時だけ。そしてその場合にも各国で『精霊神』が造った秘蔵宝物クラスの杖やサークレット、つまりは精霊石を持たせて補助している可能性が高い、というのは最初にオルクスさんを見た時の『精霊神』様の見解だった。
体内に入れられたり、精霊石と同化したりしていると一見しただけは解らない。とも聞いた気がする。
「何人かの『神』の子ども達が外に出てきて密かに『神』の目的の為に動いている。
じゃあ、アルももしかしたら『神の子ども』だったという可能性はないのか?」
「!」「まさか」
腕組みをしながら告げたお父様の言葉に、リオンとフェイの顔がピクンと、電流が走ったように爆ぜた。
「かつて、俺達の仲間だった神官ミオルは『神』の命令を受けて、アルフィリーガを捕らえる為に側に来ていた。そのようにアルが『神』の意思を受けて派遣されていた可能性は?」
二人は顔を見合わせる。
「……可能性は、あるかもしれませんが、でもアルは人間ですよ。紛れもなく。
能力は特殊ですが、体内の精霊の力も、それほど人と比べてそれほど多いわけでもありません」
「それに、俺達が救い出さなければまず間違いなく、ドルガスタ伯爵の所で死んでいた。
そんな危険性を犯してまで『神』が何より大切にする『子ども』を道具のように使うことはあり得ない」
どこかバツの悪そうな顔をして俯くクオレ。
アルの不幸は彼のせいでは無いけれど、その一端に関わったことで、クオレが気にしていることは知っている。
この不老不死世で『大人』の身勝手に晒されて辛い目にあってきた子どもだ。
私達の中できっと一番くらいに『神』を憎んでいる。
今も、身体には深く傷と刻印が刻み込まれて治療させてくれないくらいに。
「だが、可能性として考えてはおけ。でないとアルが万が一、敵として現れた時、お前達は戦えるのか?」
「あうっ……」「うっ」「それは……」
私達は三者三様。でも一緒に押し黙る。
もし、そうなった時、私達はどうしたらいいのだろうか?
「皇子。とにかくアルの居場所を探すのが先決です。クオレ。
アルにオルクス殿から、生まれを知っているという手紙が来ていると言っていたな?」
「「「!!!」」」
「あ、はい。奴は断りの手紙を書いたはずですが、文書そのものは宿屋に。
取ってきます!」
「転移陣を使って構いません。許可の印を今、出しますから」
ガルフの言葉に転がるように部屋を走り出るクオレ。
私達は思わず顔を見合わせガルフに問い詰めた。
「いつ、そんなのが来てたんですか?」
「進水式の後、間もなく。マリカ様がお倒れになった時と聞いています」
「アル兄、会いに行くときはマリカ姉に許可を貰ってから、って言ってたよ。お手紙届いてない?」
「ゴメン。気付いていなかった。
カマラやお母様なら知っているかも。今、連絡とってみる」
通信鏡を繋いでカマラに手紙を確認し、持ってきてもらうように頼む。
もし、そうだとしたらかなり事態は深刻だ。
宮廷魔術師オルクスの名前を証拠として残してもいいくらいに、本気で彼がアルを捕らえたのならそれは『神』が本気で動き出した証拠、だろうから。
潜めていた『神』の子ども達に戻り、今の立場を失わせてもいいくらいの。
その後、残されていたオルクスさんの文書と、アルからの手紙を私達は再確認することになる。
オルクスさんからアルに宛られた文書にはかなりはっきりと。貴族的表現ではあるけれど「お前の両親を知っている」と書かれてあった。高貴な女性の名誉に関わる話なので極秘裏に会いたいと。
それを受けてアルは、今、自分はゲシュマック商会の一員であり、大事な仕事を任されている身であるから応じられない。と返事をしたようだ。アルから私に届いた手紙には
「正直、関心が無いわけじゃないけど、やっかいなことになりそうだから一度、みんなで相談したい。時間を取って貰えないか?」
とあった。私が丁度倒れて、身体が変化した時だ。
「確かに、この時、アルから連絡がありました。ちょっと相談したいことがあるから時間を貰えないか? と。ただ、僕はマリカ不在で神殿に泊まり込みで……」
「俺も進水式の騒動の後始末でバタバタしていた。マリカが倒れたことがあって、落ち着いてからでもいいか? と頼んだんだ。アルは理解して頷いてくれたけれど、まさかこんなことになるとは」
タイミングが悪すぎた。もしかしたら、その隙をこそ狙って仕掛けてきたのかもしれないけれど。
「とにかく、ヒンメルヴェルエクトに連絡を取って、オルクスさんを問い詰めます。
手紙と封蝋という証拠がありますから」
「お前が動くのか?」
「私が動かないと、各国は相手をして下さらない可能性が……。
特に相手はヒンメルヴェルエクトですし」
お父様が心配そうに私を見る。
お母様には外出するな。
せめて数日。成長を自然なモノと言い張れるくらいの間は、と言われているけれど、アルの救出は一刻を争う。初動で後れを取った以上これ以上時間をかけられない。
ヒンメルヴェルエクトは、私に対しては腰が低い一方で、アルケディウスには明確な敵意を示す。精霊の恵みを独占していると。
どうしてもの時は『精霊神』様に協力を頼むつもりだけれど。
「仕方ない。十分に注意しろよ。アルだけではなく、お前まで『神』に奪われるようなことのないように」
「はい」
アルを『神』に奪われたら詰む。ある意味私以上に。
警告を与えてくれたアーレリオス様の言葉が胸に突き刺さる。
「アル。どうか無事でいて……」
今の私には、誰に向けたらいいか解らない祈りを胸の中で繰り返す事しかできなかったのだけれども。
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