今日は久しぶりにリオンと一緒にお出かけだ。
リオン、フェイ、アルは魔王城で暮らしていた頃から力を合わせて一緒に色々な事を乗り越えて来た仲。
私が異世界転生者で、向こうの世界の記憶を持っていることまで全て知らせてある。
魔王城で一緒に暮らしていた時は顔を合わせない日は無かったのだけれども、アルケディウスに来て、リオンが正式に騎士になってからは丸一日とか数日顔を合わせられない日も少なくない。
今回だって三日ぶりだ。
フェイも同様。
フェイは『皇王の魔術師』だけれども転移術を使える魔術師として重宝され、この国のいわば国務大臣 文官長のタートザッヘ様に片腕のように期待されていろいろな政務、執務などを学んでいるという。
アルに至っては私が皇家の仕事をするようになり、さらには皇族になったことで生活圏が違ってしまったので週に一回、会えるか会えないかになってしまった。
今は根性で毎週、安息日に魔王城に通っているからその時に会えるけれどやっぱり寂しい。
大聖都への旅の時の方がよっぽど顔を合わせられていた。
今回もフェイはお城で仕事だけれど、リオンには私の護衛騎士として一緒に孤児院に視察に着いて来てもらう。
その帰りにゲシュマック商会に寄り今後についての打ち合わせという名目でエリセやミルカ、アルと会うのだ。
孤児院の子ども達とも久しぶりに顔を合せたいし、新しく入った子についても心配だから良く話を聞きたい。
何よりリオンと一緒のお出かけで私は浮かれていた。
髪の毛、乱れてないよね。
服装もちゃんとしている。
口紅もちょっと引いて…。
鏡の前で何度もチェックする。
第三皇子家の側仕えさんやセリーナがやってくれたから心配はないと解っているけれど、これは乙女心なのだ。
「姫様、馬車とリオン様がお見えです」
「解りました。直ぐに行きます」
呼びに来てくれたセリーナと一緒に部屋を出て、一階へ。
エントランスに降りるとそこに、リオンが待っていてくれた。
「うわあー」
跪く彼を見てはしたなくも感嘆の声が零れた。
礼装姿のリオンは何度か見たけど、こんな姿のリオン始めてみた。
騎士の格好している。
白銀のブレストアーマーに蒼いマント。
腰には長剣と短剣を下げた剣帯。
絵に描いたような王子様、じゃない、カッコいい少年騎士がそこにいる。
「リオン、ですよね」
「はい。本日より正式にマリカ皇女の護衛を仰せつかりました。
騎士らしい姿を取ることが抑止力に繋がる事もある、とライオット皇子のお言葉で対外的な護衛の時には、この騎士装でお側に仕えさせて頂きます。
どうかお許しを」
なるほど、普通の子どもの恰好をした人間では側にいても護衛と思われないかもだけど、はっきりとした騎士の姿であれば護衛であり、彼が仕える私自身が護衛されるだけの身分のある人物だと一目で解る。
お忍びとかで身分を隠している時はともかく、皇女がはっきりと出向くと解っている時にはそれがトラブルを未然に防ぐこともある、ということか。
「解りました。気を遣ってくれてありがとう。
今日、いいえ。
これから、どうぞよろしくお願いします」
恥ずかしくてか顔を上げてくれないリオンに私は皇女モードで手を指し出す。
こうすればリオンは手を取ってエスコートしてくれる筈だ。
思った通り手を優しくとってくれたリオンは立ち上がり、私の前にスッと立つ。
リオンの顔を見上げると目が合った。その瞬間息を飲み込む。
震えが来た。
リオンって、こんなに大きかっただろうか?
いや身長はそんな変わってない。150cm弱。
13歳男子としては普通かちょっと低めだ。
でも、なんだか『大きく』感じる。
今までのリオンと違う、凄みのある逞しさ。
内に秘めた圧力というかが凄いのだ。
今までリオンはこんなだった?
