【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 不器用な父と子

公開日時: 2022年11月30日(水) 07:23
文字数:4,775

 アーヴェントルクでの晩餐会と舞踏会を終え、二週間の滞在期間が終了。

 明日は帰国するという日の夜のこと。


「それで? 児童保護施設に関して君がしておいた方がいい、と思う事は何?

 個人で行う保護や、教育と、施策として行うべきものとは違ってくるだろう?」

「まずは、子どもが安心できる環境づくり、ですね。

 保育士……子どもを見守り育てる人物にはある程度以上の能力と資質が必要だ、と思っていますので。

 彼、彼女らを優遇し、可能なら余裕を持った人員配置をして欲しいと思います。

 雑用とかもできるだけ減らして、保育に専念できる環境を作って欲しいと……」

「うーん、解っているつもりでも言葉だけじゃ理解できない所もあるなあ。

 部下を見学に行かせちゃダメ?」

「構いませんけど、事前に連絡をとって下さいね。アルケディウスの保育園は、精霊術の結界が貼ってあって普通の人は立ち入り禁止だし、子ども達も許可なしの外出は禁止されてるんです」


 ヴェートリッヒ皇子からの質問はなかなか止むことは無かった。

 もうすぐ日が変わる。二の刻も終わるから終わりにしたい気持ちは山脈山々なのだけれど、質問内容があまりにも重要かつ的確に今後についてお願いしたいことばかりなので終了を切り出せないでいた。




 後少しで昨日になってしまう宴の後、私と皇子は皇帝陛下に呼ばれて話をした。

 晩餐会と舞踏会で『精霊神』の復活とその祝福をアピール。

『王子』としていつか、お前から国を取り戻してやる。

 と宣戦布告したヴェートリッヒ様だったのだけれど、皇帝陛下から帰って来たのは


「やれるものならやってみろ!」


 挙句の果てに


「私をありとあらゆる面で超えて見せろ!

 打倒できたなら、この国の王位、くれてやる」


 だ。

 完全に五百年国を率いて来た皇帝の威圧に気圧された皇子、じゃなくってヴェートリッヒ様。

 頭の良い方だから、あの短い会話で解ってしまったのだと思う。

 自分が色々と考え、暗躍しやってきたつもりの事は、おそらく全て父皇帝の掌の上、だったということが。



「やられた、やられた、やられた! 完全な初戦敗北だ!」


 帰還の馬車の中からヴェートリッヒ様は完全に冷静さを失くし、それを隠す余裕さえも失っていたようだ。

 そのまま王子を返すのも憚られて館にお茶に招いてしまったのだけれども。


「なんだよ。あれ!

 ずっと一人で悶々と悩んで、俺の本心を隠して外面良くしてきたつもりだったのに、全部解ってたっていうのかよ!!!」


 館に戻って人払いをした途端、ヴェートリッヒ様は不機嫌そうな、ではなく不機嫌そのものの表情を隠そうともせずに拳を握りしめていた。

 今迄の天才肌で、冷静で、周囲を一段上から見ているような姿。

 なんだかんだで今まで、信用していると言った私達の前でもずっと剥がした事の無かった『皇子猫』がすっかり消えてしまっていることに本人、この調子だと気づいていないっぽい。


