ノアールとの会談の後。夜。
「それで? その提案を受けたのか?」
「言質による返事の必要は無いと言われました。
もし、協力してくれるなら、その日、彼らの思惑の通りに動いて、リオン。マリクを誘導して欲しい。と」
「今一つ信用できんな。怪しすぎる」
私はカマラ、セリーナ。そして精霊獣様と一緒にお父様に事態の説明に向かった。
大聖都には一日帰国が遅れると連絡済みだ。
「そもそもだ! 何故、ノアールからの連絡があった時点で知らせない!」
話を聞いた途端、お父様の雷落下。
思わず肩を竦めてしまう。でも、まあ、仕方ない。
私が悪い。
「私達が連絡を受けたのが、魔王城から戻ってきた一の空の刻だったんです。
指定時間が二の火の刻だったので、もう時間もあまりなかったので、ガルフの店と連絡を取って、万が一にも魔性が店を襲ったりしないように手配したりして。
バタバタしていたら、お知らせして判断を仰ぐ時間がありませんでした。すみません」
だって、私は確信犯でお父様への連絡を遅らせたから。
話が行けば絶対に事が大きくなり、ノアールを捕まえるとかそんな方に話が行くと思ったのだ。
「まったく。もっと早く分かっていたら周囲に騎士団を配備して逃がさないように対処できたのに」
「それは、止めた方がいいと思います。騒ぎになる可能性が高いですし、ガルフの店を荒らしてしまうかもしれないし。
何より、人質、というか盾がいましたから」
「盾、か」
この場合の人質、というのは私の事では無い。
ノアールが連れてきた少年従者君。
彼はノアールに心酔してる感じ。拾われた孤児だと言っていた。
もしノアールに攻撃をしていたら、身を挺して庇っていただろう。
「魔王達には外界と彼らを繋ぐ協力者がいるのか?」
「その可能性は高いと思います。
『神』の協力者。ヒンメルヴェルエクトで聞いた『神の子ども達』かもしれませんが。
ただ、二人暮らしって言ってましたから魔王エリクスの城には入れないようですね」
話の端々に彼女達が島に籠っているだけではなく、外に出てきて買い物をしたり、情報収集をしたりしている様子が伺えた。
彼女達の活動資金を『神』が提供しているとしても、仲介者がいることは間違いない。
例えば『精霊神』様が、直接お金を支給するなんてことはしないし、できないと解っている。
『協会のお布施も僕のモノじゃないからね。その場合には、君に宝石とかレアメタルとかの鉱床を教えて売って貰うとか、へそくりの場所を伝えてそこから出すとかになるかなあ』
「へそくり」
『万が一の為に、ちょっとしたものを隠してあったりする。あ、これは皆には内緒ね。王家の子達にも。今は必要ないし当てにされても困る』
「情報や代償を貰って現世のお金を調達してあげたりしているのかもしれませんね」
「『神の子ども』の一人と思われる人物は宮廷魔術師だと言っていなかったか?
各国の王家に『神』の手のモノが入り込んでいるのか?」
「『神』の直属だけじゃなく、『魔王』も配下を作って仕込んでいるようです。
今日同行してきた子もそうですし、リオンの怪我の時の偽情報を送ってきた人とか。逆にこちらの情報を送っている人もいるのかもしれないと思います」
ノアールは私の侍女として王宮のかなり奥深くにまで入って色々な組織体系などを見ている。そこから隙を見つけてお金や力を使って情報を集めている可能性は十分にある。
彼女は自分達を『神』の下請けと言っていたけれど、その直接の仕事量は決して多くない。
直接の仕事をスムーズにする為の、下準備や調査などに時間をたっぷり使える筈だ。
もしかしたらお金や人員も。
「農村や悪人の元で使われている子どもを保護し、教育などを与えることで『魔王』に忠実な子どもを育てることは不可能ではないと思います。
アルケディウスの王都ではだいぶ浮浪児や廃棄児は減り、各国でも取り組みが広がってきていますが、全てに手が届いたとは思っていませんから」
近年、子どもの出生率は右肩上がりで上昇している。
王都の孤児院で出産が把握された子どもはこの二年で五十人以上。
把握していない各領地でも何人かずつは確実に生まれていて、そのうちの何人かが保護の手から零れていたら。
彼らに救いの手を伸ばしてくれた『魔王』達を悪く言うことはできない。
「リオンを刺した子は盗賊団に拾われて、悪事をさせられていたのだそうです。
私達もそういう裏方面の情報も集めた方がいいかもしれないですね」
私の情報網は主に各国王族と神殿など光の方向なので、闇や裏の方には少し疎い。
以前、圧力をかけた奴隷商とかグローブ一座がフォローしてはくれているけれど。
「まあ今の『魔王』達は、本人達が言うように『神』の為に力を集めて届ける下請けだ。
本格的に人間に危害を加えることは少ないだろう」
「奪われた精霊の力も殆どの場合は『精霊神』様や私の祈りで取り戻せる範囲内ですし。
計算して私達が本気を出さない程度にしているんでしょうか?」
「そうかもな」
強敵だ、と思う。
と同時に『神』が本気で目的の為に動き出した時、魔族と名乗る彼らはどう動くのか?
