正直、ビックリした、というか見惚れた。魅入った。
リオンの正装、騎士姿は何度も見てきたけれど。
アルケディウスの民族衣装、チェルケスカはちょっと精悍な感じのするシンプルなタイプなのでカッコいいと思ってもここまで見惚れたりしなかった。
いや、それでも見惚れたことは何度もあったけれど。
でも、今回はレベルが違う。
今までは、どこか少年、子どものイメージで服が身の丈に合っていないというか、子どもが騎士の服装を頑張って着ている。という印象があった。
それでもカッコよかったんだよ。十分に。
でも、今はほぼ完成された戦士の肉体を、騎士の正装が覆っている。
服は黒を基調にしたロングコートにベスト。
サテンか、それともシルクかな?
どちらも金で縁取られ美しい刺繍が施されている。膝下の皮のブーツも黒、マントも黒で裏地の真紅まで、息を呑むような精緻な作りだ。白いシャツと胸元を止めるタイ留めのブローチ。紫水晶かな。透明感があって星の様だ。
でも、その衣装はあくまで主役を引き立てているもの。
艶やかな夜の髪、露に濡れた黒曜石のような瞳、
端正で整った顔立ち。美しくある事が定められた精霊の輝きを全身に纏った『主役』にして主。
リオンを。
うわー、凄い。これは騎士を通り越して王子様だ。
貧困な私の表現力ではそれ以上言いようが無いんだけれど、女の子が一度は憧れ夢見る王子様。そのものがここにいる。
心臓がおかしい。ドキバク妙な音を立てている。
身体も頬もなんだか熱い。
「は、初めて見ました。新しい服、ですか?」
「はい。今までの礼装がきつくなって着れなくなってしまったので、急遽作り直して貰いました。成人式前に勿体ない、とも思ったのですが
『マリカ大神官をエスコートする騎士団長が、恥ずかしい格好をしていいのですか?』
とフェイに押し切られまして」
やっぱり身長とか体格変わってたんだ。
本当にぐっと大人っぽくなっている。
「とても……良く似合っていると思います」
「ありがとうございます。マリカ様も、とても美しい装いで純白のロッサの花のようです。
その傍らに立てることを、光栄に思います」
「今日は、よ、よろしくお願いします」
どこか上ずってた自覚はあるけれど、とりあえず、挨拶をして馬車にエスコートして貰う。
リオンは馬に乗っていくので、私を馬車に収めると外に出て扉を閉めてくれる。
私の胸の鼓動が落ち着くより早く、走り出す馬車。
中にいるのは私と、私の侍女兼魔術師のセリーナ。そしてカマラだけだ。
「お、驚いた。なんだかリオン、いつもと全然、違って見えた~」
「そうですね。大祭の精霊ともまた違って、優美で華やか。それでいて頼りがいのある騎士の風格を漂わせて」
「こう申し上げては失礼ですが、諸国の王子様達にも引けを取らない美しさで会ったと思います」
「うん。そうだね」
今まで、七国の王家で王族とお会いしたけれど。
どの国の王子様、公子様も平均以上の整った容姿をされておられたけど。
拙い。各国の王子様達の顔が思い出せなくなるくらい。
さっきのインパクトは強すぎた。
大人になったリオンの姿なんて何度も見ているのに。
でも、あの時はいつも普通の服だったか。
服装とか、衣装の力って強いんだなあ。
と他人事のようには言っていられない。
「マリカ様と、リオン様。
二人はとても良くお似合いです。並び立たれたら本当に皆が息を呑む一対となりましょう」
「そ、そう? リオンの隣に立って、私、恥ずかしくない?」
「むしろ、マリカ様以外の誰もリオン様の隣に立てませんわ」
なら頑張ろう。
少なくとも、あのリオンの隣に立つに相応しい淑女だと思って貰えるように。
私は、背筋を伸ばした。
「ほほう……これはこれは」
出立前の御挨拶に向かった皇王陛下の前に立つと、居並ぶ貴族や騎士達が騒めいた。
私を見て、か。リオンを見て、か。それとも両方かは解らないけれど。
「これは、なかなか良い出来だ」
皇王陛下は意味深に笑う。
