【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 甘い契約

公開日時: 2021年5月1日(土) 07:07
文字数:4,156

 大祭後の最初の木の日。


 私は、ガルフと一緒に馬車に乗っていた。

 第三皇子に差し向けられた馬車で。

 行く先は第三皇子妃邸。

 目的は明後日から始まる調理員研修の準備と、ハチミツシャンプーの売買契約である。


「ガルフ様 シュライフェ商会の代表って、どんな方ですか?」

 ハチミツと現物を持った籠を膝に抱え、馬車の振動に揺られつつ、私はそう問いかけた。

 馬車の中は私とガルフの二人だけ。

 私は一応ガルフに敬語を使ったのだけれど、だからだろうか。

 ガルフは部下モードで説明してくれる。

 

「ラフィーニ様とおっしゃって、とても、頭の良い方です。

 商業に関する先見の明もある。元はお針子ででいらして。

 商会の主に気に入られて嫁ぎ、不老不死発生前に亡くなられたご主人に代わり商会の代表を務められています。

 センスも、針の腕も確かですよ」


 服飾、生活用品などが主の商業ギルドで服飾部門第二位の、大きな力を持っているとのことだった。

「一位、ではないのですね?」

「一位は商業ギルド長の一族が経営するガルナシア商会です。本当の老舗中の老舗で王宮御用達。

 シュライフェ商会とはあまり仲が良くないと聞きます」

「あ~、ティラトリーツェ様御用達、ってのもあるんですかね?」

「多分、逆でしょう。

 ガルナシア商会が第一、第二皇子妃御用達だから、ティラトリーツェ様がシュライフェ商会を使っているという感じだと」


 なるほど。

 服飾関係となると女性は色々大変だから。


「まあ、オレとしてはガルナシア商会と取引するよりは気が楽ですよ。

 ギルド長は急成長している食品扱いに手を出したくてしょうがないようなので」

「流通ルートに定評があるならそれでもいいかと思いますが」


 大祭後落ち着いたらガルフは商業ギルドの食品扱い第一位としてギルドの役員になることが決まっているらしい。

 現在、店も食品買い取りもガルフの店の独占だが、今後貴族達が、そしていずれは一般の人が家で食事をする習慣が戻ればガルフの店だけでは手が足りなくなるだろうし。


「でも…そうですね。

 嗜好品扱いの今はいいですが、必需品となってから独占されると人の生殺与奪を食品扱いは握ることになってしまいますから、なるべく今のうちに権利を集めておく必要はありそうですね」

「解っています。下手な商会が下手な売り方をしないように目を光らせておきますよ。ただ…」

「ただ、なんでしょう?」


 ガルフの目が、じろりと私を見る。

 正直、痛い。


「今は、本当に食品扱いで手いっぱいです。くれぐれも、くれぐれも! これ以上の手を煩わせないで下さいね。マリカ様」

「手を煩わせる、ってなんですか?」

「今回のシャンプーの様に新しい何かを考え付いて、ポロっと溢したりすることです。

 香油の他にも色々お考えがおありなのでは?」

「うっ…」


 実は色々あるにはある。

 不老不死世界の貴婦人にはあまりいらないかもしれないけれど、アロマテラピーの教室で作ったハンドクリームとか、香油作成の過程でできるフローラルウォーターは肌にいい。

 昔、学童保育の本棚で読んだ童話には、摘みたての花をお湯に沈めるだけでフローラルウォーターができると書いてあった。

 フローラルウォーターは、そのままで化粧水になる、花を高純度アルコールに付けるとチンキというハーブの薬効成分の入ったエキスも作れると、とも。


 この世界の化粧品、というのがどういう風になっているか解らないけれど、見た限りティラトリーツェ様も、第一皇子妃様もスッピンだったのでファンデーションや口紅は無いのだと思う。