「随分、。ヴェートリッヒ」

「アルフィリーガ……」

「……久しぶりだ。お前の『俺』を聞いたのは。

 城に戻る直前、最後くらい取り繕うのは止めろ。本音を言えとライオにぶん殴られた時、以来か?」



 もう夜も遅いけれど、私が来客を連れて来てしまったことで、館は準備に大忙し。

 その僅かな隙を突いて、リオンもまた少年騎士猫、というか『リオン』を一瞬剥がして、遠い昔、旅をした「アルフィリーガ」一番素に近い自分に戻って友に囁く。

 勿論、側にいるのが私に、フェイにカマラ、ミーティラ様。

『知っている』人間であったということが理由だろうけれど。


『落ちつけ。冷静に戻れ』

「『精霊神』様…」


 ぽん、と軽い音がして、ヴェートリッヒ様のブレスレットから子猫が現れ肩に飛び乗った。

 普段は省エネモードでヴェートリッヒ様のブレスレットの中に隠れておくことにしたんだって。

 国内だから多少のズルは利く。

 外国ではそうはいかないと言っていたけれど、それはさておき。 


『そんなことでは、永久に貴様はあの『傭兵皇帝』に叶いはせぬぞ』


 しまった、という顔をしてからヴェートリッヒ様は大きく、深呼吸。


「すまない。本当にキレてしまっていた。恥ずかしい所を見せてしまったね」


 皇子猫を被り直して、謝ってくれた。




(ちなみに私の随員を含む、アルケディウスの最上層部にはヴェートリッヒ様自身の許可が出ているので真実……皇子が実は前王の息子……は報告済みだ。

 皇王陛下は


「また面倒なことに首を突っこんで」


 と顔を顰めておいでだったけれど、ヴェートリッヒ皇子に味方するなとは言わないでくれた。

 ザビドトゥーリス皇帝陛下よりヴェートリッヒ様の方が御しやすそうだ、という計算とかもあるのだろうけれど)



「それはいいんです。でも、あれは、どういう事なんでしょうか?

