アル失踪から三日目の夜。
私は四人で今後の事について話し合っていた。
大神殿 神官長の執務室。
中にいるのはフェイとリオン、クラージュさんと私。
カマラは外で見張りをしてくれている。
「やはり、アルを誘拐したのは『神』の手の者でしたか」
深く、息をつくフェイ。
フェイは全世界の神殿、その神官を纏める神官長だけれどもある意味世界で一番『神』への信仰を持っていない神官でもある。
儀式や式典はそつなくこなすけれどここ二年。大神殿に『神』が降臨したことはないし姿を現してもいない。本当の大神官 フェデリクス・アルディクスと前の神官長を失ってからこの大神殿を完全に見限り、直属の部下、というか『子ども達』を動かし始めたようだ。
世界に何人いるか解らないけれど、そのうちの二人がヒンメルヴェルエクトのオルクスさんと公子妃マルガレーテ様なのは多分確かだ。
さっきかかってきた通信鏡からしてもほぼ間違いないと思う。
ちなみにゲシュマック商会や、アルケディウスの騎士団。加えて現場となったシュトルムスルフトも商売がらみの怨恨など線はないか、かなり真剣な捜査を今も続けてくれている。
ただ、今の所めぼしい情報はおろか、目撃証言も何も出ていないと聞いている。
金銭目当て、商売関係のトラブルだったとしたら、おそらく犯人側からの接触があるだろう。アルはゲシュマック商会直通の通信鏡を一つ持って消えた。
犯人がそれを使って連絡してくるかもしれないと、ガルフはほぼ徹夜で対応にあたっているようだ。
「そういうことみたい。はっきり誘拐したっていう言質が取れたわけでは無いけれど」
「油断でしたね。アルを奪われたら危険だ、と警告された時点でもっと真剣に対応を考えるべきでした」
「彼らも長い間、機会を窺っていたのでしょう」
「アルの事に気付いたのはいつからだ?」
「もしかしたら、って意識したのは多分最初の訪問の時かな?
随分、アルの事を褒めていた気がするし。
確信を持ったのはきっと進水式での戦いぶりを見た時かも」
アルは王族などから見れば、有能だけれど一商人に過ぎないし今まであまり表舞台に出ることは無かった。
となるとやっぱり進水式だろう。
オルクスさんとマルガレーテ公子妃が両方揃っていたこともある。
まあ、そんなことはどうでもいいけれど。
「しかし、ナノマシンウイルスに、エイリアンの襲来。最後の『地球人』ですか。本格的にSFじみてきましたね」
「SF?」
「いえ、失礼。独り言です」
クラージュさん、元海斗先生の吐息にフェイが首を傾げる。
リオンやフェイには解らないだろうけれど、私も同意見だ。
SF スペースファンタジー。
機械や宇宙などが纏わる近未来物語。
私達の記憶に残る二十一世紀からすれば、ここは近未来どころではなく千年以上未来のようだけど。異世界転生ファンタジーではなく、SFチックな異世界開拓史だったとは。
「私達の転生も、偶然、ではないのでしょうか?」
「当然『星』の意図あってのこと、でしょうね。ただ……どうにも釈然としなくて」
「何が、ですか?」
「起点の問題ですか?」
「流石、フェイアルの後継者」
「起点?」
腕を組んでいたクラージュさんは、用意しておいた紙にペンを走らせる。
「私達は、どこを起点として転生したのか、ということです。
二十一世紀、北村真理香先生と片桐海斗が先なのか。それともこの世界アースガイアの『精霊の貴人』女王マリカとクラージュが先なのか?」
紙には三組の男女が少し間を開けて書かれている。
デフォルメされているけれど、私とクラージュさんだと解る三頭身キャラ。
しかも真ん中のキャラは金髪っぽく、前と後ろのキャラは髪の毛が黒くしてある。芸が細かい。
「海斗先生、絵が上手ですね」
「どうも。けっこう手が覚えているものです。
それはさておき、つまりですね。
私という魂のスタートは、このアースガイア生まれの人間。
剣士クラージュなのは間違いありません。精霊国とは関係ない両親の元人間として生まれ育った記憶が確かにあります」
彼は中央に書かれた男性をくるりと返したペンの尻で叩く。
その横に立っているのは金髪の精霊女王『精霊の貴人』マリカ。
「その後、『星』に見込まれ転生者となり、マリカ様と一緒に異世界に転生したのだと思っていました」