 ちなみにファンデーションや白粉に関しては製作知識がないので無理。

 金属粉末がいるというから。

 でも、油と蜜ろうと染色素材を混ぜるだけでできるリップとかは作ってみたいと実は思っている。

 香水、化粧水、口紅とかができれば、かなり画期的だとは思うのだけれど…。 



「例えお考えがあっても、今はご内密にお願いします。ティラトリーツェ様にも、です。

 食品扱いにどうか、御専念下さい」

「解っています。迷惑をかけないように注意します」




 そんな会話をしているうちに、馬車は王城の脇。

 第三皇子の館に辿り着いた。


 うわっ、ティラトリーツェ様が出迎えに出て下さっている。

 皇室の貴婦人モードだけれど、浮かべる笑みはティラ様の楽し気なもの、だ。


「いらっしゃい。待っていましたよ」

「お出迎え下さいましてありがとうございます。ティラトリーツェ様」


 私とガルフは馬車から降りたと同時、跪いた。 


「大祭の後で忙しい所ごめんなさいね。でも、早く終わらせておいた方がいいでしょう?」

「何から何までのお心遣い、本当に感謝いたします」


 私達を促して前に進むティラトリーツェ様の後に続く。

 以前案内された応接間に入ると、そこに座っていた女性が、横に控える女性に目配せすると立ち上がった。


「久しぶりですね。ガルフ。

 大活躍の様子。嬉しく思っていますよ」

「お久しぶりです。ラフィーニ様」


 親し気に微笑む女性に、ガルフはどこか照れたような顔で頭を下げる。

 あれ? 知り合い?

 同じ商業ギルドの商人、の他にも接点があるのかな?

 と思ったけれどもとりあえず確認は後だ。

 私はガルフの助手だから。

 と、横に控える私に気付いて下さったのだろう。


「ああ、貴方がティラトリーツェ様お気に入りの料理人さんね。

 たいそう頭がいい、と聞いていますよ」


 ラフィーニ様は、そう声を向けて微笑んでくれた。

「恐れ入ります」


 緊張しながら顔を上げ、ラフィーニ様を見る。

 透明感と温かみのあるイエローベージュの髪。

 瞳は明るいブラウンだ。

 歳の頃は30代以上、50代未満、というところだろうか?

 髪をシニヨンに、纏め結い上げた様子はいかにもキャリアウーマンといった印象を与える。

 横に伴う女性は、私と同じように助手なのかもしれない。

 華やかな赤毛とは想像もつかないおとなしげ気な女性に見える


「?」


 顔を上げた時、鼻孔を優しい花の香りが擽った。

 これは、多分レヴェンダの花。

 方向はティラトリーツェ様ではなく、お二人の方?

