その日、談話室は夕方まで、子ども達の楽しげな声が響いていた。
「この子達のこんな顔は初めてだよ」
リタさんが腕を組み考え込む。
白とクリーム色を基調にした部屋。
暖かい煉瓦色の絨毯の上で優しい声で本を読み聞かせるリオンの側に集まる子ども達。
BGMのように歌を切ってメロディだけを紡いでいるアレクの演奏と、精霊達の物語、そして優しいリオンの声が相まってなんとも言えないいい雰囲気だ。
少し前まで木の積み木でドミノ倒しや城造りを一緒になってやっていたアーサーも黙って聞き入っていた。
「やっぱり違いますか?」
「違うね。あたし達が本を読んでやっても食いつきがちょっと違う。
やっぱりアレだね。友達とか、他人との関りって大事なのかねぇ…」
「どっちが優れてる、って訳じゃないですから、反応の差は気にしないで下さい。
大好きな人に読んでもらうお話、というのは特別なのでリタさん達はリタさん達なりに読んで下されば、あの子達も喜びます」
リオンやフェイはアーサー達以上に、ここにいつもいる訳じゃない。
言ってみればボランティアの中学生ポジションだ。
あんな風になりたいな、と思って貰いたい理想のイメージ。
いつも側にいて、面倒を見てくれているお二人とはやっぱり違うと思う。
読み聞かせと、遊び。
子ども達を育てるのには、大事にして欲しいので、この部屋はけっこう奮発したのだ。
魔王城の子供向け(王子の勉強用に用意された、術や精霊の初級本や、図鑑など)の本と、出回っている娯楽本を手に入るだけ入手して置いてある。
まだそれほど本棚いっぱい、というわけではないけれども、子ども用の書庫としてはかなりなものだと思う。
それに加えてブロックや、カルタ、トランプなどのおもちゃも魔王城とほぼ同じに取り揃えた。
ままごと道具も作ったし、楽器、使ってないリュートや笛なども持ち込んでみた。
ままごとは大事だ。
男の子が、って思うかもしれないけれど男の子だってままごとはする。
生活のモデルをままごとで勉強して、できるようになるのだし。
木の包丁、皿、スプーン、箸なんかも用意している。
文字と数字を描いた積み木と魔王城で大人気を確認済み。
シンプルな四角い板だけれども、積み重ねておうちやお城、箸など色々な物を作って遊べる。
並べてドミノにしたり、ままごとと組み合わせてご飯やお肉にもなる優れものだ。
勉強に使うのはその後、自然にでいい。
後は木のボールとピンで作ったボウリング。
布のボールと人形。
五目並べにもなるリバーシ。
たくさんの端切れの入った箱、パズルなど、魔王城で人気を確認済みのものばかり。
古くは向こうの世界で人気があった知育遊具だから、こちらの世界でも子ども達は大喜びで遊んでいた。
まだ『子ども』が『遊ぶ』という概念そのものが無い世界だというのは承知しているけれど、子どもにとって勉強と、遊びは切り離せない同一のもの。
見たて遊びで彼らはいろんなことを学んでいくのだ。
私はこの世界に、子ども達の遊びを、取り戻していきたい。
「マリカ姉、もうすぐご飯出来るよ」
「ありがとう。じゃあ、みんなお片付けして、隣の食堂に行くよ」
お片付けも重要。
これも絶対、最初に教える。
使ったものは片付ける。遊んだあとは掃除する。
例え面倒でも、そういうものだと最初に習慣づければ、子ども達は覚えていく。
本を本棚に戻し、積み木やカルタを箱に片付け、棚に閉まってから、みんなで隣の部屋に行った。 ここは元武器倉庫だったところを大改造して厨房と食堂にしてもらったのだ。
オーブンに竈、外に井戸があるので、水汲みしやすいようにドアも付けた。
台所と食堂は、一体化のダイニングキッチン風。
食堂と台所を隔てる間仕切り代わりのカウンタ―にはエリセが料理人さんと頑張ってくれた料理がいっぱい並んでいる。
「みんな、運ぶの手伝って」
魔王城で慣れている子達は自分から積極的に動くけれども、まだ四人は何をしたらいいのか、何が始まるのか解らないようだ。眼をぱちくりさせて立ち尽くしている。
「このお盆を向こうのテーブルに持って行ってくれる?」
そんな彼らに私は、カウンターから食器一揃いが乗ったお盆を、マーテに渡す。
木でできているから少し重みはあるけれど、十分に持てるはずだ。
お盆を受け取ったマーテに私は手前側のテーブルの前の席。
子ども用に直した椅子の前に置くように話す。マーテは素直に言う通りにしてくれた。
「ありがとう。上手に運べたね」
私はぎゅうと、抱きしめて褒めると、小さな体をひょいと、抱き上げ椅子に座らせた。
「ここがマーテの席ね。これから毎日、ここでご飯を食べるんだよ」
同じようにシャンス、サニー、ルスティも席につかせた。
席に着いた子ども達の皿にパンとスープ、サラダとメインディッシュを盛り付けていく。
保育園の給食風、ワンプレートディナーだけれども、引っ越し祝いだから手は込んでいる。
パータトとキャロのマヨネーズサラダ。
スープは優しい味のミルクスープ。
メインはエナの実ソースのハンバーグというか、肉団子。
子どもも食べやすいように小さくして貰ってある。
そして、食パンのサンドイッチ。サフィーレのジャム付きだ。
デザートにはピアンのコンポートも。
孤児院の食事担当に、一人料理人さんも引き抜いてある。
