魔王城に来ると、私は元気になる。
窓の外は、まだラヴェンダー色だけれど
「よーし、完全回復♪」
ベットから身を起こして、手のひらをグーパーグーパー。
指も滑らかに動くし、昨日まで長旅や、外に出られない事で感じていた、錆び付いたような動きにくさもどこにもない。
頭もスッキリ、爽快だ。
子ども達に、大事な家族に会える、という精神的なモノもあるのだけれど、家で安心して眠れるから、だろうか。
どんなに疲れても、数日休めば必ず元気満タンになる気がする。
『おはよう。随分と早起きだね。まだ水の刻前だよ
体調は、どうだい?』
「あ、ラス様。おはようございます」
いつの間に寝台に潜り込んでいたのか。
灰色短耳ウサギ、基、アルケディウスの『精霊神』ラスサデーニア様が顔を出し、私の顔を眇める。
心配してくれていたのかな?
私はガッツポーズのように手を身体の横で振って見せる。
「問題ありません、疲れとかそういうのもバッチリ消えて元気いっぱいです」
『どれどれ……うん。神の欠片の残留も無い。
本当に最良の状態に戻ったみたいだね』
私の肩に飛び乗って、くんくんと鼻を動かすラス様。
匂いで解るのかな?
「魔王城でゆっくり休みましたからね。
なんだかんだでここが一番のんびりできるので」
『それは何より。
でも、今日は皆に舞を見せるんだろう?
もう少し休んでいたら?』
「うーん、でも外の城下町で一人ぼっちしているお父様に差し入れ持って行ってあげたいですし、いつも魔王城での食事は皆に任せちゃってますからたまにはお休みあげたいですし」
『やれやれ、相変わらずの苦労性というか、働き者と言うか……。
まあ、いいよ。好きにすれば? 魔王城なら大聖都みたいなトラブルも起きないだろうしね』
「ありがとうございます。ラス様はゆっくりなさっていて下さいね」
『そうさせて貰うよ。もう少し寝てるけど気にしないで』
「はい、行って参ります」
呆れた様子の精霊獣をベッドに戻すと、私は手早く着替えて、魔王城の厨房に向かった。
「お父様。おはようございます」
私が城下町で一人、来客用の館に滞在している筈のお父様の所に向かったのは、地の刻の頃だった。
イメージ6時から7時くらいかな?
「あれ? 留守?」
私がノックしても返事の無い扉を開いてみると、中は無人。
寝台も使われた様子は無く、冷え切っている。
「どうしたのかな?」
目を閉じて耳を欹てると、少し遠くから鋼の音が聞こえる気がした。
地面を蹴る音色、荒い呼吸。
そして打ち合わされる剣と剣の刃音に風の唸り。
手に持った荷物を机の上に置いて私は音を捜して、外に出た。
音の場所はすぐに見つかる。
城下町の中央広場。
一番広い空き地で戦う戦士達の姿と共に。
「リオン? お父様?」
見れば二人が戦っている。
リオンはエルーシュウィンを構え、お父様は普段から腰に佩いている長剣で。
殺気は無い。
でも多分、多少の加減はしているけど、本気の手合わせだということが見れば解る。
しかも、汗や呼吸の様子からして、かなり長く戦ってる
「何をしているんですか? 二人共!」
戦いに没心していたであろう二人は、私の声を聞いた次の瞬間、互いに剣を引き後ろに下がった。
全く同じ行動。何の合図もしてないのに。
凄いな。
ではなくって!
「こんなに朝早くから、訓練にしたってやりすぎですよ。
リオンだって、病み上がりなのに!」
「ああ、もう朝になってたのか?」
リオンもまるで気が付かなかった、と言う様に首を廻すけど、ってことはアレですか?
昨日の夜から戦ってたってこと?
「最近、色々と忙しかったし、王宮では俺が本気で戦う事はできないからな。久しぶりに思いっきり身体を動かしたくなっただけだ。
気にするな」
長剣を鞘に納めたお父様は私の頭に手を当て、ポンポンと叩くけど。
「剣は口よりも雄弁にものを言う。
だから、まあ『解った』
変わったけれど、変わってはいないな。お前」
解せぬ。
お父様はなんだか納得したみたいでえらくサッパリしたような顔をしているけど一体、何がどうしてどうなったのか?
周りをもっと良く見回せば、心配そうに見つめるフェイとアルもいたし……。
でも、リオンにはお父様の言葉の意味が解ったようだ。
「ああ。今の俺は『精霊の獣』
『星』と『精霊』と『子ども達』を護る者。
俺が『俺』で在る限りそれは決して揺るがせない」
「それでいい。
お前が、俺の友。
俺が知る、信じる『アルフィリーガ』であるのなら。
俺の中の、お前という親友への思いと信頼も揺らぐことは無い」
(「あれ?」)
私は二人の会話を見ながら不思議に思う。
本当に解らない。
二人の会話の意味がさっぱり解らない。
何か、考えないといけない事が在ったはずなのに、リオンに気になって確認しないといけないことがあった筈なのに。
大事なパーツが抜け落ちたように思い出せなくなっている事に初めて『気付いた』
昨日まではもうちょっと、理解できていたような気がするのに……。
「マリカ。いい匂いがするな。
何か食べ物を持ってきてくれたのか?」
「あ、はい。お父様。
キドニーパイと野菜スープの簡単なものですけど」
「それはありがたい。腹が減っていたんだ。どのくらいある?」
「お父様なので多めには。三人分くらいは持ってきたつもりですけど」
会話と空気の切り替えを狙う様に、お父様が明るく笑うと同時。
足を家の方に向けて帰り始める。
つまり、この話はもうこれで終わり、ということだ。
私がいくら聞いても、多分教えてはくれまい。
「お前達も食っていくか? それとも城の方に用意してあるか?」
「次の親善訪問と騎士試験について相談したい事があるから家の方に行く。
そうだ。昼過ぎにマリカが『星』に奉納舞を舞うって言ってたけど、お前も観るか?」
「それは見たいな。……少し早めにティラトリーツェ達を迎えに行ってこよう」
リオンとお父様は、もう本当にいつもの親友同士の空気に戻っている。
その風景に安堵したようにアルとフェイも身体を伸ばす。
「僕とアルも城に戻ります。
ひと眠りしてから食事はしたいので取っていてくれると嬉しいです」
「それは大丈夫だけれど……」
何かが変だ。
聞きたい事があったのに出てこない。
確かめたい事があったのに解らない。
聞けばリオンやフェイは多分、話せる範囲で、だろうけれど話してくれる。
なのに、その質問ごと出てこないのは健忘症になったのか。それとも……
『今日は、早くお休みになって下さいませ』
何かをされたのか?
男達と、多分『誰か』。
皆が私に言わない事で私を守っている事は解っている。
きっとこのまま、気付かないふりをしていた方が、楽しい時間を過ごせるだろうということも。
でも、それじゃあ、リオンや皆を守れない。
だから何かに私は気付かなければいけない。
考えなければならない。
でないと私は、いつかきっと大切な何かをとりこぼす。
「おーい、何をしてるんだ?
マリカ。食事を温めて貰えると助かるんだが」
「はい、今行きます」
心に決める。絶対に思い出そうと。
私は守られたいのではなく守りたいのだから。
保育士として、みんなを。
『まったく。過保護が過ぎるぞ。エルフィリーネ』
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