大貴族達が、私の情報集めと問答の答え探しに右往左往していた中、ただ一人堂々とやってきた少年の顔を、私達はマジマジと見つめていた。
そう、少年。
フリュッスカイト公子 メルクーリオ様が「ソレイル」と呼んだのは金髪に碧の瞳。
笑顔が可愛らしい子ども、だったのだ。
もしかしたら大聖都の小姓みたいに、子どもの姿のまま不老不死になった子、かもしれないけれど、見たところ外見は小柄な中学生って感じ。
アルより上、リオン達とはほぼ同じくらいかちょっと年下かなと思える。
「メルクーリオ様、その方は?」
「ああ、紹介が遅れたな」
メルクーリオ様はソファから立つと、少年の後ろに立ち私達に告げる。
「こいつはソレイル。もう気付いているだろうが私の三人の弟の一人だ」
「初めまして。アルケディウスに輝く宵闇の星。
『神』と『精霊』に愛されし聖なる乙女。お会いできて光栄にございます」
「三人の公の中で、私が今、一番目をかけている。
利発で、素直で、頭が良い。
まあ、それ故の物足りなさもあるのだが、今回はちゃんと出題者の意図を読んだようだ」
丁寧に、礼儀正しいお辞儀をしてくれるソレイル君。
まだ声変わりしていない、澄んだボーイソプラノが耳に届く。
やっぱり成人しているような大人には見えない。
「ソレイル様は……その、もしかして?」
「はい、今、十四歳。不老不死を得ていない『子ども』です」
「フリュッスカイト公主家には『子ども』がいらっしゃったのですか?
私、この500年の間、各国王家には誰も子どもは生まれていないと思っていました」
各国の情報でもそうなっている筈だ。
基本的に内政不干渉。殆ど国王同士の交流も無かった500年の間、一番年若い王族は不老不死後、混乱の30年に生まれたプラーミァのグランダルフィ王子だとずっと聞いていた。
「色々と、事情があってな。
隠していた訳では無いが表立って発表はしていなかった。
タイミング的にも新年の参賀の時期にはまだ妊娠が判明しておらず、夏の終わりに出産。
翌年の新年の参賀には体調も戻っていたので気付かれなかったらしい」
「で、でも……神殿への登録とかは?」
「一応フリュッスカイトの神殿には、出生の登録は為されている。
だが、あくまで公主の子であって、公子ではない。君主の一族ではまだない、という形だ。
公主の子 公爵としての地位は用意されているが」
「?、??」
意味と事情が分からず目を瞬かせる私に、ソレイユ様は少し困ったような笑みを浮かべている。
「フリュッスカイトには古い決まりがあります。
王家に伝わる書物を読み解き、とある場所に辿り着くこと。
そこに立ち『神』と『星』と『精霊』に誓いをかけて初めて。君主の一族と認められるんです」
「選別の試練と呼ばれる難問を解き、乗り越えない限りは、大貴族とほぼ同格の貴族でしかない。
ヴェーネ近辺の直轄領から税をとり、国務を行う事で生活をする臣下の一人だ」
「とはいえ、僕はまだ若輩の身なので、王宮に住居を頂いていますが。
十六歳になるまでに、選別の儀を乗り越えられない場合は、僕も二人の兄上のように城を出て、臣下としての仕事を始める事になると思います。
その前に、なんとか試練を越え、公子となりたいのですが……」
「公子ってお一人、じゃないんですか?」
「君主になる資格を持つ、公主の子、という意味だから絶対に一人と決まっている訳ではない。
もし、ソレイルが公子の資格を得れば、我々は第一公子、第二公子と呼ばれることになるだろう……」
私はてっきり公子って皇太子みたいな意味かと思っていたけれど違うんだ。
メルクーリオ様を見ても別にソレイル様を嫌っている様子は感じられない。
目をかけている、って言ってたしむしろ可愛がっているっぽい?
「選別の試練、って乗り越えた人が公主になるのなら、答えはもう解っているんですよね?」
公主様と公子メルクーリオ様は最低でもクリア済みの筈で……。
「ああ。でも決して答えを他者に教える事能わず、と言われており、沈黙を誓う。
他者に教えた場合、その者は即座に君主の一族の資格を失うことになるだろう」
選別の試練は、公主とその子だけが入ることができる書庫から始まり、一切の書物の持ち込み、持ち出しは禁止。筆記用具も禁止。
当然、部下の助けを得る事も出来ず、ノーヒントどころか問題さえも隠された状況を己の知力のみで潜り抜けなければならないというから大変だ。
「……厳しいんですね」
「国の秘密を預かることになるのだ。当然だろう?」
「兄上はあっさりとそうおっしゃいますけれど、あの右を見ても、左を向いても本、本、本という山の中から問題を見つけ出すのは苦行以外の何物でもないですよ」
「まあ、私も運が良かったとは思っているが……、本を読むのが好きで、知識を得るのが好きで、息をするように図書室の隅から隅まで、ありとあらゆる本を読む、くらいでないと届かない、だろうな」
「サートゥルス兄上とジョーヴェ兄上だって、決して努力していない訳ではなかったのに諦めざるを得ないくらいの難行ですから」
サートゥルス公爵は今、国防大臣。ジョーヴェ公爵は通産大臣のようなポジらしい。
公子になれなくても役立たず、と追放されるようなラノベ展開にはならないことは良いけれど実際、公爵達は心中穏やかではなないのだろう。
自分達には能力が足りない、君主にはなれないのだと突きつけられているようなものだから。
「まあ、フリュッスカイトに生まれた以上、そういうものだと思うしかない。
いくら愚痴ろうとそれをお決めになった『精霊神』が眠りにつかれておられる以上変える事はできないしな」
「解っています。この国の特殊産業の多くは母上と兄上が読み解く書物から生まれている事も十分に。であるからこそ、僕も全力を尽くします」
「頑張って下さいね。応援しております」
「あ、ありがとうございます。がんばります」
ソレイル様の頬に朱が弾けた。
特に他意の無い定型のセリフであったのだけれど、なんだか、どっかに刺さったっぽい?
横を見れば余計な事を言うなするな、と言わんばかりにリオンが睨んでいる。
さっきまでルイヴィル様と楽しそうに話しをしていたのに。
それはさておき、フリュッスカイトの裏事情を伺った後は、楽しくお話をさせて貰った。
「今日の夕食は本当に感動しました!
特にパウンドケーキと氷菓が素晴らしい。
また、ぜひに食べさせて頂きたいものです」
「メルクーリオ様やソレイル公も甘いものがお好きですか?」
「糖分は頭脳活動には必須だからな」
などなど。
明日からの調理実習で教える料理の参考になる。
チョコレートはこの国では作りにくいから、クッキーとか食べても本を汚しにくいものがいいよね。
後はサンドイッチとか需要がありそうだ。
「……さて、そろそろ時間切れ。
あいつらには突貫をかける勇気も無かったようだな」
くすりと楽し気に微笑み、立ち上がるとメルクーリオ様はフェリーチェ様やルイヴィル殿、ソレイル様にも目で促した。
「今日はこの辺で失礼する
姫君、少年騎士、ラストダンスを頼む。
明日から、またよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
フリュッスカイトの客人達が帰ると同時流れて来たのは、本当に耳慣れた円舞曲。
「リオン、お願い」「解った」
私はリオンと共に広間の中心に出た。
音楽に合わせてステップを踏む。
目を閉じても踊っていても届くざわめき。
大貴族や、公達の怨嗟の眼差しにフリュッスカイト滞在に多難を感じながら。
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