最初はリタさんが食事の面倒も見てくれると言っていたのだけれど、食事の支度はこの世界ではかなり大変なので選任の人に頼んだのだ。
落ちついたら、一緒に回して貰ったり、子ども達と一緒に作るもアリ。
食育は重要です。
「さあ、みんなで食べよう。美味しいごはん。いただきます!」
子ども達四人のテーブルにはリタさん達が付き、隣のテーブルでは私達が食べる。
みんな一緒のご飯。
顔を見ながら、笑い合いながら同じご飯を食べるのは、とっても大事な時間だ。
「おーい、食べてるか? しっかり食べろよ」
横のテーブルからアーサーが声をかけて皿を覗き込む。
子ども達も食べてない訳ではない。既にスープが空になっている子もいる。
「エリセ。今日のスープはお代わりあるか?」
「あるよ。多めに作ってあるから」
「そっか。じゃあ、お代わりよそってやるよ」
「あ…」
シャンスのサッと取るとアーサーはカウンターの鍋からお代わりを注いだ。
「ほら」
「え?」
「美味しかったんだろ? ある時は食べたいなら食べていいんだ。おれも食べる」
「いい…の?」
「ある時はいい。無い時はちゃんと無いって言われるから、我慢。
いっぱい食わないと、お…、リオン兄みたいに大きくなれないぞ」
くすっと、弾けるような笑い声がこちら…私達のテーブルから漏れる。
おれ、と言おうとしてシャンスが自分より大きい事に気付いて言い直したのだと解った。
実にアーサーらしくてかわいい。
ちなみにアーサーとシャンス、身長はそんなに変わらない。
体格そのものはしっかり食事をして、外の狩りで鍛えられて来たアーサーの方ががっちりしていて逞しい。シャンスはずっと家の中にいたので色白だし、細身だ。
「…えっと…あの…」
シャンスが差し出された皿を受けとったまま、何かを言いたげにもごもご口を動かす。
「そういう時はね、シャンス。ありがとう、っていうといいよ。
何かをして貰って、嬉しい…胸が熱くなった時、ありがとう。っていうと、もっと楽しくなるし、相手も同じ気分になるから」
私が教えると、シャンスは小さく頷きアーサーをその綺麗な青い瞳で見返す。
「ありがとう…」
「どういたしまして、だ」
「うん」
「ぼく…も、いい?」
二人の様子を見て、遠慮がちにサニーも皿を出す。
「いいさ。勿論。待ってろ」
「ぼくも」「…も」
年少の二人も皿を持っているのを見て、エリセも椅子から降りて動いてくれた。
「サンドイッチもまだあるよ。食べる?」
サンドイッチの籠を差し出すアレクに、子ども達の目が輝く。
「一人、一つずつ。ちゃんとあるからね」
お代わりのスープを啜り、サンドイッチを頬張る様子は、心なしか最初に貰った分を食べていた時より輝いて見える。
育ち盛りの男の子だ。いっぱい食べればきっとまだまだ大きくなれる。
心も、身体も。
「いっぱい食べて、大きくなれよ」
弟たちを見守るようなリオンは、どこかお父さんのようだ。
「リオンもね。騎士試験近いんだから、もっといっぱい食べて体力つけておかないと」
そんな私たち二人を、フェイとアルが顔を見合わせて生暖かい笑みを浮かべていたことを私達は、気付かなかった。
食事の後は片付けて、それから談話室でもう少し遊んでから就寝だ。
お風呂は流石に備え付けてないので、寝る前にお湯を沸かして顔と身体を拭くくらい。
今度、バスタブ持ってこようかな、と思っているうちに、もう外は真っ暗になっていた。
「みんな、そろそろ帰ろう」
私は魔王城組の子ども達に声をかける。
今まで、本当に楽しそうに遊んでいただけに、子ども達の表情がスッと暗さを帯びたのが解って少し辛い。
「また、明日来るからな」「明日、一緒に遊ぼう」
アーサーとアレクの言葉に、しょんぼりしながらも子ども達は頷いてくれた。
この世界で無くても、みんな平等、では申し訳ないけどない。
それぞれに居場所も違うし、立場も違う。
それはどうしようもない事なのだ。
最初はアレクとアーサーをこの館に住みこませることも考えたけれど、彼らには別の家がある事、自分達とは違うのだという事を途中で知られると余計にきっと傷がつく。
なら、最初から自分達には自分達の、彼らには彼らの居場所があるのだと、知らせた方がいいと思った。
居場所や立場が違っても、仲良くはなれるし、友達にもなれる。
そして、自分達と同じ居場所を持つ兄弟達とは、より一層、心が通じ合えると思ったのだ。
「じゃあ、また明日!」
「私もまた来るからね!」
夜の玄関先で、子ども達は遠ざかるカンテラの灯りが見えなくなるまで、多分その後も長い事、手を振ってくれていた。
その日の夜。
一人、残って子ども達の様子を見てくれたアルは報告してくれた。
やっぱり、あの後、子ども達は泣いていた、と。
でも、リタさんとカリテさんが、抱きしめて声をかけてフォローしてくれて、新しいベッドでちゃんと眠りについていた、と。
伯爵家ではありえなかった、それは静かで安らかな眠りだった、とも。
アルケディウス最初の孤児院。
ここが、あの子達の。
そして、これからここにやってくる子ども達の新しい家、安全地帯。居場所になればいい。
そうしていきたい、と私は思っている。
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