私は誰もいなくなった大広間を見て大きく息を吐いた。
ここまでに一年半。
少し寂しいような、嬉しいような。そんな気分だ。
いや、間違いなく嬉しいのだけれど。
私がお風呂場でぶっ倒れるという大失態をしでかしてから三日が過ぎた。
もう完全に体調は戻って、絶好調。
その間、子ども達は私がいなくても、本当にちゃんと毎日を過ごしてくれていた。
自分で着替え、遊び、勉強し、ご飯を食べて、お風呂に入って寝る。
当たり前の生活習慣が、最年少のジャックやリュウにも身についていたことが嬉しく、ホッとした。
「みんな、自分の事が自分でできるようになってきたのなら、お部屋に行こうか?」
「ホント!」「いいの?」
「うん、みんなを信じるよ。もう冬だし、ベッドでしっかり寝た方がいいと思うし」
元々、子ども達を一か所に集める、というのも考えてみれば私の都合だ。
できることは任せてもいい。
やらせてみて、できなかったらその時また考えよう。
なので、年中組 クリス、ヨハン、シュウを三人部屋に。
年少、未満児組 ギル、ジョイ、ジャック、リュウを四人部屋にすることにした。
私も改めて寝室をもらう。
住居棟、女性部屋の一番奥。
何かあったら、どっちにも駈けつけられる距離だ。
「ギルたちの部屋はアル達の部屋の隣ね。年中組はそのまた隣」
男子部屋は三つ並べる形になったので、互いに声を掛け合って困った時は助け合えると思う。
「何かあったら、私の部屋か奥のリオン兄たちの部屋に行く事。
どうしても困ったら、エルフィリーネを呼べば助けてくれるから」
「うん!」
大広間に置いてあったロッカーをばらして組み立て直し、各部屋に置く。
まだ部屋にある豪華タンスより、こっちのほうが使いやすいと思う。
年中組の部屋にはベッドを一つ増やし、年少組の部屋には二つのベッドがあったので、そのまま使う事にした。
まだ年少組には一人一つの天蓋付きベッドは寂しいし大きすぎると思うから。
かくして、大広間にみんなで寝ていた生活は終わりを迎え、それぞれが自分の部屋で夜を過ごせるようになった。
今は冬だし、日中は大広間に集まって過ごすけれど。
「そうなると、時間の区切り、時計が欲しい所…」
ごはんや、みんなが集まる目安に時計が欲しいと思った私は、秋にガルフが置いて行ってくれた時を刻むカラクリを取り出してみた。
動かすのに精霊力が必要、という話だったのだけれど…。
「ふむ…」
みんなと一緒にからくりを見つめる。
「歯車が中の小さな振り子と連動しているようですね。
振り子の動きで、時間を正確に刻み、外の針で視覚化する。なるほど…」
中の蓋を開けてどうやら、構造を大よそ理解したらしいフェイが頷く。
私には解らない。
向こうの世界でテンプとか調速機とか聞いたことがあるような気がするけど構造理解まではしていなかった。
でもフェイの口ぶりからすると大きく変わってはい無いようだ。
「精霊力が必要っていうのはどこ?」
「多分、振り子を動かすことと安定させること、ですね。
精霊がいないとすぐに止まってしまうでしょうが、精霊が力を貸せば半永久的に動き続ける」
「精霊をずっと拘束することになっちゃう?」
「多分これくらいなら負担にもなりませんよ。空気、風の精霊はどこにでもいますから起動させてしまえば、止めるまで空気中に置く限りずっと動き続ける」
「へえ、すごいね」
「すごいね。おもしろいね。これ!」
フェイの真横ではシュウが黒い目を輝かせて構造を見つめている。
やっぱり、機械とかも好きらしい。
「動かせる?」
「やってみましょうか?」
基準時間が解らないけれど、一四時間のスタートを深夜に置くなら最初の七刻の終わりがお昼。
午前午後が解りやすいと思う。
「じゃあ、お昼に二回目の七刻の始めを合わせて」
「解りました」
フェイが杖を使って風の精霊に働きかける。
カチン
軽い音がして振り子が動き始め、あとはカチカチカチカチと、私の良く知るリズムで音を刻み始める。
「これで、生活の目安ができるかな?」
時間にあんまり縛られすぎるのも良くないけど、子ども達には目に見える目安があったほうが、動きやすく解りやすい時もある。
体感、一刻が二時間ちょっとかなあ、と思うので一の三刻頃に起きる、二の一刻にお昼。二の六刻までには基本、全員寝る。
という形で生活してみる事にした。
勿論、そんな正確に時間に追われるつもりはないので、多少の遅れはアバウトに対応する。
からくりは大広間の飾り台に置く。
みんなが一番集まり、見やすい場所だから。
「このからくり部屋にもあるといいのにな」
「構造が相当に複雑ですし、パーツも細かい。ガルフの口ぶりだと相当に高いもので個人の家にいくつも置けるものではないのでしょう」
「都市などでは鐘の音などで時間を知らせているって言ってたものね」
私達は軽くそんな会話をしていた。
だから、シュウの輝く、輝きすぎる目にこの時、まったく気付いてはいなかったのだ。
その日の夜、けっこう遅い時間だった。
「うわああっ!」
お風呂まで響く大声に、私は驚いた。
あ、ちなみに当分一人でお風呂に入るなと怒られたので、エリセ、ミルカと一緒。
もう大丈夫なのに、信用がない。ぐすん。
そうじゃなく!