思い返しても薄ぼんやりとしか思い出せないけれど、今までとはなんだか絶対に違う気がする。
「姫君?」
「ごめんなさい。時間に遅れますね。参りましょう」
リオンにエスコートされ、私は玄関前の馬車に乗る。
私とセリーナとリオンを乗せて、馬車は静かに走り出して行った。
「馬車の中なら、いつもみたいに話しかけてもいい?」
館の中や外は使用人が多いから、兄弟同然に育った存在であっても今は皇女と騎士。
対外的な姿勢は崩しちゃいけないのは解っている。
でも、リオンに敬語を使われて傅かれるのはなんとなく、もやもやして好きじゃない。
「いいけど、油断して外でお姫様猫剥がすなよ」
「うん」
形の良い眉を上げて私を睨むリオンに頷いて見せる。
少しホッとした。
外見や雰囲気は変わっても中身はいつもと同じリオンだ。
私のはす向かいに座り、外に神経を配るリオンを私は見つめた。
夜を切り取ったような射干玉の髪。露に濡れたような漆黒の瞳。
綺麗な横顔だな、と見惚れてしまうけれど、それは顔に出さないように気を付ける。
変な噂になったらリオンに護衛して貰えなくなってしまう。
…私は、多分リオンの事が好きなのだと思う。
転生してから、最初に出会った三人の一人で、この世界の私に『名前』をくれた人。
最初の最初。
この世界のまだ右左も無茶して、イノシシに引かれかけた時に助けて貰って以来、何度も命を助けられた。
最初は北村真理香 二十五歳の意識に引っ張られて、可愛い守るべき子ども、としか思えなかったけれど、だんだんにそれは自分でも自覚、分析できるくらい変化してきた。
『精霊の獣』
全ての人と精霊を守る使命を持った受肉した星の精霊戦士。
この世界に『平和』と不老不死を齎した勇者の転生でありながら、それを誰よりも悔いていて、正そうとする優しくて強い男の子。
私には自分の事を大切にしろって怒る癖に、自分の事はいつも二の次で、私達を守るならどんな無茶もやり、必要とあれば平気で命を投げ出してしまう危うさを秘めている。
『精霊の貴人』の転生である私と対のような存在だというけれど、五百年間の記憶をもって死と転生を繰り返すリオンは私なんかよりもずっと強い覚悟と決意を持って戦っている。
そんな彼にこの世界で生きる「マリカ」は恋をしたのだ。
私は向こうの世界では男性とお付き合いする間もなく仕事一筋で生きて来た。
学生時代も、女子校と女子短大でそういう縁はキレイさっぱり無かったので多分、これが北村真理香とマリカ、どっちにとっても初恋。
さらに前の『精霊の貴人』は記憶にないのでノーカン。
多分、巫女とか神様的な未婚の女王様のようだったので、恋とかはしてなかったんじゃないかと思う。
初恋は実らないというけれど、別にお付き合いしたい、具体的な肉欲がどうこうとかそういうのではないのだ。
多分。
ただ、私にとってリオンが大事で、一緒に生きていきたい。
彼が背負う重荷を一緒に分け合っていきたい。
そう思うだけ。
リオンは私の事をどう思っているのだろうか?
聞く勇気はまだちょっとない。
嫌われていないとは思う。
キスを…その…二回したし。
思い返すと頬が紅くなって、頭と胸が熱を帯びる。
でもあれは、どっちも私の心と身体を助けてくれたリオンの優しさだとも思うので、きっと恋人のように思い合ってのキスではない。
いつか、そうなれたらいいな、と思うけれど…。
そういえば、と思い出す。
エルフィリーネが言っていた「アルフィリーガのことをお願いします」というのはどういうことなのだろう。
リオンに私が助けられる事はあっても、助けてあげられることは少ないように思う。
エルフィリーネが心配するほどの何かがリオンにあるのだろうか?
前より明らかに強くなっているリオンを、私は助ける事などできるのだろうか?
「きゃっ!」
突然馬車が揺れて、止まる。
腕のいい皇王家の御者さんにしては珍しい。
「どうした!」
リオンが御者席近くの小窓から叫ぶと、悲痛な声が返ってくる。
「申し訳ありません。孤児院の門が閉まっていて、側に変な男が」
「変な男? マリカ。俺がいいっていうまでに外に出て来るな。顔も出すなよ」
ひらりと、まるで飛ぶように席を立ち扉を開け、リオンは馬車から飛び出て行った。
出がけに窓のカーテンをキッチリ閉めて行ったのは大雑把なように見えて、細かい所に気を配るリオンらしい。
顔を出すなとは言われたけど、外の様子は気になって窓からそっとカーテンを開けて覗く。
「マリカ様!」
心配そうなセリーナの声を気にしないで顔を覗かせると、門扉の前に確かに不審な影。
怪しい薄汚い身なりの男が中に向けて声を荒げていた。
「妻と子どもを返せ!」
と。
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