【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国の決意表明

公開日時: 2021年7月3日(土) 08:12
文字数:5,612

 寝っからの悪い人ではないのだ。と思う。

 多分。


 最初の印象は拉致監禁なのであまりにもあまりにも悪いけれど。

 その後はそこそこ可愛がっていただいた。

 

 本当に悪い人ではないのだろう。

 ただ、そう言って許せる問題と許せない問題がある。


「どうしました? マリカ?」

「いえ、なんでもございません。アドラクィーレ様

 本日のメニューは、スフレ風パンケーキにございます」


 ぼんやりしていた私は首を横に振ると皿を差し出した。

 深呼吸をしてから顔を向けないように。

 でないと我を忘れてしまいそうだ。

 怒りで。


 昨日、ライオット皇子から、話を聞いて以降、皇子妃様達の顔、 特にアドラクィーレ様の顔がまともに見れなくなっていた。

 


◇◇◇


 世界の人々が混乱の三十年と呼ばれた時代が終わって間もなく。

 一人の王女が遠い異国からアルケディウス、第三皇子の元へと嫁いできた。


 その時、花婿の外見は五十代近く。

 一方で花嫁は若々しい二十代に見えた。

 世界に不老不死をもたらした、国中に愛される皇子の成婚に国中が熱狂する中。

 当の二人の会話は、決して愛と悦びに満ちたもの、では無かった。

 

「…本当にいいのか?

 何度も言っているが、俺は不老不死を得る気はない。このまま自然に身を任せ、死ぬと決めている」

 中世世界では既に、初老とさえ言える五十代。

 ひげを蓄えたその男は漆黒の瞳で妻となる女をじっと見つめた。

 覚悟を問うような強い眼差しに、けれども女は怯む事無く頷いて見せる。 


「ええ、それでも、構いません。

 私は、皇子…貴方の側にいたいのです。

 貴方が本当に死ぬというのなら最後の時まで寄り添い、叶うなら貴方の子を宿し、次代に伝えたいと思っています」

「はっ…次代、か」

 女の、美しい花嫁の決意に男は鼻を鳴らせる。


「時が止まった世界。次代など存在しないというのに…か?」

「それでも、貴方という人物が生まれ生きた証を、私は大事に育てます。必ず…」


 何を言ってもこの女は、思いを変えまい。

 大きくため息をついた男は諦めたように息を吐き

「好きにしろ…」

 ぶっきらぼうに花嫁に手を差し出した。

「ええ、好きにいたします」

 花嫁はその手をしっかりと握りしめる。


 そうして二人は夫婦となったのだった。



 二人の中は睦まじいものであった。

 けれど、その結婚生活はけっして順風満帆なものでは無かった。


 異国から嫁いできた女は、腹心である親友とただ二人、全く生活習慣が違う国の王宮に放り投げられた。

 付けられた側仕えや使用人も全てのこの国の人間達。

 勝手の違う場所で、舅や姑は女を決して冷たく扱った訳では無かったけれど、不老不死を得ないで死ぬと断言した皇子は国の英雄ではあっても皇族の計算から外されて考えられていて、その妻たる女の立場は最初、決して輝かしいものでは無かったのだ。


 中でも皇子の二人の兄とその妻の態度は女を苦しめた。


 逆らえぬを良い事に女のミスを、茶会や夜会で指摘してはあげつらう。

 田舎者、常識知らずと蔑んだ。

 苦しい日々の中、けれど女はただ、泣いて過ごしはしなかった。

 

 ミスを嗤われるならミスをしなければいい。常識を知らないと蔑まれるなこの国の常識を身に付ければよい。

 そうして、売られた喧嘩を買ってのけた女は、この国において味方と共に二人の兄嫁の憎しみも増やしていった。



 そんなある日の事だった。

 女の妊娠が発覚した。

 ずっと念願だった愛する男の分け身たる者。

 女は、夫と両親に報告する。

 他の者には伝えなかった。


 兄嫁達には体調を崩したと伝え、家に籠っていた。

 けれど…屋敷の中に裏切り者がいた。

 それは女の様子を兄嫁達に伝え、兄嫁達は女を呼び出した。


 屋敷の中の裏切り者の存在を知らなかった女は、小さな油断から出された飲み物を飲み…睡魔に襲われた。

 そして…目覚めた時には全てが終わっていた。


◇◇◇


「それが、アレの心の傷。今も癒えることのないこの世界への恨み、その元凶たる事件だ」


 ティラトリーツェ様やミーティラ様に語らせるのは気の毒だから、と別室に呼び出された私は皇子から、話を聞き、驚愕する。


「な、なんで?