「クリス! どうしたの?」
大急ぎで着替えて、悲鳴の元。
大広間にやってきて、私は愕然とした。
「なにやってんだ。シュウ! それ、大事でとんでも高いカラクリだぞ!」
クリスが驚くのも当然。
食事用の大きなテーブルの上には、びっしりと歯車や部品が並べられて、時を刻むカラクリは完全分解されていたのだ。
まるで内臓をとられた獣のように、カラクリ時計は外箱だけになっている。
無惨。
「どうやって解体したの? シュウ?」
私はやりきった顔で満足げなシュウの手元を見る。
あ、鏨だ。
彫金用の鏨は先が細くてドライバーのような形をしている。
それを工具代わりに使って解体したのか。
「すごいおもしろい!!」
目をキラキラ輝かせて、部品を見つめるシュウ。
なんだか、怒るに怒れない。
「壊さないで、大事なものだから触らないで、って言うの忘れてた。
待ってて、今フェイ兄を呼んでくる。フェイ兄なら構造覚えてて直せるかも…」
「? 今、元に戻すよ。まってて」
「え?」
首を傾げる私の前でシュウは小さな指で、精密に部品を組み立てていく。
驚くスピードと正確さだ。
「速いな」
「ええ、それに正確です。正しい位置にちゃんと部品を入れている」
いつの間にか後ろに来ていたリオン、フェイ、アルやアーサー達もあっけに取られているうちに、まるでパズルの最後のピースをはめ込む様に組み立てられた機械は外箱に収まった。
ネジや歯車の余り部品もない。
「なおった!」
「フェイ」
「解りました」
フェイがさっきと同じように精霊に働きかけると、時計はカチコチとさっきと同じように正確なリズムで動き始める。
「すごいな。シュウ。ちゃんと元にもどった…」
「ちゃんとバラしたあと、元にもどすつもりだったんだよ。クリスが大声だすからみんな、びっくりしたじゃないか」
膨れっ面でクリスを睨むシュウ。
「いや、ビックリしたのはクリスの声じゃないんだけど…」
「マリカ」
言いかけた私の方をフェイが見る。
「なに?」
「材料があれば、同じものを作るのはマリカのギフトならできますね?」
「うん、できると思うけれど…」
「アーサー。秋に作った鉄板をここに持ってきて下さい」
「なんで?」
「いいから、早く!」
「はい!!」
駆け出すアーサーには一瞥もくれず
「シュウ。もう一度、解体して元に戻せますね」
「うん。できると思う」
「じゃあ、もう一度時計を解体して、さっきと同じようにパーツを机の上に並べて下さい」
「いいの?」
「はい」
「やった!」
今度はフェイの許可を得て満面の笑顔でシュウは機械を分解していく。
丁寧に一つ一つ外した部品がまた机の上に並ぶ。
「マリカ。シュウが外した部品と同じものを一つ、いえ、二つずつギフトで作ってこちらのテーブルに並べて貰えませんか?」
「あ、うん」
アーサーに取りに行かせたのは複製用の材料だったのか?