 っていうか、ヴェートリッヒ様、なんであの場であんなこと言ったんです?」


 話を戻す。


 そもそも『精霊神復活の告知』『精霊神信仰』復活の為に、大貴族が集まる送別の場で、復活した魔術師皇族をアピールするのは予定通りだったのだ。

 その為に舞踏会まで、ヴェートリッヒ様はフェイの集中講座を受けて、魔術の発音を覚えて使えるようになった。

 娯楽の少ない世界、精霊術士は希少存在で抱えていない領地も多い。

 そんな中、本物の『精霊魔術』を今までどことなく下に見ていていた皇子が使うようになった。

『精霊神』の復活に半信半疑、なんなら『精霊神』の存在さえ忘れていた『神国』の彼等は、ここで中日の儀式と合わせて、『精霊神』の存在と復活を再確認して喜んだ。

 そして、食と共に『精霊神の復活』を齎した私に心からの感謝を捧げてくれたのだ。

 同じ場でアンヌティーレ様の『聖なる乙女』引退が告げられたけれども、『新しい聖なる乙女』がアーヴェントルクよりだとアピールできたこともあるのかもしれない。

 大きな混乱も無く受け入れられた。

 表向きだけ、かもしれないけれど。


 でも、私達には告げていたそのパフォーマンスについて皇子は父皇帝に話をしていなかったらしい。

 皇帝陛下があんまりにも自然な態度だったので気付かなかったけれど。

 さっきの会談。

 私への感謝表明と質問という形を取って、実はヴェートリッヒ様に圧力をかけていたのだ、とは後で気が付いた。

 そして、最終的に宣戦布告しあうことで、二人は本格的にライバルになったのだ。


「僕はさ、僕が自分の正体を知っているぞ。お前には従わないぞ、ということで父皇帝が驚いて、隙を見せてくれるかな、と思ってた」


 あの荒れようからして多分、全てヴェートリッヒ様の計画通り、ではなかったんだと思う。

 少し冷静さを取り戻した彼は、さっきの行動と会談の意図を話してくれた。


「アンヌティーレが表舞台から消えて、僕は唯一の『七精霊の子』になったし、実力を示せば、もう簡単に排除もできない。

 今までのように黙って打たれてなんかいないぞ。

 いつかその位置を奪ってやるぞ。って宣戦布告する事で狼狽えてくればってね。

 結局あの人は、そんな事で狼狽えるような弱いヒトじゃない。本当の『王』であり『皇帝』であったわけだけど」

「今迄みたいに、……言っちゃアレですけど放蕩皇子を演じて力を貯めて、万全の体制が整った所で一突き、ってするのはダメだったんです?」

「それも考えてたんだけど……。言われちゃったからさ」


 何か、尊いものを仰ぐように皇子は目を閉じる。


『お前、変わったか?』


 父皇帝が自分を見て、かけてくれた言葉を。


「あの時、初めて気が付いたんだ。

 変わったことに、気付くくらいには父上が『僕』を見ていて下さった事に。

 変化を認めて下さった事に。

 ……へらへらと笑って役立たずに戻るのは嫌だった。自分を見て欲しかった。だから……まあ、ああ答えるしか無かったんだ」


『戻った、だけです。皇帝陛下』


 自分は昔から、こうだったのだと。


「これ以上、あの人に失望されたくなかった。

 あの人が僕を認識してくれたのなら、相応しい敵として立ちたかった」



 ……頭が痛い。

 でも保育士として解らなくも無い。というかよく解る。

 自分の事を解ってくれない、と吐き出すこともできず、自分自身の立場さえもあやふやで承認欲求を拗らせてきた息子。


 今まで自分を誰も見てくれない。認めてくれない。

 そう思い込んでいたけれど、少なくとも父皇帝は自分を見ていたのだと。

 期待していてくれていたのかもしれない。と気付けたら嬉しかった。


 自分は今も、昔も貴方の期待を裏切る様な者ではなかったのだ、と伝えたかったのだという気持ちは。

 うん。解らなくも無い。



 で、思うに皇帝陛下も素直になれないけれど『お父さん』だったのだ。きっと。

 息子にバカ高いハードルを用意して、それを乗り越えてくれるのを待っているような。

 ああ、あれだ。獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすって奴。


 息子に期待して、乗り越えられると信じて待っていたのに、乗り越えてくれないからイラついて無視したり、辛く当たったりして。

 あの最後の様子と宣言は

『やっと息子が障害を乗り越えてやる気になって来てくれた』

 と嬉しさ全開になって本音が出たと見た。

 強さを重んじ、尊重するというアーヴェントルクらしいと言えば言える。


 ……あんまりいい子育て方法だとは思わないけどね。


 父親というのは子どもの成長を見守り、適切な課題を与えて失敗と成功体験を積ませた上で、自分の背中を見せ、それを超えられるように育てていくのが正しい。

 何も言わずに、見せずに課題だけ放り投げて乗り越えて見せろなんて許されるのは昭和までだ。

 一歩間違えば子どもの自尊心を傷つけ、再起不能にしてしまいかねない諸刃の刃。

 ヴェートリッヒ様並の信念と努力と、才能が無ければ成功しなかったんじゃないかな。


『まったく、不器用な親子だ』


 呆れた様に溢した『精霊神様』の言葉が真実を得ている気がした。


「親子じゃないですよ。あの人は仇で、乗り越えるべき壁です。

 それがよく解りました。

 敵として不足無し!

 僕がアーヴェントルクを取り戻す為には、少なくともやらなければならないことが多すぎる。

 僕の実力を見せつけて、解らせないと」


 力の籠った眼差しで皇子はそう言うし、


「悪いけど、知恵と力を貸してほしい。この国を『神』の力なしでも侮られることない強い国にしたいんだ」


 頑張る王子を助ける事はやぶさかではないけれど、既にもう結果は見えてるんだよね。

 何せ、皇帝陛下ご自身が言ってるんだから。



「私をありとあらゆる面で超えて見せろ!

 打倒できたなら、この国の王位、くれてやる」



 俺の屍を超えていけ。なんて本当に古すぎますよ。

 とは皇帝陛下には、流石に言えそうもないけれど。

 これは出生率の向上を前に、親の指導も必要そうだ。




「皇子。もう流石に日が変わります。

 お戻りになって下さい」


 応接室に遠慮がちな、でもはっきりとしたミュールズさんの注意が響いた。

 日付が変わってしまえば、昼過ぎにはアーヴェントルク退去、五日間の旅の後、帰国になる。

 皆に任せてはいるけれど、準備とかは色々必要になると思う。 


「解っているけど、明日には君達は帰国してしまうだろう?

 どうしても、あれもこれもと思ってしまうんだ」

「入国の時のように、国境まで送って頂けれるようにはできません?」

「そうだね。そうできるように手を打とう」

「あと、……いいものをご用意できるようにします」

「いいもの?」

「アーヴェントルクなら加工前のカレドナイト鉱石、ありますよね?」

「? カレドナイト? まあ、それなりには……」

「少し高い買い物になると思いますけど、損はさせませんよ」 

「なんだい? 君達がそう言うのなら本当にそうなのだろうけれど……」

「はい。その代わり、私のアーヴェントルク最後のお願いを聞いて下さい」

「?」


『敵国』アーヴェントルクを味方に付けられれば、今後色々な面で楽になる。

 私はアーヴェントルクの未来を支える次期神殿長にして未来の国王陛下に、ニッコリと微笑んで見せたのだった。

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