『神』の敵を最後まで演じ続けるのか?
それとも『神』の配下としてその目的を叶える為に動くのか?
よく解らないだけに不安も大きい。
「まあ『魔王』達の動向については今後も注意深く観察を続けて行こう。
それより、今、どうするか決めるべきは奴らからの提案の方だ……。
受けるつもりなのか?」
「今の所は、そうしたいと思っています」
現魔王達は『神』にとっての下請け業者。
腹心である前魔王がいないから、代わりに仕事を任せているに過ぎない。
前魔王が戻るなら、そちらに任せたい気持ちがあるのは当然の事。
でも、今まで優遇されて仕事を貰って、自由にやって来た下請け業者にいきなり社長の息子が来て、仕事を取り上げる、と言ったら。それは絶対嫌だろう。
ノアールにしても二人だけの愛の巣に、邪魔者が入ってくるわけだし。
マリクの魔王就任はなんとしても阻止したい。
その為に、マリクを封印してリオンを助け出したい私達と利害関係は一致している。
「マリクを封印し、リオンに人格を戻す方法は聞いて来たし、品物も貰ってきました。
ただ、それを実行に移す為には『リオンを極限に近い所まで疲労させないといけない』んですよ。
その上で、薬を飲ませる。私達だけでは……その、かなりハードルが高いなあって」
「どうした? 顔が赤いぞ」
「な、なんでもありません」
今はマリクが主導権を取っているリオンの身体。その中に入れられた『神』の力を貰った薬で弱め『星』の力を高める。体内で抵抗しているであろうリオンが人格の主導権を取り戻す事はマリクが疲労し、力を失うほど、成功率が高まるとのこと。
「リオン様を疲労させ、丸薬を飲ませる。
であれば、一番の適任はマリカ様。
閨で睦み合い、隙を見てというのが確実かと。
であるなら他者の助けなどむしろ邪魔でございましょうが……」
ってノアールは言ってたけど、
「睦みって……無理! 私にはそういうのは絶対無理!」
彼女が何を言っているのか気付いてからは、私はもう顔のほてりが止まらなくなってしまった。
「そもそも、まだリオンともそんな関係じゃないのに!」
「あら? あの人は、男女が互いに愛情を持っているのであれば身体を交わし、確かめ合うのは当然の事と、申しておりましたよ。婚約して数年にもなるのに、まだ一度も?」
「キス……口づけは何度かしたけど、それ以上は……」
「勿体ないですわね。
それに男性を意識し、愛されることで、女性の身体は成長が早まるようです。私もあの人に抱かれるようになってから、女性らしい体つきになったと自覚しておりますし」
「だから! 私はまだ子どもだし。そういうのはまだ早いって……あ、ゴメン」
しまった、とちょっと思った。
目の前にいるのは貴族による性的被害の犠牲者で、否応ない経験を強いられた人物だ。
「お気になさらず。
私は、今、女に生まれた喜びを満喫しておりますので」
でも、ノアールは自信に満ちた表情で首を横に振る。
「生意気な言いぐさと思われるかもしれませんが、女にとって、男を知る前と後は全く違うと言っていい程にあらゆることが変わります。
まあ、奴隷として辱められていた頃は幼かったこともあり、ただただ、辛いだけでしたが今は、彼に抱かれ、愛されていることが本当に幸せであると感じております」
「そういうものなんだ。私には解らないけれど」
「いつかお分かりになる時が来ますわ」
私は向こうの世界でも、結婚はおろか、男性とのお付き合いも殆どないまま異世界転生した。だから、どうしても実感が湧かない。
そういう所が子どもだと言われるのかもしれないけれど。
私は気持ちと試行を切り替え、お父様に向かい合う。
「まあ、その辺の話はさておき、互いに示し合わせて何かをするわけでは無い。
魔性の襲撃に会わせて、リオンを救出してくれと言われただけなので。
フェイやアル、クラージュさんと打ち合わせて、実行します」
「……反対はできないが、リオンに薬を飲ませる為にはお前がその場にいないといけなくなるのではないか?」
「そうですね」
心配そうなお父様。私は頷いて見せる。
「リオン……マリクが見知らぬ人物が用意した薬物の混ざった食べ物などを食べてくれる筈は無いですから。薬も他人に渡したくはないですし」
けっこう大きい丸薬を気付かれずに嚥下させるのは不可能に近い。
だとしたら、一番いい方法は、ノアールじゃないけれど男と女の関係を利用する事だろう。
キスくらいなら……まあ、なんとか。
「解った。必要な援助が有れば言え。出来る限りやってやる」
「その時はお願いします」
「魔王達に気を許しすぎるなよ。
利用されるな。むしろこちらが利用しろ」
「はい。必ずリオンを取り戻して見せます」
こうして魔族との共同作戦が静かに。本当に静かに動き出したのだった。
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