 そんな事を考えつつよく見れば、お二人とも髪の毛はうるうるツヤツヤ、キューティクル。

 天使の輪が浮かぶような美しさで…。

 こんな美髪が普通にいるのであれば、シャンプーの需要は無いよなあ、と思って気が付いた。


「ティラトリーツェ様、はちみつシャンプーをお二方にお分けになったのですか?」

「ええ。もったいなかったけれど使い心地と価値を理解させないと、扱う気にさせられないでしょう?」


 ドヤ顔のティラトリーツェ様にラフィーニ様は頷き、髪をさらりと掻きあげる。

「本当に、ビックリしましたよ。一度使っただけで髪の毛が驚くほどに潤って、艶を放つようになったのです。

 こんなのは500年生きて来て初めて。

 ティラトリーツェ様に、ぜひ扱わせてほしいと私の方から、頼み込みました」


 ラフィーニ様の嬉しそうな様子を見て、中世とかでは髪の毛を洗う習慣そのものが多分、無かったのだろうなあと改めて思う。

 ましてやハチミツシャンプーは現代でも、オーガニックブームとかで人気の品だし女性なら気に入って当然だ。


 ついでにフローラルウォーターも分けたと思われる。

 フローラルウォーターはブラッシングの時に使うと、髪の毛にふんわりとした香りを宿らせることが出来る。


 ツヤウルの髪と、花の香り。


 流石ティラトリーツェ様。

 ただ、命令するだけではなく商品価値を理解させて自分から扱いたいと思う様に仕向けたのか。




「そういうわけで早速ですが、契約に入りましょう。

 ぜひ作り方を教えて頂きたいの」

「解りました。では…」


 ガルフとラフィーニ様は、ティラトリーツェ様立会いの下で同じテーブルに向かい、契約の文書を交わす。

 契約内容は金貨100枚で、シュライフェ商会にシャンプーの作り方と販売権を譲渡する、というもの。

 最初の約束にあったティラトリーツェ様のもつ砂糖の専売権は、皇国全体で食料品扱いに力を入れる事になった時点で、現在運用されているレシピの使用権と交換という形で既に店に譲渡されている。

 元々余技のようなものだし、金銭契約でも全然問題はない。


「私達が個人で使う分を作る事はお許し下さいね」

「勿論です。望むなら必要分をこちらで作って毎月納品しますよ」


 ありがたい提案を頂いたので毎月注文した分を納めて貰う事にした。

 これで、自分達の分を作る手間も省ける。


 ガルフの店は毎月納品されるハチミツを調理に使う分を除き、シュライフェ商会に回す。

 シュライフェ商会は、これに関してはしっかりと対価を支払う事になり契約が完了する。




「では、マリカ…」

「はい。詳しくはこの木板にも記してありますが…」


 私は持ってきた籠から材料を出してきて、実際に作って見せる。

 と言っても話は簡単でぬるま湯と生のはちみつを混ぜるくらいだ。


 あとは、粉にしたお塩を入れる。

 向こうの世界ではひよこ豆の粉を入れた物もあった。

 これらは汚れ落ちをよくするためのものと聞いている。

 重曹も定番だけれど、この世界では入手が難しいだろう。


「…意外に簡単ですね」

「はい、注意点としては頭皮に付けたあと、よくマッサージすること。

 後は髪に残さないように丁寧にすすぎ洗う事、でしょうか?」


 私の手元を見ながら言うラフィーニ様に私は頷いた。

 実際、本当に簡単シンプルなのでお金を貰うのも申し訳ない気がするレベルだ。


「これは、はちみつとぬるま湯以外以外のもの、例えばティラトリーツェ様の香りの水などを入れても大丈夫、だと思いますか?

 あとは良い香りのする花びらの乾燥粉末など…」

 そう質問してきたのは、後ろに控えて木板に色々と書きこんでいた女性だ。

「プリーツィエ」

 ラフィーニ様は少し眉根を上げるが、別に私は気にしない。

 秘書や番頭さんなら、少しでも良いものを作る為には当然の質問だろう。


「大丈夫だと思います。ただ、何を混ぜても作り置きしすぎてあまり長い時間放置すると劣化する可能性もあるので注意した方がいいかと。

 配分については私にも解らないことが多いので、研究なさって見て下さい」

「解りました」


 後はいくつか質問を受けて、譲渡手続きは終了した。

 お湯を豊富に使って髪を洗う、という事自体が今は、上流階級の人間だけの事なので当面は本当に、上流の人からだと思うけれど。


 これがだんだんに世の中に広まって、女性を綺麗にしてくれればうれしいと私は、素直に思った。


1話をなるべく短めにしてみよう週間。

7000字のお話を二つに分割してみる事にしました。

後半は明日の朝に更新します。


とある童話の影響でアロマテラピーの勉強を少ししました。

ラベンダースティック、即席フローラルウォーター、ハーブチンキは普通に作れます。

蒸留器は高いので今は持ってませんが、買ってもいいかなあ、と考え中。


これからリアルでも夏なので小説にも生活にもハーブ関係を取り入れていきたいと思います。


宜しくお願いします。

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