私達が戻れば、チェックメイト。
ナハト様が言った通り、私が多分(?)アルの外に出て、自分の身体に戻ってきた時には。完全に勝負は決まったようだ。
少なくとも、私にはそう見えた。
私の身体はまだステラ様が使っているけれど、アルの身体は地面に崩れるように倒れていて、クラージュさんが支えている。
部屋中を埋め尽くしていた液体は綺麗に消えて、部屋の中央には膝を付く男の子。
アルとは完全に違う容姿のティーンエイジャー。
淡い銀髪、碧の瞳。メタルな肌。
新年の時に地下で出会った。そして私を精神世界に引っ張り込んだ『神』だ。
あれは、ナノマシンウイルスを集めて身体を作ったのかな?
「いい加減に、負けを認めて、話を聞いてくれる気になった?」
「俺は……負けてない。そもそも、最初に話を聞いてくれなかったのは、そっちだし。
多勢に、無勢。ズルい。……無効試合だ」
「話を聞くも何も、一言の反論さえ許さず怒り狂って我らを封じたのはお前だろう?
レルギディオス。いや、神矢」
(「? レルギディオス? 誰?」)
知らない名前で『神』を呼んだアーレリオス様の精霊獣。
私の疑問符を感じ取ったのだろうか?
「ああ。私達、人間だった頃の本名は、基本的にもう使ってないんですよ。地球に置いて来たと言おうか。今、呼び合っている名前は、あだ名というか、能力者名。
カッコよく言うと、コードネームですね」
「なにしてるんだ? ステラ」
「マリカに教えているんだろ?」
ステラ様が優しく教えて下さった。
そっか、ステラって星の意味を持った言葉だった筈だし、全員はピンとこないけど、ナハトっていうのは確か夜っていうドイツ語だった。アイネ.クライネ.ナハトムジークなんて音楽もあったし
能力に近いコードネームがついてるのかな?
「さっきの認証みたいに、登録や命令も全部コードネームでやるんで、普通は向こうの名前なんて呼ばないんですけど、あんまり、あのバカが頑固なのでお灸をすえてやりたくてあんな真似を。ごめんなさいね」
(「いえ、それはいいんですけど、お話、というかは終わったんですか?」)
「ええ、貴方達のおかげで。能力を使う為の器から切り離されて、彼は今、ナノマシンウイルスで一時的に身体を作っているみたい。そういうところ器用だから。
でも『精霊神』様達が結界作って、取り囲んで下さっているので逃げられもしないし、ろくにもう力も使えない筈……」
「それで……、俺をどうするつもりなんだ?」
「どうする、もなにも。迷惑をかけられた分、きっちり労働で返してもらうだけど?」
悔し気に唇を噛みしめる『神』レルギディオス?様を、私の身体で見下して、ステラ様はこともなげにそうおっしゃる。
「労働?」
「そ。マリカや子ども達の頑張りで、やっとこの星にも科学文明が芽生えつつあるんだから、それを育てて行く為にね」
「やっぱりお前らは、地球を捨てたんだな! 本当に戻る気はないのかよ!」
膝を付きながらも、本当に彼はまだ、負けたつもりは無いらしい。歯を向いてくってかかる。
「ない。戻ったところでもう、かの星には我々の知るもの、愛したものは何もない。
解っている筈だ」
「先生は生きてるかもしれない! 俺達が生きてるんだ。
まだ生きて、地球を守ってるかもしれないだろ」
「そうやって、自分をずっと誤魔化していきてきたのかい?」
「お前達に、何が解る……」
可愛い子犬、光の精霊神様が告げた言葉は決して厳しいものではなかったけれど、彼にとっては逆鱗に触れるに等しいモノだったようだ。
「お前達と逸れて、たった一人、いや、マリクと二人であてどなく彷徨った日々。その中で、無力さを噛みしめて……。
子ども達を必死で守り続けて……
いつか、合流して、力をつけて。
皆と一緒に、地球に戻って先生を助ける。それが、それだけが昏い宙で、俺の心の支えだった」
昏い宙、か。
リオンの方を見やるとなんだかこう、何か言いたいけど、言えない。
そんな顔をしている。
「俺だって、解らない! どうして、お前達はあっさりと先生を、地球を忘れられるんだよ! 俺はやっと、お前達の気配とビーコンを見つけて、辿り着いて、本当に嬉しかったのに。降りてみれば、みんな、ここに根を下ろして……。
あの時の俺の絶望は、悔しさは……お前達には絶対に解らない」
全身全霊で訴える彼に精霊神たち、ステラ様も向ける視線は冷たい。
「解らんな。自分の思いにだけ囚われて、彼女との真の約束を忘れたお前の気持ちなんぞ……」
「ナハト……」
「お前を失い、我々は維持の力を急速に失っていった。ギリギリでこの地にたどり着けたのだって奇跡的だった。約束通り、子ども達を守り、生かす為には、全員が持っている全てを使うしかなかったと何故解らん」
「そ、それは……」
「そもそも、我々が旅立つ時点で、彼女は限界に近かった。
身体を捨てたことで、少しは持ちこたえたかもしれんが、彼女の力が尽きるのと、人類の終わり。どちらが早かったかなど考えなくても解るだろう。自分の命が長くない。そう解っていたからこそ。彼女は我らに子ども達と、地球の未来という一番大事なものを託したのだ。お前はそれを捨て去れというのか?」
「それとも、お前、先生が地球の皆を見捨てて一人生き延びるような人だと思ってるのかよ」
「わっ! 止めろ! ジャハール」
獣達に説教される男の子。