 ど、どうして!? どうして、そんな酷い事ができるんですか?」


「ご丁寧に神官を呼び、堕胎術を施したのだそうだ。

『腹の中に余計なものができていたから、体調を崩したのだ。

 専門家に取って貰ったからもう大丈夫だ』と、アドラクィーレがいけしゃあしゃと、恩着せがましく語ったと、ティラトリーツェが号泣していたことを、今も俺は憶えている』


「そんな…酷すぎます…。本当に…どうして…?」


 淡々と、ほぼ感情を交えず事実のみを語ったライオット皇子の言葉に、私は震えが止まらない。

 最初の印象こそ悪かったけれども、第一皇子妃様も、第二皇子妃様も比較的私には優しくして下さっていたから甘く見ていたけれど、そんな事をする方、そんな事ができる方だったなんて…。


「城内に味方がまだ少なかった。

 油断もあった。たった一人の味方ミーティラも巧みに遠ざけられていた。

 …何より、俺は兄上達から疎まれ、憎まれていた。ティラトリーツェ達も同様だった。

 俺達とあの方達の価値観はあまりにも違い過ぎた。

 あの方達が多少なりとも、他者に寄り添うを知り、まともに話ができるようになったのは、本当にここ最近の事だ…」


 言い聞かせるような言葉。

 強い音を立てて噛みしめられた唇は、皇子もまたその時のことを怒り、悔いている事をはっきりと伝える。


 その後、亡骸を見る事さえできず、我が子を失ったティラトリーツェ様は、以降、前にもして積極的に社交に取り組む様になった。

 程なく皇子が、長い主義を変え不老不死を得て、独立し、皇位継承権からは離れるけれども皇族に復帰したことで、ティラトリーツェ様は、生きた伝説たる皇子ライオットの妻として名実ともにアルケディウスの貴婦人の一人となった…。



「女の子だったら、大好きな花の名前を付けたい。

 男だったら強い獣の名がいいだろうか? そんな事を能天気に言っていたな。

 その後あいつは好きだったレヴェンダの花に触れる事さえなくなった。

 だから戦から戻った後、ビックリしたんだ。花の香りを纏い美しい笑顔を宿す、あいつに…な」


 口の中が苦い。

 私は、何も考えずにお礼としてラヴェンダーの香料を作って渡したけれども、そういう過去があって、花そのものにも辛い想いを抱いておられたのならそれはもう、おせっかいなんてレベルではない大チョンボだったのではなかろうか?

 そんなことを考えていた私の思いを読み取ったのだろうか。皇子は首を横に降る。


「お前の贈り物が悪いとか、考える必要はないぞ。

 少なくとも今のあいつは、迷いや思いを振り切っている。むしろ花の香りに背中を押されて、いろいろ覚悟も決まったようだ」


 だからと言ってお心を抉るような真似をした事を私自身が許せるかどうかは別の話。


「皇子…」

「なんだ?」

「ここ暫く、短くても数週間、長いと二カ月くらい。

 ティラトリーツェ様は特にお身体が辛い時期になると思います。労わって差し上げて下さい」

「それは、勿論だが…」

「同じ轍を踏まないように、今回は皇王妃様を味方につけ、皇子妃様達にもしっかりと最初に子どもが出来たコト、産むつもりだという事を言っておいた方がいいと思います。

 …最初の時は嫌がらせのつもりだったのかもしれなくて、同じことをまた繰り返す可能性は少ないと思いますけれど、そんな事をしたら許さない、とはっきり示しておいた方がいいです」


 私の据わった目に皇子はにやりとした笑みを見せる。


「もう、プランはできているのか?」

「大よそは。秋の戦と大祭までが一つの山場、ですね。

 そこを乗り切れば身体の方は安定期に入りますし、冬になれば城に籠って身を護りやすくもなります」


 何よりも大事なのは皇王妃様と周囲を味方につけること。


 子どもを産むことが当たり前になるようにするには、トップの女性達の意識を変えて行かないと…。

 


「私、ティラトリーツェ様とお話してきます。

 明日は調理実習で、皇王妃様もおいでになるんですよね」

「多分な、いつも通りなら」


 今、もう調理実習にはお三方が来るのは当たり前になっている。

 面倒だけれど、それを逆手に取ろう。

 孤児院起動の報告もある。



 そうして、その日、私は夜遅くまで、家に戻ってからも店の皆と相談して今後の計画と作戦を立てたのだった。




「いつもながら、とてもステキな料理でしたよ。マリカ。

 楽しめました」

「もったいないお言葉です。皇王妃様」


 私は直答を許し、お褒めの言葉を下さった皇王妃様に跪く。


 今日のメニューはサラダとスフレパンケーキ。

 メイプルシロップをたっぷりかけたふんわりパンケーキは自信がある。

 デザートは夏シーズンもそろそろ終わりなので桃のアイスクリーム。

 シャーベットではなく、牛乳を使ったアイスクリームなのがポイントだ。


 メニューはティラトリーツェ様の提案だけれど、今日は最初から最後まで私が仕切って見ろと言われているので一通り作り方を教えた後は、応接間でお三方の接待をしながらお茶を入れ替えたりお菓子を差し出したりしている。