その二人をぐるっと丸で囲んで、後ろの方に線の矢印を引くクラージュさん。
「当時は転生者の記憶がありませんでしたし、何故、二十一世紀の日本に転生したのか戻って来ても解りませんでしたが、マリカ様が教えて下さった『精霊神』様の話からするとおそらくは私達が転生した時期が、地球にとって最後に近い平和で、文化や科学が花開いた時期だったのだと思われます」
「リオンが言ってくれた時があるんですが、私はこの世界の生まれで、知識を得る為にその世界に転生したのではないかって」
私が異世界転生者の記憶を取り戻して魔王城での生活を始めた最初の冬。
異世界の話をした私にリオンがそう言ってくれたことを今でも覚えている。
あの時、私はこの世界で生きて行こうと決めたのだ。
「その可能性はあると思います。ただ、私達の記憶の中にコスモプランダーの襲撃はありません。俺、片桐海斗の記憶の最後は西暦2020年です。マリカ様は?」
「多分、2021年、ですね」
「つまりその後にコスモプランダーの襲撃があったということなのでしょう。
ですがそうなると私達は地球の過去に行けた、ということになりませんか?」
「あ、そうですね」
「タイムマシンよろしく、過去に行けたのならコスモプランダーの襲撃を止める、ことはできなくてもなんらかの策を講じて被害を少なくすることができたのではないか。と思います」
「この世界が先だとしても、私達にあの当時転生前の記憶、無かったですよね」
「だから、転生の起点はどこにあるのか。なのです。
そもそも、何故、転生先が北村真理香と片桐海斗であったのかも謎です。自虐と言われるかもしれませんが、田舎の保育士二人が何故?
もっと科学者とか、料理のプロとか記憶を持ってくる為だったらいい人物はそれこそたくさんいたでしょう」
「……転生じゃ、ないのかも」
「「「え?」」」
そこで、私は思い出した。
大神官になると決めた時のエルフィリーネとの会話を。
「以前、エルフィリーネが言ってたんです。今の私は歴代の『精霊の貴人』のアップデート。
『精霊の貴人』の魂に北村真理香の心をインストールしたようなものだって」
「彼女が、本当にそんなことを? そんな言葉で?」
「ええ、その頃から彼女も向こうの世界と何か関係あるのかな、っては思ってたんですが」
「つまり、マリカとクラージュ殿はこの世界に生まれた『人型精霊』の身体に、異世界人。
『精霊神』や『神』『星』と同じ時代の人間の記憶を与えられて生まれてきた、ということですか?」
「でも、どうやって……、何の為に?」
そういうのはツッコまないのがお約束、というものなのだろうけれど。
異世界からこちらの世界に来た時に、魂も連れてきたのだろうか?
「それに疑問は解決してませんよ。どうして北村真理香と片桐海斗でなければならなかったのか?」
そう。自分で言うのもなんだけれど、私は平凡な一保育士だった。クラス担任こそ任されていたけれど主任とかましてや園長とかではない、あきれるくらいの一般人。
まだ、海斗先生の方が剣道五段の現代では貴重な剣士として求められるのは解るのだけれど。
「北村真理香でなければならなかった。特別な力があったから。
とエルフィリーネは言ってましたけど」
「超能力でももってたんですか? 真理香先生」
「まさか?」
生きてから死ぬまでそんな能力らしいものは無かった。
それは、断言できる。
私は頭も凄く明晰というわけでは無かったし、美人とか運動神経がいいとかでも無かった。
本当に十人並みの保育士に過ぎない。
自分で言ってて悲しくなるけれど。
唯一の自慢は、健康で一度も病気にかかったことが無いくらい……あ。
「とにかく、そちらの話は後にしましょう。今はアルをどう取り戻すかです」
「そうですね。マリカ先生。この件については後でゆっくり考えましょう」
「あ、はい」
海斗先生はくるくると、手早く絵を巻いて片付けてしまった。
と同時、私の中にあった気付きはシャボン玉のように、弾けて消えてしまったのだ。
凄く、大事な事だったような気がするのに。
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