いつか、あいつに会ったらぶん殴ると言っていたジャハール様、今は精霊獣の身体。
殴れる拳が無いので、頭上で髪の毛を引っ張ったり突いたりしてる。
本人達には笑いごとではないのだろうけれど、なんだか、妙に微笑ましくて、眩しくて涙が出てきそうだ。
「だからと言って、船も素材も全部変換して、根をはるなんて……。もう飛べないじゃないか……」
「そうしなければ、子ども達が住まう屋根も食する獣も植物もなく、皆、路頭に迷うことになっただろう」
「我らは翼を捨てる代わりに、子ども達が生きる大地を作ったのだ。そのことを後悔するつもりはない」
「でも……」
「逆に聞くよ。なんで君はそこまで帰ることにこだわるんだい? 子ども達を守って、って彼女に頼まれたのに。
数百年どころか、千年も眠らせ続けた子ども達をまた、宙に連れ出して敵が溢れている地球に連れ戻って、みすみす死なせるつもり?」
「死なせたりしない! マリカとリオンがいれば、奴らだってきっと倒せる。先生だって、生きてるかもしれない。だから……きっと……」
「無理だよ」
「ラス……」
「さっき、ジャハールも言ってたけどさ、彼女は自分一人生き延びるような人じゃない。
彼女はもう、死んでいる。君にだって解っている筈だ」
少しずつ、少しずつ、七精霊様達の正論が『神』を追い詰めていくのが解る。
きっと、解っているのだ。彼だって。
でも……
(「あの……ステラ様?」)
「なあに? マリカ? …………そう。解った。お願いします」
「?」
「それだけが、心の支え、だったんですよね」
「ステラ?」
「一人ぼっちで、悲しくて、苦しくて……、でも、いつか帰る。大切な人を、助けて、みんなで笑い合える日々を、取り戻すって。
それだけを希望に旅を続けていた。
支えがなくては人は生きていけない。
ラールさんに告げた言葉は、自分自身に言い聞かせていたこと。
神矢くんには、それがそれだけが心の支え、だったんですよね?」
「ステラじゃないな。……まさか、マリカ?」
流石、ラス様。解ってる。
その通り。ステラ様に頼んで、少しだけ返してもらった。
私は、ゆっくりと『神』ううん。神矢君の前に進み出て、膝を付いた。
そして、ぎゅっと、抱きしめる。
「私は、解ってます。貴方が、口で言う程にこの星の子ども達を嫌っても、見下してもいなかった事を」
「なっ!」
いきなりのハグに微かな驚きと逡巡はあったようだけれど、神矢くんは、私を振りほどいたりはしなかった。
緊張で強張った身体、血の通わない……ナノマシンウイルスの。
でも、その細い身体は間違いなく彼のかたち。いじっぱりで、我が儘で、それでも約束を捨てきれない。優しい男の子。
うん。カーッとなって暴れて人の話を聞かない頑固な所はあったけれど、自分の思いしか考えられなくて『星』の言うことも聞かず、『精霊神』を封印したりしたけれど。
その根本には人への捨てきれない愛や思いやりがきっとあった筈だ。
魔王という悪役を作って、人間同士の争いを制御したのも、人々を不老不死にしたのも。その根底に地球に帰りたいという思いはあったとしても、これ以上人が苦しまず、傷つかないようにという優しさを感じる。
彼の本当の幸せは、願いは、みんなで地球に帰ること。
私やリオンや、アルを引き込もうとしたのも一人ではいたくなかったからじゃないだろうか。
「長い、長い年月、忘れないでずっと思い続けて貰えて。
きっと『先生』は嬉しかったと思います」
「偉そうに、先生を語るな! 偽物の人形が!」
「神矢!」
「大丈夫です。お父さん」
アーレリオス様が、怒りの滲んだ声を上げるけれど、下手したら飛び掛かってきそうなそれを、私は手で制した。
「そうですね。私は、多分皆さんが言う『先生』のコピー。
思想や思い、知識を受け継いだだけの偽物です。でも……こうしたい、っていう思いは多分、私と『先生』両方のものだと思います」
もう一度、腕に力を籠める。優しく、彼の思いを抱き寄せて。
「ありがとう
貴方が、約束を忘れないでくれて。私を忘れないでくれて。
子ども達を、守ろうとしてくれたこと。とても嬉しいです」
「ズルい……。先生の顔で、声で。そんなことをされたら……俺は……」
解っていても、人の心は、誰かを思う気持ちは、理屈じゃないなのだ。
人間って言うのは複雑だけれど、単純で。
たった一人でも、自分を信じて支えてくれる人がいれば、生きていける。
ひねくれ曲がっているようで、実は真っすぐ一途だった神矢君。
一生懸命約束を守り、子ども達を導く為に被っていた『神』の仮面が壊れて、当たり前の子どもに戻ったように思える。
「許して下さい……。先生……。ごめんなさい。
ごめんなさい。みんな……」
銀色のナノマシンの身体から、涙は零れない。
でも、すすり泣くような声が、彼の後悔と反省を告げている。
私は、それをしっかりと受け止めた上で……。
「ダメです」
彼に、きっちり笑顔で宣告した。
有罪を。
「は?」
「貴方の、気持ちは伝わったし、反省したことも解っています。
その上で、ここからはお仕置きタイムです。
ゴメン、って言えば、何をしても許して貰える。なんて思っちゃいけませんよ。
罪を許すか、許さないか。決められるのは「やられた方」だけなんですからね」
「そ、それは……」
ぶっは!