 で、解ったことだけれども、アドラクィーレ様はなんだかんだで自己顕示欲が強い。

 自分が視線の中央にいないと気が済まない人なのだ。


「私の派閥だった者が迷惑をかけましたね。マリカ」


 と、多分思ってもいないことを口にして彼女は自分の派閥事情を捲し立てていた。

 今日はティラトリーツェ様の悪口も漏れ聞こえる。


 …その中で聞こえてきた


『大貴族と言えども低位のものはこれだから』『あの女は夫の手綱も握れなくて…』

『大口を叩いた割に結果はお粗末』『大貴族の恥さらし』


 などの言葉から察するに、アレだ。

 ドルガスタ伯爵は性格、行動には問題ありで弁護のしようは無いけれど上に頭を押さえられて苦しい立場ではあったのだと思う。

 もし、大成功して私を手に入れられていたとしても、犯罪行為を突かれて第一皇子が上位貴族に私を取られたり、献上する羽目になっていた可能性はかなり高いと思っている。


 その場合、私は

「大変だったわね。もう大丈夫よ」


 と恩を売られていたことだろう。必要なのは知識なのだから私が自由意思で協力しないと意味がない。

 で、


「其方は私が護ります!」


 とかなんとか言って私の後見人役をティラトリーツェ様から奪い取ろうとした可能性もある。

 怖いなあ。



 その辺、第二皇子妃メリーディエーラ様は、権力とかには興味が無さげ。

 不老不死世界の第二皇子、という皇位継承にあんまり関係の無い立場だから、だろうか。

 自分が日々、楽しく過ごせればいいという思いが見える。

 強いモノには巻かれておけ、でアドラクィーレ様に逆らう気はないようだけれど。

 なんとかこっちの味方に引き込めないものか…。



「色々、大変だったようね」

「でも、そのおかげで孤児院も本格的に建設することができるようになりました。

 良い面を見つけて行きたいと思います」


 苦笑いの顔で私を労って下さる皇王妃様は、誰であろうと悪口を口にされるような事はしない。

 悪口に同意もしない。

 完全中立の立場で微笑まれる姿はやっぱり、この国最高位の女性だなと思う。

 むしろ良かったのかもしれない。

 世界が不老不死で。

 アドラクィーレ様が国のファーストレディになるよりは。


 昨日の話で多分、私はアドラクィーレ様に悪いバイパスが入っていると自覚はしているけれど、マイナス視点は止まらない。

 株価はナイアガラの滝レベルで絶賛降下中だ。

 子どもが欲しい女性を無理やり流産させるなんて、万死に値する。




「それにしてもティラトリーツェも困ったものだこと」


 デザートを終え、食事も一区切りした頃、独り言のように、でも聞きとって欲しいと、はっきりとした眼差しでアドラクィーレ様はため息をつく。


「…何が困りごとだというのですか? アドラクィーレ」


 大きく息を吐き出して聞いてあげる皇王妃様に、我が意を得たという様に目を輝かせたアドラクィーレ様。


「皇王妃様がおいでだというのに仮病を使ってまで与えられた仕事をさぼろうとするなど。

 皇族の自覚が足りないのではないですか?」

「体調が悪いのなら仕方がないでしょう? 仮病と決めつけるのはどうかと思いますよ」

「不老不死を持つ我らに一体何の不調が起きるというのでしょう。

 仕事を放棄する為の言い訳に決まっています! 

 面倒を押し付けられて、マリカも可愛そうに…」


 ああ…そう言う流れ。


 私に同情して優しくして、私を手に入れたい、という思惑なんですよね。

 解ります。

 ただ、そんな事はすればするだけ墓穴を掘るのだけれど。


 と、タイミングを合わせた様に軽いノック音。


「あ、ティラトリーツェ様」

「えっ?」


 いい気分で捲し立てていたであろうアドラクィーレ様は、私の声に眼を見開き、口を押えた。

 私もノックの音で誰が入ろうとしているか、解るようになってきた気がする。


 私が言った通り(打ち合わせ通り)ティラトリーツェ様が入ってきたので、出迎え跪く。


「ティラトリーツェ様。無事ご指示通りに」

「ご苦労でした。…皇王妃様、皆さま。急にご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 労う様に私に向けて微笑んで下さったティラトリーツェ様は、最奥、皇王妃様に向けてお辞儀をする。


「た、体調を崩したという割には、元気ではありませんか? やはり仕事放棄だったのではなくて?」


 取り繕う焦りを見せるアドラクィーレ様を黙殺して、皇王妃様と視線を重ねるティラトリーツェ様。


「実は、この場をお借りして、お知らせしたいことがあります」

「どうしました? 改まって」


 私を無視するな、と言いたげな眼で睨むアドラクィーレ様だったけれど、皇王妃様が発言を許せば逆らう事はできない。

 ティラトリーツェ様は大きく深呼吸、そしてお腹に手を当てた。


「私、妊娠いたしました。

 お腹の子は三カ月。今度こそ、産んでやりたいと思っております」



 

 その場にいた者全て。

 皇王妃様も、二人の皇子妃様も使用人達も、衝撃に皆が言葉なく佇む中。


 微笑むティラトリーツェ様には確かに見える強い自信と、思いが浮かんでいた。


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