持ってきてくれた鉄板を細かい板にして。それに触れながら、シュウが外した部品の形に鉄板の形を一つ一つ変えていく。
くりぬく、というのが早いかも。板を部品と同じ厚さにしてからパーツの形に抜き出したのだ。
時間はかかったけれども、多分全部のパーツと同じ大きさの部品を作ることができた。
「はあ、疲れた~。このくり抜いた余りどうしよう」
「後で考えましょう。それよりシュウ」
「なあに?」
「そっちのパーツでは無く、マリカが作ったパーツを同じように組み立ててみて下さい」
「わかった」
シュウは嬉しそうに楽しそうに、鼻唄交じりでパーツを組み立てていく。
「大きさとか、ズレてない? 大丈夫そう?」
「きっとだいじょうぶ~。同じ手ざわりだよ」
そして、さっきとほぼ同じくらいの時間でシュウは本物とほぼ同じ大きさのコピーを完成させる。
「それを箱に入れて」
「はーい!」
同じ大きさなので、ぴったりと機械は箱に収まる。
そして、同じようにカチカチと音を立てて動き始めた。
「元の機械も組み立て直しを」
「りょーかい!」
これで三回目だというのに、シュウの指は疲れを見せない。
むしろ慣れて来たせいかスピードを上げて組み立ては進む。
「そういうことか」「ええ、多分」
この頃になって私もようやく解って来た。
「でーきた!」
「外箱は後で作りましょう。とりあえず…」
フェイが最初のカラクリも起動させると二つの機械は少しの狂いも無く同じ時間を同じテンポで刻む。
「すごい。同じのが二つ…」
驚くクリスの横でリズムに合わせて首を動かし、楽し気なシュウに、フェイは目を合わせた。
「シュウ。今、自分がやったことが、特別な事だと理解していますか?」
「え? なに? なにが、とくべつ?」
「機械の解体と、復元。
シュウ、君は機械の構造…部品をどこに置くか、入れるか、填めるか、覚えていますね」
「うん。わかるよ。おぼえてる」
「それは普通の人には解らない、…特別なことなのですよ」
「そうなの?」
「ええ。おそらくシュウのギフトです」
「お前と同じ能力か?」
二人を見ながらリオンが問いかける。
「いいえ、後で検証が必要ですが多分、シュウの記憶力は機械やものの構造に特化している可能性が高いと思います。
僕のように見たもの全てを記憶するのではなく、物の構造のみ記憶する。
そして範囲が限定されているかわりに、再現する能力をも最初から有しているのではないでしょうか?」
「?」
「つまり、工作が大好きなシュウは、ギフトを使っていろいろなモノをこれからも作れるってこと」
「ホント?」
意味が分からず、首をかしげていたシュウは、私の助け舟にやっと理解ができた、というように破顔する。
「籠作りや、木工、燻製機の構造の覚えの早さもそういうことだったのかな?」
「ええ、多分。本人のやる気次第ですが機械知識や、道具の使い方を覚え身に付ければ解体、復元だけではなく改良とかもできるようになるのではないでしょうか?」
「それは助かるな」
「ぼくにも、ギフトがあるの? みんなのやくにたてる?」
インドア派で今迄あまり目立たなかったシュウだけれど、やっぱり同年の仲間がギフトに目覚めた事が気になっていたようだ。
「ええ、とても役に立つと思います。
素晴らしい能力ですよ」
フェイに褒められて、くすぐったそうにシュウは笑う。
とっても嬉しそうだ。
「とりあえずカラクリは三つもあれば十分でしょう。
大広間と、男子棟の廊下と女子棟の廊下。マリカ。残り二つ分の外箱を作る材料をお願いできますか?」
「解った。シュウ。新しい時計の外箱作るのはシュウに任せてもいい?」
「いいの? ぼくが作って」
「うん。シュウが好きに飾り付けてOK」
「わーい!」
完成したシュウの作った時計は、なかなかのセンスで、良い彫刻もされていた。
正直オリジナルよりもずっといいと思う。
魔王城で最高級の彫刻や絵を見てきているから、きっと美的センスも育っているんだというのは親バカ。
ならぬ保育士バカだと思うけど。
それから、冬の午前中の遊びに木工あそびも加わった。
トンカチとくぎを使って箱を作ったり、踏み台を作ったり。
自室のお片付けに役に立っているようだ。
いつか機織り機の構造を再現できたらお城で布も作れる様にならないかな? と野望はどんどん広がっていくのであった。
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