あちこちでなんだか、笑う声が聞こえる。
『精霊神様』達かな?
一方、なんだか、神矢君、震えてるっぽい。
でも、こればっかりはね。
悪いことをしたら、ちゃんとそれ相応の償いは必要だ。
『精霊神』様達もステラ様も、別に彼の事を本当の意味で嫌っても、憎んでもいない。
むしろ、大切な仲間だと思って、許したいと思っている。
それが解るからこその荒療治。
もう一度、強く抱きしめた。
「貴方の行動で、たくさんの人の命が守られたけれど、同時にたくさんの子ども達も犠牲になりました。
だから、ステラ様がおっしゃったとおり、少し、反省して本気で償って下さい。
小さな子どもならともかく、立派に自分の考えを持ってる貴方なら、解る筈です。
大丈夫。あなたの気持ちは、ちゃんと伝わりましたから。
ね。ステラ様」
私がステラ様に、身体の支配権を渡すとくつくつと、愉しそうに笑いながら彼女はおしおき、を引き継いでくれた。
「了解。やっぱり、貴女は、私の最高傑作ね。
先生と同じ、もしくはそれ以上の『先生』だわ」
「ちょ、ちょっと待て! ステラ! マリカ!」
「そういう訳だから、もう少し反省してて。
エルフィリーネ。アレをもってきて頂戴」
「はい。ステラ様」
いつの間にか、人型に戻っていたエルフィリーネが、通信鏡より、少し大きな黒水晶の板を持ってくる。
宝物蔵にずっと前からあって、前に探検した時、アーレリオス様とラス様が、意味深に見てたやつだ。
ステラ様が手を軽く翻すと、画面が現れた。アレってもしかしてタブレットっぽい奴?
そしてあの画像は、集合写真?
「『神』レルギディオス。
アースガイアを統べる『星』ステラの名において、貴方当面、監禁の刑とします。
子ども達の維持については、請け負うから、心配しないで。
開放については、各国とこれからの世界の様子を見て判断していきましょう」
「げっ! 止めろ。ってか、そんな写真なんで持ってる!?先生に見られながらの監禁なんて死んだ方がマシだ!」
「問答無用! 転移、監禁!」
ステラ様が神矢君、レルギディオス様に手を向けると、彼の身体が流体化してばねのようにびよーんと、跳ねた。そして板の中に吸い込まれていく。
全部、中に入ったのを確認して、彼女は画像にロックをかけてしまったらしい。
あの液タブの中に閉じ込めたってこと、なのかな?
ステラ様、静かな微笑みで画像を撫でている。
「……心配しないで。今度は、ゆっくりと話し合いましょう。
きっと、また一緒に笑い合えるようになるから」
「あー、いいもの見た」
「いや、ホント。マジで、先生だ。なんだか……笑えてきちまった」
様子を見守ってた精霊神様達、みんな大爆笑している。
状況がよく解ってないのはクラージュさんとリオン?
アルはまだ意識を取り戻してはいないようだ。
二人とも、なんだかきょとんとした顔をしてる。
「人というのは、命が消えて終わりではないのだな」
「うん。やっぱり、彼女は死んでない。身体は滅んでも、心は受け継がれるんだ。
受け継ごうとする者がいる限り」
エーベロイス様の言葉に、ラス様が嬉しそうに頷いた。
(「そうでしょうか? 私、受け継げていますか?」)
(「私も同感。貴女は『先生』の転生。記憶でなく、思いを受け継いでいるの。
私達が一番、失いたくなかった。地球で、もっとも輝いていた光を」)
(「そうだと、いいんですけれど……」
ステラ様と一緒にスクリーンセイバーのように、動き続ける画面の集合写真を見た。
そこには、精霊神様達と、神矢君と、星子ちゃん。そして海斗先生。
他にもたくさんの人と共に私ではない私が、幸せそうな最期の笑顔を浮かべ映っていた。
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