貴族達には『大祭の精霊』や『精霊の貴人』とか解らないから、逆に外見のみで見ているだろうけれど、皇王陛下は私達の正体を知っているからね。
「アルケディウス生まれの精霊花二輪。
また諸国に自慢できるな」
「やれやれ、私は参加しなくて良かった。あれと並ぶことになっていたらメリーディエーラの機嫌がどれほど悪くなっていたか」
「トレランス!」
皇王陛下の両脇には二人の皇子が立っている。
今、笑っていたのは第二皇子のトレランス様。
因みに第三皇子であるお父様はリオンを見て、別の意味で笑っている。
嬉しそうで、愉しそうな満面の笑みだ。
お父様、リオンを飾るのが結構好きみたいなんだよね。
リオンの服や武器防具の半分はお父様の財布から出てる。
「マリカ。進水式典にはアルケディウス代表としてケントニスがアドラクィーレと共に出向いた。気を付けてやってくれ」
「かしこまりました」
不在なのは第一皇子のケントニス様。
普通の来賓は馬車で向かうことが多い。
遠い国はけっこうお高めの利用料を支払っても、大聖都の転移陣を使っていったけれど、アルケディウスは隣国だからね。
権威を示す為に馬車で行ったそうだ。
皇王陛下は私が大神殿に入る前、ケントニス様に三年の内に分裂した大貴族達の派閥を纏め、皇王としての器を見せて見ろと言った。
そしたら皇位を譲る、と。
もうじき期限になると思うけれど成果はどうなのだろうか?
「リオン。体調はもう大丈夫なのか?」
「いろいろとご心配をおかけしましたが、もう完全に復調しております」
「なら良い。マリカを頼んだぞ」
「わが命に代えましても」
そうして、私達はアルケディウス神殿から、大神殿を経由してフリュッスカイトに向かった。
大神殿でアルとエリセと合流。
二人はゲシュマック商会の科学技術部代表だ。
「マリカ様、リオン兄、いえ、リオン様の衣装はいかがでしたか?
ゲシュマック商会が仲介して、シュライフェ商会が現在、持てる力の総力を挙げて作ったと言っていましたが」
「やはりプリーツェのデザインだったのですね。
リオンにとても良く似合っていると思います。
正直、ドキドキしました」
「商会長や針子達も喜ぶと思います」
アルがしてやったり、という顔で微笑む。
場所は違うけど、フェイもどこかドヤ顔だ。
二人が『戻ってきた』リオンの為に総力を挙げて準備したのか。
お父様も多分一枚噛んでる。
なら教えておいてくれれば心の準備ができたのに。
まだ、高鳴りが収まらない心臓を大きく深呼吸。
少し鎮めて、私は神殿の者達の前に真っすぐ立った。
「では行ってまいります。進水式の後は交流の宴が行われる予定なので、帰りは明日になると思います。留守をお願いします」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
フェイや皆に見送られて、転移陣からフリュッスカイトに向かう。
「マリカ様、お久しぶりでございます」
「ソレイル様もお元気そうで」
私達を出迎えてくれたのはフリュッスカイトの公子にして王族魔術師ソレイル様。
科学会議のフリュッスカイト代表として良く大神殿に来ていたのだけれど、前回は大公メルクーリオ様がいらしていたから、暫くぶりだ。
「今日のマリカ様は本当にお美しいですね。
正しく『聖なる乙女』『宵闇の星』
エスコートできないのが、とても残念です」
横に立つリオンに少し肩を竦めながら、ソレイル様は私達を馬車へと促した。
二の水の刻に合わせて儀式が行われるので、私は迎えの馬車に乗って造船所のある港に向かう。
フリュッスカイトの城壁の外。
前に見せて貰ったゴンドラ工場とは違う、海沿いの開けた土地にその港はできていた。
そして、私は馬車越しに見ることになる。
「わああ~、大きい!」
中世異世界に生まれた、新技術。
機帆船 フォルトゥーナ号を。
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