思いもかけず皇子との旅行が決まった日の夜の事。
定時連絡の場で
『あいつは、もしかしたら俺達の五人目の仲間になったかもしれないやつだ』
お忙しい中、時間を割いて下さったお父様は私の質問、
『アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子ご存知ですか』
に頷き静かな声でそう答えて下さった。
意外な返答だ。
「五人目の仲間? ですか?」
『そうだ。所謂勇者アルフィリーガとの魔王探索の旅の中、一時期共に戦った』
五百年前、魔王によって世界が闇に覆われていた時代。
四人のパーティが魔王討伐の旅をしていた、戦士ライオット、魔術師リーテ、神官ミオル、そして勇者アルフィリーガ。
彼らは魔性から人々を救いながら、大陸のどこかにあるという魔王城の島に繋がる入り口を探して旅をしていた。その過程で七カ国+大聖都全てを巡って王族に会う機会もあったという。
『その頃、アーヴェントルクにはかなり強力な魔性がいてな。
知恵は低いが、とにかくでかかった。城くらいの大きさを持つ巨獣だ。
山地に潜み、時折あざ笑うかのように人を襲いに来るその巨獣の退治を皇帝陛下から俺達は頼まれた。その時に、道案内兼助手として手伝ってくれたのが皇子ヴェートリッヒだ。
アルフィリーガと俺の中間位の歳だったんじゃないかな?』
剣は普通よりちょっと上、くらいだけれど弓の名手でパーティにはいなかったタイプ。
巨獣退治に大きく力になってくれたという。
『アーヴェントルクでは、強さを求められてかなり厳しい教育を受けていたらしくてな。
今まで褒めて貰った事が無い。生まれて初めて必要とされた。褒められた。と喜んでいた。
アルフィリーガともけっこう仲良くしてた。まあ、言ってみれば気が合ったんだ』
巨獣退治の後、パーティはアーヴェントルクを離れる事になった。
お父様達は一緒に行かないか、と誘ったけれど、唯一の皇位継承者 父皇帝の許可は下りなかったという。
まあ、皇子が危険と隣り合わせの魔性退治の旅をする、なんてことは常識では考えられない事だし無理はない。
お父様は例外中の例外なのだ。
『本人も、一緒に旅したい気持ちはあったと思うけれど、国を捨ててはいけないと断ったので無理には誘わず別れ、それきりだ』
「その後、お会いになったりしなかったんですか?」
『不老不死社会になって何度か顔を合わせる機会が無かったわけじゃなかったが、俺は仲間全部を失って一人生き残った活き恥さらしだからな。
会って話をして、過去を懐かしむ気にはなれなかった』
なるほど。
だから、リオンもヴェートリッヒ皇子に当たりが柔らかかったのか。
「アーヴェントルクではヴェートリッヒ皇子は、皇族の役目を果たさない遊び人、みたいに思われているらしいんですけど、お父様はそうは思われないですよね」
『無論だ。遊びの戦においても用兵は的確で、悪いが兄上の上をいく。
ちょっと軽薄なところや、アーヴェントルクらしく目的の為には手段を択ばない所もあるが、兵士にも慕われている立派な皇子だと思っているぞ』
お父様はそこで話を切る。
お前が教えてやれば良かったのに、という表情で私の背後のリオンを見るけれど、リオンが肩を竦めて見せれば勇者時代の昔話を話せる状態ではないことを思い出したのだろう。
『不老不死時代になって弓の名手は低い評価を受ける事もあるが、射手は無能じゃ務まらない。
緻密な軌道計算と力配分が必要だ。
無能の遊び人、どころか先の先を見通すことができる世界でも指折りの知恵者じゃないのか?』
最後に正しい評価で結んでくれた。
「解りました。ありがとうございます」
とりあえず、アンヌティーレ様に関わるやりとりは、
「また騒ぎを…」
と呆れられたものの怒られないですんだ。対応も悪くは無い。と。
因みに皇子が逢引、と称した牧場見学は明日水の日に王宮の料理人さんに中日の報告会のメニューを伝え、作り方を知らせ、練習を指示。その日の夜に最低限の随員を連れて出発。
地の日と火の日、牧場を見学して料理法や、食材の使い方を知らせる。
火の日の夜に牧場を出て風の日こちらに戻り、準備を行う、ということに決まった。
けっこう強行軍のハードスケジュールだけれど、私は馬車の中で寝ていける。
大変なのは随員の皆だから文句は言えない。
『絶対に皇女と二人きりになるんじゃないぞ。
大聖都は各国にマリカの神殿長就任と、聖なる乙女の任命を知らせたのだそうだ。
アーヴェントルクにも連絡は行っている筈。
つまり、その強引な誘いはお前を手の中に入れるか、排除したいアーヴェントルクの思惑あってのことだろうからな』
「手に入れるか、排除…」
『一番、在りうるのは『聖なる乙女』の吸引の術とやらで、貴女の力を弱めて洗脳。
アンヌティーレ皇女の『妹』にしようとすることかしら。そうすればアンヌティーレ皇女には力の貯蔵庫ができて『聖なる乙女』も続けられて一番いいでしょうからね』
「そんなことが本気で可能だと思ってるんでしょうか?
他国の皇女、しかも『聖なる乙女』を国に強引に留めるなんて、アルケディウスも他国も、他ならぬ『大神殿』も黙ってはいないでしょうに」
お母様の言葉にフェイが呆れ顔をするけれど、お父様の目は真剣だ。
『そんなことも解らない程に追い詰められている、ということだ。
だが、その程度ならまだいい方だと思う。より悪いのは皇子や配下の者とマリカを強引に娶せて『聖なる乙女』の資格を失くす。
最悪の最悪はアドラクィーレが言ったようになりふり構わず、マリカに毒を盛る。
あるいはマリカが、皇女や皇妃に毒を盛ったと罪を着せて罪人として処分するとか、だな』
「ホントにそこまでやります?
私一応、国賓ですよ?」
恨みも、憎しみも永遠の不老不死社会。
どうしてもそこまでやるかなあ、と思ってしまう私は甘いのだろうか。
後々の事を考えると、どうしたって悪手じゃないかな?
『無論、そこまでやってしまえばアルケディウスを完全に敵に回すと解っているだろう。
だが、今のアーヴェントルクの国力は間違いなく七国一だし、目的の達成の為には手段を択ばない、どんな危険なことでも必要と思えば躊躇わずにやりかねない恐ろしさがあの国にはある。
特に護衛、側近達は十二分に注意しろ! 絶対に気を抜くな?』
「はい!」
正直、皇帝陛下と、皇妃様はそんなに怖くない。
一応国の名を背負っている国賓だ。私を害することの意味は十分に解っているはずだ。
アンヌティーレ様も何を考えているのか解らない、何をしでかすか解らない怖さがあるけれど、もっと怖いのはヴェートリッヒ皇子だと思っている。
「私達を利用する」
と言い切った皇子。
皇子にはきっと、何か強く心に願う、目的がある。
その為ならきっと、笑われても下に見られてもバカにされても我慢できる、という強い信念も。
明かすべき事を明かし、隠すべき事を隠す頭の良さ。
とっさの時に、矛を向けられても上手にさばく実力も含めて。
ある意味、アーヴェントルクで一番やっかいな人、ジョーカーかもしれない。
ならば、この旅の間に考えよう。
その切り札を、切り札のまま味方にできる方法を。
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